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十一
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鼻歌を唄いながら、皇女は、ベットに寝転び、天蓋を見つめて、嬉しそうに、優しく微笑み、ネックレスに触れて、静かに瞳を閉じた。
〈…コンコンコンコン、ガチャ〉
「おはようございます!」
薄く瞳を開いた皇女は、コロンと、寝返りを打ち、体の向きを変えた。
「本日も、良い天気ですよ!」
〈シャー、シャー〉
メイドが、カーテンを開けると、朝日が、皇女を照らした。
「眩しい」
「さて、本日は、何をなさいますか?紐編みですか?刺繍ですか?」
「ん~、あとで決めるわ」
「では、まずは、お着替えですね。早くしないと、お二人を待たせてしまいますよ」
「分かってるよ」
ゆっくり起き上がり、皇女が、背伸びをすると、胸元のネックレスが、キラッと小さく輝いた。
「あら。素敵なネックレスですね?」
「でしょ?可愛いよねぇ。なんの花かな?」
「その感じは、アドニスでしょうかね?いつ、お買いに?」
「貰ったの」
「おや?おやおや?もしかして、例の彼ですか?」
「そう。あの茶葉もね」
「こんなに、沢山の茶葉を貰うなんて、お嬢様は、愛されてますねぇ」
〈パシャ、パシャ〉
皇女は、ニコッと笑ってから、顔を洗い、メイドから受け取ったタオルで拭きながら、鏡に視線を向けて、胸元のネックレスに触れると、嬉しそうに瞳を細めた。
「しかし、何故、アドニスなのでしょうか?」
寝間着を脱ぎながら、皇女が、コテンと首を傾げると、メイドも、手で包むように、頬に触れて首を傾げた。
「アドニスの花言葉は、悲しき思い出なんですよ」
「あ、そっちね。多分、花言葉までは考えてないんじゃないかな?」
「まぁ、男性は、花言葉なんて、分かりませんもんね」
「そういえば、何かの本で読んだんだけど、アドニスって、遠い島国だと、別の名前があって、花言葉も、幸せを招く。とか、永久の幸福。だったような」
「そしたら、その方は、永久の幸福をお嬢様に。ってなりますね?」
「そうね…パパには、内緒にしててね?また、狂ったように暴れちゃうから」
「分かってますよ。ドルト様の溺愛には、お嬢様も坊っちゃんも、苦労されますね」
ドレッサーに向かって座り、メイドに髪を梳かされながら、皇女は、困ったように、苦笑いを浮かべた。
「前に、騎士団の訓練に参加した時、ドルト様が襲いかかったとか」
「そうなのよ。ほんと、パパって、大人げないよね」
「しかし、グレームス卿とイザベラ様が止めたらしいですね」
「そうそう。グレームス卿が、間一髪のところで、パパの剣を防いで、ママが悟たのよね」
「らしいですね」
「でもね?実は、彼、凄く強いみたいなの。知ってた?」
「聞きましたよ~。扱い方が分からなかっただけで、実は、坊っちゃんよりも強いかもと、騎士達が騒いでました」
「しかも、お菓子のお礼にって、茶葉を贈ってくれるのよ?素敵じゃない?」
「お若いのに、紳士なんですね」
「それにね?これには、メッセージカードも付いてたのよ」
「きめ細やかな気遣い、ときめきますねぇ」
「字も丁寧で、綺麗な字だったわ」
「それでそれで?なんて書かれてたんですか?」
「…可愛いレディへ」
「あら。それだけですか?」
「今は、それくらいしか書けないのよ」
「あ~なるほど。立派になったら。ってやつですね?なんとも、甘酸っぱいですねぇ」
「そうね。まるで、木苺みたい」
着替えを終えた皇女が、扉の前に立つと、メイドは、ほんのり赤くなった頬を緩めて、優しく微笑んだ。
「早く会えるといいですね」
「その時は、もっと綺麗に見えるように、手伝ってね?」
「もちろんです。では」
〈ガチャ〉
「行ってらっしゃいませ。お嬢様、本日も、楽しいひとときを」
「ありがと。行って来ます」
メイドがお辞儀をすると、皇女は、鼻歌を唄いながら、ダイニングに向かった。
廊下の窓に視線を向け、外を見つめながら、軽い足取りの皇女は、ニコニコと微笑み、時々、胸元のネックレスに触れ、愛おしそうに瞳を細めた。
〈ガチャ、パタン〉
「おはよう。パパ」
「おはよう。今日は、ずいぶん上機嫌だな?」
「まぁね」
ニコニコと笑って、皇女が、席に着くと、皇帝も、嬉しそうに、ニコッと笑い、カップに口を付けた。
「おはよう、ママ」
「おはよ」
「ねぇママ、あとで紅茶飲もう?」
「紅茶?いつも飲んでるじゃない」
「昨日、お義兄が、茶葉の詰め合わせを持って来たの」
「アスが?アスから贈り物なんて、珍しい事もあるのね」
「違うよ。モーガン王子から」
〈ブッ!〉
「ちょっとドル」
「パパ汚~い」
ゆっくりと、カップを傾けた皇帝が、小さく吹き出し、咳き込むと、中年男性が、静かに布巾を差し出した。
「ドルト様、落ち着いて、お召し上がり下さい」
「あぁ…すまん…」
咳が止まらず、中年男性が、せっせと背中を擦り、布巾を口に当てる皇帝に、皇后と皇女は、視線を合わせて、首を振って、ため息をついた。
「…あー苦しかった…しかし、急に、贈り物なんて」
「いいじゃない。贈り物くらい」
「しかし、あまりにも、急」
「ドルは、もっと急だったでしょ?」
皇后が、カップを傾けると、皇帝は、グッと押し黙り、視線を泳がせた。
「そうなの?」
「旧ルアンダ王城で、お茶会に参加した次の日に、急に、屋敷にロムが来て、ドルト皇太子殿下よりって、ドレス持って来たのよ?私は、ドルを知らないのに」
「知らない人からのドレスって、凄く怖いんだけど」
「でしょ?当時は、母達も、私も、気味悪いって思ったんだけど、本当に皇太子からだったらって考えると、捨てられないから、クローゼットの奥に突っ込んだわよ」
「それに比べたら、モーガン王子って、ちゃんと分かってるわね」
「そうねぇ」
「茶葉なんて、一番危な」
「我々、帝国執事は、どんな小さな物に仕込まれた毒でも、発見し排除させて頂きます」
「エーテ、余計な事を」
「エーテの言う通りよ?帝国執事は、とても優秀なんだから、茶葉に毒が仕込まれてたって、すぐに気付くわよ」
執事が深く頭を下げると、皇后は、小さく切ったベーコンを口に運んだ。
「パパは、いつもそうね。凄く優秀な人達に囲まれてるのに、必死に言い訳探して」
皇女は、一口大に千切ったパンを口に運び、放り込むと、モグモグと噛み砕いた。
「だが、もしもって事も」
「あらやだ。ドルは、エーテやロム達を信じられないの?」
「そうじゃなくて」
「エーテ達、かわいそう」
執事が、ハンカチを取り出して、目元に当てると、皇后と皇女が、口元を手で隠した。
「ウィルセンの皇帝なのに」
「帝国民のエーテ達を悲しませるなんて」
「分かった!分かったから、そんな目で見ないでくれ」
「流石、ドルね。良かったわね?エーテ」
「はい。とてもお優しいドルト様にお仕えでき、私共は、心から嬉しゅうございます」
ニコニコと微笑む三人を見て、フッと、鼻で小さなため息をついて、皇帝は、スープを口に運んだ。
「なんなら、パパも飲む?」
「あら、いいわね?」
「いや、俺は」
「キアのお菓子と新しい茶葉、最高じゃない」
「でしょ?それに、あの茶葉、凄くいいやつみたいだし」
「そうなの。それなら、ドルの口にも合うんじゃない?」
「だよね?ねぇパパ~」
「分かったよ。あとで一緒するから」
「約束よ?」
「あぁ」
皇帝が、困ったように、目尻を下げ、優しく、瞳を細めて、小さく微笑むと、皇后も微笑んで、カップに口に付けた。
「そうだ。どうせだし、お義兄や王子も呼ぼうよ」
「そしたら、リリちゃんも呼びたいわね?ねぇドル~」
「もう好きにしてくれ」
諦めたように、皇帝が、両手を上げると、二人は、ニコ~っと笑い合って、嬉しそうに、瞳を細めた。
「ありがとうパパ!だ~い好き!」
〈ちゅ〉
食事を終えて、立ち上がった皇女が、皇帝の頬にキスした。
「それじゃ、私、準備するね。また後でねぇ」
〈ガチャ、パタン〉
スキップしそうな程、ルンルンと上機嫌の皇女が出て行くと、皇帝は、困ったように微笑んだ。
「キアからキスされるなんて、いつぶりかしらねぇ?」
「そうだな。つい、この前までは、まだまだ幼いと思ってたんだが」
「子供の成長は早いのよ。それに合わせて、ドルも、父親として、寛大にならないと。ね?」
「充分、寛大だと思うんだが?」
「そうね。王子に会うのを許したんだもんねぇ」
皇后が、ニコニコと微笑みながら、顔を向けると、皇帝は、困ったような、嬉しいような、目尻を下げて、瞳を細めた。
「そうしなきゃ、また、皆で、俺を責めるだろ?」
「責めてないわよ。分かって欲しいから言ってるの。そろそろ、キアも、アスのように、自由にさせてあげたら?」
「もう少し、父親で居たいんだがなぁ」
「幾つになっても、親と子の絆は変わらないわよ」
「…そうだね」
優しく穏やかな雰囲気で、二人は、食事を終えると、それぞれの公務に向かった。
〈カシャカシャカシャ〉
「それでね?今日、リリちゃんがよかったら、家に来れないかなって思ったんだけど」
『私は行きたいけど、パパが許してくれるか、どうか』
「大丈夫だよ。私も、ママに手伝ってもらったけど、パパが、王子もいいって言ってくれたし」
『でも、最近、パパの過保護に拍車が掛かってて、この前も、出掛けたとき、たまたま、アスとモーガン王子殿下が一緒にいるのを見付けたら、私を抱えてまで、別のお店に向かったのよ?』
互いに、カシャカシャ、カチャカチャと、音をさせながら、通信鏡を使って、リリアンナと皇女は、それぞれで、甘い香りを漂わせていた。
『もう、周りの人達が笑ってるのに、パパ、いっっっっさい、気にしないで歩くから、すっっっっごい、恥ずかしかったよ』
「分かる。もう、ヨチヨチ歩きじゃないんだから、やめてほしいよねぇ」
『でも、やめてくれないし、初めて、お菓子作ったときも』
「あれ、怖かったよね?リリちゃんが、罪人なのかと思うくらい、監視しててさ」
『今は、みんなに止められて、たまに見に来るくらいだけど、あの日は、ほんと、疲れちゃったよ』
『リリ~?』
「噂をすればね」
『もう…何?今、手が離せないんだけど』
『モーガン殿下が来てたんだが』
『…分かったぁ。キアちゃん、ちょっと待ってて』
「分かったぁ。またあとで」
〈ブッ、ザーッ〉
「もう。慌てん坊なんだから」
〈パチン〉
通信鏡を閉じて、鼻歌を唄いながら、作業を続けようと、鉄板を用意すると、通信鏡が、チカチカと光を放った。
〈パチン…ザザッザザッ〉
「リリちゃん?そんな慌てなくても」
『え…キアナ皇女?』
「モーガン王子!?なんで」
『リリアンナが、通信鏡を作動させてほしいって言うから、僕が変わりに』
『キアちゃ~ん、急に切ってごめんね?これで、途切れることもないでしょ?』
「だからって、王子じゃなくても」
『だって、アスだと、パパがうるさくなるし、面倒なことになりそうなんだもん』
『まぁ、アスだけだと、屋敷にも入れてくれないだろうね』
「それもそうか。アルベル公からすれば、お義兄は、リリちゃんを奪おうとしてる男だもんね」
『まぁ、それは、僕もなんだろうけど』
赤くなった頬をポリポリと掻くモーガンを見て、皇女の頬が真っ赤になった。
『ねぇねぇ、キアちゃん、見て。私も、貰ったよ~』
茶葉を詰めた小瓶が並ぶ箱を持ち上げ、嬉しそうに、ニコッと笑ったリリアンナを見て、皇女は、瞳を大きく開いた。
「中身が、ちょっと違う?」
『そうなの?』
「私のほうが、一瓶多いんだけど」
『アスと一緒に買ったんじゃないんですか?』
『そう。アスが、茶葉に詳しくないからって、同じのにしたはずなんだけど』
「ちょっと、待ってね?え~っと…これかな?」
皇女は、ワゴンに置いてあった小瓶と映像を照らし合わせて、一瓶を手に取ると、モーガンが、クスッと笑った。
『それ、グリンティーって、珍しいお茶なんだ』
『グリンティー!?どこに売ってたんですか!?』
鼻息を荒くして、詰め寄るリリアンナから、距離を取るように離れながら、苦笑いを浮かべたモーガンを見て、皇女は、静かに小瓶を置き、見下ろした。
『シャルンス通りの小さなお店、えっと、公爵家御用達の宝石店を背にして、左側だったかな』
『へぇ。今度、行ってみようっと』
「ねぇ、グリンティーって、遠い島国で作られてるんだよね?」
『そうだよ?フレッシュミリーもあったけど、やっぱり、グリンティーは格別だよ』
「あまり流通してないから、希少価値が高いってウワサだよね?そんな高価な茶葉、貰ってもいいの?私、何も」
『いいんだよ。僕は、皇女に、受け取ってほしい』
皇女が視線を向けると、モーガンは、目尻を下げ、優しく微笑みながら、愛おしそうに見つめた。
『僕にとって、皇女からの差し入れは、値段が付けられない程、とても価値がある物だから、逆に、茶葉の詰め合わせで、申し訳ないくらいだよ』
「でも、全部、私が勝手に」
『皇女だから、全てが特別なんだよ?僕にとって、それだけ皇女が』
〈ゴン!〉
「いっ!」
真っ赤になった顔を隠すように、作業台に額をぶつけながら、皇女が屈み込むと、慌てた二人の声が響いた。
『皇女!?』
『キアちゃん!!大丈夫!?』
「だい、じょうぶ。ちょっと、熱くて」
『…あ!部屋に忘れ物しちゃった。ちょっと、取って来るね?殿下、キアちゃんのこと、よろしくお願いしますね』
「ちょ!リリちゃん!待っ」
〈パタン〉
皇女は、急いで立ち上がったが、リリアンナの姿は、映像から消え、モーガンが、心配そうに、目尻を下げた。
『大丈夫?』
「え?あ、の…大丈夫」
互いに、頬を赤くしながら、視線を下げ、モーガンは、ポリポリと頬を掻き、皇女は、小瓶に触れた。
「…あの、父も一緒なんだけど、王子も、よかったら、あとで、家に来ませんか?」
『いいの?』
「それはもちろん!ただママもリリちゃんもお義兄も一緒で」
皇女が焦ったように、早口になると、モーガンは、クスッと笑った。
『笑ってごめんね?皇女が、あまりにも可愛いから、ついね』
「あ、あの、私、こうゆうの、初めてで」
『気にしないで。僕もだから』
ニコッと微笑むモーガンを見つめて、皇女は、安心したように、瞳を細めて、嬉しそうに微笑んだ。
『皇女がいいなら、行きたいんだけど、僕が、行っても大丈夫?』
「大丈夫。パパのことは、ママに頼むから」
『なら、アスと一緒に行くね?』
「あ、あの!…私のことも、名前で、呼ん、で、ほしいん、だ、けど…」
真っ赤になった顔を隠すように、下を向いた皇女を見て、モーガンは、パチパチと、何度も瞬きをしてから、嬉しそうに微笑んで、作業台に頬杖をついた。
『僕のこと、ガンって呼んでくれたら、嬉しいんだけどな?キア』
「…っ!が…ガン…?」
『なに?キア』
「えっと、えっとね?…これ、ありがとう。凄く嬉しかった」
キョロキョロと周りを見渡してから、ネックレスに触れて、ニコッと笑った皇女に、モーガンも、ニコッと笑った。
『いいえ。気に入ってくれたなら、僕も、嬉しいよ』
「凄く気に入った。これからは、毎日、着けるから」
『でも、気を付けてね?皇帝にバレたら、僕ら、会えなくなっちゃうから』
「大丈夫。そんなこと、私がさせないから」
『そう。そしたら、キアが守ってくれてる間、僕は、もっと頑張って、堂々と会いに行けるようになるからね』
「分かった。約束よ?」
『約束。だから、キア、僕と』
〈バタン!〉
「お嬢様!ドルト様がいらっしゃいます!」
皇女が、作業台に額を付けて、拳を握って、体をプルプルと震わせると、モーガンは、ハハハと笑った。
『アスもだけど、皇帝も、相当、感がいいみたいだね?』
「…パパなんか嫌い…」
『そんなこと言わないで?…キア、今は、我慢させてしまうことも、邪魔されることも多いと思うけど、いつか、必ず、直接伝えに行く。だから、皇帝のこと、許してあげてね?』
「分かった。必ずよ?」
『必ず伝えに行く。その時は、皇帝にも、誰にも、何も言わせない。キア、それまで、僕のレディでいてね?それじゃ、また、あとでね』
ニコニコと笑って、モーガンが手を振ると、ウルウルと、瞳を潤ませながら、皇女も手を振った。
〈パチン〉
「…ありがとう。リリアンナ」
扉の前で、ビクッと肩を揺らしてから、そっと、顔を覗かせると、モーガンは、晴れやかな顔で、ニコッと笑った。
「これで、心置きなく進めるよ」
キラキラと、瞳を輝かせるモーガンに、リリアンナが、小さく微笑んで、キッチンに入ると、通信鏡を手に取った。
「それは、よかったです。大変でしょうが、キアちゃんの為に、頑張って下さいね?」
「もちろん。アスとリリアンナには、色々と、面倒や迷惑を掛けるけど、よろしくね?」
「大事な友達の為なら、できることは、なんでもしますよ?」
「そう。なら、早速、一つ」
「お茶に行くんですよね?それなら、任せて下さい」
「それもなんだけど、会いに行くときでいいから、僕からの手紙を届けてほしいんだ」
「なるほど」
扉に寄り掛かるアルベル公爵に、リリアンナが、驚いて振り向くと、モーガンは、苦笑いを浮かべながら、ゆっくり振り返った。
「少しでも、気持ちを伝えたいってとこですかね?」
「まぁ、そんなところかな」
「しかし、少々、危険なのでは?もし、殿下の手紙が見付かれば」
「怖いからって、身を引いてたら、いつまでも、先に進めない。父親を恐れて、僕が歩みを止めてたら、彼女を泣かせてしまうでしょ?彼女の涙は、嬉しいときに流してほしいから」
「変わられましたね?殿下」
「みんなのおかげだよ。アルベル公も、今まで以上に苦労させるけど、よろしくね?」
「出来る限り、努めさせて頂きます」
胸に手を当て、モーガンに頭を下げたアルベル公爵を見て、リリアンナは、ニコッと笑った。
「それじゃ、キアちゃんとお茶しに」
「それとこれとは、別の問題がある。私も、一緒に行くぞ」
「なんでよ。殿下も一緒なのに」
「殿下が一緒でも、あの皇太子が一緒じゃないか。あれと一緒に、しかも、ウィルセンに行くなんて」
「キアちゃんもお義母さんも」
「だから、皇帝と皇后を義父義母と呼ぶなって、言ってるだろ」
「だって、アスのパ」
「まだ婚約もしてないのに、そう呼んでたら、おか」
「パパが許してくれないからでしょ!」
「当たり前だろ!まだ王子との婚約が断続してるんだから!」
「ならさっさと破棄にしてよ!」
「私から出来たらもうしてるって!」
「なんでできないのよ!」
「国王が認めないからって何度も言ってる!」
「パパは宰相でしょ!?なんとかしてよ!」
「無茶言うな!」
「…二人とも、僕のこと、忘れてない?」
「仲良くなったのは、良かったのですが、ここ数日、何かと言い合いをするようになりまして。申し訳ございません」
目の前で父娘喧嘩が始まり、苦笑いを浮かべると、ハンカチで、汗を拭きながら、執事が、モーガンの隣に並んだ。
「気にしないで。これが、本当の親と子なんだと思うから」
「寛大なお心遣い、痛み入ります」
ギャーギャーと言い合いを続ける二人を見つめ、モーガンが、小さく微笑むと、執事は、困ったように、目尻を下げながら、嬉しそうに微笑んだ。
「それにしても、こうも、続けられると、みんなのほうが大変でしょ」
モーガンが視線を向けると、執事は、苦笑いを浮かべた。
「…行きたい!」
「だから私も行くと言ってるだろ!」
「一人で行きたいの!」
「一人はダメだ!」
「どうしてよ!王城のお茶会も一人で行ったのよ!」
「それとこれは違うだろ!」
「友達の家に行くだけでしょ!」
「その家が問題なんだ!」
「パパのケチ!」
「ケチで結構!」
「僕が言えたことじゃないけど、二人とも、変わり過ぎじゃない?」
「殿下もなんか言ってよ!」
「僕に言われても」
「これじゃ私行けない!」
涙で瞳を潤ませながら、プクッと頬を膨らませ、プルプルと震えるリリアンナを見て、モーガンは、ポリポリと頬を掻いて、アルベル公爵に視線を向けた。
「今回は、僕も一緒だし、リリアンナだけでも」
「いくら殿下が一緒でも、あの生意気な皇太子と一緒に行くなんて許さない」
「アスのこと悪く言わないでよ!いい人なんだから!」
「敷地内で暴れたのに良い奴な訳ないだろ!」
「あれは仕方なかったって言ってたじゃない!」
「限度があるだろ!限度が!」
「二人が仕掛けたのが悪いんじゃない!」
「元を辿れば皇太子が悪いんだろ!」
再び言い合いが始まり、モーガンは、執事と視線を合わせて、苦笑いを浮かべた。
「聞き分けなさい!」
「いや!一人で行く!」
「だーーーもう!」
モーガンが大声を出すと、二人は、ピタッと動きを止めた。
「リリアンナ、通信鏡貸して」
「は、はい」
〈パチン…ザザッ、ザザッ、ザーッ〉
『…リリちゃん?どうかしたの?あ、ガ』
通信鏡を開くと、皇女と皇后の映像が浮かび上がり、モーガンは、困ったように、目尻を下げた。
「リリアンナじゃなくて、ごめんね?ちょっと確認なんだけど、アルベル公も一緒してもいいかな?」
『それは、別に、構わないけど』
皇女が視線を向けると、皇后は、額に触れながら首を振った。
『アルベル公が騒いでるのね。まぁ、予想はしてたけど、王子が一緒でもダメなんて、余程、余裕がないのね』
『ママ~』
『二人とも、ごめんね?ドルなら、どうにか出来るけど、人の父娘事情までは、私でも無理ね』
「ですよねぇ」
皇女と皇后が、大きなため息をつくと、モーガンは、顎に指で触れた。
「…可能なら、テーブルを二つ、用意できますか?」
『分けて座るの?それだと』
「そうじゃなくて、円卓に座ってよりも、立食形式ならって思ったんだ」
『あ~なるほど。そしたら、四人は、都合良いわよね?』
「はい。そしたら、皇女やリリアンナも、気兼ねなく、お喋りもできますし」
『そうね。分かったわ。立食式に出来るように、調整しとくわ』
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
『はいはい。それじゃね』
「はい。失礼します」
〈ザザッザーッ…パチン〉
「リリアンナ、今回は、これで、我慢してくれるかな?」
「…分かりました」
「そしたら、アルベル公、リリアンナと王城まで来てもらったら、アス達と合流して、ウィルセンに向かおう。そこで、ドルト皇帝も交えて、今後の話をしようと思う」
「分かりました。では、後ほど、王城にて、お会いしましょう」
「それじゃ、リリアンナも。またあとでね」
「はい。あ、お見送り」
「ここでいいよ。リリアンナも、アルベル公も、準備があって、忙しいだろうからね」
「では、お言葉に甘えて。セバス」
「はい。こちらへ、どうぞ」
執事に案内されて、モーガンが帰って行くと、リリアンナは、アルベル公爵に視線を向けて、フンっと鼻を鳴らした。
「次は、必ず、一人で行くからね」
「行かせないぞ。一人で、私の手の届かない、遠くに行くなんて、危ないこと」
「パパ知ってる?そうゆうのを親バカって言うんだってよ」
「そんな余計な事、誰から聞いたんだ」
「キアちゃん。皇帝陛下も、パパみたいに、モーガン殿下と仲良くするのを阻止するのに、必死になってるんだって」
「リリ、父親はな?」
〈カシャカシャカシャ、パタン、ジジジ、ジーーー〉
「娘が可愛いんでしょ?なら、可愛い娘の幸せを願ってくれてもいいじゃないの?」
「それは、そうかもしれないが」
「モーガン殿下は、私との婚約をちゃんと、止めてくれてるんでしょ?なんで、パパは、何もしてくれないの?」
「やってあげたいとは思っているが」
〈チン〉
「よし。上手く焼けた」
「ところで、さっきから、何を作ってるんだ?」
「ショコラクッキーとベリーのパイ」
「…持って行くのかい?」
「そうよ?一人で行けないなら、これくらいいいでしょ?」
リリアンナが横目で、視線を向けると、アルベル公爵は、グッと言葉を飲み込んで、額に触れながら、コクンと頷いた。
「ところでさ、パパは、そのまま行くの?部屋着のままで行くなら、一人で」
「すぐに準備するよ。リリも、早めに準備するんだよ?」
「分かってるよ」
アルベル公爵が、キッチンから出て行くと、リリアンナは、急いで、焼いたクッキーやパイをバスケットに入れ、自室に向かった。
「ローダン!この前、手直しが終わったドレスは?」
「こちらに」
「ミルエル、ツェン、彼のお家に行くから、よろしくね?」
「お任せ下さい」
「では、お嬢様、急ぎましょう」
侍女達やメイドとも仲良くなり、リリアンナは、ニコッと笑うと、急いで準備を始めた。
「お嬢様、こちらを」
モーガンが持って来た箱を開き、桃色と白の小さな宝石で、小花が模られたネックレスに、リリアンナは、キラキラと瞳を輝かせた。
「こちらをどうぞ」
メッセージカードを受け取り、視線を走らせると、リリアンナは、ほんのり頬を赤くして、そっと、胸に抱いた。
「素敵な方と出会われましたね?」
「そうね。ほんと、素敵な人」
「しかし、初めての贈り物で、愛しのレディは、ちょっとやり過ぎのような気がします」
「私も。少し強引な気がします」
「それが彼なのよ。優しくて、あったかくて、強くて、ちょっと強引で」
「旦那様と、そっくりでございますね?」
「そうね。ママも、お祖父様と、こんな風にしてたのかな」
「お嬢様とアンナ様は、そっくりでございますから、盛大に、父娘喧嘩をされてた事でしょう」
「今度、お祖父様に聞きに行こうかしら」
「きっと、お喜びになりますよ」
三つ編みをしながら、ニコニコと微笑む侍女を鏡越しに見て、リリアンナも、ニコッと微笑んだ。
三つ編みを巻き込みながら、長い髪をロールアップにして、ネックレスの小花に合わせ、小さな蝶の髪飾りで止めた。
「わぁ~。素敵」
鮮やかだった青色が、白色のレースを重ねたことで、薄い青色に見えるようになったドレスを着て、リリアンナは、鏡の前で、クルッと回った。
「このレース、柄が入ってるのね?」
「はい。北の国で、一つ一つ、職人が丁寧に編み上げたレースらしいです。普段は、羽織るだけらしいんですけど、こうして、スカートの部分に使うと、良いんじゃないかなと思いまして。それと、襟元が大きく開いていたので、胸元にも、レースを裏側から縫い付けてみました」
「これなら、下品に見えないわね」
「これだと、アクセサリーを付けなくても、華やかに見えるわね」
メイドが手直ししたドレスを見て、侍女達も、嬉しそうに瞳を細めた。
「さぁ、お嬢様、最後の仕上げです」
箱から取り出したネックレスが、侍女の手で、リリアンナの首に付けられ、胸元に、引き下ろしながら整えた。
「出来ました」
「みんな、ありがとう」
〈ガチャ〉
「行って来ます」
「行ってらっしゃいませ。お嬢様。良い一日をお過ごし下さい」
侍女達とメイドが、頭を下げると、リリアンナは、バスケットを持って、手を振りながら、足取り軽く、馬車に向かった。
「パパ~。お待たせ。今日は朱色?会議じゃないのに、朱色なの?」
「一応、皇帝にお会いするからね。リリは、今日も可愛いね」
「ありがと。パパもカッコいいよ」
「ありがとう。それじゃ行こうか」
アルベル公爵と玄関前で、ニコッと笑って、自然と手を繋いで歩き、馬車に乗り込むと、リリアンナは、バスケットを膝に乗せて、抱えるように持って、外の景色を見つめた。
「楽しみかい?」
「凄く楽しみ。キアちゃん、気に入ってくれるといいなぁ」
「リリが、一生懸命、作ったのだから、きっと大丈夫だよ」
「ありがと。あとで、パパにもあげるね」
「それは、楽しみだ」
馬車が城門を通り抜けると、白と黄色の正装に着替えたモーガンが、専属執事と並んで待っていた。
〈ガチャ〉
「シューベルス様、リリアンナ様、お待ちしておりました」
「ルーチスさん?今日の担当では」
「ルーチスは、昨日から、僕の専属になったんだ」
「そうでしたか。良かった。ルーチスさん、今後も、どうか、よろしくお願いします」
「私こそ、宜しくお願い致します」
「ルーチスさん、初めまして」
「お初にお目にかかります。リリアンナ様」
「今日は、どうぞ、よろしくお願いします」
「私こそ、宜しくお願い致します」
〈パタン〉
馬車を降り、挨拶を交わすと、モーガンは、ニコッと笑った。
「メント離宮なら、このまま、外回りで行くほうが近いから、行こうか」
「はい」
「リリアンナ様、お荷物をお預かり致します」
「ありがとうございます。でも、これは、自分で持ちます」
「しかし」
「自分で渡したいんです」
「…かしこまりました。では、ご案内致します」
しっかりと、バスケットを持ち、ニコニコと微笑むリリアンナは、アルベル公爵と並び、専属執事の案内で、離宮に向かった。
〈…コンコンコンコン〉
「ルーチスでございます。皆様をお連れ致しました」
〈ガチャ〉
「ルーチス殿、ご苦労様でございます。お初にお目にかかります。シューベルス様、リリアンナ様、私、アスベルト皇太子殿下に仕えております、執事のロムと申します。以後、お見知りおきを」
「シューベルス・アルベルです」
「リリアンナ・アルベルです。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、ご足労頂き、誠に、有難うございます。どうぞ、こちらへ」
リリアンナが部屋に入ると、薄い青色の正装に身を包んだアスベルトは、嬉しそうに、ニコッと笑って、両手を広げながら近付いた。
「リリ、久しぶり。元気だった?」
「久しぶり。元気よ。アスも元気そうね」
「そう?リリに会えないから、少し、元気が足りな」
「充分、元気そうだぞ」
「アルベル公も、久しぶり。ちょっと会わない内に、老け」
「坊っちゃん」
侍女の声に、アスベルトは、ビクッと肩を揺らして、頭を掻いた。
「わかったよ」
「いいえ。坊っちゃんは、何も分かっておりません。そんな事ばかりでは、いつまで経っても、シューベルス様は、坊っちゃんをお認めにはなりませんよ?」
「さようでございます。可愛いリリアンナ様を託すのですから、坊っちゃんは、それに担った責任と」
「あーっと、お説教は、後にしたほうがいいんじゃない?早く行かないと、キアが」
「仕方ありませんね。ですが、後ほど、しっかりと、お話させて頂きます」
「それじゃ行こうか。リリ、ガン、こっちにおいで」
通面鏡の前に立ち、リリアンナは、口を半開きにした。
「本当に大きいのね」
「明日には、リリの屋敷に持って行くから」
「分かった。どこに置こうかなぁ」
「リリ、アンナが使ってた温室なら、これを置いても、余裕があるはずだ」
「ママの温室かぁ…いいかも」
「なら、決まりだな?」
「大丈夫そう?なら、行こうか。ガン、今日は、トロントとカニュラがいないから、ちょっと手伝って」
「いいよ」
「殿下も使えるの?」
「魔力が使えれば、使えるってことだったから、アスに教えてもらったんだ」
「私もやりたい」
リリアンナが、キラキラと瞳を輝かせて、視線を向けると、アスベルトとモーガンは、苦笑いを浮かべ、アルベル公爵は、大きなため息をついた。
「だめ?」
リリアンナは、ウルウルと瞳を潤ませながら、更に、キラキラと輝かせて、アスベルトに、顔を近付けた。
「ねぇアス、だめ?」
「え~っと」
「いいんじゃないかな?リリアンナなら、魔力も安定してるし、僕のときと違うから、すぐ出来ると思うし」
視線を泳がせていたアスベルトが、助けを求めるように、視線を向けると、モーガンも、苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頬を掻いた。
「まぁ、練習の意味も込めて、やってみようか」
「やった。殿下、アス、ありがとう」
リリアンナは、パーっと明るい笑顔を浮かべ、アスベルトは、鼻で小さなため息をついた。
「リリは、どれくらい魔力を扱えるようになった?」
「お守り程度の魔法道具なら、作れるようになったよ」
アスベルトと執事が、ポカンと、口を半開きにして、リリアンナを見つめた。
「もう、そんなに使えるようになってたんだ。凄いね」
「そんなことないですよ。殿下のほうが、魔法も、安定して、使えるようになったと聞きましたよ?」
「僕なんてまだまだだよ。感情が高ぶると、ちょっと荒れちゃうんだよね」
「私もですよ。この前、パパと喧嘩したとき、鏡にヒビが入っちゃって」
「僕も。危なく、キアの手料理をダメにしそうになったよ」
「…坊っちゃん」
「僕は悪くない」
アスベルトが顔を覆うように、手で隠すと、執事と侍女は、大きなため息をついた。
「とりあえず、今回は、私共が、補助致しますので、三人が、主体で起動して頂ければ、問題ないかと思いますが」
「そうだね。リリ、鏡に向かって、魔力を流して」
「分かった」
「それじゃ、いくよ?」
三人が並んで、通面鏡に手を翳すと、執事と侍女も、後ろで手のひらを向け、鏡が光を放ち始めた。
「…よし。とりあえず、リリは、アルベル公と一緒に来て」
「僕のときは、一人だったのに」
「大人は、慣れるまで、途中で立ち止まることが多いんだよ。そうすると、起動させてるほうの負担が大きくなるんだよね。リリが、ちゃんと、引っ張って来るんだよ?」
「分かったわ。パパ」
驚いた顔で、一歩後ろに下がっていたアルベル公爵が、リリアンナの隣に並び、手を繋ぐと、モーガンも、その後ろで、ボーッと鏡を見上げていた専属執事の手を取った。
「ルーチス、離さないようにね?」
「かしこまりました」
互いにニコッと笑うと、アスベルトも、ニコニコと嬉しそうに微笑んだ。
「よし。何があっても、真っ直ぐ歩いてね?行こう」
アスベルトが鏡に入ると、モーガンが、手で促し、リリアンナとアスベルト公爵が、鏡に向かって歩き始めた。
眩む程の光に包まれ、アルベル公爵の足が止まりそうになるが、リリアンナが、しっかりと繋いだ手を引っ張り、鏡から抜け出ると、白と青を基調とした部屋に、キラキラと瞳を輝かせた。
「…ここは…」
「アスの部屋だよ」
後ろから鏡から抜け出たモーガンが、ニコッと笑いながら、専属執事と手を離すと、リリアンナも、アルベル公爵の手を離し、窓に走り寄った。
「リリ!」
「アルベル公、そんな怒らないで」
「しかし、人の部屋で勝手に」
「別に大丈夫だよ。まぁ、キアみたいに漁られるのは困るけど」
「キアって、そんなことするの?」
「小さい頃ね。おかげで、密かに集めてたのに、短剣とか魔法道具が見付かって、父上に取られたよ」
「キアも、感がいいんだね」
「まぁね。最近はないから大丈夫でしょ」
「でも、隠しごと、できないよ」
「隠しごとする男は、嫌われるって、父上が言ってたよ」
「それって、悪い隠しごとでしょ?いい隠しごともあるじゃん」
「例えば?」
「相手を驚かせたくて、相手の為にって、隠れて、アクセサリーやドレスを買ったとか。ね?」
「さようでございますね。私もですが、女性にとって、そんなに想われていると、感じられれば、とても嬉しゅうございますよ」
侍女が、ニコニコと微笑むと、モーガンも、ニコッと微笑み、アスベルトは、コクコクと、何度も頷いた。
「そうなんだ」
キラキラと瞳を輝かせて、窓の外を見つめるリリアンナに視線を向けて、アスベルトは、嬉しそうに瞳を細めた。
「…さっき、リリアンナが、キアと二人にしてくれたんだ」
「なに!?いつの間に」
「通信鏡で。だけどね」
「あ~、なるほどね。どうだった?」
「必ず、直接、気持ちを伝えに行く。それまで待っててって、約束したんだ」
「なら、これからは、もっと頑張らなきゃないね」
「そのつもりだよ。だから、これからも付き合ってね?」
「分かったよ」
「必ず迎えに行く」
モーガンが、ほんのり頬を赤くして、ニカッと、明るい笑顔を浮かべると、アスベルトも、ニカッと笑った。
「お互い、頑張ろうな」
「坊っちゃん、そろそろ、向かわれてはいかがですか?」
執事が間に顔を出すと、二人は、ビクッと肩を揺らしてから、ふぅ~と、息を吐き出し、視線を合わせて、ケタケタと声を出して笑った。
「そうだね。リリ、母上とキアのところに行こう」
「は~い」
リリアンナが、二人の間に並ぶと、執事と侍女が、ニコッと微笑んで、扉を押し開けた。
〈ガチャ〉
「行ってらっしゃいませ。楽しいひとときを」
アスベルトの案内で、庭園に設置された温室に向かった。
〈…コンコンコンコン、ガチャ〉
「おはようございます!」
薄く瞳を開いた皇女は、コロンと、寝返りを打ち、体の向きを変えた。
「本日も、良い天気ですよ!」
〈シャー、シャー〉
メイドが、カーテンを開けると、朝日が、皇女を照らした。
「眩しい」
「さて、本日は、何をなさいますか?紐編みですか?刺繍ですか?」
「ん~、あとで決めるわ」
「では、まずは、お着替えですね。早くしないと、お二人を待たせてしまいますよ」
「分かってるよ」
ゆっくり起き上がり、皇女が、背伸びをすると、胸元のネックレスが、キラッと小さく輝いた。
「あら。素敵なネックレスですね?」
「でしょ?可愛いよねぇ。なんの花かな?」
「その感じは、アドニスでしょうかね?いつ、お買いに?」
「貰ったの」
「おや?おやおや?もしかして、例の彼ですか?」
「そう。あの茶葉もね」
「こんなに、沢山の茶葉を貰うなんて、お嬢様は、愛されてますねぇ」
〈パシャ、パシャ〉
皇女は、ニコッと笑ってから、顔を洗い、メイドから受け取ったタオルで拭きながら、鏡に視線を向けて、胸元のネックレスに触れると、嬉しそうに瞳を細めた。
「しかし、何故、アドニスなのでしょうか?」
寝間着を脱ぎながら、皇女が、コテンと首を傾げると、メイドも、手で包むように、頬に触れて首を傾げた。
「アドニスの花言葉は、悲しき思い出なんですよ」
「あ、そっちね。多分、花言葉までは考えてないんじゃないかな?」
「まぁ、男性は、花言葉なんて、分かりませんもんね」
「そういえば、何かの本で読んだんだけど、アドニスって、遠い島国だと、別の名前があって、花言葉も、幸せを招く。とか、永久の幸福。だったような」
「そしたら、その方は、永久の幸福をお嬢様に。ってなりますね?」
「そうね…パパには、内緒にしててね?また、狂ったように暴れちゃうから」
「分かってますよ。ドルト様の溺愛には、お嬢様も坊っちゃんも、苦労されますね」
ドレッサーに向かって座り、メイドに髪を梳かされながら、皇女は、困ったように、苦笑いを浮かべた。
「前に、騎士団の訓練に参加した時、ドルト様が襲いかかったとか」
「そうなのよ。ほんと、パパって、大人げないよね」
「しかし、グレームス卿とイザベラ様が止めたらしいですね」
「そうそう。グレームス卿が、間一髪のところで、パパの剣を防いで、ママが悟たのよね」
「らしいですね」
「でもね?実は、彼、凄く強いみたいなの。知ってた?」
「聞きましたよ~。扱い方が分からなかっただけで、実は、坊っちゃんよりも強いかもと、騎士達が騒いでました」
「しかも、お菓子のお礼にって、茶葉を贈ってくれるのよ?素敵じゃない?」
「お若いのに、紳士なんですね」
「それにね?これには、メッセージカードも付いてたのよ」
「きめ細やかな気遣い、ときめきますねぇ」
「字も丁寧で、綺麗な字だったわ」
「それでそれで?なんて書かれてたんですか?」
「…可愛いレディへ」
「あら。それだけですか?」
「今は、それくらいしか書けないのよ」
「あ~なるほど。立派になったら。ってやつですね?なんとも、甘酸っぱいですねぇ」
「そうね。まるで、木苺みたい」
着替えを終えた皇女が、扉の前に立つと、メイドは、ほんのり赤くなった頬を緩めて、優しく微笑んだ。
「早く会えるといいですね」
「その時は、もっと綺麗に見えるように、手伝ってね?」
「もちろんです。では」
〈ガチャ〉
「行ってらっしゃいませ。お嬢様、本日も、楽しいひとときを」
「ありがと。行って来ます」
メイドがお辞儀をすると、皇女は、鼻歌を唄いながら、ダイニングに向かった。
廊下の窓に視線を向け、外を見つめながら、軽い足取りの皇女は、ニコニコと微笑み、時々、胸元のネックレスに触れ、愛おしそうに瞳を細めた。
〈ガチャ、パタン〉
「おはよう。パパ」
「おはよう。今日は、ずいぶん上機嫌だな?」
「まぁね」
ニコニコと笑って、皇女が、席に着くと、皇帝も、嬉しそうに、ニコッと笑い、カップに口を付けた。
「おはよう、ママ」
「おはよ」
「ねぇママ、あとで紅茶飲もう?」
「紅茶?いつも飲んでるじゃない」
「昨日、お義兄が、茶葉の詰め合わせを持って来たの」
「アスが?アスから贈り物なんて、珍しい事もあるのね」
「違うよ。モーガン王子から」
〈ブッ!〉
「ちょっとドル」
「パパ汚~い」
ゆっくりと、カップを傾けた皇帝が、小さく吹き出し、咳き込むと、中年男性が、静かに布巾を差し出した。
「ドルト様、落ち着いて、お召し上がり下さい」
「あぁ…すまん…」
咳が止まらず、中年男性が、せっせと背中を擦り、布巾を口に当てる皇帝に、皇后と皇女は、視線を合わせて、首を振って、ため息をついた。
「…あー苦しかった…しかし、急に、贈り物なんて」
「いいじゃない。贈り物くらい」
「しかし、あまりにも、急」
「ドルは、もっと急だったでしょ?」
皇后が、カップを傾けると、皇帝は、グッと押し黙り、視線を泳がせた。
「そうなの?」
「旧ルアンダ王城で、お茶会に参加した次の日に、急に、屋敷にロムが来て、ドルト皇太子殿下よりって、ドレス持って来たのよ?私は、ドルを知らないのに」
「知らない人からのドレスって、凄く怖いんだけど」
「でしょ?当時は、母達も、私も、気味悪いって思ったんだけど、本当に皇太子からだったらって考えると、捨てられないから、クローゼットの奥に突っ込んだわよ」
「それに比べたら、モーガン王子って、ちゃんと分かってるわね」
「そうねぇ」
「茶葉なんて、一番危な」
「我々、帝国執事は、どんな小さな物に仕込まれた毒でも、発見し排除させて頂きます」
「エーテ、余計な事を」
「エーテの言う通りよ?帝国執事は、とても優秀なんだから、茶葉に毒が仕込まれてたって、すぐに気付くわよ」
執事が深く頭を下げると、皇后は、小さく切ったベーコンを口に運んだ。
「パパは、いつもそうね。凄く優秀な人達に囲まれてるのに、必死に言い訳探して」
皇女は、一口大に千切ったパンを口に運び、放り込むと、モグモグと噛み砕いた。
「だが、もしもって事も」
「あらやだ。ドルは、エーテやロム達を信じられないの?」
「そうじゃなくて」
「エーテ達、かわいそう」
執事が、ハンカチを取り出して、目元に当てると、皇后と皇女が、口元を手で隠した。
「ウィルセンの皇帝なのに」
「帝国民のエーテ達を悲しませるなんて」
「分かった!分かったから、そんな目で見ないでくれ」
「流石、ドルね。良かったわね?エーテ」
「はい。とてもお優しいドルト様にお仕えでき、私共は、心から嬉しゅうございます」
ニコニコと微笑む三人を見て、フッと、鼻で小さなため息をついて、皇帝は、スープを口に運んだ。
「なんなら、パパも飲む?」
「あら、いいわね?」
「いや、俺は」
「キアのお菓子と新しい茶葉、最高じゃない」
「でしょ?それに、あの茶葉、凄くいいやつみたいだし」
「そうなの。それなら、ドルの口にも合うんじゃない?」
「だよね?ねぇパパ~」
「分かったよ。あとで一緒するから」
「約束よ?」
「あぁ」
皇帝が、困ったように、目尻を下げ、優しく、瞳を細めて、小さく微笑むと、皇后も微笑んで、カップに口に付けた。
「そうだ。どうせだし、お義兄や王子も呼ぼうよ」
「そしたら、リリちゃんも呼びたいわね?ねぇドル~」
「もう好きにしてくれ」
諦めたように、皇帝が、両手を上げると、二人は、ニコ~っと笑い合って、嬉しそうに、瞳を細めた。
「ありがとうパパ!だ~い好き!」
〈ちゅ〉
食事を終えて、立ち上がった皇女が、皇帝の頬にキスした。
「それじゃ、私、準備するね。また後でねぇ」
〈ガチャ、パタン〉
スキップしそうな程、ルンルンと上機嫌の皇女が出て行くと、皇帝は、困ったように微笑んだ。
「キアからキスされるなんて、いつぶりかしらねぇ?」
「そうだな。つい、この前までは、まだまだ幼いと思ってたんだが」
「子供の成長は早いのよ。それに合わせて、ドルも、父親として、寛大にならないと。ね?」
「充分、寛大だと思うんだが?」
「そうね。王子に会うのを許したんだもんねぇ」
皇后が、ニコニコと微笑みながら、顔を向けると、皇帝は、困ったような、嬉しいような、目尻を下げて、瞳を細めた。
「そうしなきゃ、また、皆で、俺を責めるだろ?」
「責めてないわよ。分かって欲しいから言ってるの。そろそろ、キアも、アスのように、自由にさせてあげたら?」
「もう少し、父親で居たいんだがなぁ」
「幾つになっても、親と子の絆は変わらないわよ」
「…そうだね」
優しく穏やかな雰囲気で、二人は、食事を終えると、それぞれの公務に向かった。
〈カシャカシャカシャ〉
「それでね?今日、リリちゃんがよかったら、家に来れないかなって思ったんだけど」
『私は行きたいけど、パパが許してくれるか、どうか』
「大丈夫だよ。私も、ママに手伝ってもらったけど、パパが、王子もいいって言ってくれたし」
『でも、最近、パパの過保護に拍車が掛かってて、この前も、出掛けたとき、たまたま、アスとモーガン王子殿下が一緒にいるのを見付けたら、私を抱えてまで、別のお店に向かったのよ?』
互いに、カシャカシャ、カチャカチャと、音をさせながら、通信鏡を使って、リリアンナと皇女は、それぞれで、甘い香りを漂わせていた。
『もう、周りの人達が笑ってるのに、パパ、いっっっっさい、気にしないで歩くから、すっっっっごい、恥ずかしかったよ』
「分かる。もう、ヨチヨチ歩きじゃないんだから、やめてほしいよねぇ」
『でも、やめてくれないし、初めて、お菓子作ったときも』
「あれ、怖かったよね?リリちゃんが、罪人なのかと思うくらい、監視しててさ」
『今は、みんなに止められて、たまに見に来るくらいだけど、あの日は、ほんと、疲れちゃったよ』
『リリ~?』
「噂をすればね」
『もう…何?今、手が離せないんだけど』
『モーガン殿下が来てたんだが』
『…分かったぁ。キアちゃん、ちょっと待ってて』
「分かったぁ。またあとで」
〈ブッ、ザーッ〉
「もう。慌てん坊なんだから」
〈パチン〉
通信鏡を閉じて、鼻歌を唄いながら、作業を続けようと、鉄板を用意すると、通信鏡が、チカチカと光を放った。
〈パチン…ザザッザザッ〉
「リリちゃん?そんな慌てなくても」
『え…キアナ皇女?』
「モーガン王子!?なんで」
『リリアンナが、通信鏡を作動させてほしいって言うから、僕が変わりに』
『キアちゃ~ん、急に切ってごめんね?これで、途切れることもないでしょ?』
「だからって、王子じゃなくても」
『だって、アスだと、パパがうるさくなるし、面倒なことになりそうなんだもん』
『まぁ、アスだけだと、屋敷にも入れてくれないだろうね』
「それもそうか。アルベル公からすれば、お義兄は、リリちゃんを奪おうとしてる男だもんね」
『まぁ、それは、僕もなんだろうけど』
赤くなった頬をポリポリと掻くモーガンを見て、皇女の頬が真っ赤になった。
『ねぇねぇ、キアちゃん、見て。私も、貰ったよ~』
茶葉を詰めた小瓶が並ぶ箱を持ち上げ、嬉しそうに、ニコッと笑ったリリアンナを見て、皇女は、瞳を大きく開いた。
「中身が、ちょっと違う?」
『そうなの?』
「私のほうが、一瓶多いんだけど」
『アスと一緒に買ったんじゃないんですか?』
『そう。アスが、茶葉に詳しくないからって、同じのにしたはずなんだけど』
「ちょっと、待ってね?え~っと…これかな?」
皇女は、ワゴンに置いてあった小瓶と映像を照らし合わせて、一瓶を手に取ると、モーガンが、クスッと笑った。
『それ、グリンティーって、珍しいお茶なんだ』
『グリンティー!?どこに売ってたんですか!?』
鼻息を荒くして、詰め寄るリリアンナから、距離を取るように離れながら、苦笑いを浮かべたモーガンを見て、皇女は、静かに小瓶を置き、見下ろした。
『シャルンス通りの小さなお店、えっと、公爵家御用達の宝石店を背にして、左側だったかな』
『へぇ。今度、行ってみようっと』
「ねぇ、グリンティーって、遠い島国で作られてるんだよね?」
『そうだよ?フレッシュミリーもあったけど、やっぱり、グリンティーは格別だよ』
「あまり流通してないから、希少価値が高いってウワサだよね?そんな高価な茶葉、貰ってもいいの?私、何も」
『いいんだよ。僕は、皇女に、受け取ってほしい』
皇女が視線を向けると、モーガンは、目尻を下げ、優しく微笑みながら、愛おしそうに見つめた。
『僕にとって、皇女からの差し入れは、値段が付けられない程、とても価値がある物だから、逆に、茶葉の詰め合わせで、申し訳ないくらいだよ』
「でも、全部、私が勝手に」
『皇女だから、全てが特別なんだよ?僕にとって、それだけ皇女が』
〈ゴン!〉
「いっ!」
真っ赤になった顔を隠すように、作業台に額をぶつけながら、皇女が屈み込むと、慌てた二人の声が響いた。
『皇女!?』
『キアちゃん!!大丈夫!?』
「だい、じょうぶ。ちょっと、熱くて」
『…あ!部屋に忘れ物しちゃった。ちょっと、取って来るね?殿下、キアちゃんのこと、よろしくお願いしますね』
「ちょ!リリちゃん!待っ」
〈パタン〉
皇女は、急いで立ち上がったが、リリアンナの姿は、映像から消え、モーガンが、心配そうに、目尻を下げた。
『大丈夫?』
「え?あ、の…大丈夫」
互いに、頬を赤くしながら、視線を下げ、モーガンは、ポリポリと頬を掻き、皇女は、小瓶に触れた。
「…あの、父も一緒なんだけど、王子も、よかったら、あとで、家に来ませんか?」
『いいの?』
「それはもちろん!ただママもリリちゃんもお義兄も一緒で」
皇女が焦ったように、早口になると、モーガンは、クスッと笑った。
『笑ってごめんね?皇女が、あまりにも可愛いから、ついね』
「あ、あの、私、こうゆうの、初めてで」
『気にしないで。僕もだから』
ニコッと微笑むモーガンを見つめて、皇女は、安心したように、瞳を細めて、嬉しそうに微笑んだ。
『皇女がいいなら、行きたいんだけど、僕が、行っても大丈夫?』
「大丈夫。パパのことは、ママに頼むから」
『なら、アスと一緒に行くね?』
「あ、あの!…私のことも、名前で、呼ん、で、ほしいん、だ、けど…」
真っ赤になった顔を隠すように、下を向いた皇女を見て、モーガンは、パチパチと、何度も瞬きをしてから、嬉しそうに微笑んで、作業台に頬杖をついた。
『僕のこと、ガンって呼んでくれたら、嬉しいんだけどな?キア』
「…っ!が…ガン…?」
『なに?キア』
「えっと、えっとね?…これ、ありがとう。凄く嬉しかった」
キョロキョロと周りを見渡してから、ネックレスに触れて、ニコッと笑った皇女に、モーガンも、ニコッと笑った。
『いいえ。気に入ってくれたなら、僕も、嬉しいよ』
「凄く気に入った。これからは、毎日、着けるから」
『でも、気を付けてね?皇帝にバレたら、僕ら、会えなくなっちゃうから』
「大丈夫。そんなこと、私がさせないから」
『そう。そしたら、キアが守ってくれてる間、僕は、もっと頑張って、堂々と会いに行けるようになるからね』
「分かった。約束よ?」
『約束。だから、キア、僕と』
〈バタン!〉
「お嬢様!ドルト様がいらっしゃいます!」
皇女が、作業台に額を付けて、拳を握って、体をプルプルと震わせると、モーガンは、ハハハと笑った。
『アスもだけど、皇帝も、相当、感がいいみたいだね?』
「…パパなんか嫌い…」
『そんなこと言わないで?…キア、今は、我慢させてしまうことも、邪魔されることも多いと思うけど、いつか、必ず、直接伝えに行く。だから、皇帝のこと、許してあげてね?』
「分かった。必ずよ?」
『必ず伝えに行く。その時は、皇帝にも、誰にも、何も言わせない。キア、それまで、僕のレディでいてね?それじゃ、また、あとでね』
ニコニコと笑って、モーガンが手を振ると、ウルウルと、瞳を潤ませながら、皇女も手を振った。
〈パチン〉
「…ありがとう。リリアンナ」
扉の前で、ビクッと肩を揺らしてから、そっと、顔を覗かせると、モーガンは、晴れやかな顔で、ニコッと笑った。
「これで、心置きなく進めるよ」
キラキラと、瞳を輝かせるモーガンに、リリアンナが、小さく微笑んで、キッチンに入ると、通信鏡を手に取った。
「それは、よかったです。大変でしょうが、キアちゃんの為に、頑張って下さいね?」
「もちろん。アスとリリアンナには、色々と、面倒や迷惑を掛けるけど、よろしくね?」
「大事な友達の為なら、できることは、なんでもしますよ?」
「そう。なら、早速、一つ」
「お茶に行くんですよね?それなら、任せて下さい」
「それもなんだけど、会いに行くときでいいから、僕からの手紙を届けてほしいんだ」
「なるほど」
扉に寄り掛かるアルベル公爵に、リリアンナが、驚いて振り向くと、モーガンは、苦笑いを浮かべながら、ゆっくり振り返った。
「少しでも、気持ちを伝えたいってとこですかね?」
「まぁ、そんなところかな」
「しかし、少々、危険なのでは?もし、殿下の手紙が見付かれば」
「怖いからって、身を引いてたら、いつまでも、先に進めない。父親を恐れて、僕が歩みを止めてたら、彼女を泣かせてしまうでしょ?彼女の涙は、嬉しいときに流してほしいから」
「変わられましたね?殿下」
「みんなのおかげだよ。アルベル公も、今まで以上に苦労させるけど、よろしくね?」
「出来る限り、努めさせて頂きます」
胸に手を当て、モーガンに頭を下げたアルベル公爵を見て、リリアンナは、ニコッと笑った。
「それじゃ、キアちゃんとお茶しに」
「それとこれとは、別の問題がある。私も、一緒に行くぞ」
「なんでよ。殿下も一緒なのに」
「殿下が一緒でも、あの皇太子が一緒じゃないか。あれと一緒に、しかも、ウィルセンに行くなんて」
「キアちゃんもお義母さんも」
「だから、皇帝と皇后を義父義母と呼ぶなって、言ってるだろ」
「だって、アスのパ」
「まだ婚約もしてないのに、そう呼んでたら、おか」
「パパが許してくれないからでしょ!」
「当たり前だろ!まだ王子との婚約が断続してるんだから!」
「ならさっさと破棄にしてよ!」
「私から出来たらもうしてるって!」
「なんでできないのよ!」
「国王が認めないからって何度も言ってる!」
「パパは宰相でしょ!?なんとかしてよ!」
「無茶言うな!」
「…二人とも、僕のこと、忘れてない?」
「仲良くなったのは、良かったのですが、ここ数日、何かと言い合いをするようになりまして。申し訳ございません」
目の前で父娘喧嘩が始まり、苦笑いを浮かべると、ハンカチで、汗を拭きながら、執事が、モーガンの隣に並んだ。
「気にしないで。これが、本当の親と子なんだと思うから」
「寛大なお心遣い、痛み入ります」
ギャーギャーと言い合いを続ける二人を見つめ、モーガンが、小さく微笑むと、執事は、困ったように、目尻を下げながら、嬉しそうに微笑んだ。
「それにしても、こうも、続けられると、みんなのほうが大変でしょ」
モーガンが視線を向けると、執事は、苦笑いを浮かべた。
「…行きたい!」
「だから私も行くと言ってるだろ!」
「一人で行きたいの!」
「一人はダメだ!」
「どうしてよ!王城のお茶会も一人で行ったのよ!」
「それとこれは違うだろ!」
「友達の家に行くだけでしょ!」
「その家が問題なんだ!」
「パパのケチ!」
「ケチで結構!」
「僕が言えたことじゃないけど、二人とも、変わり過ぎじゃない?」
「殿下もなんか言ってよ!」
「僕に言われても」
「これじゃ私行けない!」
涙で瞳を潤ませながら、プクッと頬を膨らませ、プルプルと震えるリリアンナを見て、モーガンは、ポリポリと頬を掻いて、アルベル公爵に視線を向けた。
「今回は、僕も一緒だし、リリアンナだけでも」
「いくら殿下が一緒でも、あの生意気な皇太子と一緒に行くなんて許さない」
「アスのこと悪く言わないでよ!いい人なんだから!」
「敷地内で暴れたのに良い奴な訳ないだろ!」
「あれは仕方なかったって言ってたじゃない!」
「限度があるだろ!限度が!」
「二人が仕掛けたのが悪いんじゃない!」
「元を辿れば皇太子が悪いんだろ!」
再び言い合いが始まり、モーガンは、執事と視線を合わせて、苦笑いを浮かべた。
「聞き分けなさい!」
「いや!一人で行く!」
「だーーーもう!」
モーガンが大声を出すと、二人は、ピタッと動きを止めた。
「リリアンナ、通信鏡貸して」
「は、はい」
〈パチン…ザザッ、ザザッ、ザーッ〉
『…リリちゃん?どうかしたの?あ、ガ』
通信鏡を開くと、皇女と皇后の映像が浮かび上がり、モーガンは、困ったように、目尻を下げた。
「リリアンナじゃなくて、ごめんね?ちょっと確認なんだけど、アルベル公も一緒してもいいかな?」
『それは、別に、構わないけど』
皇女が視線を向けると、皇后は、額に触れながら首を振った。
『アルベル公が騒いでるのね。まぁ、予想はしてたけど、王子が一緒でもダメなんて、余程、余裕がないのね』
『ママ~』
『二人とも、ごめんね?ドルなら、どうにか出来るけど、人の父娘事情までは、私でも無理ね』
「ですよねぇ」
皇女と皇后が、大きなため息をつくと、モーガンは、顎に指で触れた。
「…可能なら、テーブルを二つ、用意できますか?」
『分けて座るの?それだと』
「そうじゃなくて、円卓に座ってよりも、立食形式ならって思ったんだ」
『あ~なるほど。そしたら、四人は、都合良いわよね?』
「はい。そしたら、皇女やリリアンナも、気兼ねなく、お喋りもできますし」
『そうね。分かったわ。立食式に出来るように、調整しとくわ』
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
『はいはい。それじゃね』
「はい。失礼します」
〈ザザッザーッ…パチン〉
「リリアンナ、今回は、これで、我慢してくれるかな?」
「…分かりました」
「そしたら、アルベル公、リリアンナと王城まで来てもらったら、アス達と合流して、ウィルセンに向かおう。そこで、ドルト皇帝も交えて、今後の話をしようと思う」
「分かりました。では、後ほど、王城にて、お会いしましょう」
「それじゃ、リリアンナも。またあとでね」
「はい。あ、お見送り」
「ここでいいよ。リリアンナも、アルベル公も、準備があって、忙しいだろうからね」
「では、お言葉に甘えて。セバス」
「はい。こちらへ、どうぞ」
執事に案内されて、モーガンが帰って行くと、リリアンナは、アルベル公爵に視線を向けて、フンっと鼻を鳴らした。
「次は、必ず、一人で行くからね」
「行かせないぞ。一人で、私の手の届かない、遠くに行くなんて、危ないこと」
「パパ知ってる?そうゆうのを親バカって言うんだってよ」
「そんな余計な事、誰から聞いたんだ」
「キアちゃん。皇帝陛下も、パパみたいに、モーガン殿下と仲良くするのを阻止するのに、必死になってるんだって」
「リリ、父親はな?」
〈カシャカシャカシャ、パタン、ジジジ、ジーーー〉
「娘が可愛いんでしょ?なら、可愛い娘の幸せを願ってくれてもいいじゃないの?」
「それは、そうかもしれないが」
「モーガン殿下は、私との婚約をちゃんと、止めてくれてるんでしょ?なんで、パパは、何もしてくれないの?」
「やってあげたいとは思っているが」
〈チン〉
「よし。上手く焼けた」
「ところで、さっきから、何を作ってるんだ?」
「ショコラクッキーとベリーのパイ」
「…持って行くのかい?」
「そうよ?一人で行けないなら、これくらいいいでしょ?」
リリアンナが横目で、視線を向けると、アルベル公爵は、グッと言葉を飲み込んで、額に触れながら、コクンと頷いた。
「ところでさ、パパは、そのまま行くの?部屋着のままで行くなら、一人で」
「すぐに準備するよ。リリも、早めに準備するんだよ?」
「分かってるよ」
アルベル公爵が、キッチンから出て行くと、リリアンナは、急いで、焼いたクッキーやパイをバスケットに入れ、自室に向かった。
「ローダン!この前、手直しが終わったドレスは?」
「こちらに」
「ミルエル、ツェン、彼のお家に行くから、よろしくね?」
「お任せ下さい」
「では、お嬢様、急ぎましょう」
侍女達やメイドとも仲良くなり、リリアンナは、ニコッと笑うと、急いで準備を始めた。
「お嬢様、こちらを」
モーガンが持って来た箱を開き、桃色と白の小さな宝石で、小花が模られたネックレスに、リリアンナは、キラキラと瞳を輝かせた。
「こちらをどうぞ」
メッセージカードを受け取り、視線を走らせると、リリアンナは、ほんのり頬を赤くして、そっと、胸に抱いた。
「素敵な方と出会われましたね?」
「そうね。ほんと、素敵な人」
「しかし、初めての贈り物で、愛しのレディは、ちょっとやり過ぎのような気がします」
「私も。少し強引な気がします」
「それが彼なのよ。優しくて、あったかくて、強くて、ちょっと強引で」
「旦那様と、そっくりでございますね?」
「そうね。ママも、お祖父様と、こんな風にしてたのかな」
「お嬢様とアンナ様は、そっくりでございますから、盛大に、父娘喧嘩をされてた事でしょう」
「今度、お祖父様に聞きに行こうかしら」
「きっと、お喜びになりますよ」
三つ編みをしながら、ニコニコと微笑む侍女を鏡越しに見て、リリアンナも、ニコッと微笑んだ。
三つ編みを巻き込みながら、長い髪をロールアップにして、ネックレスの小花に合わせ、小さな蝶の髪飾りで止めた。
「わぁ~。素敵」
鮮やかだった青色が、白色のレースを重ねたことで、薄い青色に見えるようになったドレスを着て、リリアンナは、鏡の前で、クルッと回った。
「このレース、柄が入ってるのね?」
「はい。北の国で、一つ一つ、職人が丁寧に編み上げたレースらしいです。普段は、羽織るだけらしいんですけど、こうして、スカートの部分に使うと、良いんじゃないかなと思いまして。それと、襟元が大きく開いていたので、胸元にも、レースを裏側から縫い付けてみました」
「これなら、下品に見えないわね」
「これだと、アクセサリーを付けなくても、華やかに見えるわね」
メイドが手直ししたドレスを見て、侍女達も、嬉しそうに瞳を細めた。
「さぁ、お嬢様、最後の仕上げです」
箱から取り出したネックレスが、侍女の手で、リリアンナの首に付けられ、胸元に、引き下ろしながら整えた。
「出来ました」
「みんな、ありがとう」
〈ガチャ〉
「行って来ます」
「行ってらっしゃいませ。お嬢様。良い一日をお過ごし下さい」
侍女達とメイドが、頭を下げると、リリアンナは、バスケットを持って、手を振りながら、足取り軽く、馬車に向かった。
「パパ~。お待たせ。今日は朱色?会議じゃないのに、朱色なの?」
「一応、皇帝にお会いするからね。リリは、今日も可愛いね」
「ありがと。パパもカッコいいよ」
「ありがとう。それじゃ行こうか」
アルベル公爵と玄関前で、ニコッと笑って、自然と手を繋いで歩き、馬車に乗り込むと、リリアンナは、バスケットを膝に乗せて、抱えるように持って、外の景色を見つめた。
「楽しみかい?」
「凄く楽しみ。キアちゃん、気に入ってくれるといいなぁ」
「リリが、一生懸命、作ったのだから、きっと大丈夫だよ」
「ありがと。あとで、パパにもあげるね」
「それは、楽しみだ」
馬車が城門を通り抜けると、白と黄色の正装に着替えたモーガンが、専属執事と並んで待っていた。
〈ガチャ〉
「シューベルス様、リリアンナ様、お待ちしておりました」
「ルーチスさん?今日の担当では」
「ルーチスは、昨日から、僕の専属になったんだ」
「そうでしたか。良かった。ルーチスさん、今後も、どうか、よろしくお願いします」
「私こそ、宜しくお願い致します」
「ルーチスさん、初めまして」
「お初にお目にかかります。リリアンナ様」
「今日は、どうぞ、よろしくお願いします」
「私こそ、宜しくお願い致します」
〈パタン〉
馬車を降り、挨拶を交わすと、モーガンは、ニコッと笑った。
「メント離宮なら、このまま、外回りで行くほうが近いから、行こうか」
「はい」
「リリアンナ様、お荷物をお預かり致します」
「ありがとうございます。でも、これは、自分で持ちます」
「しかし」
「自分で渡したいんです」
「…かしこまりました。では、ご案内致します」
しっかりと、バスケットを持ち、ニコニコと微笑むリリアンナは、アルベル公爵と並び、専属執事の案内で、離宮に向かった。
〈…コンコンコンコン〉
「ルーチスでございます。皆様をお連れ致しました」
〈ガチャ〉
「ルーチス殿、ご苦労様でございます。お初にお目にかかります。シューベルス様、リリアンナ様、私、アスベルト皇太子殿下に仕えております、執事のロムと申します。以後、お見知りおきを」
「シューベルス・アルベルです」
「リリアンナ・アルベルです。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、ご足労頂き、誠に、有難うございます。どうぞ、こちらへ」
リリアンナが部屋に入ると、薄い青色の正装に身を包んだアスベルトは、嬉しそうに、ニコッと笑って、両手を広げながら近付いた。
「リリ、久しぶり。元気だった?」
「久しぶり。元気よ。アスも元気そうね」
「そう?リリに会えないから、少し、元気が足りな」
「充分、元気そうだぞ」
「アルベル公も、久しぶり。ちょっと会わない内に、老け」
「坊っちゃん」
侍女の声に、アスベルトは、ビクッと肩を揺らして、頭を掻いた。
「わかったよ」
「いいえ。坊っちゃんは、何も分かっておりません。そんな事ばかりでは、いつまで経っても、シューベルス様は、坊っちゃんをお認めにはなりませんよ?」
「さようでございます。可愛いリリアンナ様を託すのですから、坊っちゃんは、それに担った責任と」
「あーっと、お説教は、後にしたほうがいいんじゃない?早く行かないと、キアが」
「仕方ありませんね。ですが、後ほど、しっかりと、お話させて頂きます」
「それじゃ行こうか。リリ、ガン、こっちにおいで」
通面鏡の前に立ち、リリアンナは、口を半開きにした。
「本当に大きいのね」
「明日には、リリの屋敷に持って行くから」
「分かった。どこに置こうかなぁ」
「リリ、アンナが使ってた温室なら、これを置いても、余裕があるはずだ」
「ママの温室かぁ…いいかも」
「なら、決まりだな?」
「大丈夫そう?なら、行こうか。ガン、今日は、トロントとカニュラがいないから、ちょっと手伝って」
「いいよ」
「殿下も使えるの?」
「魔力が使えれば、使えるってことだったから、アスに教えてもらったんだ」
「私もやりたい」
リリアンナが、キラキラと瞳を輝かせて、視線を向けると、アスベルトとモーガンは、苦笑いを浮かべ、アルベル公爵は、大きなため息をついた。
「だめ?」
リリアンナは、ウルウルと瞳を潤ませながら、更に、キラキラと輝かせて、アスベルトに、顔を近付けた。
「ねぇアス、だめ?」
「え~っと」
「いいんじゃないかな?リリアンナなら、魔力も安定してるし、僕のときと違うから、すぐ出来ると思うし」
視線を泳がせていたアスベルトが、助けを求めるように、視線を向けると、モーガンも、苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頬を掻いた。
「まぁ、練習の意味も込めて、やってみようか」
「やった。殿下、アス、ありがとう」
リリアンナは、パーっと明るい笑顔を浮かべ、アスベルトは、鼻で小さなため息をついた。
「リリは、どれくらい魔力を扱えるようになった?」
「お守り程度の魔法道具なら、作れるようになったよ」
アスベルトと執事が、ポカンと、口を半開きにして、リリアンナを見つめた。
「もう、そんなに使えるようになってたんだ。凄いね」
「そんなことないですよ。殿下のほうが、魔法も、安定して、使えるようになったと聞きましたよ?」
「僕なんてまだまだだよ。感情が高ぶると、ちょっと荒れちゃうんだよね」
「私もですよ。この前、パパと喧嘩したとき、鏡にヒビが入っちゃって」
「僕も。危なく、キアの手料理をダメにしそうになったよ」
「…坊っちゃん」
「僕は悪くない」
アスベルトが顔を覆うように、手で隠すと、執事と侍女は、大きなため息をついた。
「とりあえず、今回は、私共が、補助致しますので、三人が、主体で起動して頂ければ、問題ないかと思いますが」
「そうだね。リリ、鏡に向かって、魔力を流して」
「分かった」
「それじゃ、いくよ?」
三人が並んで、通面鏡に手を翳すと、執事と侍女も、後ろで手のひらを向け、鏡が光を放ち始めた。
「…よし。とりあえず、リリは、アルベル公と一緒に来て」
「僕のときは、一人だったのに」
「大人は、慣れるまで、途中で立ち止まることが多いんだよ。そうすると、起動させてるほうの負担が大きくなるんだよね。リリが、ちゃんと、引っ張って来るんだよ?」
「分かったわ。パパ」
驚いた顔で、一歩後ろに下がっていたアルベル公爵が、リリアンナの隣に並び、手を繋ぐと、モーガンも、その後ろで、ボーッと鏡を見上げていた専属執事の手を取った。
「ルーチス、離さないようにね?」
「かしこまりました」
互いにニコッと笑うと、アスベルトも、ニコニコと嬉しそうに微笑んだ。
「よし。何があっても、真っ直ぐ歩いてね?行こう」
アスベルトが鏡に入ると、モーガンが、手で促し、リリアンナとアスベルト公爵が、鏡に向かって歩き始めた。
眩む程の光に包まれ、アルベル公爵の足が止まりそうになるが、リリアンナが、しっかりと繋いだ手を引っ張り、鏡から抜け出ると、白と青を基調とした部屋に、キラキラと瞳を輝かせた。
「…ここは…」
「アスの部屋だよ」
後ろから鏡から抜け出たモーガンが、ニコッと笑いながら、専属執事と手を離すと、リリアンナも、アルベル公爵の手を離し、窓に走り寄った。
「リリ!」
「アルベル公、そんな怒らないで」
「しかし、人の部屋で勝手に」
「別に大丈夫だよ。まぁ、キアみたいに漁られるのは困るけど」
「キアって、そんなことするの?」
「小さい頃ね。おかげで、密かに集めてたのに、短剣とか魔法道具が見付かって、父上に取られたよ」
「キアも、感がいいんだね」
「まぁね。最近はないから大丈夫でしょ」
「でも、隠しごと、できないよ」
「隠しごとする男は、嫌われるって、父上が言ってたよ」
「それって、悪い隠しごとでしょ?いい隠しごともあるじゃん」
「例えば?」
「相手を驚かせたくて、相手の為にって、隠れて、アクセサリーやドレスを買ったとか。ね?」
「さようでございますね。私もですが、女性にとって、そんなに想われていると、感じられれば、とても嬉しゅうございますよ」
侍女が、ニコニコと微笑むと、モーガンも、ニコッと微笑み、アスベルトは、コクコクと、何度も頷いた。
「そうなんだ」
キラキラと瞳を輝かせて、窓の外を見つめるリリアンナに視線を向けて、アスベルトは、嬉しそうに瞳を細めた。
「…さっき、リリアンナが、キアと二人にしてくれたんだ」
「なに!?いつの間に」
「通信鏡で。だけどね」
「あ~、なるほどね。どうだった?」
「必ず、直接、気持ちを伝えに行く。それまで待っててって、約束したんだ」
「なら、これからは、もっと頑張らなきゃないね」
「そのつもりだよ。だから、これからも付き合ってね?」
「分かったよ」
「必ず迎えに行く」
モーガンが、ほんのり頬を赤くして、ニカッと、明るい笑顔を浮かべると、アスベルトも、ニカッと笑った。
「お互い、頑張ろうな」
「坊っちゃん、そろそろ、向かわれてはいかがですか?」
執事が間に顔を出すと、二人は、ビクッと肩を揺らしてから、ふぅ~と、息を吐き出し、視線を合わせて、ケタケタと声を出して笑った。
「そうだね。リリ、母上とキアのところに行こう」
「は~い」
リリアンナが、二人の間に並ぶと、執事と侍女が、ニコッと微笑んで、扉を押し開けた。
〈ガチャ〉
「行ってらっしゃいませ。楽しいひとときを」
アスベルトの案内で、庭園に設置された温室に向かった。
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