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十
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そんな和やかな雰囲気の中で、執事は、グッと拳を握り、真っ直ぐモーガンを見つめて歩み寄った。
「モーガン王子殿下、ご指名頂き、このルーチス、大変、嬉しゅうございます」
「僕のほうこそ、応えてくれてありがとう。今から、短い時間だけど、よろしくね?」
「はい。お二人が、楽しんで頂けますよう、精一杯、努めさせて頂きます」
優しく微笑んだ執事に、モーガンは、ニコッと笑った。
「…本当は、ルーチスに、僕の専属になってほしいって、思ってるんだ」
執事が驚いて、瞳を大きく開くと、モーガンは、ポリポリと頬を掻きながら、困ったように瞳を細めた。
「お祖母様が、ルーチスのことを凄く信頼してるのは、ずっと分かってたんだ。あんなに、警戒心の強いお祖母様が、信頼してるルーチスなら、父上の専属執事になると思ってたし、きっと、安心だろうなぁとも。だけど、父上がルーチスを降格させたって聞いて、なんてもったいないことしたんだろって思ったけど、僕は、何も言えなかったし、何もしなかった」
「それは、陛下のご決断でございますから」
「そう。父上が判断して決断した。だからね?僕も、僕の判断で決断したいんだ。ルーチス、今から、僕の専属になってくれないかな?」
「しかし、それには、陛下の許可が」
「もちろん、父上から許可も必要だと思うよ?でも、僕は、ルーチスの考えを尊重したいんだ」
モーガンが、ニコッと笑うと、執事の大きく開いた瞳が、ウルッと揺らいだ。
「王家の僕じゃなくて、僕自身に仕えてほしい。王家じゃなくて、たくさんの使用人達が、お祖母様に仕えてた時みたいに、その者達が、心に決めたと思えるような主になりたい。今は、まだまだ未熟だけど、いつかは、そうなれるように頑張ろうと思う。でも、今の僕には誰もいない。僕と一緒に歩んでくれるような使用人も、メイドも、執事も。だから、お祖母様が信頼しているルーチスが、一緒に歩んでくれたら凄く心強い。ルーチスが、いいと言ってくれるなら、僕は、父上に」
「モーガン様」
執事は、モーガンの前に膝を着き、胸に手を当てた。
「私は、生前のエターナ様より、ずっと申し付けられていた言葉がございます」
「お祖母様から?」
「もし、自分に何かあった時は、モーガンを頼む」
モーガンの瞳が揺れると、アスベルトは、グッと唇に力を入れた。
「エターナ様は、モーガン様が、お生まれになった時、とても悲しそうな顔をされ、更に、モーガン様が、女児であったならとも、仰っておりました」
「どうして?」
「故国王陛下は、とても柔軟な方で、エターナ様とも、とても仲睦まじく、城内の誰もが慕う程、お優しい方でございました。ですが、それが故に、判断する能力があったとしても、決断する力がございませんでした。様々な問題事が起きる度、当時の王妃、エターナ様に頼る程でございました。そんな姿の国王陛下を貴族達は、良くは思わず、中には、嘲笑うかのように、様々な噂をしておりました。それが、原因で、現国王陛下も、それはそれは、大変な思いをされたのでございます」
「…だから、父上は、王家の風格、国王の威厳に、こだわってるんだね?」
「さようでございます。下々の者に慕われ、王妃に頼る情けない王。その子息である王子も、情けない王となるだろう。当時の貴族達が、密やかに流した噂が、やがて、そのお耳に入り、それまでの王家の風格や威厳を取り戻すが為、陛下は、書物を読み漁り、歴代国王の祖業を知ると、今のような形で、国政を納めるようになったのでございます」
モーガンが悲しそうに、瞳を細めると、執事は、苦しそうに眉間にシワを寄せた。
「エターナ様は、幾度も、ご忠告されておりました。そのような事では、跡を継ぐ者が苦労を強いられ、下手をすれば、国が滅ぶとまで、申し上げておりましたが、陛下は、全く聞く耳を持たず、更に、貴族達を守るような、身の振り方をし始めてしまわれました。こうなっては、いくら、エターナ様でも、どうする事も出来ず、仕方なく、お生まれになったモーガン様を守るよう、王妃殿下に進言を」
「だから、母上は、父上のする事には、何も言わないの?僕が孤立してても」
「王妃殿下も、遠い異国の王家出身が為、陛下と似たような考えしか、持ち合わせておりません」
「そう。なら、この国で、僕の味方は、お祖母様だけだったんだね」
「エターナ様は、モーガン様を王家の光と呼び、陰ながら、モーガン様をお支えしようと、手を尽くしておりました。その甲斐もあり、幼き頃のモーガン様は、とても明るく活発で、私やメイド長などとも、良く遊ばれておいででした。ですが、エターナ様がお亡くなりになると、国王と王妃は、モーガン様にキツく申し付けるようになり、暫くすると、モーガン様も、陛下と殿下の顔色を伺うようになってしまわれ、私も、モーガン様が、密かに、泣いておられる姿に耐えきれず、必要以上の接触を避けておりました。あの頃の明るく活発なお姿は、跡形もなく、消えてしまわれ、お二人の理想の王子でいらっしゃるモーガン様に、苦しさ、虚しさに耐えきれず、最近では、古くから仕えていた使用人達が、少しずつ少しずつ、ここを去り、先日、メイド長も」
「そうだったんだ。何も知らなかったよ…ルーチスも、辞めるの?」
「私めも、もう年にございます。もう潮時かと思っておりました…ですが、出来るのでしたら、私は、言い付けを、エターナ様の大切なモーガン様をお守りしたい所存でございます。こんな老いぼれでは、ご期待に添えるか分かりませぬが、どうか、私めをモーガン様の下に、置いて頂けませんでしょうか?」
顔を上げ、優しく、瞳を細めた執事を見つめて、モーガンは、嬉しそうに微笑んだ。
「僕は、ルーチスを選んだんだよ?老いぼれなんて言わないで、最後の最後まで、僕の側にいてよ。お祖母様みたいにさ」
「有難うございます。モーガン様」
〈パンパン〉
パーっと明るい笑顔を浮かべたモーガンを見つめ、専属執事が嬉しそうに微笑むと、侍女が手を叩いた。
「お話もまとまった事でございますので、そろそろ、お茶の時間と致しませんか?」
「そうだね。それじゃ頼んだよ」
「かしこまりました」
「ルーチスも、お願いね?」
「かしこまりました」
専属執事が立ち上がり、胸に手を当てて、お辞儀をすると、モーガンは、ニコッと笑って、アスベルトと並んで、ベンチに座った。
「本日は、特別なお菓子なんですよぉ」
「特別?」
「はい。お嬢様が、腕によりをかけて、お作りになりましたぁ」
「どんなの?」
「「じゃじゃ~ん」」
〈パカン〉
メイドがクローシュを取り払うと、ホカホカと湯気が上がった。
「お嬢様特製、キッシュで~す」
「お茶の時間に、キッシュって」
「もう!坊っちゃんは、どうして、そんなあからさまに、怪訝そうな顔するんですか?」
「お茶って言ったら、お菓子」
「…美味しそう」
モーガンは、キラキラと瞳を輝かせながら、ジッとキッシュを凝視した。
「ですよね?お嬢様のキッシュは、本当に最高なんですよぉ」
「他にも、マカロンやクッキー、タルト、こちらは、お嬢様考案の花のシフォンケーキで~す」
次々に置かれる皿を見て、モーガンの頬が、高揚し、更に、キラキラと瞳を輝かせた。
「では、モーガン様、どれから召し上がりますか?」
「えっとね、えっとね…どれにしようかな。アスは?アスなら、どれから食べる?」
「いやいや、好きなの食べなよ」
「どれも美味しそうで、どれも食べたい」
「欲張りだな。とりあえず、昨日も食べてるのからにすれば?」
「でも、ケーキもキッシュも食べたい」
「なら、全部もらって、少しずつ、口に入れればいいんじゃない?」
「そっか、そうだね。そうしよう」
専属執事が、パチパチと、何度も瞬きをしていると、クスクスと笑いながら、メイドが、それぞれ、キッシュとシフォンケーキを一切れずつ乗せた皿をモーガンの前に置いた。
「どうぞ。お召し上がり下さい」
「いただきます」
大きく開けた口に、キッシュを入れると、モーガンは、幸せそうに頬を緩めた。
「おぃひぃ~。厚切りベーコンとポテトにチーズが絡んで、素朴なのに、凄く美味しくて、幸せな味がする」
更に、シフォンケーキを口に入れると、顔面崩壊する程、モーガンは、フニャフニャに溶けたように微笑んだ。
「このシフォンも、最高に美味しい。凄く華やかな香りが鼻から抜けるのに、甘さ控えめで、クリームとよく合ってて、ほんと幸せな味だね」
「…ガン、キアの手料理だから、そう思うだけなんじゃ」
「当たり前でしょ?あ~毎日食べたい」
「ほぼ毎日じゃ」
「アスはいいなぁ。一緒に暮らせて」
「それは、仕方な」
「僕も、早く一緒に暮らしたいなぁ」
「変わり過ぎだからね?」
「これが、本当の僕なの。ん~ふ。おぃひぃ」
ヘニャヘニャと、力の抜けた顔をするモーガンを見て、驚いた顔をしていた専属執事も、嬉しそうに微笑むと、手元にカップを置いた。
「ありがとう…ねぇ、アス、フレッシュミリー買ったの?」
カップを傾けてから、モーガンが、首を傾げると、アスベルトは、自分のカップを覗き込んだ。
「いや。覚えないけど。ロム?」
「私の独断で、試飲させて頂いた二種類を購入して参りました」
「そうだったんですね。キッシュとフレッシュミリーも合うね」
「確かに。口の中が、スッキリするから、色んな種類の食事が楽しめるね」
「だね。二人も、一緒にお茶する?」
モーガンとアスベルトの様子に、立ち尽くしていたデュラベルとローデンは、視線を合わせて、静かに近付いた。
「モーガン、そんな無防備になんでも、口に入れるのは」
「普段はしないよ。でも、今は、警戒する必要ないから」
「でも、誰が作ったか分からな」
「作った女性なら知ってるし」
「でも」
「ウィルセンの皇女が、国政が傾いてるサイフィスの、しかも、僕みたいな王子の命を狙うと思ってるんだ?」
カップを置いて、ニコッと笑ったモーガンを見て、二人は、瞳を大きく開き、視線を泳がせた。
「ウィルセン帝国が、そんな卑怯な手で、サイフィスを狙うくらいなら、もう攻め込んでるよね?それに、皇女や皇帝よりも、自国の貴族達のほうが危ないと、僕は、思ってるけどね」
モーガンは、ニコニコと笑ったまま、カップを持ち上げて、口を付けると、ゆっくり傾けた。
「…それに、そんな心配するくらいなら、ローデンの魔法で調べてみれば?」
「そんな高度な魔法、僕が使えるわけ」
「だよね?だから、毒見役っているわけだしね」
「なら、ちゃんと毒見役に」
「そんなことする必要ないから、ルーチスも、何も言わないんだと思うけど?」
「それは、一介の城内執事」
「ルーチスは、僕の専属だけど?」
専属執事が、胸に手を当てて、無駄のないお辞儀をすると、二人は、グッと唇に力を入れた。
「でも、やっぱり」
「二人はさ、自分の大切な時間ってある?」
「それは…もちろん、あります」
「僕ね?今、この瞬間、この時間が、凄く大切なんだよね」
「それとこれとは、話が」
「大切な時間を邪魔されて、怒らない人っているのかな?」
モーガンを中心に、フワッと風が巻き上がると、二人の頬が、引き攣るように、ヒクヒクと動いた。
「別にさ?二人に強要するつもりはないよ?でもね?邪魔だけはしないでくれるかな?」
「ちょちょ!ガン!待った!一回落ち着け!」
「モーガン様!」
「お嬢様のお手製が!」
メイド達が慌てて、声を荒げると、モーガンは、静かに、浮いていた皿を下ろした。
「魔力の流れがよくなったんだから、気を付けろよ」
「ごめん。なんか、こう、腹の底から、沸々とね」
「とりあえず、何か食べたら?」
「そうですよ」
「こちらのマカロンは、どうですか?」
「ありがとう。いただきます。ん~…あ、木苺のソースが入ってる」
「お嬢様が、木苺のクッキーをお気に召していたのでと」
「一工夫したそうですよ」
「そうなんだぁ。甘酸っぱくて、絶妙な花の香りが最高だね」
「ですよね。あと、こちらのショコラクッキーも、一工夫したそうですよ」
「どんな?」
「それは、食べての楽しみですよ~」
「そうだよね」
モーガンが、カップを傾けながら、次々に、クッキーやケーキを口に運び、ニコニコと笑っているの見て、アスベルトが、ふぅ~と息を吐き出すと、専属執事が、手を胸に置き、軽く頭を下げた。
「お茶のおかわりは、いかがでしょうか?」
「え?あ、そうだね。よろしく」
「かしこまりました。失礼致します」
無駄のない動作で、カップを持ち、ポットから注ぐと、静かに、アスベルトの手元に戻した。
「ありがとう」
「込み入った事をお聞きしても、よろしいでしょうか?」
「なに?」
「先程のお話から推測しますに、モーガン様は、キアナ皇女様をお慕いしていらっしゃるようでございますが」
「慕うってか、ガンのひぃっ!」
モーガンが踵で蹴り、横目で睨むと、アスベルトは、涙目になりながら脛を擦った。
「っつ~…今のは痛いよぉ」
「二人がいるのに、余計なこと言わないでくれる?また面倒になるじゃん」
「そうかもしれないけど」
「なんなら、色んな人から聞いたアスの話しようか?それとも、ロムさんに色々聞こ」
「お願い。やめて。気を付けるから」
視線を合わせて、ケタケタと、大きな声で笑う二人を見て、デュラベルとローデンは、それぞれ、その手に拳を作った。
「…モーガン、異国の皇太子や皇女を信頼し過ぎでは?」
「そうだぞ。そいつは、所詮、異国の」
「異国だからって、僕を理解して、信頼してくれる人を無下にする程、僕は、無礼な人間じゃないから」
「理解してくれるからって、そんなに無防」
「なら、二人が、僕の苦しみや悲しみを理解できるの?」
スッと、モーガンが無表情になると、二人は、グッと拳に力を入れた。
「王子の憂いを受け止めるのも、家臣になる僕らの」
「僕自身を見てくれないのに、理解できるの?」
無表情のまま、スッと立ち上がり、静かに、二人にモーガンが近付くと、アスベルトは、専属執事を引き寄せ、四人が並んで、手を前に翳した。
「二人は、王子であるモーガンが必要なんでしょ?僕自身が、どんなに苦しもうが、悲しもうが関係ないでしょ?家臣になるため、門家を継ぐため。アス達のように、僕自身を想ってはくれてない。僕自身を理解してくれない。そんな家臣、僕には必要ない」
「必要ないって、それじゃ国が」
「何もできない王子が、国王になっても、国は傾く」
「そんな訳」
「国は、王家や公爵家、貴族だけが支えてるんじゃない。そこに生き住まう、多くの命が支えてくれてる」
「でも、サイフィスは」
「時は流れ、時代は巡り、人は変わる。サイフィスだって、変わらなきゃ取り残されるだけ。なら、率先して、先をいくウィルセンから、たくさんのことを学ばないなんて、時間の無駄でしかない」
「他国から学ぶなんて」
「僕は、二人のほうが、国の恥だと思うよ?古くて、偏った考えばかり並べて、実際、アスに追い込まれたじゃない」
「あれは、油断」
「油断したってことは、アスを侮ってたんだよね?それってさ、相手の力量も分からないで、あんなことしたってことだよね?それこそ、国の危機だと思うよ?もし、今、敵が攻め込んで来たら、二人は、相手の力量を見誤って、自分が死んで、後ろにいる人々を、何もできない王子を危険に晒すんだよ?それが、家臣のやることなの?そんな家臣」
「俺らは!…俺らは、小さい頃から、ずっと、一緒だったじゃねぇか。なのに、どうして、つい、この前初めて会った奴なんかを」
「アスは、僕を見てくれてるから。王子じゃなくて、僕自身を」
「僕らも、モーガンを見て」
「なら、僕が寂しいと言ったとき、何故、王子だからって突き離したの?」
「それは、モーガンは、王子だから仕方な」
「ほら。王子だから仕方ない。王子なんだから我慢しろ。二人は、そうやって、僕を突き離すじゃないか」
「じゃぁ!どうしろってんだよ!」
「僕は、僕自身を理解してくれる人がほしい。悲しいときや苦しいときは、一緒に悩んで、泣いてくれて、楽しいときや嬉しいときは、一緒に喜んでくれて、寂しいときは、側にいて、涙を隠してくれるような人がほしい。弱くても強くても関係ない。ただ、僕と一緒に歩んでくれる人がほしい」
「そんなの家臣じゃ」
「僕が孤立して、立ち止まっても、二人は、それを仕方ないと言った。でも、アスは、僕の手を引いてくれた」
「そりゃ皇太子だから」
「アスは、僕よりも身分が高いのに、歩幅を合わせて、一緒に歩んでくれてるんだよ。二人は、どうすれば、僕の気持ちが分かる?」
「分かんねぇよ!俺らは王家じゃねぇんだから!」
「そっか。なら、王家のモーガン王子は、二人よりも優れていると分かれば、そんな家臣にって、こだわらなくていいよね?」
〈ビュー〉
モーガンが指を立てて振ると、突風が吹き抜け、二人は、生け垣に倒れ込んだ。
「僕ね?今、アスに教えてもらいながらだけど、剣術や魔法の勉強を始めたんだ。その歴史から扱い方まで。そしたらね?今まで、上手くできなかったのが、ウソみたいに、できるようになったんだ」
〈ズルズル、ズルズル〉
クルクルと、顔の横で、立ててた指を回すと、二人に蔦が巻き付いた。
「僕、今、人間なんだって、実感してるんだ。王子っていう人形じゃなくて、一人の人間だって、教えてくれたのが、アスやウィルセンの人々なんだよ。自国ではなく、他国の人々が、僕を人間にしてくれた。これこそ、サイフィスの間違い。古臭くて、固執した考えばかりの人々が犯した間違いなんだよ。分かったら、二度と来ないで。僕を人形にしようとしてる二人なんて、僕には、必要ないから」
〈パチン、ビュン〉
高く登った二人の体が、空に投げ出され、突風によって、吹き飛ばされると、モーガンを中心に流れていた風が止んだ。
「…なんかさ、あんなに言われると、今までの自分が、凄く惨めだったなってっ!」
寂しそうに、ニコッと笑ったモーガンが、クルッと振り返ると、その体に、メイド達が抱きついた。
「惨めじゃ、ない、で、す。よく、耐えられ、まし、た」
「そう、で、すよ、あんな、ひ、どい、こ、と、されて、た、のに」
「…ありがとう。無理に喋らなくても、大丈夫だから」
グスグスと、鼻を啜っていた二人が、大きな声で泣き始めると、モーガンは、優しく微笑みながら、静かに瞳を閉じ、その背中を擦った。
「皆様には、大変、お世話になりまして、なんと、お礼を申せばいいのか」
「感謝するだけじゃなくて、今後は、ガンを支えてやってよ」
「ですが、私は、皆様のように、魔法や剣術などの心得もなく、モーガン様に、何も」
「ルーチス殿、執事とは、主の御心をお支えするのが、最大の役目でございます」
「さようでございます。我ら執事は、主の御心と御体が健やかに過ごせるよう、その生活をお守りする事でございます。今まで、モーガン様は、御体も御心も、大変、疲労を蓄えていらっしゃいました。でしたら、これからは、専属執事であるルーチス殿が、それらをお守りし、末永く、坊っちゃんとの交友を続けてさせて頂きとうございます」
ニコッと笑った執事を見つめ、専属執事が、嬉しそうに瞳を細めた。
「かしこまりました。モーガン様と皇太子殿下が、末永く、交友を続けて頂けますよう、精一杯、仕えさせて頂きます」
「ところで、ルーチス殿、先程、魔法の心得がないと、仰っておりましたが、魔力は、お持ちでございますね?」
「え?いえ。私に、魔力はございません」
「はて?しかし、お見受けしたところ、我々と変わらない程の魔力をお持ちのようでございますが」
「ねぇ、ルーチスも、リリアンナと同じなんじゃない?」
まだグスグスと鼻を啜っているが、落ち着き始めた二人から、解放されたモーガンは、アスベルトの隣に座り直した。
「確かに。少し魔力を回せば、自覚出来るんじゃないかな。ロム」
「かしこまりました。では、ルーチス殿、手袋を取り、お手をお貸し下さい」
不思議そうに、首を傾げながらも、専属執事は、素直に、手袋を外して、手を差し出した。
「では、手のひらに集中して下さい」
執事が、その手を取ると、専属執事は、驚いたように、少しずつ、瞳を大きく開いた。
「…お分かりになりますか?」
「えぇ。なんと言いますか、こう、柔らかな暖気のような、凍てつく冷気のような、複雑な感じが、手から、体の中に流れ込むような」
「それが、私の魔力の特色でございます。では、次に、フェルミナと」
「失礼致します」
執事と同じように、侍女が手を取ると、専属執事の眉間にシワが寄った。
「なんと言いますか、ビリビリと痺れるような、フワフワと羽毛のような、とても不思議な感覚でございますね」
「私の特色とお思い下さい。では、次に、トロント」
「は~い」
メイドが手を取ると、専属執事の眉間のシワが消え、落ち着いたように、優しく微笑んだ。
「花のような、大地のような、安心する柔らかさでございますね」
「そうなんです。私の魔力は、まだ変化している途中なんです。カニュラもなんですけど、私とは、ちょっと違うんですよ?」
もう一人のメイドが、その手を取ると、専属執事は、瞳を大きくしながら、何度も頷いた。
「なるほど。確かに、とても似てらっしゃいますが、どこか、吹き抜ける風のような、爽やかな感覚もございますね」
「はい。私も、まだ変化途中なんです」
「しかし、魔力とは、とても不思議で、面白いものでございますね」
「そうですね。ルーチス様の魔力は、とても心地良くて、なんだか、眠くなってしまいます」
「私の魔力…しかし、私は、予兆が」
「ルーチスは、知らないよね?リリアンナも、予兆がなかったのに、魔力が覚醒したんだよ」
「…なるほど。もしかしたら、私も、予兆なく、魔力が覚醒している可能があるとの事でございますね?」
「そう。子供の頃に覚醒しても、分からないまま、大人になった場合、魔力がないと思ってて、そのままになってる人のほうが多いんだよ」
「では、私は、今まで、魔力の制御も」
「魔力は制御するよりも、自然と交換してるほうが、すんなり使うことができるんだよ。僕も、この前教えてもらったんだけど、今まで、サイフィスで教わってたときよりも、凄く扱いやすくて、日常も、過ごしやすくなったんだ」
「ちなみに、魔力を持ってない人は、魔力の特色が、全く分からないし、微力の人は、なんとな~く、手のひらに、サワサワと触ってるなってくらいにしか思わないんだって」
「そうなると、ルーチスは、ロムさん達の特色が分かるくらいだったから、それなりに持ってるってこと?」
「さようでございます。つまり、ルーチス殿も、少し訓練すれば、我々と同じように、簡単な防護魔法くらいは、使えるようになれると思われます。いかがですか?私やフェルミナは、完全覚醒しておりますが、トロントやカニュラは、相性が良いようですし、まだ成長途中の坊っちゃんやモーガン様とでしたら、難なく、魔力交換が出来ると思いますが」
「こんなに老いた私でも、扱えるようになれるのでしょうか?」
「魔力を自覚するのは、人それぞれです」
「自覚するのも、人それぞれですから、始めるのも、人それぞれです」
モーガンに抱きついて、大泣きしていた二人は、キラキラと瞳を輝かせて、専属執事に顔を寄せた。
「ガンも、よかったね?」
「そうだね。ルーチスがいれば、ちょっとした乱れなら、戻せそうだもんね」
二人が、ニコッと笑うと、専属執事は、困ったようで、嬉しそうに、瞳を細めた。
「モーガン様も、喜ばれておりますし、やってみてはいかがですか?」
「かしこまりました。ただ、どうも、この老いぼれた体では、そう早くは」
「大丈夫ですよ。魔力の鍛錬は、根気が大事です」
「あと、やる気と想像力も」
「では、少し、お手をお貸し願えますか?」
「はい!」
「私達で良ければ!」
メイド達に教わりながら、専属執事が、二人の手を借りて、鍛錬を始めると、アスベルトとモーガンは、視線を合わせて、ニコッと笑った。
「では、色々ございましたが、気を取り直しまして、お茶の続きを。どうぞ、お楽しみ下さい」
執事が、テーブルの上に、手を翳し、ゆっくり振ると、フワフワと、甘く柔らかな香りと爽やかな香りが、周囲に漂い、モーガンは、頬を緩め、フニャフニャと溶けたように微笑んだ。
「ガンって、ほんと、キアのこと、大好きだよね」
「アスほどじゃないよ」
「そう?」
「そういえば、贈り物って、いつまで渡してほしい?」
「できれば、早めに、なんなら、今からでも」
「ほら。アスのほうが、リリアンナのこと、大好きじゃん」
グッと、言葉に詰まると、アスベルトは、カップを傾けた。
「…明日、リリアンナに渡して来るよ」
「分かった。キアには、今日の内に渡しておく」
「ありがとう」
「いいえ。僕も、ありがとうね」
「どういたしまして」
互いに、ニコッと笑って、ケーキやキッシュを完食し、ゆっくりカップを傾けていると、専属執事が、モーガンの横に立った。
「モーガン様、そろそろ、お戻りになりませんと、王妃殿下とのお食事に遅れてしまいます」
「もう?」
「確かに、結構、時間が過ぎてたんだね」
「なんで、楽しいときは、すぐに過ぎちゃうんだろうね」
「それだけ、お二人が、夢中になっていらっしゃったのでしょう」
「次こそは、お嬢様達とも、楽しいひとときを過ごせますよ」
「そうです。だから、今日は、ゆっくりお休み下さいね?」
ニコニコと笑う二人を見て、モーガンとアスベルトは、視線を合わせて、ニコッと笑った。
「そうだね。これから、色々大変だけどさ」
「お互い、助け合おうね」
「では、そろそろ、お開きと致しましょう。モーガン様、本日も、詰め合わせをお持ち下さい」
「ありがとう」
執事は、手早くクッキーやマカロン、ショコラを包んで、箱に詰め合わせた。
モーガンが、箱を受け取ろうと、手を出したが、専属執事が、それを横から受け取った。
「モーガン様、お夜食で、甘い物を召し上がるのは、お体に悪ぅございます」
「え~。僕の密かな楽しみが」
ガクンと肩を落とすモーガンの背中を擦り、アスベルトが、苦笑いを浮かべると、専属執事は、フッと困ったように微笑んだ。
「本日は、しっかりと、お食事をして頂ければ、後ほど、お部屋にお持ち致しましょう」
「ガン、夕飯食べてなかったの?」
「あんまり、食欲がなかったから」
「それはいけません。しっかりと、お食事されませんと、お体に悪ぅございます」
「でも、昨日は」
「本日は、王妃殿下も、ご一緒されるとの事でございますので、ちゃんとお食べ下さい」
「分かったよ」
専属執事を見上げて、モーガンは、膨らませていた頬を緩めて、フッと、嬉しそうに笑った。
「モーガン様?」
「ルーチスがいてくれて、本当によかった。ありがとう」
ニコッと笑うモーガンを見つめ、専属執事は、嬉しそうに笑った。
「私こそ、有難うございます」
互いに、ニコッと笑い合うと、アスベルトと執事は、ニカッと笑って、小さくハイタッチをした。
「トロント、カニュラ、泣いていないで、ここを片付けますよ」
ウルウルと瞳を潤ませながら、コクコクと頷いたメイド達は、侍女とテーブルを片付け始めた。
「お二人は、坊っちゃんとモーガン様をお願い致しますね?」
「かしこまりました」
「トロントさん、カニュラさん、今度は、色んな話聞かせてね?」
「はい」
「喜んで」
涙で潤ませた瞳を細めて、ニコッと笑うと、モーガンは、専属執事と一緒に城内に向かい、アスベルトも、執事と一緒に離宮に戻り、食事の席に着いた。
「…ガン、大丈夫だよね?」
「モーガン様なら、きっと大丈夫でございますよ。これからは、ルーチス殿も、一緒でございますから」
少ない料理を少しずつ、口に運ぶアスベルトは、窓の外に視線を向けた。
「しかし、あのお二人は、少々、度が過ぎてるようでございますね」
「そうだよね。なんか、公爵家というより、自分の立場を守るのに、必死になってるような感じなんだよね」
「そうでございますね。確かに、家臣となれば、国王に意見する事もございますが、それにしても、聞き分けが無さ過ぎるようにも感じられますね」
「もしかして、公爵達も知らないところで、何か吹き込まれてる?」
「もし、そうであるならば、一体、何処で、誰に、何を吹き込まれてると思われますか?」
「そうだなぁ…例えば、彼らを教えてる師、とか?」
「なるほど。お二人に教えているのであれば、公爵様からも、それなりに、信頼されている者でしょうからね」
「あの公爵達から信頼されるとなると、かなり前から、画策してた可能性があるね。根深いなぁ」
「タラス公でしたら、グレームス卿と面識がございましたね?」
「タラス公の子息のほうは、グレームス卿に相談するにしても、問題は、エルテル公の子息のほうだよ」
「確か、モーガン様が、頭が良ろしいと仰っておりましたね」
「頭がいいから、余計、信じ込んだら、抜け出せなくなるんだよね。それに、彼らは、かなり自我が強いみたいだし」
「そうであれば、公爵様方に知らせても、解決するには、難しいのではございませんか?」
「婦人達を巻き込むのは?」
「婦人方が、どんな考えをお持ちか、分かり兼ねますので、あまり、得策ではございません」
「そうなんだよね」
〈…ウィーン〉
食事を終えて、ウィルセンに戻り、アスベルトが、椅子に座って、腕組みすると、執事は、顎を指で撫でた。
「リリアンナ様に、お聞きしてみるのはいかがでしょうか?」
「婦人達のこと?まぁ、リリなら、二人の婦人をよく知ってるかもね」
「では、リリアンナ様から、お話をお聞きしてから、策を立てるという事で」
「ロム、その前に、一つ、ウィルセンにいた神官の所在を調べてほしい」
「神官の所在でございますか?それなら、調べずとも、ドルト様が、ご存知なのでは?」
「確かに、ウィルセンを出るときは、申請されてたけど、その後は?」
「なるほど。一度、他国へ移り、頃合いを見て、逃走した可能性をお考えでございますね?」
「そう。しかも、その先が、貴族を守るような国王が治めてるサイフィスだったら」
「神官と貴族が結託し、三大公爵家を貶め、帝国との関係を悪化させ、あわよくば、大国であるサイフィスを帝国と対立させようとしている。そうお考えでございますね?」
「そうゆうこと」
「かしこまりました。では、神官の現在の所在が、分かり次第、ご報告致しますので、私は、これにて、失礼させて頂きます」
胸に手を当てて、お辞儀をしてから、執事が退室し、アスベルトが、書類の処理の為に、机に向き直ると、贈り物が置いてあった。
「ヤバっ」
アスベルトは、走り出そうとしたが、ピタッと動きを止め、贈り物を持って、静かに扉を押し開けた。
〈キィー…パタン〉
静かに扉を閉め、足音を消して、ゆっくりと、周囲を確認しながら、皇女の部屋に向かった。
〈…コンコン〉
「はーい!だれ!?」
「キア、僕だよ」
〈ガチャ!〉
「お義兄、こんな遅くに!」
「シィー!シィー!シィー!」
唇に指を押し当てながら、皇女に顔を近付けたアスベルトは、キョロキョロと周りを見渡した。
「頼むから、静かにしてくれよ。父上に、見付かったら、ガンが」
「ガン?」
「モーガンだよ、モーガン」
「あ~、サイフィスの王子ね。それで?パパに、お義兄が見付かったら、王子がなんなの?」
「とりあえず、これ、置かせてくれないかな。それか、受け取って」
「なに?その箱」
「贈り物」
「誰から?」
「中見れば分かるから」
「怪しいんだけど」
「どうでもいいから、早くして」
「中身は?」
「茶葉」
「こっちの小さいのは?」
「お前さ、開ける楽しみってないの?」
「お義兄が関わった贈り物って、ろくな物がないんだもん」
「あ~悪かったね。これは、僕からじゃないから、安心して開けろ。じゃな」
「あ!ちょっと!お義兄!…なんなのよ」
アスベルトは、贈り物を押し付けると、逃げるように走り去り、皇女は、プクッと頬を膨らましたまま、足で扉を閉めた。
〈シュルシュルシュルシュル、パカッ〉
小さな黄色と白の宝石で、小花のモチーフのネックレスを見て、皇女は、驚いて、瞳を大きく開きながら、短い文章が書かれたメッセージカードに、小さく、クスッと笑った。
ドレッサーに座り、ネックレスを取り出すと、自分の首元に着け、鏡を見つめて、頬を赤らめながら、メッセージカードを胸に抱いた。
〈ガチャ〉
ネックレスを着けたまま、クローゼットに向かい、宝石箱の底に、見えないように、メッセージカードを隠した。
〈…ちゅ…パタン〉
宝石箱にキスをして、クローゼットにしまってから、もう一つの箱を開けた。
茶葉が詰められ、綺麗に並ぶ小瓶を見て、クスッと笑うと、皇女は、その中の一つを手に取った。
〈パカン〉
蓋を開け、香りを嗅いで、うっとりするように、瞳を細めると、しっかり蓋を閉め直した。
「モーガン王子殿下、ご指名頂き、このルーチス、大変、嬉しゅうございます」
「僕のほうこそ、応えてくれてありがとう。今から、短い時間だけど、よろしくね?」
「はい。お二人が、楽しんで頂けますよう、精一杯、努めさせて頂きます」
優しく微笑んだ執事に、モーガンは、ニコッと笑った。
「…本当は、ルーチスに、僕の専属になってほしいって、思ってるんだ」
執事が驚いて、瞳を大きく開くと、モーガンは、ポリポリと頬を掻きながら、困ったように瞳を細めた。
「お祖母様が、ルーチスのことを凄く信頼してるのは、ずっと分かってたんだ。あんなに、警戒心の強いお祖母様が、信頼してるルーチスなら、父上の専属執事になると思ってたし、きっと、安心だろうなぁとも。だけど、父上がルーチスを降格させたって聞いて、なんてもったいないことしたんだろって思ったけど、僕は、何も言えなかったし、何もしなかった」
「それは、陛下のご決断でございますから」
「そう。父上が判断して決断した。だからね?僕も、僕の判断で決断したいんだ。ルーチス、今から、僕の専属になってくれないかな?」
「しかし、それには、陛下の許可が」
「もちろん、父上から許可も必要だと思うよ?でも、僕は、ルーチスの考えを尊重したいんだ」
モーガンが、ニコッと笑うと、執事の大きく開いた瞳が、ウルッと揺らいだ。
「王家の僕じゃなくて、僕自身に仕えてほしい。王家じゃなくて、たくさんの使用人達が、お祖母様に仕えてた時みたいに、その者達が、心に決めたと思えるような主になりたい。今は、まだまだ未熟だけど、いつかは、そうなれるように頑張ろうと思う。でも、今の僕には誰もいない。僕と一緒に歩んでくれるような使用人も、メイドも、執事も。だから、お祖母様が信頼しているルーチスが、一緒に歩んでくれたら凄く心強い。ルーチスが、いいと言ってくれるなら、僕は、父上に」
「モーガン様」
執事は、モーガンの前に膝を着き、胸に手を当てた。
「私は、生前のエターナ様より、ずっと申し付けられていた言葉がございます」
「お祖母様から?」
「もし、自分に何かあった時は、モーガンを頼む」
モーガンの瞳が揺れると、アスベルトは、グッと唇に力を入れた。
「エターナ様は、モーガン様が、お生まれになった時、とても悲しそうな顔をされ、更に、モーガン様が、女児であったならとも、仰っておりました」
「どうして?」
「故国王陛下は、とても柔軟な方で、エターナ様とも、とても仲睦まじく、城内の誰もが慕う程、お優しい方でございました。ですが、それが故に、判断する能力があったとしても、決断する力がございませんでした。様々な問題事が起きる度、当時の王妃、エターナ様に頼る程でございました。そんな姿の国王陛下を貴族達は、良くは思わず、中には、嘲笑うかのように、様々な噂をしておりました。それが、原因で、現国王陛下も、それはそれは、大変な思いをされたのでございます」
「…だから、父上は、王家の風格、国王の威厳に、こだわってるんだね?」
「さようでございます。下々の者に慕われ、王妃に頼る情けない王。その子息である王子も、情けない王となるだろう。当時の貴族達が、密やかに流した噂が、やがて、そのお耳に入り、それまでの王家の風格や威厳を取り戻すが為、陛下は、書物を読み漁り、歴代国王の祖業を知ると、今のような形で、国政を納めるようになったのでございます」
モーガンが悲しそうに、瞳を細めると、執事は、苦しそうに眉間にシワを寄せた。
「エターナ様は、幾度も、ご忠告されておりました。そのような事では、跡を継ぐ者が苦労を強いられ、下手をすれば、国が滅ぶとまで、申し上げておりましたが、陛下は、全く聞く耳を持たず、更に、貴族達を守るような、身の振り方をし始めてしまわれました。こうなっては、いくら、エターナ様でも、どうする事も出来ず、仕方なく、お生まれになったモーガン様を守るよう、王妃殿下に進言を」
「だから、母上は、父上のする事には、何も言わないの?僕が孤立してても」
「王妃殿下も、遠い異国の王家出身が為、陛下と似たような考えしか、持ち合わせておりません」
「そう。なら、この国で、僕の味方は、お祖母様だけだったんだね」
「エターナ様は、モーガン様を王家の光と呼び、陰ながら、モーガン様をお支えしようと、手を尽くしておりました。その甲斐もあり、幼き頃のモーガン様は、とても明るく活発で、私やメイド長などとも、良く遊ばれておいででした。ですが、エターナ様がお亡くなりになると、国王と王妃は、モーガン様にキツく申し付けるようになり、暫くすると、モーガン様も、陛下と殿下の顔色を伺うようになってしまわれ、私も、モーガン様が、密かに、泣いておられる姿に耐えきれず、必要以上の接触を避けておりました。あの頃の明るく活発なお姿は、跡形もなく、消えてしまわれ、お二人の理想の王子でいらっしゃるモーガン様に、苦しさ、虚しさに耐えきれず、最近では、古くから仕えていた使用人達が、少しずつ少しずつ、ここを去り、先日、メイド長も」
「そうだったんだ。何も知らなかったよ…ルーチスも、辞めるの?」
「私めも、もう年にございます。もう潮時かと思っておりました…ですが、出来るのでしたら、私は、言い付けを、エターナ様の大切なモーガン様をお守りしたい所存でございます。こんな老いぼれでは、ご期待に添えるか分かりませぬが、どうか、私めをモーガン様の下に、置いて頂けませんでしょうか?」
顔を上げ、優しく、瞳を細めた執事を見つめて、モーガンは、嬉しそうに微笑んだ。
「僕は、ルーチスを選んだんだよ?老いぼれなんて言わないで、最後の最後まで、僕の側にいてよ。お祖母様みたいにさ」
「有難うございます。モーガン様」
〈パンパン〉
パーっと明るい笑顔を浮かべたモーガンを見つめ、専属執事が嬉しそうに微笑むと、侍女が手を叩いた。
「お話もまとまった事でございますので、そろそろ、お茶の時間と致しませんか?」
「そうだね。それじゃ頼んだよ」
「かしこまりました」
「ルーチスも、お願いね?」
「かしこまりました」
専属執事が立ち上がり、胸に手を当てて、お辞儀をすると、モーガンは、ニコッと笑って、アスベルトと並んで、ベンチに座った。
「本日は、特別なお菓子なんですよぉ」
「特別?」
「はい。お嬢様が、腕によりをかけて、お作りになりましたぁ」
「どんなの?」
「「じゃじゃ~ん」」
〈パカン〉
メイドがクローシュを取り払うと、ホカホカと湯気が上がった。
「お嬢様特製、キッシュで~す」
「お茶の時間に、キッシュって」
「もう!坊っちゃんは、どうして、そんなあからさまに、怪訝そうな顔するんですか?」
「お茶って言ったら、お菓子」
「…美味しそう」
モーガンは、キラキラと瞳を輝かせながら、ジッとキッシュを凝視した。
「ですよね?お嬢様のキッシュは、本当に最高なんですよぉ」
「他にも、マカロンやクッキー、タルト、こちらは、お嬢様考案の花のシフォンケーキで~す」
次々に置かれる皿を見て、モーガンの頬が、高揚し、更に、キラキラと瞳を輝かせた。
「では、モーガン様、どれから召し上がりますか?」
「えっとね、えっとね…どれにしようかな。アスは?アスなら、どれから食べる?」
「いやいや、好きなの食べなよ」
「どれも美味しそうで、どれも食べたい」
「欲張りだな。とりあえず、昨日も食べてるのからにすれば?」
「でも、ケーキもキッシュも食べたい」
「なら、全部もらって、少しずつ、口に入れればいいんじゃない?」
「そっか、そうだね。そうしよう」
専属執事が、パチパチと、何度も瞬きをしていると、クスクスと笑いながら、メイドが、それぞれ、キッシュとシフォンケーキを一切れずつ乗せた皿をモーガンの前に置いた。
「どうぞ。お召し上がり下さい」
「いただきます」
大きく開けた口に、キッシュを入れると、モーガンは、幸せそうに頬を緩めた。
「おぃひぃ~。厚切りベーコンとポテトにチーズが絡んで、素朴なのに、凄く美味しくて、幸せな味がする」
更に、シフォンケーキを口に入れると、顔面崩壊する程、モーガンは、フニャフニャに溶けたように微笑んだ。
「このシフォンも、最高に美味しい。凄く華やかな香りが鼻から抜けるのに、甘さ控えめで、クリームとよく合ってて、ほんと幸せな味だね」
「…ガン、キアの手料理だから、そう思うだけなんじゃ」
「当たり前でしょ?あ~毎日食べたい」
「ほぼ毎日じゃ」
「アスはいいなぁ。一緒に暮らせて」
「それは、仕方な」
「僕も、早く一緒に暮らしたいなぁ」
「変わり過ぎだからね?」
「これが、本当の僕なの。ん~ふ。おぃひぃ」
ヘニャヘニャと、力の抜けた顔をするモーガンを見て、驚いた顔をしていた専属執事も、嬉しそうに微笑むと、手元にカップを置いた。
「ありがとう…ねぇ、アス、フレッシュミリー買ったの?」
カップを傾けてから、モーガンが、首を傾げると、アスベルトは、自分のカップを覗き込んだ。
「いや。覚えないけど。ロム?」
「私の独断で、試飲させて頂いた二種類を購入して参りました」
「そうだったんですね。キッシュとフレッシュミリーも合うね」
「確かに。口の中が、スッキリするから、色んな種類の食事が楽しめるね」
「だね。二人も、一緒にお茶する?」
モーガンとアスベルトの様子に、立ち尽くしていたデュラベルとローデンは、視線を合わせて、静かに近付いた。
「モーガン、そんな無防備になんでも、口に入れるのは」
「普段はしないよ。でも、今は、警戒する必要ないから」
「でも、誰が作ったか分からな」
「作った女性なら知ってるし」
「でも」
「ウィルセンの皇女が、国政が傾いてるサイフィスの、しかも、僕みたいな王子の命を狙うと思ってるんだ?」
カップを置いて、ニコッと笑ったモーガンを見て、二人は、瞳を大きく開き、視線を泳がせた。
「ウィルセン帝国が、そんな卑怯な手で、サイフィスを狙うくらいなら、もう攻め込んでるよね?それに、皇女や皇帝よりも、自国の貴族達のほうが危ないと、僕は、思ってるけどね」
モーガンは、ニコニコと笑ったまま、カップを持ち上げて、口を付けると、ゆっくり傾けた。
「…それに、そんな心配するくらいなら、ローデンの魔法で調べてみれば?」
「そんな高度な魔法、僕が使えるわけ」
「だよね?だから、毒見役っているわけだしね」
「なら、ちゃんと毒見役に」
「そんなことする必要ないから、ルーチスも、何も言わないんだと思うけど?」
「それは、一介の城内執事」
「ルーチスは、僕の専属だけど?」
専属執事が、胸に手を当てて、無駄のないお辞儀をすると、二人は、グッと唇に力を入れた。
「でも、やっぱり」
「二人はさ、自分の大切な時間ってある?」
「それは…もちろん、あります」
「僕ね?今、この瞬間、この時間が、凄く大切なんだよね」
「それとこれとは、話が」
「大切な時間を邪魔されて、怒らない人っているのかな?」
モーガンを中心に、フワッと風が巻き上がると、二人の頬が、引き攣るように、ヒクヒクと動いた。
「別にさ?二人に強要するつもりはないよ?でもね?邪魔だけはしないでくれるかな?」
「ちょちょ!ガン!待った!一回落ち着け!」
「モーガン様!」
「お嬢様のお手製が!」
メイド達が慌てて、声を荒げると、モーガンは、静かに、浮いていた皿を下ろした。
「魔力の流れがよくなったんだから、気を付けろよ」
「ごめん。なんか、こう、腹の底から、沸々とね」
「とりあえず、何か食べたら?」
「そうですよ」
「こちらのマカロンは、どうですか?」
「ありがとう。いただきます。ん~…あ、木苺のソースが入ってる」
「お嬢様が、木苺のクッキーをお気に召していたのでと」
「一工夫したそうですよ」
「そうなんだぁ。甘酸っぱくて、絶妙な花の香りが最高だね」
「ですよね。あと、こちらのショコラクッキーも、一工夫したそうですよ」
「どんな?」
「それは、食べての楽しみですよ~」
「そうだよね」
モーガンが、カップを傾けながら、次々に、クッキーやケーキを口に運び、ニコニコと笑っているの見て、アスベルトが、ふぅ~と息を吐き出すと、専属執事が、手を胸に置き、軽く頭を下げた。
「お茶のおかわりは、いかがでしょうか?」
「え?あ、そうだね。よろしく」
「かしこまりました。失礼致します」
無駄のない動作で、カップを持ち、ポットから注ぐと、静かに、アスベルトの手元に戻した。
「ありがとう」
「込み入った事をお聞きしても、よろしいでしょうか?」
「なに?」
「先程のお話から推測しますに、モーガン様は、キアナ皇女様をお慕いしていらっしゃるようでございますが」
「慕うってか、ガンのひぃっ!」
モーガンが踵で蹴り、横目で睨むと、アスベルトは、涙目になりながら脛を擦った。
「っつ~…今のは痛いよぉ」
「二人がいるのに、余計なこと言わないでくれる?また面倒になるじゃん」
「そうかもしれないけど」
「なんなら、色んな人から聞いたアスの話しようか?それとも、ロムさんに色々聞こ」
「お願い。やめて。気を付けるから」
視線を合わせて、ケタケタと、大きな声で笑う二人を見て、デュラベルとローデンは、それぞれ、その手に拳を作った。
「…モーガン、異国の皇太子や皇女を信頼し過ぎでは?」
「そうだぞ。そいつは、所詮、異国の」
「異国だからって、僕を理解して、信頼してくれる人を無下にする程、僕は、無礼な人間じゃないから」
「理解してくれるからって、そんなに無防」
「なら、二人が、僕の苦しみや悲しみを理解できるの?」
スッと、モーガンが無表情になると、二人は、グッと拳に力を入れた。
「王子の憂いを受け止めるのも、家臣になる僕らの」
「僕自身を見てくれないのに、理解できるの?」
無表情のまま、スッと立ち上がり、静かに、二人にモーガンが近付くと、アスベルトは、専属執事を引き寄せ、四人が並んで、手を前に翳した。
「二人は、王子であるモーガンが必要なんでしょ?僕自身が、どんなに苦しもうが、悲しもうが関係ないでしょ?家臣になるため、門家を継ぐため。アス達のように、僕自身を想ってはくれてない。僕自身を理解してくれない。そんな家臣、僕には必要ない」
「必要ないって、それじゃ国が」
「何もできない王子が、国王になっても、国は傾く」
「そんな訳」
「国は、王家や公爵家、貴族だけが支えてるんじゃない。そこに生き住まう、多くの命が支えてくれてる」
「でも、サイフィスは」
「時は流れ、時代は巡り、人は変わる。サイフィスだって、変わらなきゃ取り残されるだけ。なら、率先して、先をいくウィルセンから、たくさんのことを学ばないなんて、時間の無駄でしかない」
「他国から学ぶなんて」
「僕は、二人のほうが、国の恥だと思うよ?古くて、偏った考えばかり並べて、実際、アスに追い込まれたじゃない」
「あれは、油断」
「油断したってことは、アスを侮ってたんだよね?それってさ、相手の力量も分からないで、あんなことしたってことだよね?それこそ、国の危機だと思うよ?もし、今、敵が攻め込んで来たら、二人は、相手の力量を見誤って、自分が死んで、後ろにいる人々を、何もできない王子を危険に晒すんだよ?それが、家臣のやることなの?そんな家臣」
「俺らは!…俺らは、小さい頃から、ずっと、一緒だったじゃねぇか。なのに、どうして、つい、この前初めて会った奴なんかを」
「アスは、僕を見てくれてるから。王子じゃなくて、僕自身を」
「僕らも、モーガンを見て」
「なら、僕が寂しいと言ったとき、何故、王子だからって突き離したの?」
「それは、モーガンは、王子だから仕方な」
「ほら。王子だから仕方ない。王子なんだから我慢しろ。二人は、そうやって、僕を突き離すじゃないか」
「じゃぁ!どうしろってんだよ!」
「僕は、僕自身を理解してくれる人がほしい。悲しいときや苦しいときは、一緒に悩んで、泣いてくれて、楽しいときや嬉しいときは、一緒に喜んでくれて、寂しいときは、側にいて、涙を隠してくれるような人がほしい。弱くても強くても関係ない。ただ、僕と一緒に歩んでくれる人がほしい」
「そんなの家臣じゃ」
「僕が孤立して、立ち止まっても、二人は、それを仕方ないと言った。でも、アスは、僕の手を引いてくれた」
「そりゃ皇太子だから」
「アスは、僕よりも身分が高いのに、歩幅を合わせて、一緒に歩んでくれてるんだよ。二人は、どうすれば、僕の気持ちが分かる?」
「分かんねぇよ!俺らは王家じゃねぇんだから!」
「そっか。なら、王家のモーガン王子は、二人よりも優れていると分かれば、そんな家臣にって、こだわらなくていいよね?」
〈ビュー〉
モーガンが指を立てて振ると、突風が吹き抜け、二人は、生け垣に倒れ込んだ。
「僕ね?今、アスに教えてもらいながらだけど、剣術や魔法の勉強を始めたんだ。その歴史から扱い方まで。そしたらね?今まで、上手くできなかったのが、ウソみたいに、できるようになったんだ」
〈ズルズル、ズルズル〉
クルクルと、顔の横で、立ててた指を回すと、二人に蔦が巻き付いた。
「僕、今、人間なんだって、実感してるんだ。王子っていう人形じゃなくて、一人の人間だって、教えてくれたのが、アスやウィルセンの人々なんだよ。自国ではなく、他国の人々が、僕を人間にしてくれた。これこそ、サイフィスの間違い。古臭くて、固執した考えばかりの人々が犯した間違いなんだよ。分かったら、二度と来ないで。僕を人形にしようとしてる二人なんて、僕には、必要ないから」
〈パチン、ビュン〉
高く登った二人の体が、空に投げ出され、突風によって、吹き飛ばされると、モーガンを中心に流れていた風が止んだ。
「…なんかさ、あんなに言われると、今までの自分が、凄く惨めだったなってっ!」
寂しそうに、ニコッと笑ったモーガンが、クルッと振り返ると、その体に、メイド達が抱きついた。
「惨めじゃ、ない、で、す。よく、耐えられ、まし、た」
「そう、で、すよ、あんな、ひ、どい、こ、と、されて、た、のに」
「…ありがとう。無理に喋らなくても、大丈夫だから」
グスグスと、鼻を啜っていた二人が、大きな声で泣き始めると、モーガンは、優しく微笑みながら、静かに瞳を閉じ、その背中を擦った。
「皆様には、大変、お世話になりまして、なんと、お礼を申せばいいのか」
「感謝するだけじゃなくて、今後は、ガンを支えてやってよ」
「ですが、私は、皆様のように、魔法や剣術などの心得もなく、モーガン様に、何も」
「ルーチス殿、執事とは、主の御心をお支えするのが、最大の役目でございます」
「さようでございます。我ら執事は、主の御心と御体が健やかに過ごせるよう、その生活をお守りする事でございます。今まで、モーガン様は、御体も御心も、大変、疲労を蓄えていらっしゃいました。でしたら、これからは、専属執事であるルーチス殿が、それらをお守りし、末永く、坊っちゃんとの交友を続けてさせて頂きとうございます」
ニコッと笑った執事を見つめ、専属執事が、嬉しそうに瞳を細めた。
「かしこまりました。モーガン様と皇太子殿下が、末永く、交友を続けて頂けますよう、精一杯、仕えさせて頂きます」
「ところで、ルーチス殿、先程、魔法の心得がないと、仰っておりましたが、魔力は、お持ちでございますね?」
「え?いえ。私に、魔力はございません」
「はて?しかし、お見受けしたところ、我々と変わらない程の魔力をお持ちのようでございますが」
「ねぇ、ルーチスも、リリアンナと同じなんじゃない?」
まだグスグスと鼻を啜っているが、落ち着き始めた二人から、解放されたモーガンは、アスベルトの隣に座り直した。
「確かに。少し魔力を回せば、自覚出来るんじゃないかな。ロム」
「かしこまりました。では、ルーチス殿、手袋を取り、お手をお貸し下さい」
不思議そうに、首を傾げながらも、専属執事は、素直に、手袋を外して、手を差し出した。
「では、手のひらに集中して下さい」
執事が、その手を取ると、専属執事は、驚いたように、少しずつ、瞳を大きく開いた。
「…お分かりになりますか?」
「えぇ。なんと言いますか、こう、柔らかな暖気のような、凍てつく冷気のような、複雑な感じが、手から、体の中に流れ込むような」
「それが、私の魔力の特色でございます。では、次に、フェルミナと」
「失礼致します」
執事と同じように、侍女が手を取ると、専属執事の眉間にシワが寄った。
「なんと言いますか、ビリビリと痺れるような、フワフワと羽毛のような、とても不思議な感覚でございますね」
「私の特色とお思い下さい。では、次に、トロント」
「は~い」
メイドが手を取ると、専属執事の眉間のシワが消え、落ち着いたように、優しく微笑んだ。
「花のような、大地のような、安心する柔らかさでございますね」
「そうなんです。私の魔力は、まだ変化している途中なんです。カニュラもなんですけど、私とは、ちょっと違うんですよ?」
もう一人のメイドが、その手を取ると、専属執事は、瞳を大きくしながら、何度も頷いた。
「なるほど。確かに、とても似てらっしゃいますが、どこか、吹き抜ける風のような、爽やかな感覚もございますね」
「はい。私も、まだ変化途中なんです」
「しかし、魔力とは、とても不思議で、面白いものでございますね」
「そうですね。ルーチス様の魔力は、とても心地良くて、なんだか、眠くなってしまいます」
「私の魔力…しかし、私は、予兆が」
「ルーチスは、知らないよね?リリアンナも、予兆がなかったのに、魔力が覚醒したんだよ」
「…なるほど。もしかしたら、私も、予兆なく、魔力が覚醒している可能があるとの事でございますね?」
「そう。子供の頃に覚醒しても、分からないまま、大人になった場合、魔力がないと思ってて、そのままになってる人のほうが多いんだよ」
「では、私は、今まで、魔力の制御も」
「魔力は制御するよりも、自然と交換してるほうが、すんなり使うことができるんだよ。僕も、この前教えてもらったんだけど、今まで、サイフィスで教わってたときよりも、凄く扱いやすくて、日常も、過ごしやすくなったんだ」
「ちなみに、魔力を持ってない人は、魔力の特色が、全く分からないし、微力の人は、なんとな~く、手のひらに、サワサワと触ってるなってくらいにしか思わないんだって」
「そうなると、ルーチスは、ロムさん達の特色が分かるくらいだったから、それなりに持ってるってこと?」
「さようでございます。つまり、ルーチス殿も、少し訓練すれば、我々と同じように、簡単な防護魔法くらいは、使えるようになれると思われます。いかがですか?私やフェルミナは、完全覚醒しておりますが、トロントやカニュラは、相性が良いようですし、まだ成長途中の坊っちゃんやモーガン様とでしたら、難なく、魔力交換が出来ると思いますが」
「こんなに老いた私でも、扱えるようになれるのでしょうか?」
「魔力を自覚するのは、人それぞれです」
「自覚するのも、人それぞれですから、始めるのも、人それぞれです」
モーガンに抱きついて、大泣きしていた二人は、キラキラと瞳を輝かせて、専属執事に顔を寄せた。
「ガンも、よかったね?」
「そうだね。ルーチスがいれば、ちょっとした乱れなら、戻せそうだもんね」
二人が、ニコッと笑うと、専属執事は、困ったようで、嬉しそうに、瞳を細めた。
「モーガン様も、喜ばれておりますし、やってみてはいかがですか?」
「かしこまりました。ただ、どうも、この老いぼれた体では、そう早くは」
「大丈夫ですよ。魔力の鍛錬は、根気が大事です」
「あと、やる気と想像力も」
「では、少し、お手をお貸し願えますか?」
「はい!」
「私達で良ければ!」
メイド達に教わりながら、専属執事が、二人の手を借りて、鍛錬を始めると、アスベルトとモーガンは、視線を合わせて、ニコッと笑った。
「では、色々ございましたが、気を取り直しまして、お茶の続きを。どうぞ、お楽しみ下さい」
執事が、テーブルの上に、手を翳し、ゆっくり振ると、フワフワと、甘く柔らかな香りと爽やかな香りが、周囲に漂い、モーガンは、頬を緩め、フニャフニャと溶けたように微笑んだ。
「ガンって、ほんと、キアのこと、大好きだよね」
「アスほどじゃないよ」
「そう?」
「そういえば、贈り物って、いつまで渡してほしい?」
「できれば、早めに、なんなら、今からでも」
「ほら。アスのほうが、リリアンナのこと、大好きじゃん」
グッと、言葉に詰まると、アスベルトは、カップを傾けた。
「…明日、リリアンナに渡して来るよ」
「分かった。キアには、今日の内に渡しておく」
「ありがとう」
「いいえ。僕も、ありがとうね」
「どういたしまして」
互いに、ニコッと笑って、ケーキやキッシュを完食し、ゆっくりカップを傾けていると、専属執事が、モーガンの横に立った。
「モーガン様、そろそろ、お戻りになりませんと、王妃殿下とのお食事に遅れてしまいます」
「もう?」
「確かに、結構、時間が過ぎてたんだね」
「なんで、楽しいときは、すぐに過ぎちゃうんだろうね」
「それだけ、お二人が、夢中になっていらっしゃったのでしょう」
「次こそは、お嬢様達とも、楽しいひとときを過ごせますよ」
「そうです。だから、今日は、ゆっくりお休み下さいね?」
ニコニコと笑う二人を見て、モーガンとアスベルトは、視線を合わせて、ニコッと笑った。
「そうだね。これから、色々大変だけどさ」
「お互い、助け合おうね」
「では、そろそろ、お開きと致しましょう。モーガン様、本日も、詰め合わせをお持ち下さい」
「ありがとう」
執事は、手早くクッキーやマカロン、ショコラを包んで、箱に詰め合わせた。
モーガンが、箱を受け取ろうと、手を出したが、専属執事が、それを横から受け取った。
「モーガン様、お夜食で、甘い物を召し上がるのは、お体に悪ぅございます」
「え~。僕の密かな楽しみが」
ガクンと肩を落とすモーガンの背中を擦り、アスベルトが、苦笑いを浮かべると、専属執事は、フッと困ったように微笑んだ。
「本日は、しっかりと、お食事をして頂ければ、後ほど、お部屋にお持ち致しましょう」
「ガン、夕飯食べてなかったの?」
「あんまり、食欲がなかったから」
「それはいけません。しっかりと、お食事されませんと、お体に悪ぅございます」
「でも、昨日は」
「本日は、王妃殿下も、ご一緒されるとの事でございますので、ちゃんとお食べ下さい」
「分かったよ」
専属執事を見上げて、モーガンは、膨らませていた頬を緩めて、フッと、嬉しそうに笑った。
「モーガン様?」
「ルーチスがいてくれて、本当によかった。ありがとう」
ニコッと笑うモーガンを見つめ、専属執事は、嬉しそうに笑った。
「私こそ、有難うございます」
互いに、ニコッと笑い合うと、アスベルトと執事は、ニカッと笑って、小さくハイタッチをした。
「トロント、カニュラ、泣いていないで、ここを片付けますよ」
ウルウルと瞳を潤ませながら、コクコクと頷いたメイド達は、侍女とテーブルを片付け始めた。
「お二人は、坊っちゃんとモーガン様をお願い致しますね?」
「かしこまりました」
「トロントさん、カニュラさん、今度は、色んな話聞かせてね?」
「はい」
「喜んで」
涙で潤ませた瞳を細めて、ニコッと笑うと、モーガンは、専属執事と一緒に城内に向かい、アスベルトも、執事と一緒に離宮に戻り、食事の席に着いた。
「…ガン、大丈夫だよね?」
「モーガン様なら、きっと大丈夫でございますよ。これからは、ルーチス殿も、一緒でございますから」
少ない料理を少しずつ、口に運ぶアスベルトは、窓の外に視線を向けた。
「しかし、あのお二人は、少々、度が過ぎてるようでございますね」
「そうだよね。なんか、公爵家というより、自分の立場を守るのに、必死になってるような感じなんだよね」
「そうでございますね。確かに、家臣となれば、国王に意見する事もございますが、それにしても、聞き分けが無さ過ぎるようにも感じられますね」
「もしかして、公爵達も知らないところで、何か吹き込まれてる?」
「もし、そうであるならば、一体、何処で、誰に、何を吹き込まれてると思われますか?」
「そうだなぁ…例えば、彼らを教えてる師、とか?」
「なるほど。お二人に教えているのであれば、公爵様からも、それなりに、信頼されている者でしょうからね」
「あの公爵達から信頼されるとなると、かなり前から、画策してた可能性があるね。根深いなぁ」
「タラス公でしたら、グレームス卿と面識がございましたね?」
「タラス公の子息のほうは、グレームス卿に相談するにしても、問題は、エルテル公の子息のほうだよ」
「確か、モーガン様が、頭が良ろしいと仰っておりましたね」
「頭がいいから、余計、信じ込んだら、抜け出せなくなるんだよね。それに、彼らは、かなり自我が強いみたいだし」
「そうであれば、公爵様方に知らせても、解決するには、難しいのではございませんか?」
「婦人達を巻き込むのは?」
「婦人方が、どんな考えをお持ちか、分かり兼ねますので、あまり、得策ではございません」
「そうなんだよね」
〈…ウィーン〉
食事を終えて、ウィルセンに戻り、アスベルトが、椅子に座って、腕組みすると、執事は、顎を指で撫でた。
「リリアンナ様に、お聞きしてみるのはいかがでしょうか?」
「婦人達のこと?まぁ、リリなら、二人の婦人をよく知ってるかもね」
「では、リリアンナ様から、お話をお聞きしてから、策を立てるという事で」
「ロム、その前に、一つ、ウィルセンにいた神官の所在を調べてほしい」
「神官の所在でございますか?それなら、調べずとも、ドルト様が、ご存知なのでは?」
「確かに、ウィルセンを出るときは、申請されてたけど、その後は?」
「なるほど。一度、他国へ移り、頃合いを見て、逃走した可能性をお考えでございますね?」
「そう。しかも、その先が、貴族を守るような国王が治めてるサイフィスだったら」
「神官と貴族が結託し、三大公爵家を貶め、帝国との関係を悪化させ、あわよくば、大国であるサイフィスを帝国と対立させようとしている。そうお考えでございますね?」
「そうゆうこと」
「かしこまりました。では、神官の現在の所在が、分かり次第、ご報告致しますので、私は、これにて、失礼させて頂きます」
胸に手を当てて、お辞儀をしてから、執事が退室し、アスベルトが、書類の処理の為に、机に向き直ると、贈り物が置いてあった。
「ヤバっ」
アスベルトは、走り出そうとしたが、ピタッと動きを止め、贈り物を持って、静かに扉を押し開けた。
〈キィー…パタン〉
静かに扉を閉め、足音を消して、ゆっくりと、周囲を確認しながら、皇女の部屋に向かった。
〈…コンコン〉
「はーい!だれ!?」
「キア、僕だよ」
〈ガチャ!〉
「お義兄、こんな遅くに!」
「シィー!シィー!シィー!」
唇に指を押し当てながら、皇女に顔を近付けたアスベルトは、キョロキョロと周りを見渡した。
「頼むから、静かにしてくれよ。父上に、見付かったら、ガンが」
「ガン?」
「モーガンだよ、モーガン」
「あ~、サイフィスの王子ね。それで?パパに、お義兄が見付かったら、王子がなんなの?」
「とりあえず、これ、置かせてくれないかな。それか、受け取って」
「なに?その箱」
「贈り物」
「誰から?」
「中見れば分かるから」
「怪しいんだけど」
「どうでもいいから、早くして」
「中身は?」
「茶葉」
「こっちの小さいのは?」
「お前さ、開ける楽しみってないの?」
「お義兄が関わった贈り物って、ろくな物がないんだもん」
「あ~悪かったね。これは、僕からじゃないから、安心して開けろ。じゃな」
「あ!ちょっと!お義兄!…なんなのよ」
アスベルトは、贈り物を押し付けると、逃げるように走り去り、皇女は、プクッと頬を膨らましたまま、足で扉を閉めた。
〈シュルシュルシュルシュル、パカッ〉
小さな黄色と白の宝石で、小花のモチーフのネックレスを見て、皇女は、驚いて、瞳を大きく開きながら、短い文章が書かれたメッセージカードに、小さく、クスッと笑った。
ドレッサーに座り、ネックレスを取り出すと、自分の首元に着け、鏡を見つめて、頬を赤らめながら、メッセージカードを胸に抱いた。
〈ガチャ〉
ネックレスを着けたまま、クローゼットに向かい、宝石箱の底に、見えないように、メッセージカードを隠した。
〈…ちゅ…パタン〉
宝石箱にキスをして、クローゼットにしまってから、もう一つの箱を開けた。
茶葉が詰められ、綺麗に並ぶ小瓶を見て、クスッと笑うと、皇女は、その中の一つを手に取った。
〈パカン〉
蓋を開け、香りを嗅いで、うっとりするように、瞳を細めると、しっかり蓋を閉め直した。
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