AIは電気脳の死を喜ぶか?

幻奏堂

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Our society is run by insane people for insane objectives. 前奏

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「あれ……俺、」

 医務室で目を覚ました悠久。例のカプセル内のソファに座らされている。リクライニング式らしく、ほとんど仰向けの状態だ。

「……っ」

 体を起こす悠久。全身に痺れるような痛みが走った。

「悠久くん、素晴らしいです! アーネウが完全に適合したようです!」

 目覚めた悠久に気付き、アレディヴが早足で近寄ってくる。随分と興奮した様子だ。その少し後ろで、愛利が心配そうに様子を窺っている。

「みんなは……? みんなはどこにいるんですか?!」

 周囲を見回し、顔面蒼白になる悠久。脳裏をよぎる惨状。

「みんな無事だよ! 佳乃ちゃんはちょっと大変だったけど、今は元気。もう三日経つからね」

「そっかよかった……!! やっぱアフトラガの医療はすごいね」

 愛利の返答に胸を撫で下ろす悠久。アレディヴは悠久の足元に屈み込み、アーネウを入念に確認している。

「てか俺、またそんなに寝てたんだ」

 悠久は目を瞬かせながら天井を見上げた。赤みがかった星雲が淡く光を放っている。見ていると、吸い込まれそうだ。

「いや~予想以上です……まさか変異するとは。研究のしがいがありますねぇイヒヒ……ハッ! 失礼しました。感覚はどうですか? 何か違和感は?」

 悠久を見上げるアレディヴ。好奇心に目が輝いている。

「あ、え……」

 自らの体を確認し、目を見張る悠久。半裸の状態だ。そして――

 肋骨あたりまで、アーネウに覆われていた。

「こっこここれ大丈夫なんですか?!?!」 思わず取り乱す悠久。

「多分大丈夫です。臓器には影響ありませんから。表皮が置き換わったようなものです。多分」

「多分はやめてくれません?!」

「嘘になりますが、よろしいでしょうか」

「よろしくないです!!」

 悠久とアレディヴが押し問答をしていると、慌ただしい足音が近付いてくる。

「悠久ー! 生き返ったかー?!」

 勢いよく扉が開き、佳乃が入室する。少し遅れて雅仁と蜜花も続く。

「すっげ、かっけえ!!」

 悠久の体を見て、沸き立つ雅仁。悠久は急に恥ずかしくなり、上着を探したが見当たらなかった。

「俺も適合してぇ~! ……ん、ちょっと待てよ。それ下半身どうなってんだ。排泄は?」

「あっそれは……なんか、うまくよけてる、ぽい」

「うっは! それはだせえ!!!」

 打って変わって爆笑する雅仁。佳乃も吹き出す。愛利と蜜花は曖昧に笑った。悠久は深く傷付いた。

「俺、帰る……」

 よろめきながらカプセルから出る悠久。悲壮感が漂っている。

「ちょっと待って! サプラ~イズ!! 聞いて?」

 出口へと向かう悠久の前に、佳乃が立ちはだかる。迷惑そうに眉をひそめる悠久。

「なんと! あのREYAMSのフリーライブがっ今夜開催!!」「ケム様やっぱ生きてた~!! 拠点奪還のお祝いで来日してくれんだって! ダメ元で言ってみたら先生がオファーしてくれて、まさかのオーケー!!」

 早口でまくし立てられ、面食らう悠久。

「あ、奪還できたんだ……」

「しかも!! うち今日ライブスタッフとして参戦できんの! やばくね?! 悠久もよかったなぁ~ギリ目ぇ覚めて!」

「あーうん。ウレシイ」

 温度差が激しい二人。雅仁がやれやれとばかりに両手を上げる。

「モルディブも来るよな?!」

 加乃がアレディヴを見やる。アレディヴは口角を上げた。

「そうですね、地表文化を学ぶ良い機会になりそうです」

「いやそこスルーかよ!!」

 雅仁が芸人ばりの瞬発力を見せる。が、それもスルー。

「でも悠久くん、大丈夫? まだ具合悪いんじゃない?」

 蜜花が悠久の体調を気遣う。悠久はお腹あたりをさすっている。

「いやREYAMSのライブはそういう時こそ行くべき! マジ元気出るから!!」

 佳乃に割り込まれ、困り顔になる蜜花。一方、悠久は爽やかに微笑んだ。

「そうだね。ライブ見るくらいなら大丈夫そうだし、息抜きに良いかも。行けたら行くわ」

「いやそれもう絶対来ないやつ~! 逆に来たらちょっと引くやつ~!」

 雅仁が大きく声を張り上げる。が、全員スルー。

 「じゃ」と部屋を出ていく悠久。雅仁は遠い目で、ひたすら壁を見つめていた。





 暗闇の中、照らし出されるステージ。その背景となっている大きなディスプレイに、REYAMSのロゴが映し出されている。ダブルピースするキャラクターがあしらわれた、遊び心のあるデザインだ。高揚する人々の波。蒸すような暑さ。

「すご……思ったより本格的」

 中央塔の一室に入るなり、悠久はそう呟いた。スタンディングライブのようだ。後方には座席も用意されている。何も知らなければ本物のライブハウスと見紛うだろう。それほど設備が整っている。
 人混みの後ろの方に立っている雅仁を見つけ、駆け寄る悠久。愛利と蜜花も一緒だ。

「おぉ? 来たのか、マジか。もう大丈夫なのか?」

 逆に来てしまった悠久に、やはりちょっと引いている雅仁。

「悠久せーふ! まだ始まってないよ! あっ見て見て! 出てきたっ」

 愛利がステージ上を指差す。三人の男性が登場するところだった。

「あれがケム、様……」 目をこらす悠久。

 ステージの中心に立った、ボーカルらしき黒髪の男性。腰まで届くほどの長い直毛が美しい。白いワンピースを身に纏っている。他の二人よりは背が小さく、顔付きも中性的だ。少年のような凛々しさと、少女のような可憐さを持ち合わせている。

 ギターを片手に右に立つ男性。タンクトップ姿で、肩から腕にかけての筋肉が逞しい。無造作に毛先がはねた、短髪のシルバーヘアー。薄く青みがかっている。交差させた黒いバンドで両目が覆われており、表情がわかりにくい。

 左側で参加者に手を振る男性。既にベースのストラップを肩にかけ、準備万端だ。黒いストライプスーツを着こなしている。オールバックのミディアムヘアー。紫みのある銀髪だ。ギターの男性と同様、バンドを顔に巻き付けている。まるでバツ印が貼り付けられたかのようだ。

 みな肌が透けるように白い。そしてなにより、只者ではないオーラを発している。流石はアメリカの大人気ロックバンドだ。

「おお、一曲目は日本語バージョンだってよ。粋だね~」

 雅仁に話しかけられ、我に返る悠久。いつのまにかケムが英語で話している。

「……440 not remembered」

 ケムがタイトルを呟き、伴奏が始まる。ドラマーはいないがドラムの音が聞こえている。電子楽器だろうか。

♪ 揺らぎ押し寄せかき消していく――泡立つ思考――消滅する自己――

 ケムの歌声が響き渡る。声は意外にも男らしい。艶のある中低音。荒々しい曲調だが、歌詞が染み渡るように頭に入ってくる。

「日本語うま」 驚く悠久。

 高まる熱気、歓声。最前列で一際激しく跳ねる人影、佳乃だ。ライブスタッフの仕事は終わったのだろうか。

♪ 過去は吹き飛び――強烈な今しかない――細胞が誰かを模倣する――

「すごい盛り上がってるね。特にファンってわけでもないだろうに。佳乃ちゃん以外」

 そう言いながらも、ステージから目を離せないでいる悠久。

「悪くねえな」

 リズムに合わせ、体を揺らす雅仁。

「ケムさま~……っ」

 愛利は手を組み、見惚れている。

「えっ愛利ちゃんってああいうのがタイプなの?」 動揺する悠久。

「あ~やきもちぃ?」 嬉しそうな愛利。

「や、ちが、えっと……」

「安心してっお父さんみたいでいいなって思っただけ!」

「え、お父さんに似てるの?」

 ~~!

「ごめん聞こえないーっ!」 愛利が頭を振る。

 音が大きく激しくなり、会話が途切れた。サビに入ったようだ。

♪ 叫べ――底なしの激情の渦に身を任せ――本能のままに狂い求める――

 絶叫するケム。明滅するスポットライト。熱狂する人々。唸りを上げるギター、かき鳴らされるベース。
 ケムがスピーカーに片足をかけ、観客を見下ろす。殺到する人波。人々は完全に魅了されている。

 ケムが一際大きく目を見開いた。赤紫の瞳。佳乃と同じ色だ。ケムもカラーコンタクトを入れているのだろうか。

♪ 壊せ――抑えていた獣が目覚める――継ぎ接ぎの正義――瓦礫を築く――

 悠久は、立ち尽くしていた。頭の奥が痺れる。言葉が何重にも反響する。
 目が回るようだ。今ここがどこで、いつで、自分が誰なのかさえ不確かに思えてくる。

 やがて、ケムの視線が後方へと移り、悠久を捉える――。

「悠久っ大丈夫?!」

 突然、しゃがみ込んだ悠久に愛利が声をかける。

「あれ、どうしたんだろ俺」

 戸惑う悠久。ケムと目が合う寸前に、体が勝手に動いたらしい。

「無理しない方がいいよ。私、部屋まで送る」

 そう言って悠久の手を引く蜜花。有無を言わさない眼差し。

「あ、うん。そうしようかな」

「え~まだ始まったばっかりなのにぃ」 愛利が口を尖らせる。

「雅仁くん、愛利ちゃんをお願い」

 立ち上がって愛利の頭を軽く叩く悠久。愛利が頬を膨らませる。

「おー任せろ」

 不服そうな愛利を雅仁に託し、二人は会場を出た。

 ライブは大盛況だ。ケムは天を見上げ、目を閉じる。

♪ 愛しい君すら忘れ――忘れ――鮮紅の罪に染まる――





「っはぁ。良い空気……ふふ、助かっちゃった」

 廊下に出たところで、大きく伸びをする蜜花。
 壁一枚の隔たりのはずだが、室外には全く音が漏れていない。防音技術も発展しているのだろうか。

「助かったって何が?」

「うん。悠久くんを理由にしちゃったけど、実はああいうのちょっと苦手で。部屋に戻りたかったんだよね。悠久くんも限界だったんでしょ?」

「あーうん、そんな感じ……」

 思わず聴き入ってたなんて言えない、と悠久は思った。

 居住エリアに足を踏み入れる二人。みなライブに出払っているのか、閑散としている。

「でも息抜きにはなったよ。地上を思い出せて。まぁあんなライブ行ったことないけど」

 そう言って何度か深呼吸をする悠久。まるで夢から現実に戻ってきたような感覚。不安を覚えるほど懐かしい、過去そのもの。そんな空気感があの場所にはあった。

「……悠久くん、ありがとね。愛ちゃんから聞いたよ。私達が倒れた後、悠久くんが一人で戦って、守ってくれたんだよね。おかげでまだ、私はここにいられる」

「いやそんな、俺もあんまり覚えてなくて」

 個室のある廊下に辿り着く。蜜花は自室の前で立ち止まり、迷うように視線を泳がせた。不思議そうに目を向ける悠久。

「……私、男の人ってなんか怖くて苦手なんだけど……悠久くんみたいな人とだったら、良いかも」

「へ~…………えっ!何が?!」

「ふふっみたいな、だよ? みたいな、人! 悠久くんには愛ちゃんがいるもんね。わかってるから」

 頬を赤らめ、笑う蜜花。心なしか切なげに目を伏せる。

「あっみたいな! みたいなね! いや愛利ちゃんはあれだけどね! 妹みたいな! ミタイナ!」

 悠久は混乱している。蜜花は小さく手を振り、部屋に入っていった。

「ミタイナ……ミタイナ……」

 そう呟き続ける妖怪を残して。





 ――どこだ……? 明るくて、暖かい。視界がぼやけていて、輪郭しかわからない。誰か、いる。子供?

「だから何回やっても同じだっての! お前は俺には敵わないんだよ!」

 ――そんなこと、やってみなきゃわからない。

「俺にはわかる。お前に◯◯◯◯は無理だ。確かに○力はあるかもしれないけどな。なによりも強靭な肉体、それが第一条件だ」

 ――嫌な奴。でも、嫌いじゃない。不器用な優しさが、伝わってくるから。

『こらっ意地悪言わない! 最近の◯◯◯◯は雑用ばっかだから、鍛える必要ないでしょ。平和なんだから』

 ――胸が締め付けられる。甘く響く声。

「そんなものいつ崩れたっておかしくない。いいか? 平和ってのは常に綱渡りだ。少しでも間違いが起きれば、それが連鎖して……」
『じゃあわたしも鍛えないとだね。強靭、じゃないでしょ?』
「そっ?! それはやめておけ! その感じで鍛えたら……み、見た目的にきついもんがあるだろっ」
『はん?』

 ――微笑ましくて、泣きたくなる。

『……私思うの。命って、自由になる為に生まれてくるんだって。意思を持つってことは、自由でしかいられなくなるってことでしょ。こうしたい、ああしたいって気持ちは誰にも……自分にだって制限できないから。
意思から生まれる言動や行動だって、抑えることは難しい。命は自然と、自由になってしまう。そうあるべくして生まれたから。
だから向いてるとか向いてないとかで判断するのは不自然だと思う、もったいないと思う。やりたいことをやっていい、

なりたいものになろうとしていいんだよ』

「っじゃあ俺が○○○の邪魔するのだって、自由だろ?」

『他者の自由を侵害してはいけませんっ! ○○法、基本でしょ? ってか邪魔って言っちゃってるし』

「あ……」

 ――ぱっと笑顔が咲く。僕にはもったいないほど、眩しくて。

 ――初めての感情を、大切に抱きしめたんだ。





「ンクンンンイ……ンクノイジアプ……」

 飛び起きる悠久。目の前には、

 Aリバーサー。

「っなんでここに……っ」

 ベッドから半ば崩れ落ち、アーネウのスイッチを入れようともがく悠久。寝起きで手足がおぼつかない。

「オウアチスノプ……エチンチト……」

 迫るAリバーサー。純白な空間を汚すように、闇を振りまいている。総毛立つ悠久。

 ――ここがバレたのか? この前の復讐に? みんなは? ライブは終わったのか? 思考が追いつかない。

 悠久はアーネウの起動を諦め、床に背中を擦りながら後ずさる。

「やめろ……っ来るな!!」

 半狂乱でAリバーサーを蹴り飛ばす悠久。されるがまま、倒れ込むAリバーサー。弱々しく蠢いている。

 ――!

 鋭い耳鳴りに、悠久は額を押さえた。強く瞑目する。

「いったーい……っ」

 聞き慣れた声。ハッとして体を起こす悠久。

 愛利が、倒れている。足が痛むのか、脛をしきりにさすっている。Aリバーサーの姿はない。

「ごっごめん!! 俺っ」

 慌てて愛利に駆け寄り、怪我の状態を確認する悠久。局所的に赤くなっている。

「医務室行こう! 立てる?!」

「うん……それよりどうしたの? 寝ぼけてた?」

「あ、うん。なんか……愛利ちゃんがリバーサーに見えて。変な夢見てた気するから多分その影響。ほんとにごめん……っ」

 愛利を助け起こしながら謝る悠久。愛利は小さく首を振った。ツインテールがしなやかに揺れ動く。

「わたしの方こそ、疲れてるのに起こしちゃってごめんね。うなされてるみたいだったから……ただの夢なら問題なさそうだけど、一応、先生に相談しといた方がいいかも」

「そうだね、ありがとう。ごめんね」

 悠久の同意に安堵した様子の愛利。軽く足を引きずりながら、悠久の肩に腕を回し、体を預ける。

 悠久は深く息を吐く。静かに這い寄るような、底知れぬ不安を払拭する為に――。



 アレディヴによると、悠久の不調はアーネウが完全適合した反動らしい。悪夢を見たり、情緒不安定になる場合があるそうだ。
 いつもより念入りに健康診断を受けた悠久。その後は夢を見ること自体が少なくなり、精神的にも安定したのだった。




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