初恋の先へ

咲 カヲル

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十一

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鼻歌を唄いながら、皇女は、ベットに寝転び、天蓋を見つめて、嬉しそうに、優しく微笑み、ネックレスに触れて、静かに瞳を閉じた。

〈…コンコンコンコン、ガチャ〉

「おはようございます!」

薄く瞳を開いた皇女は、コロンと、寝返りを打ち、体の向きを変えた。

「本日も、良い天気ですよ!」

〈シャー、シャー〉

メイドが、カーテンを開けると、朝日が、皇女を照らした。

「眩しい」

「さて、本日は、何をなさいますか?紐編みですか?刺繍ですか?」

「ん~、あとで決めるわ」

「では、まずは、お着替えですね。早くしないと、お二人を待たせてしまいますよ」

「分かってるよ」

ゆっくり起き上がり、皇女が、背伸びをすると、胸元のネックレスが、キラッと小さく輝いた。

「あら。素敵なネックレスですね?」

「でしょ?可愛いよねぇ。なんの花かな?」

「その感じは、アドニスでしょうかね?いつ、お買いに?」

「貰ったの」

「おや?おやおや?もしかして、例の彼ですか?」

「そう。あの茶葉もね」

「こんなに、沢山の茶葉を貰うなんて、お嬢様は、愛されてますねぇ」

〈パシャ、パシャ〉

皇女は、ニコッと笑ってから、顔を洗い、メイドから受け取ったタオルで拭きながら、鏡に視線を向けて、胸元のネックレスに触れると、嬉しそうに瞳を細めた。

「しかし、何故、アドニスなのでしょうか?」

寝間着を脱ぎながら、皇女が、コテンと首を傾げると、メイドも、手で包むように、頬に触れて首を傾げた。

「アドニスの花言葉は、悲しき思い出なんですよ」

「あ、そっちね。多分、花言葉までは考えてないんじゃないかな?」

「まぁ、男性は、花言葉なんて、分かりませんもんね」

「そういえば、何かの本で読んだんだけど、アドニスって、遠い島国だと、別の名前があって、花言葉も、幸せを招く。とか、永久の幸福。だったような」

「そしたら、その方は、永久の幸福をお嬢様に。ってなりますね?」

「そうね…パパには、内緒にしててね?また、狂ったように暴れちゃうから」

「分かってますよ。ドルト様の溺愛には、お嬢様も坊っちゃんも、苦労されますね」

ドレッサーに向かって座り、メイドに髪を梳かされながら、皇女は、困ったように、苦笑いを浮かべた。

「前に、騎士団の訓練に参加した時、ドルト様が襲いかかったとか」

「そうなのよ。ほんと、パパって、大人げないよね」

「しかし、グレームス卿とイザベラ様が止めたらしいですね」

「そうそう。グレームス卿が、間一髪のところで、パパの剣を防いで、ママが悟たのよね」

「らしいですね」

「でもね?実は、彼、凄く強いみたいなの。知ってた?」

「聞きましたよ~。扱い方が分からなかっただけで、実は、坊っちゃんよりも強いかもと、騎士達が騒いでました」

「しかも、お菓子のお礼にって、茶葉を贈ってくれるのよ?素敵じゃない?」

「お若いのに、紳士なんですね」

「それにね?これには、メッセージカードも付いてたのよ」

「きめ細やかな気遣い、ときめきますねぇ」

「字も丁寧で、綺麗な字だったわ」

「それでそれで?なんて書かれてたんですか?」

「…可愛いレディへ」

「あら。それだけですか?」

「今は、それくらいしか書けないのよ」

「あ~なるほど。立派になったら。ってやつですね?なんとも、甘酸っぱいですねぇ」

「そうね。まるで、木苺みたい」

着替えを終えた皇女が、扉の前に立つと、メイドは、ほんのり赤くなった頬を緩めて、優しく微笑んだ。

「早く会えるといいですね」

「その時は、もっと綺麗に見えるように、手伝ってね?」

「もちろんです。では」

〈ガチャ〉

「行ってらっしゃいませ。お嬢様、本日も、楽しいひとときを」

「ありがと。行って来ます」

メイドがお辞儀をすると、皇女は、鼻歌を唄いながら、ダイニングに向かった。
廊下の窓に視線を向け、外を見つめながら、軽い足取りの皇女は、ニコニコと微笑み、時々、胸元のネックレスに触れ、愛おしそうに瞳を細めた。

〈ガチャ、パタン〉

「おはよう。パパ」

「おはよう。今日は、ずいぶん上機嫌だな?」

「まぁね」

ニコニコと笑って、皇女が、席に着くと、皇帝も、嬉しそうに、ニコッと笑い、カップに口を付けた。

「おはよう、ママ」

「おはよ」

「ねぇママ、あとで紅茶飲もう?」

「紅茶?いつも飲んでるじゃない」

「昨日、お義兄が、茶葉の詰め合わせを持って来たの」

「アスが?アスから贈り物なんて、珍しい事もあるのね」

「違うよ。モーガン王子から」

〈ブッ!〉

「ちょっとドル」

「パパ汚~い」

ゆっくりと、カップを傾けた皇帝が、小さく吹き出し、咳き込むと、中年男性が、静かに布巾を差し出した。

「ドルト様、落ち着いて、お召し上がり下さい」

「あぁ…すまん…」

咳が止まらず、中年男性が、せっせと背中を擦り、布巾を口に当てる皇帝に、皇后と皇女は、視線を合わせて、首を振って、ため息をついた。

「…あー苦しかった…しかし、急に、贈り物なんて」

「いいじゃない。贈り物くらい」

「しかし、あまりにも、急」

「ドルは、もっと急だったでしょ?」

皇后が、カップを傾けると、皇帝は、グッと押し黙り、視線を泳がせた。

「そうなの?」

「旧ルアンダ王城で、お茶会に参加した次の日に、急に、屋敷にロムが来て、ドルト皇太子殿下よりって、ドレス持って来たのよ?私は、ドルを知らないのに」

「知らない人からのドレスって、凄く怖いんだけど」

「でしょ?当時は、母達も、私も、気味悪いって思ったんだけど、本当に皇太子からだったらって考えると、捨てられないから、クローゼットの奥に突っ込んだわよ」

「それに比べたら、モーガン王子って、ちゃんと分かってるわね」

「そうねぇ」

「茶葉なんて、一番危な」

「我々、帝国執事は、どんな小さな物に仕込まれた毒でも、発見し排除させて頂きます」

「エーテ、余計な事を」

「エーテの言う通りよ?帝国執事は、とても優秀なんだから、茶葉に毒が仕込まれてたって、すぐに気付くわよ」

執事が深く頭を下げると、皇后は、小さく切ったベーコンを口に運んだ。

「パパは、いつもそうね。凄く優秀な人達に囲まれてるのに、必死に言い訳探して」

皇女は、一口大に千切ったパンを口に運び、放り込むと、モグモグと噛み砕いた。

「だが、もしもって事も」

「あらやだ。ドルは、エーテやロム達を信じられないの?」

「そうじゃなくて」

「エーテ達、かわいそう」

執事が、ハンカチを取り出して、目元に当てると、皇后と皇女が、口元を手で隠した。

「ウィルセンの皇帝なのに」

「帝国民のエーテ達を悲しませるなんて」

「分かった!分かったから、そんな目で見ないでくれ」

「流石、ドルね。良かったわね?エーテ」

「はい。とてもお優しいドルト様にお仕えでき、私共は、心から嬉しゅうございます」

ニコニコと微笑む三人を見て、フッと、鼻で小さなため息をついて、皇帝は、スープを口に運んだ。

「なんなら、パパも飲む?」

「あら、いいわね?」

「いや、俺は」

「キアのお菓子と新しい茶葉、最高じゃない」

「でしょ?それに、あの茶葉、凄くいいやつみたいだし」

「そうなの。それなら、ドルの口にも合うんじゃない?」

「だよね?ねぇパパ~」

「分かったよ。あとで一緒するから」

「約束よ?」

「あぁ」

皇帝が、困ったように、目尻を下げ、優しく、瞳を細めて、小さく微笑むと、皇后も微笑んで、カップに口に付けた。

「そうだ。どうせだし、お義兄や王子も呼ぼうよ」

「そしたら、リリちゃんも呼びたいわね?ねぇドル~」

「もう好きにしてくれ」

諦めたように、皇帝が、両手を上げると、二人は、ニコ~っと笑い合って、嬉しそうに、瞳を細めた。

「ありがとうパパ!だ~い好き!」

〈ちゅ〉

食事を終えて、立ち上がった皇女が、皇帝の頬にキスした。

「それじゃ、私、準備するね。また後でねぇ」

〈ガチャ、パタン〉

スキップしそうな程、ルンルンと上機嫌の皇女が出て行くと、皇帝は、困ったように微笑んだ。

「キアからキスされるなんて、いつぶりかしらねぇ?」

「そうだな。つい、この前までは、まだまだ幼いと思ってたんだが」

「子供の成長は早いのよ。それに合わせて、ドルも、父親として、寛大にならないと。ね?」

「充分、寛大だと思うんだが?」

「そうね。王子に会うのを許したんだもんねぇ」

皇后が、ニコニコと微笑みながら、顔を向けると、皇帝は、困ったような、嬉しいような、目尻を下げて、瞳を細めた。

「そうしなきゃ、また、皆で、俺を責めるだろ?」

「責めてないわよ。分かって欲しいから言ってるの。そろそろ、キアも、アスのように、自由にさせてあげたら?」

「もう少し、父親で居たいんだがなぁ」

「幾つになっても、親と子の絆は変わらないわよ」

「…そうだね」

優しく穏やかな雰囲気で、二人は、食事を終えると、それぞれの公務に向かった。

〈カシャカシャカシャ〉

「それでね?今日、リリちゃんがよかったら、家に来れないかなって思ったんだけど」

『私は行きたいけど、パパが許してくれるか、どうか』

「大丈夫だよ。私も、ママに手伝ってもらったけど、パパが、王子もいいって言ってくれたし」

『でも、最近、パパの過保護に拍車が掛かってて、この前も、出掛けたとき、たまたま、アスとモーガン王子殿下が一緒にいるのを見付けたら、私を抱えてまで、別のお店に向かったのよ?』

互いに、カシャカシャ、カチャカチャと、音をさせながら、通信鏡を使って、リリアンナと皇女は、それぞれで、甘い香りを漂わせていた。

『もう、周りの人達が笑ってるのに、パパ、いっっっっさい、気にしないで歩くから、すっっっっごい、恥ずかしかったよ』

「分かる。もう、ヨチヨチ歩きじゃないんだから、やめてほしいよねぇ」

『でも、やめてくれないし、初めて、お菓子作ったときも』

「あれ、怖かったよね?リリちゃんが、罪人なのかと思うくらい、監視しててさ」

『今は、みんなに止められて、たまに見に来るくらいだけど、あの日は、ほんと、疲れちゃったよ』

『リリ~?』

「噂をすればね」

『もう…何?今、手が離せないんだけど』

『モーガン殿下が来てたんだが』

『…分かったぁ。キアちゃん、ちょっと待ってて』

「分かったぁ。またあとで」

〈ブッ、ザーッ〉

「もう。慌てん坊なんだから」

〈パチン〉

通信鏡を閉じて、鼻歌を唄いながら、作業を続けようと、鉄板を用意すると、通信鏡が、チカチカと光を放った。

〈パチン…ザザッザザッ〉

「リリちゃん?そんな慌てなくても」

『え…キアナ皇女?』

「モーガン王子!?なんで」

『リリアンナが、通信鏡を作動させてほしいって言うから、僕が変わりに』

『キアちゃ~ん、急に切ってごめんね?これで、途切れることもないでしょ?』

「だからって、王子じゃなくても」

『だって、アスだと、パパがうるさくなるし、面倒なことになりそうなんだもん』

『まぁ、アスだけだと、屋敷にも入れてくれないだろうね』

「それもそうか。アルベル公からすれば、お義兄は、リリちゃんを奪おうとしてる男だもんね」

『まぁ、それは、僕もなんだろうけど』

赤くなった頬をポリポリと掻くモーガンを見て、皇女の頬が真っ赤になった。

『ねぇねぇ、キアちゃん、見て。私も、貰ったよ~』

茶葉を詰めた小瓶が並ぶ箱を持ち上げ、嬉しそうに、ニコッと笑ったリリアンナを見て、皇女は、瞳を大きく開いた。

「中身が、ちょっと違う?」

『そうなの?』

「私のほうが、一瓶多いんだけど」

『アスと一緒に買ったんじゃないんですか?』

『そう。アスが、茶葉に詳しくないからって、同じのにしたはずなんだけど』

「ちょっと、待ってね?え~っと…これかな?」

皇女は、ワゴンに置いてあった小瓶と映像を照らし合わせて、一瓶を手に取ると、モーガンが、クスッと笑った。

『それ、グリンティーって、珍しいお茶なんだ』

『グリンティー!?どこに売ってたんですか!?』

鼻息を荒くして、詰め寄るリリアンナから、距離を取るように離れながら、苦笑いを浮かべたモーガンを見て、皇女は、静かに小瓶を置き、見下ろした。

『シャルンス通りの小さなお店、えっと、公爵家御用達の宝石店を背にして、左側だったかな』

『へぇ。今度、行ってみようっと』

「ねぇ、グリンティーって、遠い島国で作られてるんだよね?」

『そうだよ?フレッシュミリーもあったけど、やっぱり、グリンティーは格別だよ』

「あまり流通してないから、希少価値が高いってウワサだよね?そんな高価な茶葉、貰ってもいいの?私、何も」

『いいんだよ。僕は、皇女に、受け取ってほしい』

皇女が視線を向けると、モーガンは、目尻を下げ、優しく微笑みながら、愛おしそうに見つめた。

『僕にとって、皇女からの差し入れは、値段が付けられない程、とても価値がある物だから、逆に、茶葉の詰め合わせで、申し訳ないくらいだよ』

「でも、全部、私が勝手に」

『皇女だから、全てが特別なんだよ?僕にとって、それだけ皇女が』

〈ゴン!〉

「いっ!」

真っ赤になった顔を隠すように、作業台に額をぶつけながら、皇女が屈み込むと、慌てた二人の声が響いた。

『皇女!?』

『キアちゃん!!大丈夫!?』

「だい、じょうぶ。ちょっと、熱くて」

『…あ!部屋に忘れ物しちゃった。ちょっと、取って来るね?殿下、キアちゃんのこと、よろしくお願いしますね』

「ちょ!リリちゃん!待っ」

〈パタン〉

皇女は、急いで立ち上がったが、リリアンナの姿は、映像から消え、モーガンが、心配そうに、目尻を下げた。

『大丈夫?』

「え?あ、の…大丈夫」

互いに、頬を赤くしながら、視線を下げ、モーガンは、ポリポリと頬を掻き、皇女は、小瓶に触れた。

「…あの、父も一緒なんだけど、王子も、よかったら、あとで、家に来ませんか?」

『いいの?』

「それはもちろん!ただママもリリちゃんもお義兄も一緒で」

皇女が焦ったように、早口になると、モーガンは、クスッと笑った。

『笑ってごめんね?皇女が、あまりにも可愛いから、ついね』

「あ、あの、私、こうゆうの、初めてで」

『気にしないで。僕もだから』

ニコッと微笑むモーガンを見つめて、皇女は、安心したように、瞳を細めて、嬉しそうに微笑んだ。

『皇女がいいなら、行きたいんだけど、僕が、行っても大丈夫?』

「大丈夫。パパのことは、ママに頼むから」

『なら、アスと一緒に行くね?』

「あ、あの!…私のことも、名前で、呼ん、で、ほしいん、だ、けど…」

真っ赤になった顔を隠すように、下を向いた皇女を見て、モーガンは、パチパチと、何度も瞬きをしてから、嬉しそうに微笑んで、作業台に頬杖をついた。

『僕のこと、ガンって呼んでくれたら、嬉しいんだけどな?キア』

「…っ!が…ガン…?」

『なに?キア』

「えっと、えっとね?…これ、ありがとう。凄く嬉しかった」

キョロキョロと周りを見渡してから、ネックレスに触れて、ニコッと笑った皇女に、モーガンも、ニコッと笑った。

『いいえ。気に入ってくれたなら、僕も、嬉しいよ』

「凄く気に入った。これからは、毎日、着けるから」

『でも、気を付けてね?皇帝にバレたら、僕ら、会えなくなっちゃうから』

「大丈夫。そんなこと、私がさせないから」

『そう。そしたら、キアが守ってくれてる間、僕は、もっと頑張って、堂々と会いに行けるようになるからね』

「分かった。約束よ?」

『約束。だから、キア、僕と』

〈バタン!〉

「お嬢様!ドルト様がいらっしゃいます!」

皇女が、作業台に額を付けて、拳を握って、体をプルプルと震わせると、モーガンは、ハハハと笑った。

『アスもだけど、皇帝も、相当、感がいいみたいだね?』

「…パパなんか嫌い…」

『そんなこと言わないで?…キア、今は、我慢させてしまうことも、邪魔されることも多いと思うけど、いつか、必ず、直接伝えに行く。だから、皇帝のこと、許してあげてね?』

「分かった。必ずよ?」

『必ず伝えに行く。その時は、皇帝にも、誰にも、何も言わせない。キア、それまで、僕のレディでいてね?それじゃ、また、あとでね』

ニコニコと笑って、モーガンが手を振ると、ウルウルと、瞳を潤ませながら、皇女も手を振った。

〈パチン〉

「…ありがとう。リリアンナ」

扉の前で、ビクッと肩を揺らしてから、そっと、顔を覗かせると、モーガンは、晴れやかな顔で、ニコッと笑った。

「これで、心置きなく進めるよ」

キラキラと、瞳を輝かせるモーガンに、リリアンナが、小さく微笑んで、キッチンに入ると、通信鏡を手に取った。

「それは、よかったです。大変でしょうが、キアちゃんの為に、頑張って下さいね?」

「もちろん。アスとリリアンナには、色々と、面倒や迷惑を掛けるけど、よろしくね?」

「大事な友達の為なら、できることは、なんでもしますよ?」

「そう。なら、早速、一つ」

「お茶に行くんですよね?それなら、任せて下さい」

「それもなんだけど、会いに行くときでいいから、僕からの手紙を届けてほしいんだ」

「なるほど」

扉に寄り掛かるアルベル公爵に、リリアンナが、驚いて振り向くと、モーガンは、苦笑いを浮かべながら、ゆっくり振り返った。

「少しでも、気持ちを伝えたいってとこですかね?」

「まぁ、そんなところかな」

「しかし、少々、危険なのでは?もし、殿下の手紙が見付かれば」

「怖いからって、身を引いてたら、いつまでも、先に進めない。父親を恐れて、僕が歩みを止めてたら、彼女を泣かせてしまうでしょ?彼女の涙は、嬉しいときに流してほしいから」

「変わられましたね?殿下」

「みんなのおかげだよ。アルベル公も、今まで以上に苦労させるけど、よろしくね?」

「出来る限り、努めさせて頂きます」

胸に手を当て、モーガンに頭を下げたアルベル公爵を見て、リリアンナは、ニコッと笑った。

「それじゃ、キアちゃんとお茶しに」

「それとこれとは、別の問題がある。私も、一緒に行くぞ」

「なんでよ。殿下も一緒なのに」

「殿下が一緒でも、あの皇太子が一緒じゃないか。あれと一緒に、しかも、ウィルセンに行くなんて」

「キアちゃんもお義母さんも」

「だから、皇帝と皇后を義父義母と呼ぶなって、言ってるだろ」

「だって、アスのパ」

「まだ婚約もしてないのに、そう呼んでたら、おか」

「パパが許してくれないからでしょ!」

「当たり前だろ!まだ王子との婚約が断続してるんだから!」

「ならさっさと破棄にしてよ!」

「私から出来たらもうしてるって!」

「なんでできないのよ!」

「国王が認めないからって何度も言ってる!」

「パパは宰相でしょ!?なんとかしてよ!」

「無茶言うな!」

「…二人とも、僕のこと、忘れてない?」

「仲良くなったのは、良かったのですが、ここ数日、何かと言い合いをするようになりまして。申し訳ございません」

目の前で父娘喧嘩が始まり、苦笑いを浮かべると、ハンカチで、汗を拭きながら、執事が、モーガンの隣に並んだ。

「気にしないで。これが、本当の親と子なんだと思うから」

「寛大なお心遣い、痛み入ります」

ギャーギャーと言い合いを続ける二人を見つめ、モーガンが、小さく微笑むと、執事は、困ったように、目尻を下げながら、嬉しそうに微笑んだ。

「それにしても、こうも、続けられると、みんなのほうが大変でしょ」

モーガンが視線を向けると、執事は、苦笑いを浮かべた。

「…行きたい!」

「だから私も行くと言ってるだろ!」

「一人で行きたいの!」

「一人はダメだ!」

「どうしてよ!王城のお茶会も一人で行ったのよ!」

「それとこれは違うだろ!」

「友達の家に行くだけでしょ!」

「その家が問題なんだ!」

「パパのケチ!」

「ケチで結構!」

「僕が言えたことじゃないけど、二人とも、変わり過ぎじゃない?」

「殿下もなんか言ってよ!」

「僕に言われても」

「これじゃ私行けない!」

涙で瞳を潤ませながら、プクッと頬を膨らませ、プルプルと震えるリリアンナを見て、モーガンは、ポリポリと頬を掻いて、アルベル公爵に視線を向けた。

「今回は、僕も一緒だし、リリアンナだけでも」

「いくら殿下が一緒でも、あの生意気な皇太子と一緒に行くなんて許さない」

「アスのこと悪く言わないでよ!いい人なんだから!」

「敷地内で暴れたのに良い奴な訳ないだろ!」

「あれは仕方なかったって言ってたじゃない!」

「限度があるだろ!限度が!」

「二人が仕掛けたのが悪いんじゃない!」

「元を辿れば皇太子が悪いんだろ!」

再び言い合いが始まり、モーガンは、執事と視線を合わせて、苦笑いを浮かべた。

「聞き分けなさい!」

「いや!一人で行く!」

「だーーーもう!」

モーガンが大声を出すと、二人は、ピタッと動きを止めた。

「リリアンナ、通信鏡貸して」

「は、はい」

〈パチン…ザザッ、ザザッ、ザーッ〉

『…リリちゃん?どうかしたの?あ、ガ』

通信鏡を開くと、皇女と皇后の映像が浮かび上がり、モーガンは、困ったように、目尻を下げた。

「リリアンナじゃなくて、ごめんね?ちょっと確認なんだけど、アルベル公も一緒してもいいかな?」

『それは、別に、構わないけど』

皇女が視線を向けると、皇后は、額に触れながら首を振った。

『アルベル公が騒いでるのね。まぁ、予想はしてたけど、王子が一緒でもダメなんて、余程、余裕がないのね』

『ママ~』

『二人とも、ごめんね?ドルなら、どうにか出来るけど、人の父娘事情までは、私でも無理ね』

「ですよねぇ」

皇女と皇后が、大きなため息をつくと、モーガンは、顎に指で触れた。

「…可能なら、テーブルを二つ、用意できますか?」

『分けて座るの?それだと』

「そうじゃなくて、円卓に座ってよりも、立食形式ならって思ったんだ」

『あ~なるほど。そしたら、四人は、都合良いわよね?』

「はい。そしたら、皇女やリリアンナも、気兼ねなく、お喋りもできますし」

『そうね。分かったわ。立食式に出来るように、調整しとくわ』

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

『はいはい。それじゃね』

「はい。失礼します」

〈ザザッザーッ…パチン〉

「リリアンナ、今回は、これで、我慢してくれるかな?」

「…分かりました」

「そしたら、アルベル公、リリアンナと王城まで来てもらったら、アス達と合流して、ウィルセンに向かおう。そこで、ドルト皇帝も交えて、今後の話をしようと思う」

「分かりました。では、後ほど、王城にて、お会いしましょう」

「それじゃ、リリアンナも。またあとでね」

「はい。あ、お見送り」

「ここでいいよ。リリアンナも、アルベル公も、準備があって、忙しいだろうからね」

「では、お言葉に甘えて。セバス」

「はい。こちらへ、どうぞ」

執事に案内されて、モーガンが帰って行くと、リリアンナは、アルベル公爵に視線を向けて、フンっと鼻を鳴らした。

「次は、必ず、一人で行くからね」

「行かせないぞ。一人で、私の手の届かない、遠くに行くなんて、危ないこと」

「パパ知ってる?そうゆうのを親バカって言うんだってよ」

「そんな余計な事、誰から聞いたんだ」

「キアちゃん。皇帝陛下も、パパみたいに、モーガン殿下と仲良くするのを阻止するのに、必死になってるんだって」

「リリ、父親はな?」

〈カシャカシャカシャ、パタン、ジジジ、ジーーー〉

「娘が可愛いんでしょ?なら、可愛い娘の幸せを願ってくれてもいいじゃないの?」

「それは、そうかもしれないが」

「モーガン殿下は、私との婚約をちゃんと、止めてくれてるんでしょ?なんで、パパは、何もしてくれないの?」

「やってあげたいとは思っているが」

〈チン〉

「よし。上手く焼けた」

「ところで、さっきから、何を作ってるんだ?」

「ショコラクッキーとベリーのパイ」

「…持って行くのかい?」

「そうよ?一人で行けないなら、これくらいいいでしょ?」

リリアンナが横目で、視線を向けると、アルベル公爵は、グッと言葉を飲み込んで、額に触れながら、コクンと頷いた。

「ところでさ、パパは、そのまま行くの?部屋着のままで行くなら、一人で」

「すぐに準備するよ。リリも、早めに準備するんだよ?」

「分かってるよ」

アルベル公爵が、キッチンから出て行くと、リリアンナは、急いで、焼いたクッキーやパイをバスケットに入れ、自室に向かった。

「ローダン!この前、手直しが終わったドレスは?」

「こちらに」

「ミルエル、ツェン、彼のお家に行くから、よろしくね?」

「お任せ下さい」

「では、お嬢様、急ぎましょう」

侍女達やメイドとも仲良くなり、リリアンナは、ニコッと笑うと、急いで準備を始めた。

「お嬢様、こちらを」

モーガンが持って来た箱を開き、桃色と白の小さな宝石で、小花が模られたネックレスに、リリアンナは、キラキラと瞳を輝かせた。

「こちらをどうぞ」

メッセージカードを受け取り、視線を走らせると、リリアンナは、ほんのり頬を赤くして、そっと、胸に抱いた。

「素敵な方と出会われましたね?」

「そうね。ほんと、素敵な人」

「しかし、初めての贈り物で、愛しのレディは、ちょっとやり過ぎのような気がします」

「私も。少し強引な気がします」

「それが彼なのよ。優しくて、あったかくて、強くて、ちょっと強引で」

「旦那様と、そっくりでございますね?」

「そうね。ママも、お祖父様と、こんな風にしてたのかな」

「お嬢様とアンナ様は、そっくりでございますから、盛大に、父娘喧嘩をされてた事でしょう」

「今度、お祖父様に聞きに行こうかしら」

「きっと、お喜びになりますよ」

三つ編みをしながら、ニコニコと微笑む侍女を鏡越しに見て、リリアンナも、ニコッと微笑んだ。
三つ編みを巻き込みながら、長い髪をロールアップにして、ネックレスの小花に合わせ、小さな蝶の髪飾りで止めた。

「わぁ~。素敵」

鮮やかだった青色が、白色のレースを重ねたことで、薄い青色に見えるようになったドレスを着て、リリアンナは、鏡の前で、クルッと回った。

「このレース、柄が入ってるのね?」

「はい。北の国で、一つ一つ、職人が丁寧に編み上げたレースらしいです。普段は、羽織るだけらしいんですけど、こうして、スカートの部分に使うと、良いんじゃないかなと思いまして。それと、襟元が大きく開いていたので、胸元にも、レースを裏側から縫い付けてみました」

「これなら、下品に見えないわね」

「これだと、アクセサリーを付けなくても、華やかに見えるわね」

メイドが手直ししたドレスを見て、侍女達も、嬉しそうに瞳を細めた。

「さぁ、お嬢様、最後の仕上げです」

箱から取り出したネックレスが、侍女の手で、リリアンナの首に付けられ、胸元に、引き下ろしながら整えた。

「出来ました」

「みんな、ありがとう」

〈ガチャ〉

「行って来ます」

「行ってらっしゃいませ。お嬢様。良い一日をお過ごし下さい」

侍女達とメイドが、頭を下げると、リリアンナは、バスケットを持って、手を振りながら、足取り軽く、馬車に向かった。

「パパ~。お待たせ。今日は朱色?会議じゃないのに、朱色なの?」

「一応、皇帝にお会いするからね。リリは、今日も可愛いね」

「ありがと。パパもカッコいいよ」

「ありがとう。それじゃ行こうか」

アルベル公爵と玄関前で、ニコッと笑って、自然と手を繋いで歩き、馬車に乗り込むと、リリアンナは、バスケットを膝に乗せて、抱えるように持って、外の景色を見つめた。

「楽しみかい?」

「凄く楽しみ。キアちゃん、気に入ってくれるといいなぁ」

「リリが、一生懸命、作ったのだから、きっと大丈夫だよ」

「ありがと。あとで、パパにもあげるね」

「それは、楽しみだ」

馬車が城門を通り抜けると、白と黄色の正装に着替えたモーガンが、専属執事と並んで待っていた。

〈ガチャ〉

「シューベルス様、リリアンナ様、お待ちしておりました」

「ルーチスさん?今日の担当では」

「ルーチスは、昨日から、僕の専属になったんだ」

「そうでしたか。良かった。ルーチスさん、今後も、どうか、よろしくお願いします」

「私こそ、宜しくお願い致します」

「ルーチスさん、初めまして」

「お初にお目にかかります。リリアンナ様」

「今日は、どうぞ、よろしくお願いします」

「私こそ、宜しくお願い致します」

〈パタン〉

馬車を降り、挨拶を交わすと、モーガンは、ニコッと笑った。

「メント離宮なら、このまま、外回りで行くほうが近いから、行こうか」

「はい」

「リリアンナ様、お荷物をお預かり致します」

「ありがとうございます。でも、これは、自分で持ちます」

「しかし」

「自分で渡したいんです」

「…かしこまりました。では、ご案内致します」

しっかりと、バスケットを持ち、ニコニコと微笑むリリアンナは、アルベル公爵と並び、専属執事の案内で、離宮に向かった。

〈…コンコンコンコン〉

「ルーチスでございます。皆様をお連れ致しました」

〈ガチャ〉

「ルーチス殿、ご苦労様でございます。お初にお目にかかります。シューベルス様、リリアンナ様、私、アスベルト皇太子殿下に仕えております、執事のロムと申します。以後、お見知りおきを」

「シューベルス・アルベルです」

「リリアンナ・アルベルです。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ、ご足労頂き、誠に、有難うございます。どうぞ、こちらへ」

リリアンナが部屋に入ると、薄い青色の正装に身を包んだアスベルトは、嬉しそうに、ニコッと笑って、両手を広げながら近付いた。

「リリ、久しぶり。元気だった?」

「久しぶり。元気よ。アスも元気そうね」

「そう?リリに会えないから、少し、元気が足りな」

「充分、元気そうだぞ」

「アルベル公も、久しぶり。ちょっと会わない内に、老け」

「坊っちゃん」

侍女の声に、アスベルトは、ビクッと肩を揺らして、頭を掻いた。

「わかったよ」

「いいえ。坊っちゃんは、何も分かっておりません。そんな事ばかりでは、いつまで経っても、シューベルス様は、坊っちゃんをお認めにはなりませんよ?」

「さようでございます。可愛いリリアンナ様を託すのですから、坊っちゃんは、それに担った責任と」

「あーっと、お説教は、後にしたほうがいいんじゃない?早く行かないと、キアが」

「仕方ありませんね。ですが、後ほど、しっかりと、お話させて頂きます」

「それじゃ行こうか。リリ、ガン、こっちにおいで」

通面鏡の前に立ち、リリアンナは、口を半開きにした。

「本当に大きいのね」

「明日には、リリの屋敷に持って行くから」

「分かった。どこに置こうかなぁ」

「リリ、アンナが使ってた温室なら、これを置いても、余裕があるはずだ」

「ママの温室かぁ…いいかも」

「なら、決まりだな?」

「大丈夫そう?なら、行こうか。ガン、今日は、トロントとカニュラがいないから、ちょっと手伝って」

「いいよ」

「殿下も使えるの?」

「魔力が使えれば、使えるってことだったから、アスに教えてもらったんだ」

「私もやりたい」

リリアンナが、キラキラと瞳を輝かせて、視線を向けると、アスベルトとモーガンは、苦笑いを浮かべ、アルベル公爵は、大きなため息をついた。

「だめ?」

リリアンナは、ウルウルと瞳を潤ませながら、更に、キラキラと輝かせて、アスベルトに、顔を近付けた。

「ねぇアス、だめ?」

「え~っと」

「いいんじゃないかな?リリアンナなら、魔力も安定してるし、僕のときと違うから、すぐ出来ると思うし」

視線を泳がせていたアスベルトが、助けを求めるように、視線を向けると、モーガンも、苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頬を掻いた。

「まぁ、練習の意味も込めて、やってみようか」

「やった。殿下、アス、ありがとう」

リリアンナは、パーっと明るい笑顔を浮かべ、アスベルトは、鼻で小さなため息をついた。

「リリは、どれくらい魔力を扱えるようになった?」

「お守り程度の魔法道具なら、作れるようになったよ」

アスベルトと執事が、ポカンと、口を半開きにして、リリアンナを見つめた。

「もう、そんなに使えるようになってたんだ。凄いね」

「そんなことないですよ。殿下のほうが、魔法も、安定して、使えるようになったと聞きましたよ?」

「僕なんてまだまだだよ。感情が高ぶると、ちょっと荒れちゃうんだよね」

「私もですよ。この前、パパと喧嘩したとき、鏡にヒビが入っちゃって」

「僕も。危なく、キアの手料理をダメにしそうになったよ」

「…坊っちゃん」

「僕は悪くない」

アスベルトが顔を覆うように、手で隠すと、執事と侍女は、大きなため息をついた。

「とりあえず、今回は、私共が、補助致しますので、三人が、主体で起動して頂ければ、問題ないかと思いますが」

「そうだね。リリ、鏡に向かって、魔力を流して」

「分かった」

「それじゃ、いくよ?」

三人が並んで、通面鏡に手を翳すと、執事と侍女も、後ろで手のひらを向け、鏡が光を放ち始めた。

「…よし。とりあえず、リリは、アルベル公と一緒に来て」

「僕のときは、一人だったのに」

「大人は、慣れるまで、途中で立ち止まることが多いんだよ。そうすると、起動させてるほうの負担が大きくなるんだよね。リリが、ちゃんと、引っ張って来るんだよ?」

「分かったわ。パパ」

驚いた顔で、一歩後ろに下がっていたアルベル公爵が、リリアンナの隣に並び、手を繋ぐと、モーガンも、その後ろで、ボーッと鏡を見上げていた専属執事の手を取った。

「ルーチス、離さないようにね?」

「かしこまりました」

互いにニコッと笑うと、アスベルトも、ニコニコと嬉しそうに微笑んだ。

「よし。何があっても、真っ直ぐ歩いてね?行こう」

アスベルトが鏡に入ると、モーガンが、手で促し、リリアンナとアスベルト公爵が、鏡に向かって歩き始めた。
眩む程の光に包まれ、アルベル公爵の足が止まりそうになるが、リリアンナが、しっかりと繋いだ手を引っ張り、鏡から抜け出ると、白と青を基調とした部屋に、キラキラと瞳を輝かせた。

「…ここは…」

「アスの部屋だよ」

後ろから鏡から抜け出たモーガンが、ニコッと笑いながら、専属執事と手を離すと、リリアンナも、アルベル公爵の手を離し、窓に走り寄った。

「リリ!」

「アルベル公、そんな怒らないで」

「しかし、人の部屋で勝手に」

「別に大丈夫だよ。まぁ、キアみたいに漁られるのは困るけど」

「キアって、そんなことするの?」

「小さい頃ね。おかげで、密かに集めてたのに、短剣とか魔法道具が見付かって、父上に取られたよ」

「キアも、感がいいんだね」

「まぁね。最近はないから大丈夫でしょ」

「でも、隠しごと、できないよ」

「隠しごとする男は、嫌われるって、父上が言ってたよ」

「それって、悪い隠しごとでしょ?いい隠しごともあるじゃん」

「例えば?」

「相手を驚かせたくて、相手の為にって、隠れて、アクセサリーやドレスを買ったとか。ね?」

「さようでございますね。私もですが、女性にとって、そんなに想われていると、感じられれば、とても嬉しゅうございますよ」

侍女が、ニコニコと微笑むと、モーガンも、ニコッと微笑み、アスベルトは、コクコクと、何度も頷いた。

「そうなんだ」

キラキラと瞳を輝かせて、窓の外を見つめるリリアンナに視線を向けて、アスベルトは、嬉しそうに瞳を細めた。

「…さっき、リリアンナが、キアと二人にしてくれたんだ」

「なに!?いつの間に」

「通信鏡で。だけどね」

「あ~、なるほどね。どうだった?」

「必ず、直接、気持ちを伝えに行く。それまで待っててって、約束したんだ」

「なら、これからは、もっと頑張らなきゃないね」

「そのつもりだよ。だから、これからも付き合ってね?」

「分かったよ」

「必ず迎えに行く」

モーガンが、ほんのり頬を赤くして、ニカッと、明るい笑顔を浮かべると、アスベルトも、ニカッと笑った。

「お互い、頑張ろうな」

「坊っちゃん、そろそろ、向かわれてはいかがですか?」

執事が間に顔を出すと、二人は、ビクッと肩を揺らしてから、ふぅ~と、息を吐き出し、視線を合わせて、ケタケタと声を出して笑った。

「そうだね。リリ、母上とキアのところに行こう」

「は~い」

リリアンナが、二人の間に並ぶと、執事と侍女が、ニコッと微笑んで、扉を押し開けた。

〈ガチャ〉

「行ってらっしゃいませ。楽しいひとときを」

アスベルトの案内で、庭園に設置された温室に向かった。
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