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トラック3
When I see children, I see the face of God. 後奏
しおりを挟むエレベーターが停止する。続いて、なにやらモーター音が鳴り出す。扉が開く気配はない。
直後、エレベーター内が暗転した。
「なに?!」 佳乃が叫ぶ。
しばらくすると、青みがかった薄明かりが差してきた。エレベーターの壁が透過したらしい。外の様子がありありとわかる。岩肌の陰影、上昇する気泡、粒子のうねり。水中にいるようだ。
「潜水艦にもなんのか。なんでもありだな」 雅仁が鼻で笑う。
「すごーい! お魚いる!! お刺身……お寿司……海鮮丼……」
壁に張り付く愛利。機嫌は直ったらしい。
「ん?! っつーことは、海じゃね?! っしゃあ!」
「懲りねえな。魚人か? 海に帰れよ」 辛辣な雅仁。
「どこに向かってんだろ」
悠久が声を落とす。くぐもった音が反響している。
やがて急上昇するエレベーター。海上へ浮き上がる。
眼前にそびえ立つ、コンクリートの壁――防波堤だ。
「あれ、ここだけ晴れてる」
蜜花が夜空を見上げ、目を見開く。火災雲に丸く大きな穴が開き、そこから満月が見えている。
「ああ、数年は晴れないんだっけか」 こめかみを掻く雅仁。
!
エレベーターの壁が白く戻り、景色が遮断された。かと思うと天井が開き、床面がせり上がる。
「はわわっ」
悠久が体勢を崩す。よろけた先の佳乃が素早く身をかわした為、悠久はベンチに耳を強打した。床が天井の位置に達したところで、エレベーターは静止した。
「ん、下りろってこと?」
耳をさすりながら戸惑う悠久。防波堤が高く、ここからは上陸できそうにない。
「海ぃぃ~~!」
両手を上げて喜ぶ佳乃。反動で足場がぐらつく。「言ってる場合かよ」と雅仁。
「エレベーターさん戻して~もう帰る~」
愛利が足元に向かって呼びかける。
「ちょ、友達じゃあるまいし」 苦笑いする悠久。
しかし、下降し始める床。
「ってそういうシステムか~い!」
ノリツッコミをかます悠久。誰も反応しない。
「うちは帰らないっ」
そう言うなり、海に飛び込む佳乃。
「うちも」
流輝が続く。そしてそのまま泳ぎ出す二人。深く、黒い、夜の海。
「ふんっ勝手にすれば!」 そっぽを向く愛利。
「え、えぇ~……」
悠久は逡巡したのち、まだ乗り越えられる高さにあった壁によじ登った。
「悠久はだめっ」
慌てて手を伸ばした愛利だったが、僅かに届かない。悠久が眼前から消え、大きな水しぶきが上がった。
「ちょっと俺、呼び戻してくる! ごめんね」
そう言って二人の後を追う悠久。顔を見合わせる、取り残された三人。
「もぉ~!!」
愛利の絶叫が夜の海に響き渡った。
砂浜に辿り着く佳乃、流輝、悠久。
着衣水泳となった悠久は疲れ果て、倒れ込むように上陸した。流輝も同条件のはずだが涼しい顔をしている。
「砂浜さいっこ~!! やらけ~!」
ゴロゴロと転げ回り、体中を砂まみれにする佳乃。
「ん……?」
苦々しい表情で顔を上げた悠久は、目の前の光景に息をのんだ。
「ここ……曰降村じゃん」
悠久の一言に動きを止め、「マジか」と呟く佳乃。
つい数ヶ月前のことなのに、愛しさに似た懐かしさに心をかき乱される悠久。やがて、その原因に気付く。
「村が、焼けてない……?」
最も炎上していた電柱は見る影もないが、住宅は何事もなかったかのように焼け残っている。人の気配はない。
「なんか山の方、やばくね?」
佳乃が指した先に目を移す悠久。山の中腹あたりから、どす黒いオーラが放たれている。リバーサーの気配。
「いやいやいや行くの?! 絶対やばいって!」
吸い寄せられるように山へと歩き出す悠久を、佳乃が慌てて引き止める。
「やば」
そう言いつつも、悠久に追行する流輝。
「あいつらがいるってことは生存者もいるかもしれない」
悠久の頑なな態度に佳乃はため息をついた。
茂みから様子を伺う悠久。見知った景色。
どうやら禍々しい波動の根源は、曰降湖の神社らしい。濃密な闇の気配に、悠久は目眩を覚えた。
「なー引き返さね? 無理だってこんなん。せめてゴリラいないと」
小声で囁く佳乃。流輝は何も言わず、一番後ろでちょこんと体育座りをしている。
「あれは……」
神社の屋根の上に人影を見つけ、目をこらす悠久。
――Aリバーサーだ。ツインテールを夜風になびかせながら、満月を見上げている。妖艶な佇まい。そして、ゆっくりと、こちらに顔を向けた。
「……っ」
悠久と目が合うなり、Aリバーサーは姿を消した。目が回るような感覚に悶える悠久。
「大丈夫?! 引き返す?! そうだね引き返そう!!!」 動揺のあまり自問自答する佳乃。
「くそっあいつのせいで……!」
そう言うなり、茂みから飛び出す悠久。アーネウのスイッチを入れる。神社に向かうつもりだ。
「アカンて!」
後を追う佳乃。流輝も立ち上がる。しかし悠久は佳乃の制止を振り払い、高く飛び上がった。
!!
突如、湖からせり上がった水の壁に阻まれる。舌打ちをしながら身を翻し、着地する悠久。
――四方八方から現れる、大勢のリバーサー。辺りは黒く染まる。
「アクエソカホイラコル……オレサリスンンイキス……」
「イアウンクンサグンンズイウ……アヅエクノイジアトテザモゴヘクンイ……」
不気味な動きで近付いてくるリバーサー。佳乃が険しい表情で戦闘態勢に入る。
「どけよ」
悠久はそう呟くと、目の前のリバーサーを強く蹴り上げた。そしてそのまま宙に浮いたリバーサーを蹴り飛ばし、前方のリバーサーらをなぎ倒す。
「アコウイアウエテオボイウノツオフ……」
リバーサーの杖先が黒く光った。地中から黒い蔦が伸び、悠久の足首に巻きつく。
「ワンパターンだな」
悠久は長く息を吐くと、体を回転させて蔦をねじ切った。そのままの勢いでリバーサーの群れへと突入し、強力な蹴りの応酬で周囲を圧倒する。
しかし、リバーサーの数は増すばかりだ。
「無限湧きかよ……もしやこいつらの巣?」と佳乃。
「そうみたいだね」
息を切らしながら答える悠久。
「エクンヨズアロウェテサキイウアラエトノイスノイス……」
長い呪文の後、魔術陣が悠久の足元に現れ、長い蔦が太ももまで巻き付く。
「またそr……っ!」
再びねじ切ろうとした悠久だったが、蔦に生えた棘が体に食い込み、鋭い痛みに苦悶の表情を浮かべる。身動きが取れない。
リバーサーが杖を振るう。新たに現れた蔦が悠久を囲い、籠を形成する。
「っ当たったらごめん! 骨は拾うから!」
悠久にそう呼びかけながら、アーネウのネジを回す佳乃。
「えい」
すると流輝が水鉄砲を撃ち放った。銃口から水の弾丸が飛び出し、悠久の足元の蔦を貫通する。続けて何度も撃つ流輝。蔦が完全に地面から切り離され、無残に崩壊する。
――解放される悠久。白い着衣に血が滲んでいる。
「ちゃんと武器になんじゃん! やるぅ~!」 佳乃が歓声を上げる。
「バランスバランス」
上機嫌な流輝。どよめくリバーサー。
「やっばいこと思い付いた! うち天才かも」
疲労の色が濃い悠久を見て、佳乃が流輝に耳打ちする。流輝は頷き、再び銃を構えた。強風が渦巻き、明月が陰る。
「ほ~れ」
トリガーを引きっぱなしにしながら回転する流輝。銃口から大量の水が噴き出し、リバーサーに降り注ぐ。雷鳴が唸りを上げた。
「レイアムスサンダーオーシャン! フューチャリングルキ!」
技名はダサいが、破壊的な電撃がリバーサーを襲う。呻き声を上げながら次々と倒れるリバーサー。
「っしゃ! どやどや!!」 喜ぶ佳乃。
しかしそれも束の間、幾重もの魔術陣が地面に浮かび上がり、リバーサーが復活する。
歯を食いしばり、神社を一瞥する悠久。Aリバーサーの姿はない。
「マジかよ……キリないじゃん」
佳乃は落胆し、膝を折った。犬耳が下を向く。
「水切れ」
流輝が引き金を何度も引いて見せる。カシャカシャと乾いた音が焦燥感を煽る。
「大丈夫、まだやれる」
悠久はそう言い、再び敵の中へ飛び込んだ。柔軟な動きで魔術を避けながら、何度も蹴りかかる。鬼気迫る攻勢にリバーサーの反応速度が鈍る。
「オレウェサラクノクノフエズ……」
足元に魔術陣が現れたのを見るなり、高く舞い上がる悠久。うまく避けたかに見えたが、上昇する悠久を囲むように、空中に魔術陣が現れる。
!!
瞬時に棘付きの蔦が悠久を羽交い締めにする。
「悠久!!」 佳乃が叫ぶ。
そしてリバーサーが次の魔術を発動しようとした瞬間、振るいかけた杖は八つ裂きになった。黒い煙を噴き出しながら崩れ落ちるリバーサー。
俊敏に立ち回り、次々とリバーサーを斬り倒していく人影――愛利だ。黒雲が引いていく。
「遅くなってわりぃ! 武器調達してた」
なにやら改造したスコップを片手に現れる雅仁。二本のスコップの持ち手を鎖で縛って固定し、両刃の武器にしている。民家から拝借したのだろうか。
「大丈夫?! 悠久くん!」
蔦が剥がれ落ち、落下しそうになる悠久。蜜花がアーネウで浮上し、受け止める。その後、ゆっくりと地上に降ろされる悠久。
「ありがとう……」
満身創痍の悠久だが、瞳には強い光が宿っている。
「それ以上は無理だよ!」
蜜花の声を背に受けながら、悠久は駆け出す。
「終わらせるんだ、早く」 そう小さく口走った悠久。
蜜花も近くで倒れていたリバーサーの杖を拾い、戦闘に向かう。
「すげー……無敵じゃん」
覆っていく戦況を眺めながら佳乃が呟く。
黙々と戦う愛利、重い一撃を繰り出す雅仁、軽い身のこなしで敵を翻弄する悠久、上空から隙をついて殴打する蜜花。
やがて立っているリバーサーはいなくなった。束の間の沈黙。みなの荒い呼吸音が戦闘の激しさを物語っている。蘇生の魔術は発動されない。
「もう十分だよ。帰ろう」
愛利がそう呼びかけた瞬間――真後ろに大きな人影が現れる。圧倒的な体格差。
「アウアプノイグイウンラマシウイク……」
愛利を見下すMリバーサー。魔術が発動する。
「ぁあ……っ!!」
強い電流が愛利を襲う。
「くそっ」
走り出す悠久。しかしMリバーサーが杖を振り、空圧が悠久を退ける。
「でたな、バケモン」
雅仁は舌打ちをすると大きく振りかぶり、スコップを放った。高速で回転しながらMリバーサーに襲いかかる。
!
しかし目前でスコップはスクラップになった。唇を噛む雅仁。
気を失った愛利を担ぎ上げるMリバーサー。杖先が光る。
魔術陣が現れ、湖に黒き橋がかかる。異界の波動に満ちている。
悠久を一瞥すると踵を返し、橋を渡り始めるMリバーサー。
「おいやめとけ! 罠だ」
すぐさまMリバーサーを追おうとする悠久を雅仁が止める。
「構わない」
目が据わっている悠久。異様な気迫に思わずたじろぐ雅仁。
「武器もないし、応援を呼んだ方がいいよ」 蜜花がなだめる。
「そうそう! 絶対そう!」と佳乃。
「とにかく俺は行く。愛利ちゃんを放っておけない。みんなは帰って。……ごめん」
そう言い残し、橋に足を踏み入れる悠久。
淀んだ煤煙で形作られたような、しかし冷たく固い感触の橋。
「仕方ねえな」
雅仁が打ち捨てられたリバーサーの杖を拾い、後に続く。蜜花と佳乃も覚悟を決め、神社へと向かった。
神社に辿り着く悠久。Mリバーサーの姿は見えない。しんと静まり返っている。
赤い鳥居が月光に照らされ、妖しく浮かび上がる。
「これ以上ないくらいの罠感」
雅仁、蜜花に続き、佳乃が軽口を叩きながら橋を渡り終えた――その時だった。
!
橋が消滅し、神社の裏手が広く光る。足元に発現する特大の魔術陣。島と同じ大きさだ。逃げ場がない。
「くるぞ!」 雅仁が身構え、叫ぶ。
すると魔術陣の淵から黒い猛火が燃え上がり、みるみるうちに島をドーム状に覆った。辺りが暗然たる火光に照らされる。
「アウアパカハサンザラマキア……」
神社の裏手からMリバーサーが現れる。逆さまの状態で担ぎ上げられている愛利。まだ意識はないようだが、苦しそうに顔を歪めている。
そしてMリバーサーの背後から現れる、多数のリバーサー。Mリバーサーを守るように、前面に立ちはだかる。
「まだこんなに」 愕然とする蜜花。
「オリスイスア……ンスンザハモイスンンイク……」
無言で走り出す悠久を見て、Mリバーサーは払いのけるように杖を振るった。
!!!!!
一瞬だった。
四人の足下に現れた魔術陣から何本もの太い針が突き出し、全身を深く貫いた。
「っあ……!!」
針はすぐに消え、四人は同時に地面に崩れ落ちた。血が溢れ出す。
誰も何も発さない。微動だにしない。みな気絶した、かに見えた。
「うぁ……ぅ」
低く呻きながら、悠久が立ち上がる。白銀のアーネウが血と泥で色褪せている。おぼつかない動きで後ろを見やる悠久。
――血だらけで倒れている雅仁、蜜花、佳乃。フラッシュバックする忌々しい記憶。惨たらしく奪われた、全てを。あの日。
「アキアウアイジグンシライイオ……」
「イアウアラマアラテチスエガケト……」 重く響くMリバーサーの声。
リバーサーらはなにやら口々に言い合いながら様子を見ている。Mリバーサーの肩上で、力なく投げ出された愛利の四肢。
「っ離せ…………」
Mリバーサーに向き直り、切れ切れになった上衣を脱ぎ捨てる悠久。傷だらけの皮膚が露わになる。
「離せよ……」
憎しみに震えながら、一歩ずつ踏み出す悠久。赤黒い染みが帯状に広がる。
「エコエテワイ……ンラマカキウイトウイアムノイジエロス……」
動じないMリバーサー。ただただ悠久を眺めている。
「うっ……ぁあ……」
不意に苦しみ出す悠久。すると悠久のアーネウが電光を発し、異音を立て始める。
「許さな、い……っ……ぅあぁ」
地面に膝をつき、痛みに耐える悠久。メキメキと軋みながら変形していくアーネウ。
――アーネウは生き物かのように、悠久を腰までのみ込んだ。
「エヲケアソ……インザウ……」
Mリバーサーが咆哮し、周囲のリバーサーが一斉に魔術を発動させる。悠久を覆う、分厚い黒鉛の壁。
しかしそれは瞬く間に崩れ去った。そして、その中に悠久はいない。
「アチスノプ……」
明らかに動揺した様子のMリバーサー。他のリバーサーが次々と倒れ込み、力尽きたからだ。原因がわからない。
!!!
突如、目の前に現れた悠久に蹴り飛ばされるMリバーサー。燃え盛る檻が溶けるように消え、月光が惨状を照らし出す。
「ゆ……く……?」
悠久の腕の中で目覚める愛利。頬が泥で薄く汚れている。
「今度こそ、守るから」
悠久は愛利を地面に下ろし、指先で泥を拭い去った。愛利は小さく頷く。
「これ借りるね」
愛利が携えていた刀を抜き、まだ起き上がれないでいるMリバーサーに迫る悠久。
「オヤペラペアヲ……」
悠久は虚ろな目でMリバーサーを見つめ、刀を振りかぶった。
「……っ?」
鋭い金属音が響き、悠久の刀が押しとどめられる。
――Aリバーサーが交差させた二本の長刀で、悠久の一閃を防いでいる。
「エテワイ……アラカピアゲウオ……」
真っ黒な顔面から、確かな眼光を感じる。
「ぅああぁぁあ……っ!」
悠久は弾かれたように後方へ飛び退き、頭を抱えた。
弱々しく立ち上がるMリバーサー。苦悶する悠久を尻目に、Aリバーサーを連れて撤退する。
「く、る……な…………」
やがて電池が切れたように脱力し、倒れ込む悠久。愛利が横になったまま、その様子を見つめている。
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