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九
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ゆっくりカップを傾けてから、モーガンは、向かいに座るアスベルトを見つめた。
「…何したの?何か付いてる?」
「違うよ。アスがいい人なのは、ウィルセンには、いい人が多いからなんだろうなと思ったんだ」
ニコニコと笑うモーガンを見て、アスベルトは、頬を赤くしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「それで?どうする?ロムに頼む?」
「そうだね。そのほうが安心だし。お願いできますか?」
「もちろんでございます」
「ありがとうございます」
「そしたら、次こそ、宝石店に行こうか」
「そうだね。あ。その後なんだけど、さっき、茶葉を扱ってるお店あったから、行ってみない?」
「いいよ。僕も、さっきのアクセサリー見た露店の側にあったお店も見たい」
「そしたら、大通りに戻りながら、次は、別のお店見ようよ。僕も、他にも、色々見てみたいところあるんだ」
予定を組む二人を見つめ、執事は、周囲に、注意を払いながらも、楽しそうに、ニコニコと笑っていた。
〈…カランカラン〉
ゆっくり紅茶を楽しみ、宝石店に向かい、扉を開けると、質素ながらも、洗礼された室内に、二人は、驚いて、口を半開きにした。
「いらっしゃいませ。本日は、何をお探しですか?」
清潔感のある青年が、優しく微笑みながら、近付くと、執事が、二人の前に立った。
「宝石の換金と、贈り物を選びたいのですが」
「かしこまりました。では、こちらへ、どうぞ」
小部屋に通され、モーガンとアスベルトが、並んで座ると、テーブルに道具が置かれ、向かいに中年男性が座った。
「では、宝石を見せて頂けますか?」
「モーガン様、どちらをお売り致しますか?」
執事が、内ポケットから宝石を取り出すと、モーガンの前に差し出した。
「えっと、どれがいいかな?」
「とりあえず、これか、これかな」
「なら…こっちで」
モーガンが指差した宝石を執事が、テーブルに置くと、手袋を着けた中年男性が、道具を使って、宝石を調べ始めた。
「…あまり大きくはないが、とても状態が良い。これなら、このくらいだな」
中年男性が、メモした紙を受け取り、青年が、金額を確認してから、執事に渡した。
「どうぞ、ご覧下さい」
モーガンが受け取り、アスベルトと顔を寄せて、内容を確認した。
「…桁が凄い」
「やっぱり、デモンステラだったんだ」
「デモンステラって、あの?」
「そう。ダイアモンドみたいなんだけど、ダイアモンドよりも、希少価値が高い、あのデモンステラ。元々、サンテラ地方のデモン鉱山から採掘された鉱石の一種で、透明に近い半透明で、パッと見ただけだと、ダイアモンドと区別がつかなかったんだ。それを、偶然、鑑定士が違いに気付き、更に、魔法鑑定士が、魔法石としても使えると気付いたことで、数年前から、話題になってるけど、数百個、掘り出したダイアモンドの中に一個、あるかないかくらいで、とても数が少ないらしいよ」
「そんなに、珍しい宝石だったんだね」
「まぁね。しかも、デモンステラは、今、世界に出回ってる物でも、そんなに大きくないらしい。でも、それなりの大きさでも、使い勝手がいいから、高値で売れるんだって」
「そうなんだ」
「いかが致しますか?」
モーガンが、納得して頷いていると、執事は、紙に手を添えた。
「宜しければ、この値段で成立となりますが」
「ねぇ、アス、デモンステラの一般相場って、どれくらい?」
「大きさにもよるけど、これより、一回り小さくて、それより桁が一つ少ないくらいかな」
「…多くない?」
「若干ね。でも」
「デモンステラが、希少価値が高い理由は、採掘量だけでなく、とても繊細だからなんですよ」
モーガンが視線を向けると、青年と中年男性は、ニコッと笑った。
「デモンステラは、ダイアモンドみたいだと言われてますが、ダイアモンドのような強度はなく、採掘や運搬の際に、傷付く事が多いので、無傷のデモンステラは、ほとんど、存在しないとされてます。だから、どんなに小さくても、無傷であれば、その価値は、一気に高まります」
「このデモンステラは、とても状態が良い。色合い、輝き、形も良い。何よりも無傷だ」
「なので、我々は、正当な値段を提示しただけです」
「そうなんですね」
「それで?どうするの?」
「もう一つも、見てもらいたい気分」
「僕個人は、それだけにしといたほうがいいと思うよ?」
「やっぱり、こっちも珍しいの?」
「そっちのほうが珍しいよ」
「そうなんだ。それなら、これで、お願いします」
「かしこまりました。では、お手続きを」
青年が、モーガンの持っていたメモを受け取り、手を扉に向けると、アスベルトが、手のひらを見せた。
「そのへんは、執事に任せてますので。ロム、頼むよ」
「お任せ下さい」
〈ガチャ〉
「では、お手続きをしてる間、こちらをご覧になって、お待ち下さい」
道具を片付け、中年男性と青年が、執事と一緒に、扉を開けたまま、部屋から出て行くと、モーガンは、ドレスやアクセサリーのデッサン画をめくった。
「…これ」
「ん?へぇ~、同じようだけど、少しずつ違う形のペンダントだね」
「リリアンナなら、この感じが好きだと思うよ」
四種類の花のモチーフが、一枚の画用紙に描かれている中の一つをモーガンが指差すと、アスベルトが、視線を向けた。
「…なんの花?」
「さぁ?キアナ皇女なら、どれかな?」
「キアなら、これだな」
アスベルトが指差したモチーフを見て、モーガンは、小さく頷いた。
「こんな感じなんだね。いいかも。でも、大きさが分からないね」
「確かにね。あんまり、大きくないほうが、いいんだけどね」
「実物をお持ちしましょうか?」
二人が視線を上げると、青年が、別冊のデッサン画を持って、ニコニコと笑って立っていた。
「いいんですか?」
「はい。もし、宜しければ、ご説明も致しますよ?」
「どうする?」
「いいんじゃない?実物見ながら、説明聞くほうが分かりやすいし」
「かしこまりました。では、少々、お待ち下さい」
一度、部屋から出た青年は、大量の木箱やデッサン画を持って、すぐに戻って来た。
〈パタン〉
ドアを閉めてから、青年が、平たく四角い箱を開けると、デッサン画で見た通りに、ペンダントが並んでいた。
「では、先程の商品から、ご説明をさせて頂きます。こちらは、小さな宝石を使って作られた物で、季節を彩る花をモチーフにしております。右上がカナリアンチェリー、左上がエリスサンフラワー、右下がローデックサザンカ、左下がブリリアンアドニスです。普段使いもでき、ドレスアップした時でも、さり気なく着けていられるとの事で、奥様や恋人様にと、選ばれるお客様が多い商品です。二人も、お相手様の誕生月が分かるのでしたら、その季節のモチーフを選ばれるのも、良いかと思いますが」
「キアナ皇女の誕生月っていつ?」
「ガンが選んだやつ。リリは?」
「アスが選んだの」
互いが互いの相手にと、指差していたのが、誕生月に近いモチーフだった事に、二人は、視線を合わせた。
「…どうする?」
「でも、リリアンナは、カナリアンチェリーのほうが、色合いも、大きさも、好むと思う」
「キアも。ブリリアンアドニスのほうがいいって、騒ぎそうなんだよね」
「お二人の恋人様は、姉妹かご友人ですか?」
「こ恋」
「片方は僕の義妹で、片方は彼の友人です。その二人も、今は、友人関係って感じですかね」
顔を真っ赤にして、慌てるモーガンを肘で突っつき、アスベルトが答えると、青年は、ニコッと笑った。
「でしたら、そのままでも、違和感はありませんよ。お客様の中には、ご姉妹やご友人同士で、ご購入される方もいらっしゃいますので」
〈ガチャ〉
二人が頷いていると、扉が開き、中年男性と執事が戻って来た。
「いかがなさいましたか?」
〈パタン〉
二人で見つめると、執事は、不思議そうに首を傾げた。
「いや…なんでもない」
視線を合わせてから、ポリポリと頬を掻くアスベルトと、真っ赤になった顔を下に向けたモーガンを見て、執事が首を傾げると、青年が、クスッと笑った。
「今、お二人に、お相手様の贈り物を選んでいたんです」
「お相手…あ~、そうでしたか。どちらをお選びに?」
顔を真っ赤にしたまま、モーガンが指差すと、アスベルトも、頬を赤くしながら、選んだモチーフを指差した。
「なるほど。して?こちらのお値段は?」
「こちらになります」
執事が、紙に書かれた値段を確認してから、二人に視線を向けた。
「いかがなさいますか?私は、ご購入されても、問題無いと思いますが」
「…買う?」
「急に、ネックレスを贈っても大丈夫かな?」
「まぁ、父上に見付かったら、昨日みたいになる可能性はあるかな」
「だよね」
「でしたら、坊っちゃんから、お嬢様に、お渡しすれば宜しいのでは?」
「あ~なるほどね。そしたら、僕からってなるから、父上も、深くは聞かないか」
「でも、アスに迷惑」
「あ、キアを連れて来ればいいじゃん」
「なるほど。確かに、お嬢様は、リリアンナ様と、お会いしたいと申しておりましたね?」
「リリには、この前のお礼にってことで、離宮に招待すればいいし、そしたら、ガンも来れるし」
「しかし、後に知られれば、坊っちゃんも、お怒りを受ける事となりますが?」
「問題はそこだよね。どうしようかな」
「ねぇ、アス、アルベル公のこと、忘れてない?」
「…忘れてたーーー。一番、厄介な」
「アス、ここ、公爵家の御用達」
ぐしゃぐしゃと、頭を掻いたアスベルトが、バッと視線を向けると、青年と中年男性は、ニコニコと笑っていた。
「…このことは」
「大丈夫ですよ。当店では、それぞれ、担当が決まってます。私は、ここで案内と販売を担当、彼は、店頭に持ち込まれた宝石やアクセサリーなどの鑑定と買取を担当し、公爵家には、全てが出来る者が、それぞれ、一人ずつ、担当が付いてます。更に、それぞれの担当と私達は、あまり深い関わりはありません。収支や支出の確認程度くらいですから」
「なるほど。仲良くなってしまい、公爵家の担当が、問題を漏らさない為、担当外が、公爵家に接触するのを防止する為でございますね?」
「はい。なので、ご安心下さい」
「こんなに徹底された管理体制なら、坊っちゃんも、安心でございますね?」
ニコッと笑った執事に、アスベルトは、困った顔をしながら、頭を掻いた。
「それは、そうなんだけど、アルベル公の事は別問題だろ?」
「それなら、アスの贈り物を僕から渡して、僕のをアスから渡すって形にするのは、どうかな?」
「まぁ、それなら、僕もガンも、怒られないかもしれないけど、それだと」
「もちろん、リリアンナ自身には、アスからってのを伝えるよ。内密にね?」
「なるほど。本人には真実を伝えて、親達には黙ってるってことね」
「そうゆうこと」
「それなら、いいかもね」
二人で視線を合わせて、ニコッと笑うと、揃って、執事に顔を向けた。
「かしこまりました。では、お二人のご所望の物をお願いします」
「かしこまりました。贈り物用に、お包みしますか?」
「お願い致します」
「では、少々、お待ち下さい」
それぞれ、長四角の小さめな木箱に入れ直し、メッセージカードを取り出した。
「メッセージも、お書き頂けますが、いかがしますか?」
「カードかぁ。いいかもね」
「でも、バレたら、ちょっと怖いね」
「そうだけどさ?やっぱり、これは、僕からってのを伝えたいと思わない?」
「そうだけど」
「怖いからって、身を引いてたら、いつまでも、先に進めないよ?」
「…そうだね。お願いします」
「では、こちらをお使い下さい」
ペンとカードを受け取り、それぞれで、メッセージを書いた。
「…ガン、それだけでいいの?」
「アスこそ、もっと書かないの?」
「今は、とりあえず、こんな感じでいいかな」
「僕も、今は、これでいいかなって思う」
二人がニコッと笑って、カードとペンを返すと、青年は、それぞれの木箱に入れ、蓋を閉めた。
「では、もう少々、お待ち下さい」
別のテーブルに木箱を置き、青年は、器用に色違いの包装紙で包み、目の前に並んで、ぶら下がっているリボンの中で、同じ色を選ぶと、それぞれに結んだ。
「お待たせしました。こちらの青い包装紙がカナリアンチェリー、白い包装紙がブリリアンアドニスです」
それぞれの包装紙の違いに、執事は、青年を見て、クスクスと、小さな声で笑った。
「…お分かりでしたか」
「さて?なんの事でしょうか?」
「いえ。では、お勘定を」
ただ優しく微笑み、首を傾げた青年と中年男性に、執事も、優しく瞳を細めて、小さな銀トレーに、紙に書かれた金額分の金を置いた。
「…はい。確かに、頂戴しました」
アスベルトとモーガンが立ち上がると、五人で部屋を出て、店頭まで戻った。
〈カランカラン〉
「本日は、誠に有難うございました。またのご来店をお待ちしております」
執事が贈り物を受け取り、青年と中年男性が、頭を下げると、三人も、頭を下げてから、その場を離れた。
「さて。次は?」
「あそこだよ。あの角のお店」
〈カラカラ~ン〉
「いらっしゃいませー」
沢山の茶葉が並ぶカウンターに、二人が、キラキラと瞳を輝かせると、執事は、苦笑いしながら、女店主に視線を向けた。
「すみません。お礼の品に茶葉をと思い、探しているのですが」
「でしたら、こちらのアンネローズは、いかがですか?お湯を注ぐと、華やかな香りがしますよ?」
「できれば、お菓子やケーキに合うのがいいんですけど」
「であれば、フェルローシュか、フロスティーデが、オススメですね」
「普段でも、飲めるほうがいいんじゃない?キア、母上と飲んでることもあるから」
「そっか」
「それなら、詰め合わせにするのは、どうです?色んな種類を少しずつ、小分けにして、箱に詰めた形になるから、その日の気分で飲めると思いますよ?」
「それにしよう。ガンは?」
「僕も。そのほうが」
「何にします?」
「今言ってた三種類と、店主さんのオススメを二、三種類」
「せっかく、贈るなら、自分で選んだ方がいいですよ?」
「でも、僕、あまり茶葉に詳しくないし」
「そしたら、さっきの三種類と、ホワイトルベラ、ミセスカーチェ、キエヌエリーサを詰めてもらってもいいですか?」
「まいど、ありがとうございます。ちょっと待って下さいね。お兄さんは、紅茶好きなんですね?」
女店主は、ニコニコと笑いながら、小瓶に茶葉を詰め始め、テーブルに並べた。
「えぇ。よく飲むので」
「そしたら、これ知ってますか?」
〈コトン〉
女店主が、カウンターの奥から取り出した小瓶を置くと、モーガンは、キラキラと瞳を輝かせた。
「それ、フレッシュミリーですよね?」
「ガン、それ、どんなお茶?」
「緑のお茶だよ」
「あ~、今朝、ガンが言ってたやつか」
「そう。呼び方が違うけど、元々は、凄く遠い島国で栽培されてるんだって」
「お兄さんは、本当に物知りなんですね?でも、フレッシュミリーは、その国で使われてる製法を用いて、大陸で作った物なんですよ。本物は、とても繊細で、深みのあるお茶なんです」
二人が何度も頷くと、女店主が、茶器を取り出した。
「飲んでみますか?」
「…え?これ、フレッシュミリーじゃ」
「これは、グリンティーです」
モーガンの瞳が、更に、キラキラと輝くと、女店主は、執事に視線を向けた。
「教えるので、煎れてもらえますか?」
「かしこまりました」
「二人は、座って待ってて下さい」
執事と並んで、女店主が、背中を向けると、モーガンとアスベルトは、静かに椅子に座り、改めて、店内を見回した。
「凄くいいお店だね」
「だね。こじんまりしてるけど、凄く落ち着く。凄くいい香り」
爽やかな香りが、店内に漂い、二人は、胸いっぱいに息を吸い込むと、大きなため息をついて、女店主と執事の背中を見つめた。
「お待たせ致しました」
手元に置かれたカップを持ち上げ、薄緑色の液体が揺れると、爽やかな香りが鼻を抜けて、二人は、揃って口を付けて傾けた。
「…美味しい」
「本当だね。フレッシュミリーとは、全然違うよ」
「そうなの?」
「フレッシュミリーを飲んだことは?」
「ない」
「ウチには、フレッシュミリーもあるから、飲み比べてみますか?」
「いいの?」
「えぇ。そしたら、さっきと同じように、これを煎れてもらえますか?」
「かしこまりました」
アスベルトが、持ち上げたカップには、同じような薄緑色の液体が入っていたが、ヒクヒクと鼻を動かした。
「さっきより、香りが薄い」
「飲むと、もっと違うよ?」
モーガンが、カップを傾けると、アスベルトも口を付け、瞳を大きく開いた。
「ほんとだ。全然違う。さっきのほうが、香りも強かったけど、渋みの中にも、甘みもあるし、鼻から抜ける香りも違うね」
「ね?製法は同じなのに、作る場所で、こんなに違いがあるって、凄く面白いでしょ?」
「そうだね。こんな違いがあるなら、お茶会も楽しそうだね」
二人がニコニコと笑って、カップを傾けるのを見て、女店主と執事は、視線を合わせて、ニコッと微笑んだ。
「では、お勘定をお願いします」
「そうですね。ちょっと待って下さい」
女店主が、サラサラと紙に金額を計算すると、執事は首を傾げた。
「お二人が、召し上がったお茶代は」
「楽しめてもらえたなら、それだけで充分ですよ」
「…有難う御座います。では、こちらとこちらの茶葉も、一緒のお勘定でお願いします」
「はい。有難う御座います」
カウンターに金を置くと、女店主は、商品と一緒に釣銭を置いた。
〈カランカラ~ン〉
「毎度、有難う御座いました~」
女店主がニカッと笑うと、モーガンとアスベルトは、手を振り、執事は、荷物を持ちながら、小さく頭を下げた。
「一旦、馬車に置いて参ります」
ウィルセンの馬車に向かい、執事が、荷物を置くと、モーガンとアスベルトは、扉の前に立った。
「ロム。今日は、もう戻ろう」
「いかがなさいましたか?」
「厄介なのが見えた」
アスベルトが後ろを指差し、執事が、視線を向けると、モーガンは、悲しそうに瞳を細めて、下を向いた。
「なんとも、懲りない方々でございますね」
「もう、僕、いやだ」
「そんな顔しないで。また来よう。ね?」
〈ガチャ、パタン〉
モーガンが小さく頷くと、三人は、素早く馬車に乗り込み、すぐに走り出した。
「…ガン、戻ったら、キアのお菓子で、軽くお茶にしよう?」
「ありがとう。でも、このままだと、またあの二人が来るから」
「ガン、逃げてばかりだと、ガンが苦しくなるだけだよ?僕やロムのことを」
「恥ずかしいんだ。古い考えに囚われて、何も知ろうとしなくて、頑なに、僕を王子という枠にはめて、人形にしようとしてる二人をアスやロムさん、ウィルセンの人に会わせるのが、凄く、恥ずかしいんだ」
困ったように、瞳を細めて、ニコッと笑うモーガンを見つめ、アスベルトは、悲しそうに瞳を細めた。
「僕は、ただ父上の座を継ぐだけじゃなくて、僕のやり方で、国王になりたい。それを理解してくれる人を側に置きたい。家系で選ぶんじゃなくて、人で選びたい」
「なら、二人も、巻き込んじゃえば?」
モーガンが、コテンと首を傾げると、唇を指で撫でていたアスベルトは、片頬を引き上げて、ニヤッと笑った。
「この国には、ガンが、求めてるような人は、今のところ、どこにもいないし、いたとしても、貴族ではない人のほうが多い。なら、まだ僕らと同じ年の二人を巻き込んで、ガンが、思うような人にする。王子や国王の肩書きじゃなくて、ガンを支えられるような人にする」
「でも、どうやって?ローデンは、頭がいいから、エルテル公に協力してもらえば、もしかしたら、上手くできるかもしれないけど」
「ガン、エルテル公も、タラス公も、神託とは、関係なく結婚してるって知ってた?」
「知ってるよ?エルテル婦人も、タラス婦人も、元は、それぞれ、侯爵家の出身で…そっか。だから、僕に協力するって、言ってくれたんだ」
「そう。しかも、タラス公は、グレームス卿のお墨付き。もう、公爵達も巻き込んでるなら、二人も婦人も、巻き込んじゃえばいいんじゃない?それに、今の状況だと、いつ、侯爵以下の貴族が、国王の命を奪うか分からないし」
「そうだね。威圧ばかりでは、使用人達にも、不満が溜まるもんね」
「…ガン、明日か明後日、もう一回、ウィルセンに行こう。リリやアルベル公も連れて」
「大丈夫なの?」
「いやさ?母上とキアが、リリと約束してるのもあるから、そろそろ、鏡を移さないといけないんだよ」
「なるほどね。リリアンナが、二人に会いに行くときに、アルベル公も連れて行くってことね?」
「そう。それで、ウィルセンで、アルベル公とも話をしよう。本当は、他の二人も連れて行きたいけど、流石に、一気に連れてったら、他の貴族達に怪しまれるから」
「そしたら、リリアンナに、数日ずつ空けて、それぞれに、お茶の誘いをしてもらえるように頼むのは?」
「応じるかな?」
「あの二人なら、気付くと思う」
「なら、そうしよう。できれば、リリに苦労を掛けたくないけど」
「その分、リリアンナのお願いも、聞いてあげようよ」
「そうだね」
二人がニコッと笑い合うと、王城の裏に到着し、馬車が停まった。
〈ガチャ〉
「とりあえず、戻ったら、お茶にしよう。そこに、あの二人も加えて」
「でも、また暴れたら?」
「そこは、ガンが、ビシッと王子の威厳を見せるんだよ」
「僕に、でき」
「モーガン様、グレームス卿やウィルセンの騎士団の者達に、言われた事を思い出して下さい」
執事が、不安そうな顔のモーガンの肩に、そっと手を置くと、アスベルトが、ニカッと笑った。
「僕が怒られたくらいなんだよ?ガンは、自分で思ってる以上に、凄いんだからね?」
不安そうな顔のモーガンが、少しずつ、嬉しそうに、微笑みを浮かべながら、静かに瞳を閉じた。
「そうだね。僕は、もう人形じゃない。アスやロムさん、みんなが、いるんだもんね」
アスベルトを見つめたモーガンの瞳は、輝きを増し、どこまでも真っ直ぐだった。
そんなモーガンを見て、執事が、肩から手を離し、胸に手を当てて、頭を下げると、アスベルトは、嬉しそうに、ニコッと笑った。
〈パタン〉
「では、私は、馬車と共に戻りますので、お二人は、また裏からお戻り下さい」
「分かった。頼んだよ?ロム」
「ロムさん、もし、可能なら、城内…今なら、多分、城の執務室に、ロムさんと同じくらいの年齢で、ルーチスっていう執事がいるはずなんだ。彼を連れて来てもらえるかな?」
「大丈夫なの?あの若い執事みたいな」
「彼は、元々、お祖母様に仕えてた専属執事だったんだけど、お祖母様が、亡くなってから、父上が、反りが合わないって理由で、城内執事に降格させたんだよ」
「なるほど。王太后の専属であったなら、有能な方でしょうね」
「お願いできますか?」
「お任せ下さい。必ず、お連れ致します」
「よし。色々決まったから、早速、移動しよう」
「そうだね。それじゃ、ロムさん、お願いします」
「かしこまりました。お二人も、お気を付けて、お戻り下さい」
来た時と同じ小道を小走りで、走り抜けて行く二人を見送り、執事は、従者の隣に座った。
「行きましょう」
「はい」
〈パチン〉
ゆっくり馬車が走り、来た道を戻り、正規の道から城に向かうと、二つの馬車が、城門を抜けるのが見えた。
「…あの従者、どうやら、あの二人の指示には、従ってないようですね」
「両公爵が根回ししたのでしょう」
「二人の公爵も侮れませんね」
「公爵なのですから、当たり前ですよ。それに、ご自分達の主の子息を欺くのですから、あの従者達も侮れません。今まで以上に、気を付けて下さい。私は、先に行きます。荷物をお願いしますよ?」
「はい。かしこまりました。ロムさんも、気を付けて下さいね」
城門を通り抜け、執事は、真っ直ぐ城内に入ると、執務室に向かい、その扉の前に立った。
〈コンコンコンコン〉
〈…ガチャ〉
扉が開くと、執事よりも、少し若いくらいだが、それなりに古株なのが分かる程の白髪混じりの執事が、扉を開けた。
「私、ウィルセン帝国から参りました、アスベルト皇太子殿下にお仕えする、ロムと申します。こちらに、ルーチス様は、いらっしゃいますでしょうか?」
「私が、ルーチスですが、どの様なご用件でしょうか?」
「失礼しました。これより、アスベルト皇太子殿下が、モーガン王子様とお茶の席を設けたいとの事で、モーガン王子様より、ルーチス様をお呼びするよう、申し使って参りました」
執事が、胸に手を当てて、無駄のないお辞儀をすると、相手の執事は、困ったような笑みを浮かべた。
「大変、光栄な事では御座いますが、私めは、一介の城内執事に御座います。モーガン王子殿下のご要望でも、本日の担当は、別の執事で御座いますので」
「モーガン様は、ルーチス様をご指名されました。これは、その者ではなく、ルーチス様を信頼されての事で御座います。王家に仕える執事ならば、御子息であるモーガン様のご要望には、お応えするべきだと、私は、思いますが」
「しかし」
「王太后様の専属であったルーチス様だからこそ、モーガン様は、ルーチス様をお呼びするよう、私に、申し付けたのではないかと思うのですが」
「…かしこまりました。少々、お待ち下さい」
〈パタン…ガチャ、パタン〉
一旦、執務室に戻り、すぐに出て来た執事は、身なりを整えてから、胸に手を当てて、ゆっくりお辞儀をした。
「お待たせ致しました」
「では、参りましょう。一つ、お聞きしたいのですが、メント離宮で、お茶をするならば、どの辺りが宜しいのでしょうか」
「裏の庭園の先に、ガゼボが御座います。そこでしたら、周囲を見ながら、楽しめるかと思います」
「では、そちらに準備致しましょう。お手伝い願えますか?」
「かしこまりました」
「有難う御座います。では、少し急ぎましょう」
「はい」
離宮の調理場から、茶器や食器をワゴンに乗せ、早足で裏に向かっていると、侍女とメイド達が、布の掛かったワゴンに手を掛けて、途中に立っていた。
「おや。来ていたのですか」
「当たり前です」
「坊っちゃんとモーガン様が、楽しみにしてるんですよ?」
「早くご準備しなくては」
「有難う御座います。ルーチス様、こちらは、私と共に、アスベルト皇太子殿下にお仕えする侍女のフェルミナ、メイドのトロント、カニュラに御座います」
「サイフィス王家、城内執事のルーチスです。本日は」
「ルーチス様、大変失礼なのですが、挨拶よりも、坊っちゃん達のお茶の準備が先です」
「早く向かいましょう」
「そうですね。では、早速、参りましょう」
メイド二人に急かされて、一瞬驚いたように、瞳を大きくしたが、すぐに優しく微笑みを浮かべると、離宮の裏に向かい、迷路のような生け垣を進み、珍しい造りのガゼボに到着した。
「なんか、不思議な造りのガゼボですね?」
「海を越えた遠い島国で、アズマヤと呼ばれるガゼボを真似て造ったとされております」
真四角の屋根に、四つの柱だけの造りの中央には、丸いテーブルを囲うように、湾曲したベンチが置かれていた。
「これは、ちょっと大変ですね」
「でも、これだけ広いと、好きな人と一緒に座れて、楽しそうですね」
「確かに。これを知ったら、坊っちゃんは、例のお嬢」
「二人共、お喋りよりも、早く動きなさい。坊っちゃんの気短さを知ってるでしょ」
「そうでした」
「早くしないと、また、クチクチ言われちゃいますね」
「分かってるなら、早くなさい」
「「は~い」」
メイド二人と侍女が、笑いながらも、テキパキと準備を進めた。
「…皆様は、仲が良ろしいので御座いますね」
〈パキン!〉
サイフィスの執事が、優しく微笑んだ時、後ろで、枝を踏む音が響き、全員が視線を向けると、若い執事が立っていた。
「…ルーチス、何をしてるのですか?」
「モーガン王子殿下とアスベルト皇太子殿下が、お茶をするとの事で、こちらに準備しておりました」
「そうじゃありません。何故、アナタが、ここに居るのですか?今日の担当は、私」
「モーガン王子様からの申し付けで御座います」
メイド二人が、執事の腕を引き、侍女が前に立つと、ウィルセンの執事が並んだ。
「皆様には、関係」
「モーガン様が、申し付けたのですから、ルーチス様が、我々と準備をするのは、当たり前の事では?」
「我々は、王城の」
「サイフィス王国では、王子の申し付けを無視する執事でも、王城に務められるので御座いますね」
「我々が仕えるのは、王家で」
「王子は、国王の御子息で御座いましょう。でしたら、モーガン様も、王家では御座いませんか?」
「ルーチスは、城内執事で」
「執事ならば、仕える主、城内執事ならば、王家の皆様のご要望にお応えするべきでは御座いませんか?」
唇を噛んで、押し黙った若い執事が、睨みつけ、拳を震わせても、二人は、真っ直ぐ、前を見つめた。
「…なに?あの執事…」
「…すんごい、感じ悪い…」
「…だからね…」
「…だから、モーガン様も、ルーチス様をって、言ったんじゃない?」
「…分かる…」
両脇のメイドが、クスクスと笑うと、若い執事は、顔を真っ赤にして、二人を指差した。
「無礼だぞ!私は王家に仕える執事だ!メイドの分際で!」
「アナタは、サイフィス王国の城内執事で、彼女達は、ウィルセン帝国のアスベルト皇太子殿下の専属メイドで御座いますよ?」
二人が揃って、スカートを広げて、お辞儀をすると、視線だけを上げて、ニコッと笑った。
「階級で判断されるのでしたら、二人の方が、アナタよりも上に御座いますね」
「そもそも、私共は、ウィルセン帝国陛下の御子息であります、アスベルト皇太子殿下の専属で御座います。アナタは、それを理解した上で、その様な言い掛かりをされてるのですか?」
「言い掛かりではなく、私は」
「サイフィス国王は、皇太子殿下と王子様の交流を深める事を拒んでいると、私は、判断致しますが、いかがですか?モーガン様」
振り返ると、腕組みしてるアスベルトの隣で、無表情のモーガンを確認し、若い執事は、慌てて、胸に手を当てて、お辞儀をした。
「あり得ませんね。もし、アスベルト皇太子殿下と、僕の交流を拒むのでしたら、あのお茶会の日に、皆様を帝国へ送り返したでしょう」
二人が、横を通り過ぎると、若い執事は、焦ったように振り返ったが、真顔のモーガンが見下ろす瞳に、ピタッと動きを止めた。
「皇太子殿下を受け入れた。国王は、僕達の友好的な関係を望んでいる。であれば、アスベルト皇太子殿下の専属であるメイドや侍女、執事に向かい、反論すること自体、あってはならない。王家に仕える者ならば、尚更、してはならない。だから、ルーチスを呼んだんだ。お祖母様の専属を長く務めた彼ならば、上手く、この場を乗り越えてくれるだろう。お前のように、相手に、嫌悪を抱かせることも、失礼を働くことも、何事もなく、温和に過ごせる。僕は、日頃の働きぶり、行い、対応を総合的に考え、そう判断した。お前は、僕が下した決断を受け入れられないのか?」
「ですが、殿下、本日の担当は、私で」
「担当だからなんだ?僕が、断われと言っても、断れずに、フラフラと、戻って来たお前に、何ができるんだ?」
「あれは、お二人が、強引に」
「国王が断われと言えば、誰もが、しっかりと断り、相手が帰るのを見送るものだ。そんなことも分からないのか」
モーガンを中心に、フワッと風が巻き上がると、若い執事は、ブルブルと震えながら、静かに膝を着いて、頭を下げた。
「も、申し訳御座いません。殿下、私は」
「言い訳を聞く気はない。今後も、お前は、今まで通り、城内執事をしていればいい。だが、次はない」
「かしこ、まり、ました」
顔も上げず、ブルブルと震える若い執事を見下ろし、モーガンは、グッと唇に力を入れた。
「分かったら、この場は、ルーチスに任せて、さっさと行け」
「はい、失礼致します」
足を滑らせながら、逃げるように、走り去る背中が見えなくなると、モーガンは、ふぅ~と息を吐き出した。
「できたじゃん。ガン」
「ほんと?大丈夫?変じゃなかった?」
「いえいえ。そんな事ございません」
「全てが完璧でございました」
「とても勇ましく、素晴らしかったです」
「まさに、王子様!って風格で、カッコよかったです」
嬉しそうに、微笑みながら、頭を掻く普段のモーガンに戻り、侍女やメイド達と笑うのを見つめ、執事が、フッと安心したように微笑んだ。
「私、一瞬、モーガン様の専属になりたいと思いました~」
「私もですよ~」
「お前らは、僕の専属でしょうが」
「だって、坊っちゃんよりも、モーガン様の方が、カッコいいですもん」
「僕のほうが、カッコ」
「あと、お優しいですし」
「僕だって、優し」
「何より、お強いですから。ねぇ?」
「なんなんだよ!僕の専属じゃないのかよ!」
キャピキャピと騒ぎながら、笑ってるメイド達に、プクッと頬を膨らませるアスベルトを見て、モーガンが、苦笑いを浮かべて、ポリポリと頬を掻くと、二人が、視線を合わせて、ニコニコと、楽しそうに笑った。
「…何したの?何か付いてる?」
「違うよ。アスがいい人なのは、ウィルセンには、いい人が多いからなんだろうなと思ったんだ」
ニコニコと笑うモーガンを見て、アスベルトは、頬を赤くしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「それで?どうする?ロムに頼む?」
「そうだね。そのほうが安心だし。お願いできますか?」
「もちろんでございます」
「ありがとうございます」
「そしたら、次こそ、宝石店に行こうか」
「そうだね。あ。その後なんだけど、さっき、茶葉を扱ってるお店あったから、行ってみない?」
「いいよ。僕も、さっきのアクセサリー見た露店の側にあったお店も見たい」
「そしたら、大通りに戻りながら、次は、別のお店見ようよ。僕も、他にも、色々見てみたいところあるんだ」
予定を組む二人を見つめ、執事は、周囲に、注意を払いながらも、楽しそうに、ニコニコと笑っていた。
〈…カランカラン〉
ゆっくり紅茶を楽しみ、宝石店に向かい、扉を開けると、質素ながらも、洗礼された室内に、二人は、驚いて、口を半開きにした。
「いらっしゃいませ。本日は、何をお探しですか?」
清潔感のある青年が、優しく微笑みながら、近付くと、執事が、二人の前に立った。
「宝石の換金と、贈り物を選びたいのですが」
「かしこまりました。では、こちらへ、どうぞ」
小部屋に通され、モーガンとアスベルトが、並んで座ると、テーブルに道具が置かれ、向かいに中年男性が座った。
「では、宝石を見せて頂けますか?」
「モーガン様、どちらをお売り致しますか?」
執事が、内ポケットから宝石を取り出すと、モーガンの前に差し出した。
「えっと、どれがいいかな?」
「とりあえず、これか、これかな」
「なら…こっちで」
モーガンが指差した宝石を執事が、テーブルに置くと、手袋を着けた中年男性が、道具を使って、宝石を調べ始めた。
「…あまり大きくはないが、とても状態が良い。これなら、このくらいだな」
中年男性が、メモした紙を受け取り、青年が、金額を確認してから、執事に渡した。
「どうぞ、ご覧下さい」
モーガンが受け取り、アスベルトと顔を寄せて、内容を確認した。
「…桁が凄い」
「やっぱり、デモンステラだったんだ」
「デモンステラって、あの?」
「そう。ダイアモンドみたいなんだけど、ダイアモンドよりも、希少価値が高い、あのデモンステラ。元々、サンテラ地方のデモン鉱山から採掘された鉱石の一種で、透明に近い半透明で、パッと見ただけだと、ダイアモンドと区別がつかなかったんだ。それを、偶然、鑑定士が違いに気付き、更に、魔法鑑定士が、魔法石としても使えると気付いたことで、数年前から、話題になってるけど、数百個、掘り出したダイアモンドの中に一個、あるかないかくらいで、とても数が少ないらしいよ」
「そんなに、珍しい宝石だったんだね」
「まぁね。しかも、デモンステラは、今、世界に出回ってる物でも、そんなに大きくないらしい。でも、それなりの大きさでも、使い勝手がいいから、高値で売れるんだって」
「そうなんだ」
「いかが致しますか?」
モーガンが、納得して頷いていると、執事は、紙に手を添えた。
「宜しければ、この値段で成立となりますが」
「ねぇ、アス、デモンステラの一般相場って、どれくらい?」
「大きさにもよるけど、これより、一回り小さくて、それより桁が一つ少ないくらいかな」
「…多くない?」
「若干ね。でも」
「デモンステラが、希少価値が高い理由は、採掘量だけでなく、とても繊細だからなんですよ」
モーガンが視線を向けると、青年と中年男性は、ニコッと笑った。
「デモンステラは、ダイアモンドみたいだと言われてますが、ダイアモンドのような強度はなく、採掘や運搬の際に、傷付く事が多いので、無傷のデモンステラは、ほとんど、存在しないとされてます。だから、どんなに小さくても、無傷であれば、その価値は、一気に高まります」
「このデモンステラは、とても状態が良い。色合い、輝き、形も良い。何よりも無傷だ」
「なので、我々は、正当な値段を提示しただけです」
「そうなんですね」
「それで?どうするの?」
「もう一つも、見てもらいたい気分」
「僕個人は、それだけにしといたほうがいいと思うよ?」
「やっぱり、こっちも珍しいの?」
「そっちのほうが珍しいよ」
「そうなんだ。それなら、これで、お願いします」
「かしこまりました。では、お手続きを」
青年が、モーガンの持っていたメモを受け取り、手を扉に向けると、アスベルトが、手のひらを見せた。
「そのへんは、執事に任せてますので。ロム、頼むよ」
「お任せ下さい」
〈ガチャ〉
「では、お手続きをしてる間、こちらをご覧になって、お待ち下さい」
道具を片付け、中年男性と青年が、執事と一緒に、扉を開けたまま、部屋から出て行くと、モーガンは、ドレスやアクセサリーのデッサン画をめくった。
「…これ」
「ん?へぇ~、同じようだけど、少しずつ違う形のペンダントだね」
「リリアンナなら、この感じが好きだと思うよ」
四種類の花のモチーフが、一枚の画用紙に描かれている中の一つをモーガンが指差すと、アスベルトが、視線を向けた。
「…なんの花?」
「さぁ?キアナ皇女なら、どれかな?」
「キアなら、これだな」
アスベルトが指差したモチーフを見て、モーガンは、小さく頷いた。
「こんな感じなんだね。いいかも。でも、大きさが分からないね」
「確かにね。あんまり、大きくないほうが、いいんだけどね」
「実物をお持ちしましょうか?」
二人が視線を上げると、青年が、別冊のデッサン画を持って、ニコニコと笑って立っていた。
「いいんですか?」
「はい。もし、宜しければ、ご説明も致しますよ?」
「どうする?」
「いいんじゃない?実物見ながら、説明聞くほうが分かりやすいし」
「かしこまりました。では、少々、お待ち下さい」
一度、部屋から出た青年は、大量の木箱やデッサン画を持って、すぐに戻って来た。
〈パタン〉
ドアを閉めてから、青年が、平たく四角い箱を開けると、デッサン画で見た通りに、ペンダントが並んでいた。
「では、先程の商品から、ご説明をさせて頂きます。こちらは、小さな宝石を使って作られた物で、季節を彩る花をモチーフにしております。右上がカナリアンチェリー、左上がエリスサンフラワー、右下がローデックサザンカ、左下がブリリアンアドニスです。普段使いもでき、ドレスアップした時でも、さり気なく着けていられるとの事で、奥様や恋人様にと、選ばれるお客様が多い商品です。二人も、お相手様の誕生月が分かるのでしたら、その季節のモチーフを選ばれるのも、良いかと思いますが」
「キアナ皇女の誕生月っていつ?」
「ガンが選んだやつ。リリは?」
「アスが選んだの」
互いが互いの相手にと、指差していたのが、誕生月に近いモチーフだった事に、二人は、視線を合わせた。
「…どうする?」
「でも、リリアンナは、カナリアンチェリーのほうが、色合いも、大きさも、好むと思う」
「キアも。ブリリアンアドニスのほうがいいって、騒ぎそうなんだよね」
「お二人の恋人様は、姉妹かご友人ですか?」
「こ恋」
「片方は僕の義妹で、片方は彼の友人です。その二人も、今は、友人関係って感じですかね」
顔を真っ赤にして、慌てるモーガンを肘で突っつき、アスベルトが答えると、青年は、ニコッと笑った。
「でしたら、そのままでも、違和感はありませんよ。お客様の中には、ご姉妹やご友人同士で、ご購入される方もいらっしゃいますので」
〈ガチャ〉
二人が頷いていると、扉が開き、中年男性と執事が戻って来た。
「いかがなさいましたか?」
〈パタン〉
二人で見つめると、執事は、不思議そうに首を傾げた。
「いや…なんでもない」
視線を合わせてから、ポリポリと頬を掻くアスベルトと、真っ赤になった顔を下に向けたモーガンを見て、執事が首を傾げると、青年が、クスッと笑った。
「今、お二人に、お相手様の贈り物を選んでいたんです」
「お相手…あ~、そうでしたか。どちらをお選びに?」
顔を真っ赤にしたまま、モーガンが指差すと、アスベルトも、頬を赤くしながら、選んだモチーフを指差した。
「なるほど。して?こちらのお値段は?」
「こちらになります」
執事が、紙に書かれた値段を確認してから、二人に視線を向けた。
「いかがなさいますか?私は、ご購入されても、問題無いと思いますが」
「…買う?」
「急に、ネックレスを贈っても大丈夫かな?」
「まぁ、父上に見付かったら、昨日みたいになる可能性はあるかな」
「だよね」
「でしたら、坊っちゃんから、お嬢様に、お渡しすれば宜しいのでは?」
「あ~なるほどね。そしたら、僕からってなるから、父上も、深くは聞かないか」
「でも、アスに迷惑」
「あ、キアを連れて来ればいいじゃん」
「なるほど。確かに、お嬢様は、リリアンナ様と、お会いしたいと申しておりましたね?」
「リリには、この前のお礼にってことで、離宮に招待すればいいし、そしたら、ガンも来れるし」
「しかし、後に知られれば、坊っちゃんも、お怒りを受ける事となりますが?」
「問題はそこだよね。どうしようかな」
「ねぇ、アス、アルベル公のこと、忘れてない?」
「…忘れてたーーー。一番、厄介な」
「アス、ここ、公爵家の御用達」
ぐしゃぐしゃと、頭を掻いたアスベルトが、バッと視線を向けると、青年と中年男性は、ニコニコと笑っていた。
「…このことは」
「大丈夫ですよ。当店では、それぞれ、担当が決まってます。私は、ここで案内と販売を担当、彼は、店頭に持ち込まれた宝石やアクセサリーなどの鑑定と買取を担当し、公爵家には、全てが出来る者が、それぞれ、一人ずつ、担当が付いてます。更に、それぞれの担当と私達は、あまり深い関わりはありません。収支や支出の確認程度くらいですから」
「なるほど。仲良くなってしまい、公爵家の担当が、問題を漏らさない為、担当外が、公爵家に接触するのを防止する為でございますね?」
「はい。なので、ご安心下さい」
「こんなに徹底された管理体制なら、坊っちゃんも、安心でございますね?」
ニコッと笑った執事に、アスベルトは、困った顔をしながら、頭を掻いた。
「それは、そうなんだけど、アルベル公の事は別問題だろ?」
「それなら、アスの贈り物を僕から渡して、僕のをアスから渡すって形にするのは、どうかな?」
「まぁ、それなら、僕もガンも、怒られないかもしれないけど、それだと」
「もちろん、リリアンナ自身には、アスからってのを伝えるよ。内密にね?」
「なるほど。本人には真実を伝えて、親達には黙ってるってことね」
「そうゆうこと」
「それなら、いいかもね」
二人で視線を合わせて、ニコッと笑うと、揃って、執事に顔を向けた。
「かしこまりました。では、お二人のご所望の物をお願いします」
「かしこまりました。贈り物用に、お包みしますか?」
「お願い致します」
「では、少々、お待ち下さい」
それぞれ、長四角の小さめな木箱に入れ直し、メッセージカードを取り出した。
「メッセージも、お書き頂けますが、いかがしますか?」
「カードかぁ。いいかもね」
「でも、バレたら、ちょっと怖いね」
「そうだけどさ?やっぱり、これは、僕からってのを伝えたいと思わない?」
「そうだけど」
「怖いからって、身を引いてたら、いつまでも、先に進めないよ?」
「…そうだね。お願いします」
「では、こちらをお使い下さい」
ペンとカードを受け取り、それぞれで、メッセージを書いた。
「…ガン、それだけでいいの?」
「アスこそ、もっと書かないの?」
「今は、とりあえず、こんな感じでいいかな」
「僕も、今は、これでいいかなって思う」
二人がニコッと笑って、カードとペンを返すと、青年は、それぞれの木箱に入れ、蓋を閉めた。
「では、もう少々、お待ち下さい」
別のテーブルに木箱を置き、青年は、器用に色違いの包装紙で包み、目の前に並んで、ぶら下がっているリボンの中で、同じ色を選ぶと、それぞれに結んだ。
「お待たせしました。こちらの青い包装紙がカナリアンチェリー、白い包装紙がブリリアンアドニスです」
それぞれの包装紙の違いに、執事は、青年を見て、クスクスと、小さな声で笑った。
「…お分かりでしたか」
「さて?なんの事でしょうか?」
「いえ。では、お勘定を」
ただ優しく微笑み、首を傾げた青年と中年男性に、執事も、優しく瞳を細めて、小さな銀トレーに、紙に書かれた金額分の金を置いた。
「…はい。確かに、頂戴しました」
アスベルトとモーガンが立ち上がると、五人で部屋を出て、店頭まで戻った。
〈カランカラン〉
「本日は、誠に有難うございました。またのご来店をお待ちしております」
執事が贈り物を受け取り、青年と中年男性が、頭を下げると、三人も、頭を下げてから、その場を離れた。
「さて。次は?」
「あそこだよ。あの角のお店」
〈カラカラ~ン〉
「いらっしゃいませー」
沢山の茶葉が並ぶカウンターに、二人が、キラキラと瞳を輝かせると、執事は、苦笑いしながら、女店主に視線を向けた。
「すみません。お礼の品に茶葉をと思い、探しているのですが」
「でしたら、こちらのアンネローズは、いかがですか?お湯を注ぐと、華やかな香りがしますよ?」
「できれば、お菓子やケーキに合うのがいいんですけど」
「であれば、フェルローシュか、フロスティーデが、オススメですね」
「普段でも、飲めるほうがいいんじゃない?キア、母上と飲んでることもあるから」
「そっか」
「それなら、詰め合わせにするのは、どうです?色んな種類を少しずつ、小分けにして、箱に詰めた形になるから、その日の気分で飲めると思いますよ?」
「それにしよう。ガンは?」
「僕も。そのほうが」
「何にします?」
「今言ってた三種類と、店主さんのオススメを二、三種類」
「せっかく、贈るなら、自分で選んだ方がいいですよ?」
「でも、僕、あまり茶葉に詳しくないし」
「そしたら、さっきの三種類と、ホワイトルベラ、ミセスカーチェ、キエヌエリーサを詰めてもらってもいいですか?」
「まいど、ありがとうございます。ちょっと待って下さいね。お兄さんは、紅茶好きなんですね?」
女店主は、ニコニコと笑いながら、小瓶に茶葉を詰め始め、テーブルに並べた。
「えぇ。よく飲むので」
「そしたら、これ知ってますか?」
〈コトン〉
女店主が、カウンターの奥から取り出した小瓶を置くと、モーガンは、キラキラと瞳を輝かせた。
「それ、フレッシュミリーですよね?」
「ガン、それ、どんなお茶?」
「緑のお茶だよ」
「あ~、今朝、ガンが言ってたやつか」
「そう。呼び方が違うけど、元々は、凄く遠い島国で栽培されてるんだって」
「お兄さんは、本当に物知りなんですね?でも、フレッシュミリーは、その国で使われてる製法を用いて、大陸で作った物なんですよ。本物は、とても繊細で、深みのあるお茶なんです」
二人が何度も頷くと、女店主が、茶器を取り出した。
「飲んでみますか?」
「…え?これ、フレッシュミリーじゃ」
「これは、グリンティーです」
モーガンの瞳が、更に、キラキラと輝くと、女店主は、執事に視線を向けた。
「教えるので、煎れてもらえますか?」
「かしこまりました」
「二人は、座って待ってて下さい」
執事と並んで、女店主が、背中を向けると、モーガンとアスベルトは、静かに椅子に座り、改めて、店内を見回した。
「凄くいいお店だね」
「だね。こじんまりしてるけど、凄く落ち着く。凄くいい香り」
爽やかな香りが、店内に漂い、二人は、胸いっぱいに息を吸い込むと、大きなため息をついて、女店主と執事の背中を見つめた。
「お待たせ致しました」
手元に置かれたカップを持ち上げ、薄緑色の液体が揺れると、爽やかな香りが鼻を抜けて、二人は、揃って口を付けて傾けた。
「…美味しい」
「本当だね。フレッシュミリーとは、全然違うよ」
「そうなの?」
「フレッシュミリーを飲んだことは?」
「ない」
「ウチには、フレッシュミリーもあるから、飲み比べてみますか?」
「いいの?」
「えぇ。そしたら、さっきと同じように、これを煎れてもらえますか?」
「かしこまりました」
アスベルトが、持ち上げたカップには、同じような薄緑色の液体が入っていたが、ヒクヒクと鼻を動かした。
「さっきより、香りが薄い」
「飲むと、もっと違うよ?」
モーガンが、カップを傾けると、アスベルトも口を付け、瞳を大きく開いた。
「ほんとだ。全然違う。さっきのほうが、香りも強かったけど、渋みの中にも、甘みもあるし、鼻から抜ける香りも違うね」
「ね?製法は同じなのに、作る場所で、こんなに違いがあるって、凄く面白いでしょ?」
「そうだね。こんな違いがあるなら、お茶会も楽しそうだね」
二人がニコニコと笑って、カップを傾けるのを見て、女店主と執事は、視線を合わせて、ニコッと微笑んだ。
「では、お勘定をお願いします」
「そうですね。ちょっと待って下さい」
女店主が、サラサラと紙に金額を計算すると、執事は首を傾げた。
「お二人が、召し上がったお茶代は」
「楽しめてもらえたなら、それだけで充分ですよ」
「…有難う御座います。では、こちらとこちらの茶葉も、一緒のお勘定でお願いします」
「はい。有難う御座います」
カウンターに金を置くと、女店主は、商品と一緒に釣銭を置いた。
〈カランカラ~ン〉
「毎度、有難う御座いました~」
女店主がニカッと笑うと、モーガンとアスベルトは、手を振り、執事は、荷物を持ちながら、小さく頭を下げた。
「一旦、馬車に置いて参ります」
ウィルセンの馬車に向かい、執事が、荷物を置くと、モーガンとアスベルトは、扉の前に立った。
「ロム。今日は、もう戻ろう」
「いかがなさいましたか?」
「厄介なのが見えた」
アスベルトが後ろを指差し、執事が、視線を向けると、モーガンは、悲しそうに瞳を細めて、下を向いた。
「なんとも、懲りない方々でございますね」
「もう、僕、いやだ」
「そんな顔しないで。また来よう。ね?」
〈ガチャ、パタン〉
モーガンが小さく頷くと、三人は、素早く馬車に乗り込み、すぐに走り出した。
「…ガン、戻ったら、キアのお菓子で、軽くお茶にしよう?」
「ありがとう。でも、このままだと、またあの二人が来るから」
「ガン、逃げてばかりだと、ガンが苦しくなるだけだよ?僕やロムのことを」
「恥ずかしいんだ。古い考えに囚われて、何も知ろうとしなくて、頑なに、僕を王子という枠にはめて、人形にしようとしてる二人をアスやロムさん、ウィルセンの人に会わせるのが、凄く、恥ずかしいんだ」
困ったように、瞳を細めて、ニコッと笑うモーガンを見つめ、アスベルトは、悲しそうに瞳を細めた。
「僕は、ただ父上の座を継ぐだけじゃなくて、僕のやり方で、国王になりたい。それを理解してくれる人を側に置きたい。家系で選ぶんじゃなくて、人で選びたい」
「なら、二人も、巻き込んじゃえば?」
モーガンが、コテンと首を傾げると、唇を指で撫でていたアスベルトは、片頬を引き上げて、ニヤッと笑った。
「この国には、ガンが、求めてるような人は、今のところ、どこにもいないし、いたとしても、貴族ではない人のほうが多い。なら、まだ僕らと同じ年の二人を巻き込んで、ガンが、思うような人にする。王子や国王の肩書きじゃなくて、ガンを支えられるような人にする」
「でも、どうやって?ローデンは、頭がいいから、エルテル公に協力してもらえば、もしかしたら、上手くできるかもしれないけど」
「ガン、エルテル公も、タラス公も、神託とは、関係なく結婚してるって知ってた?」
「知ってるよ?エルテル婦人も、タラス婦人も、元は、それぞれ、侯爵家の出身で…そっか。だから、僕に協力するって、言ってくれたんだ」
「そう。しかも、タラス公は、グレームス卿のお墨付き。もう、公爵達も巻き込んでるなら、二人も婦人も、巻き込んじゃえばいいんじゃない?それに、今の状況だと、いつ、侯爵以下の貴族が、国王の命を奪うか分からないし」
「そうだね。威圧ばかりでは、使用人達にも、不満が溜まるもんね」
「…ガン、明日か明後日、もう一回、ウィルセンに行こう。リリやアルベル公も連れて」
「大丈夫なの?」
「いやさ?母上とキアが、リリと約束してるのもあるから、そろそろ、鏡を移さないといけないんだよ」
「なるほどね。リリアンナが、二人に会いに行くときに、アルベル公も連れて行くってことね?」
「そう。それで、ウィルセンで、アルベル公とも話をしよう。本当は、他の二人も連れて行きたいけど、流石に、一気に連れてったら、他の貴族達に怪しまれるから」
「そしたら、リリアンナに、数日ずつ空けて、それぞれに、お茶の誘いをしてもらえるように頼むのは?」
「応じるかな?」
「あの二人なら、気付くと思う」
「なら、そうしよう。できれば、リリに苦労を掛けたくないけど」
「その分、リリアンナのお願いも、聞いてあげようよ」
「そうだね」
二人がニコッと笑い合うと、王城の裏に到着し、馬車が停まった。
〈ガチャ〉
「とりあえず、戻ったら、お茶にしよう。そこに、あの二人も加えて」
「でも、また暴れたら?」
「そこは、ガンが、ビシッと王子の威厳を見せるんだよ」
「僕に、でき」
「モーガン様、グレームス卿やウィルセンの騎士団の者達に、言われた事を思い出して下さい」
執事が、不安そうな顔のモーガンの肩に、そっと手を置くと、アスベルトが、ニカッと笑った。
「僕が怒られたくらいなんだよ?ガンは、自分で思ってる以上に、凄いんだからね?」
不安そうな顔のモーガンが、少しずつ、嬉しそうに、微笑みを浮かべながら、静かに瞳を閉じた。
「そうだね。僕は、もう人形じゃない。アスやロムさん、みんなが、いるんだもんね」
アスベルトを見つめたモーガンの瞳は、輝きを増し、どこまでも真っ直ぐだった。
そんなモーガンを見て、執事が、肩から手を離し、胸に手を当てて、頭を下げると、アスベルトは、嬉しそうに、ニコッと笑った。
〈パタン〉
「では、私は、馬車と共に戻りますので、お二人は、また裏からお戻り下さい」
「分かった。頼んだよ?ロム」
「ロムさん、もし、可能なら、城内…今なら、多分、城の執務室に、ロムさんと同じくらいの年齢で、ルーチスっていう執事がいるはずなんだ。彼を連れて来てもらえるかな?」
「大丈夫なの?あの若い執事みたいな」
「彼は、元々、お祖母様に仕えてた専属執事だったんだけど、お祖母様が、亡くなってから、父上が、反りが合わないって理由で、城内執事に降格させたんだよ」
「なるほど。王太后の専属であったなら、有能な方でしょうね」
「お願いできますか?」
「お任せ下さい。必ず、お連れ致します」
「よし。色々決まったから、早速、移動しよう」
「そうだね。それじゃ、ロムさん、お願いします」
「かしこまりました。お二人も、お気を付けて、お戻り下さい」
来た時と同じ小道を小走りで、走り抜けて行く二人を見送り、執事は、従者の隣に座った。
「行きましょう」
「はい」
〈パチン〉
ゆっくり馬車が走り、来た道を戻り、正規の道から城に向かうと、二つの馬車が、城門を抜けるのが見えた。
「…あの従者、どうやら、あの二人の指示には、従ってないようですね」
「両公爵が根回ししたのでしょう」
「二人の公爵も侮れませんね」
「公爵なのですから、当たり前ですよ。それに、ご自分達の主の子息を欺くのですから、あの従者達も侮れません。今まで以上に、気を付けて下さい。私は、先に行きます。荷物をお願いしますよ?」
「はい。かしこまりました。ロムさんも、気を付けて下さいね」
城門を通り抜け、執事は、真っ直ぐ城内に入ると、執務室に向かい、その扉の前に立った。
〈コンコンコンコン〉
〈…ガチャ〉
扉が開くと、執事よりも、少し若いくらいだが、それなりに古株なのが分かる程の白髪混じりの執事が、扉を開けた。
「私、ウィルセン帝国から参りました、アスベルト皇太子殿下にお仕えする、ロムと申します。こちらに、ルーチス様は、いらっしゃいますでしょうか?」
「私が、ルーチスですが、どの様なご用件でしょうか?」
「失礼しました。これより、アスベルト皇太子殿下が、モーガン王子様とお茶の席を設けたいとの事で、モーガン王子様より、ルーチス様をお呼びするよう、申し使って参りました」
執事が、胸に手を当てて、無駄のないお辞儀をすると、相手の執事は、困ったような笑みを浮かべた。
「大変、光栄な事では御座いますが、私めは、一介の城内執事に御座います。モーガン王子殿下のご要望でも、本日の担当は、別の執事で御座いますので」
「モーガン様は、ルーチス様をご指名されました。これは、その者ではなく、ルーチス様を信頼されての事で御座います。王家に仕える執事ならば、御子息であるモーガン様のご要望には、お応えするべきだと、私は、思いますが」
「しかし」
「王太后様の専属であったルーチス様だからこそ、モーガン様は、ルーチス様をお呼びするよう、私に、申し付けたのではないかと思うのですが」
「…かしこまりました。少々、お待ち下さい」
〈パタン…ガチャ、パタン〉
一旦、執務室に戻り、すぐに出て来た執事は、身なりを整えてから、胸に手を当てて、ゆっくりお辞儀をした。
「お待たせ致しました」
「では、参りましょう。一つ、お聞きしたいのですが、メント離宮で、お茶をするならば、どの辺りが宜しいのでしょうか」
「裏の庭園の先に、ガゼボが御座います。そこでしたら、周囲を見ながら、楽しめるかと思います」
「では、そちらに準備致しましょう。お手伝い願えますか?」
「かしこまりました」
「有難う御座います。では、少し急ぎましょう」
「はい」
離宮の調理場から、茶器や食器をワゴンに乗せ、早足で裏に向かっていると、侍女とメイド達が、布の掛かったワゴンに手を掛けて、途中に立っていた。
「おや。来ていたのですか」
「当たり前です」
「坊っちゃんとモーガン様が、楽しみにしてるんですよ?」
「早くご準備しなくては」
「有難う御座います。ルーチス様、こちらは、私と共に、アスベルト皇太子殿下にお仕えする侍女のフェルミナ、メイドのトロント、カニュラに御座います」
「サイフィス王家、城内執事のルーチスです。本日は」
「ルーチス様、大変失礼なのですが、挨拶よりも、坊っちゃん達のお茶の準備が先です」
「早く向かいましょう」
「そうですね。では、早速、参りましょう」
メイド二人に急かされて、一瞬驚いたように、瞳を大きくしたが、すぐに優しく微笑みを浮かべると、離宮の裏に向かい、迷路のような生け垣を進み、珍しい造りのガゼボに到着した。
「なんか、不思議な造りのガゼボですね?」
「海を越えた遠い島国で、アズマヤと呼ばれるガゼボを真似て造ったとされております」
真四角の屋根に、四つの柱だけの造りの中央には、丸いテーブルを囲うように、湾曲したベンチが置かれていた。
「これは、ちょっと大変ですね」
「でも、これだけ広いと、好きな人と一緒に座れて、楽しそうですね」
「確かに。これを知ったら、坊っちゃんは、例のお嬢」
「二人共、お喋りよりも、早く動きなさい。坊っちゃんの気短さを知ってるでしょ」
「そうでした」
「早くしないと、また、クチクチ言われちゃいますね」
「分かってるなら、早くなさい」
「「は~い」」
メイド二人と侍女が、笑いながらも、テキパキと準備を進めた。
「…皆様は、仲が良ろしいので御座いますね」
〈パキン!〉
サイフィスの執事が、優しく微笑んだ時、後ろで、枝を踏む音が響き、全員が視線を向けると、若い執事が立っていた。
「…ルーチス、何をしてるのですか?」
「モーガン王子殿下とアスベルト皇太子殿下が、お茶をするとの事で、こちらに準備しておりました」
「そうじゃありません。何故、アナタが、ここに居るのですか?今日の担当は、私」
「モーガン王子様からの申し付けで御座います」
メイド二人が、執事の腕を引き、侍女が前に立つと、ウィルセンの執事が並んだ。
「皆様には、関係」
「モーガン様が、申し付けたのですから、ルーチス様が、我々と準備をするのは、当たり前の事では?」
「我々は、王城の」
「サイフィス王国では、王子の申し付けを無視する執事でも、王城に務められるので御座いますね」
「我々が仕えるのは、王家で」
「王子は、国王の御子息で御座いましょう。でしたら、モーガン様も、王家では御座いませんか?」
「ルーチスは、城内執事で」
「執事ならば、仕える主、城内執事ならば、王家の皆様のご要望にお応えするべきでは御座いませんか?」
唇を噛んで、押し黙った若い執事が、睨みつけ、拳を震わせても、二人は、真っ直ぐ、前を見つめた。
「…なに?あの執事…」
「…すんごい、感じ悪い…」
「…だからね…」
「…だから、モーガン様も、ルーチス様をって、言ったんじゃない?」
「…分かる…」
両脇のメイドが、クスクスと笑うと、若い執事は、顔を真っ赤にして、二人を指差した。
「無礼だぞ!私は王家に仕える執事だ!メイドの分際で!」
「アナタは、サイフィス王国の城内執事で、彼女達は、ウィルセン帝国のアスベルト皇太子殿下の専属メイドで御座いますよ?」
二人が揃って、スカートを広げて、お辞儀をすると、視線だけを上げて、ニコッと笑った。
「階級で判断されるのでしたら、二人の方が、アナタよりも上に御座いますね」
「そもそも、私共は、ウィルセン帝国陛下の御子息であります、アスベルト皇太子殿下の専属で御座います。アナタは、それを理解した上で、その様な言い掛かりをされてるのですか?」
「言い掛かりではなく、私は」
「サイフィス国王は、皇太子殿下と王子様の交流を深める事を拒んでいると、私は、判断致しますが、いかがですか?モーガン様」
振り返ると、腕組みしてるアスベルトの隣で、無表情のモーガンを確認し、若い執事は、慌てて、胸に手を当てて、お辞儀をした。
「あり得ませんね。もし、アスベルト皇太子殿下と、僕の交流を拒むのでしたら、あのお茶会の日に、皆様を帝国へ送り返したでしょう」
二人が、横を通り過ぎると、若い執事は、焦ったように振り返ったが、真顔のモーガンが見下ろす瞳に、ピタッと動きを止めた。
「皇太子殿下を受け入れた。国王は、僕達の友好的な関係を望んでいる。であれば、アスベルト皇太子殿下の専属であるメイドや侍女、執事に向かい、反論すること自体、あってはならない。王家に仕える者ならば、尚更、してはならない。だから、ルーチスを呼んだんだ。お祖母様の専属を長く務めた彼ならば、上手く、この場を乗り越えてくれるだろう。お前のように、相手に、嫌悪を抱かせることも、失礼を働くことも、何事もなく、温和に過ごせる。僕は、日頃の働きぶり、行い、対応を総合的に考え、そう判断した。お前は、僕が下した決断を受け入れられないのか?」
「ですが、殿下、本日の担当は、私で」
「担当だからなんだ?僕が、断われと言っても、断れずに、フラフラと、戻って来たお前に、何ができるんだ?」
「あれは、お二人が、強引に」
「国王が断われと言えば、誰もが、しっかりと断り、相手が帰るのを見送るものだ。そんなことも分からないのか」
モーガンを中心に、フワッと風が巻き上がると、若い執事は、ブルブルと震えながら、静かに膝を着いて、頭を下げた。
「も、申し訳御座いません。殿下、私は」
「言い訳を聞く気はない。今後も、お前は、今まで通り、城内執事をしていればいい。だが、次はない」
「かしこ、まり、ました」
顔も上げず、ブルブルと震える若い執事を見下ろし、モーガンは、グッと唇に力を入れた。
「分かったら、この場は、ルーチスに任せて、さっさと行け」
「はい、失礼致します」
足を滑らせながら、逃げるように、走り去る背中が見えなくなると、モーガンは、ふぅ~と息を吐き出した。
「できたじゃん。ガン」
「ほんと?大丈夫?変じゃなかった?」
「いえいえ。そんな事ございません」
「全てが完璧でございました」
「とても勇ましく、素晴らしかったです」
「まさに、王子様!って風格で、カッコよかったです」
嬉しそうに、微笑みながら、頭を掻く普段のモーガンに戻り、侍女やメイド達と笑うのを見つめ、執事が、フッと安心したように微笑んだ。
「私、一瞬、モーガン様の専属になりたいと思いました~」
「私もですよ~」
「お前らは、僕の専属でしょうが」
「だって、坊っちゃんよりも、モーガン様の方が、カッコいいですもん」
「僕のほうが、カッコ」
「あと、お優しいですし」
「僕だって、優し」
「何より、お強いですから。ねぇ?」
「なんなんだよ!僕の専属じゃないのかよ!」
キャピキャピと騒ぎながら、笑ってるメイド達に、プクッと頬を膨らませるアスベルトを見て、モーガンが、苦笑いを浮かべて、ポリポリと頬を掻くと、二人が、視線を合わせて、ニコニコと、楽しそうに笑った。
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