初恋の先へ

咲 カヲル

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十二

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野太い声が響く訓練所の脇を通りながら、モーガンが視線を向け、騎士達が、剣を手にして、キラキラと汗を光らせて、励む背中を見つめた。

「…お?王子だ」

「おぉ。王子ーー!!」

騎士達が手を振ると、モーガンも、大きく手を振った。
騎士達が走り寄り、モーガンを囲むと、リリアンナは、アスベルトと視線を合わせて、一緒になって、パチパチと何度も瞬きをし、アルベル公爵と専属執事は、悲しそうに瞳を細めた。

「今日はやらないのか?」

「今日は、皇女とお茶しに来たんだ」

「あ~、だから、そんな、めかし込んでたのか」

「そう。大丈夫かな?変じゃない?」

「大丈夫、大丈夫」

「凄く似合ってるよ」

「胸張って行って来い」

「ありがと。それじゃ、行って来るね」

「おう」

「また来いよ」

〈パン!〉

「…僕より、仲良くなってない?」

ハイタッチして、騎士達と、手を振り合いながら、歩き始めたモーガンを横目で見て、アスベルトが唇を尖らせた。

「アスやグレームス卿のおかげだよ。みんな、色々教えてくれたんだ。手首の使い方とか、足の動きとか」

「僕のときは、笑ってただけだったのに」

「年齢の差ってやつじゃない?僕のほうが、年上だし」

「数ヶ月でしょうが」

「だっけ?」

「このぉ~」

アスベルトが首に腕を回し、頭をワシャワシャと撫で回すと、モーガンは、笑いながら、その腕を軽く叩いた。

「やめてよ。せっかく整えたんだから」

「キアに笑われてしまえ」

「そんなこと言うなら、こうだ」

モーガンが、両手で頭をワシャワシャと撫で回すと、アスベルトも、笑いながら、逃げるように体を離した。

「やめろって」

「…ママ~。男の子って、なんで、あんなことで、盛り上がれるの?」

笑って戯れ合う二人を見て、扉の前に立ち、皇女が、隣の皇后に視線を向けた。

「男ってのは、とても単純なのよ。ドルやアスを見てれば分かるでしょ?」

「キアちゃん!」

二人に向かって、リリアンナが、手を振りながら、アスベルトとモーガンの間を走り抜けた。

「リリ!」

「まぁまぁ。そんなに、怒って怒鳴ってたら、嫌われるわよ?アルベル公」

「帝国の」

「今は、アスとキアの母よ。いらっしゃい、リリちゃん、待ってたわよぉ?」

「今日は、ありがとうございます。これ、私が作ったんですけど、みんなで、食べようと思って、持って来ました」

リリアンナが、持っていたバスケットを渡すと、皇后は、チラッと中を覗いた。

「この香りは、ショコラクッキーとベリーパイね?」

「はい。今朝、作ったんです」

「そう。朝から大変だったでしょ?」

「キアちゃんと一緒だったので大丈夫です」

「あら?ドルも、キッチンに行ったのに」

「その前に切ったの。ちょっと、色々、あって」

皇女が、ほんのり頬を赤くしながら、チラチラと視線を向けると、モーガンは、ニコッと笑って、小さく手を振った。

「あ~なるほどね。リリちゃんが、キアの天使さんになってくれたのね?」

「そんな、大したことしてないですよ」

「そんなことないよ。その、凄く、嬉しかった。ありがとう」

皇女が、ニコッと笑うと、リリアンナは、嬉しそうに、瞳を細めて、その体に抱きついた。

「ど、どうしたの?」

「キアちゃんが嬉しいなら、私も嬉しいから」

「…ありがと。私も、何かあったら、手伝うからね?」

「なら、この前、見せてくれた編み物教えて?」

「あれね?絹糸と棒さえあれば、簡単にできるの」

「そうなの?凄く綺麗だったから、難しいと」

「…あ~んもう。なに、この幸せな景色。可愛い娘と天使が、抱き合ってるなんて」

皇后が、頬を包むように、両手で触れると、クネクネと体をくねらせながら、フニャフニャと、幸せそうな顔で微笑んだ。

「母上、母上。顔が、だらしなくなってるよ」

アスベルトが、ツンツンと皇后の腕に触れると、モーガンとアルベル公爵は、苦笑いを浮かべながらも、嬉しそうに微笑んだ。

「アルベル公、ちょっとだけ、宰相の力を借りてもいいかな?」

「宰相の?どのように?」

「キアとのことで、少しずつでいいから、国王に進言できないかな?」

「そうですねぇ…皇女は、ウィルセン皇帝の養女でしたよね?元の出生は?」

「ルアンダとヴァリンパの公爵令嬢」

「なるほど。申し分ないですね」

「でしょ?ね?なんとか」

「そうゆうのは、あとでやれよ」

モーガンとアルベル公爵が、顔を寄せていると、間に、タラス公爵の顔が現れた。

「ティーダ?お前、なんで、ここに」

「バカ息子のお守りだよ」

タラス公爵が、後ろを親指で差し、モーガンとアルベル公爵は、デュラベルとローデンの後ろで、エルテル公爵夫妻が、ニコニコと笑っているのを見つめた。

「二人だけで、何企んでた?」

「それは」

「タラス公爵様?その前に、皇后と皇女に、ご挨拶しませんか?」

「あーだな。帝国の」

皇后が、手のひらを見せて、首を振ると、ゆっくり、エルテル公爵婦人に歩み寄った。

「今日は親。アナタも、この子の保護者で来たんでしょ?フレールさん」

「そうですね。イザベラさん、お久しぶりです」

二人が握手を交わすと、エルテル公爵とローデンの瞳が大きく開いた。

「…母上、皇后と、お知り合い、なんですか?」

「えぇ。私の友人のお姉さんなのよ?」

「…あ!もしかして、前に、スターナ叔母さんが、アンゼルセンに行ったときに、仲良くなった、凄く面白い人って」

「そう。彼女よ。スターナとは、今でも?」

「えぇ。時々、手紙が来ますの。つい、先日も、プルーシュのエッフルって、お菓子を送ってくれましたの」

「アレね。どうだった?」

「美味しいんですけど、ちょっと、独特で」

「それなら、すりおろしたリンゴとはちみつを煮たシロップをかけると、食べやすくなるわよ」

「ほんと?」

「えぇ。キアが、手直ししてくれたのを食べたけど、凄く良かったわよ」

「そうですか。私もやってみようかしら」

頬に手を当てて、ニコッと微笑んだエルテル婦人を見て、エルテル公爵とローデンの頬が、ピクッと動いた。

「スターナの味覚って、独特だから、色々大変じゃないかしら?」

「ん~、大変と言えば大変なんですだけど、今の私は、簡単に出歩けないので、とても楽しみなんです」

「そうよね。フレールは、公爵婦人だから、昔のように、旅行が出来ないものね」

「えぇ。でも、毎日、幸せに過ごせてますわ」

エルテル公爵が、嬉しそうに微笑んで、頬を寄せると、エルテル婦人も、嬉しそうに、瞳を細めて、優しく微笑んだ。

「そう。幸せそうで良かったわ。さて、ドルは、まだだけど、先に始めてましょう。キア、そっちは、任せるわよ?」

「は~い。リリちゃん行こう」

リリアンナの手を取り、モーガンに視線を向けて、皇女が、優しく微笑むと、二人も、嬉しそうに微笑んで、コクっと頷いた。

「それじゃ、開けて」

〈ガチャ〉

両脇に控えてたメイドが、温室の扉を押し開けると、色鮮やかな花が咲き乱れ、爽やかな香りに、モーガンとリリアンナは、キラキラと瞳を輝かせた。

「…凄いですね」

「だね。珍しい花もあるね」

「ガンは、花にも詳しいの?」

「昔、お祖母様が、温室で育ててたからね。それなりに知ってるよ?」

「なら、これ、知ってる?」

皇女が、小さな花を指差すと、モーガンは、自然と隣に並んで、花を見上げた。

「これって、ヴァリンパの国花だよね?」

「そう。イルージナっていうの」

「こっちも同じなのに、色が違うね?」

「肥料で、色が変わるんだって」

「そうなんだ。お祖母様のところには、あの奥に咲いてる色があったよ」

「どれ?」

「あれ」

自然と、皇女の腰を引き寄せて、モーガンが、指差す先の花を見上げて、二人が、ニコニコと微笑み合っているのを見て、アスベルトは、リリアンナを横目で見下ろした。

「…なに?」

「ガンは、いいなぁって思って」

「なら、アスも、勉強したら?」

「いっぱいしてるけど」

「殿下みたいに、花とか茶葉とか覚えてよ」

「そんなこと」

「キアちゃんいいなぁ。カッコよくて、強いのに、優しくて、気遣いのできる殿下に愛されてて。私も、そんな人、探そうかなぁ」

「分かったよ。覚えるから、そんなこと言わないでよ」

「必ずよ?」

「頑張ります」

「…こりゃ、王子の方が早そうだな。シューベルスも、さっさと、次、決めてやれよ」

それぞれの様子を見て、タラス公爵が、困ったように、目尻を下げると、アルベル公爵は、大きなため息をついた。

「お前は、娘じゃないから、何も分からないだろ。やっと、普通の父娘になれたのに、すぐ、婚約の話なんて」

「そんな顔すんなよ。お前の方は、まだまだ先だろ」

「…最近、殿下との婚約をなんとかしろって、うるさいんだ」

「そりゃ、そうだろ。いつまでも、宙ぶらりんにしてられないだろうし」

「殿下が、伴侶となる人を決めたんだから、シューベルスも、少し動いてやればいい」

「キースまで。宰相だからって、なんでも出来るって思うなよ」

ガクンと、肩を落としたアルベル公爵を挟んで、エルテル公爵とタラス公爵が、困ったように、苦笑いを浮かべると、皇后は、鼻から小さなため息をついた。

「キア?準備しなくていいの?」

「あ、忘れてた。ちょっと待っててね」

モーガンの手から離れて、皇女が、走って行くと、デュラベルとローデンが、そっと近付いた。

「モーガン、彼女は」

モーガンは、二人から、静かに離れると、アルベル公爵に近付いた。

「アルベル公、さっきの話なんだけど」

「殿下、ここでは、あまり、その話はしない方がいいですよ」

「どうして?皇后は、理解してくれてるから、平気だと思うけど」

「イザベラさんは、大丈夫でも、皇帝陛下は、父親ですから、お耳に入ったら大変ですよ?」

エルテル婦人が、そっと、唇に指を当てると、皇后は、困ったように、目尻を下げて、苦笑いを浮かべた。

「普通の親と子の関係で育つと、どうしても、父親って、娘を溺愛するのよ。私もだけど、フレールも、大変だったでしょ?」

「そりゃもう、これでもかってくらい、喧嘩しましたよ。何も申し分ないのに、なんで、そんなに反対するのよ!って言ったくらいでしたよ」

「エルテル公も、大変だったんだ」

「キースの場合、女性との噂が絶えなかったから、余計だったんですよ」

「そうなの?」

「キースは、目立つだけで、そこまでじゃなかったんですけどね。どっちかと言えば、ティーダの方が厄介でしたよ」

「おいおい、あれは、若気の至りだろ」

「お前のおかげで、危なく、フレールを逃しそうになったんだからな」

「だから、あれは、俺じゃなくて」

「お前が、いつまでも、フラフラしてたから、フレールとの縁談が出たんだろうが」

「でも、俺が断ったから、お前が婚約出来たんだろ?」

「ティーダが、さっさと、婦人に申し込んでれば、あんな面倒にならなかった」

「仕方ねぇじゃん。あの時のナタリアは、俺に興味なかったし」

「それって、タラス公のこと、知ってたんじゃないの?」

アスベルトが、モーガンの隣に並ぶと、リリアンナは、皇后の隣に並んだ。

「あ~…そうかもな」

「ねぇ、本当に、真の騎士だと思う?」

「思わない。どこにでもいる、陽気な人」

「だよね」

〈バタン!〉

皇后以外が驚いて、肩をビクッと揺らした。

「アルベル卿!お久しぶりです。私のこと、覚えてますか?」

「…ガルーシェ…ガルーシェか!?」

ゆっくり振り返り、浅黒い肌に赤褐色の髪を揺らす女性を見て、アルベル公爵は、驚いたように、瞳を大きく開きながらも、嬉しそうに、口角を上げた。

「はい。プアンジェアでは、大変、お世話になりました」

「どうして、ここに?」

「あの後、ウィルセン騎士団に助けて頂いて、それから、ここで魔剣士をしてるんです」

「そうか。良かった。父君は、どうした?」

「駄目でした」

女魔剣士の瞳が揺れると、アルベル公爵は、悲しそうに眉尻を下げた。

「でも、母と弟は、無事に助ける事が出来ました。今は、二人共、城で働いてます」

「そうか、そうか。良かった」

「…だれ?」

女魔剣士と、しっかりと握手を交わし、アルベル公爵の瞳が、涙で潤むのを見て、モーガンが、アスベルトに視線を向けた。

「昔、海上戦争があったの覚えてる?」

「オトロール海上戦争のこと?」

「それ。そのオトロール海に面してた国が、プアンジェア」

「今は、消滅してしまいましたが、プアンジェアから逃げ出した多くの民は、このウィルセンに避難し、皇帝の働きによって、多くの人々が、戦場から保護されたんです。私は、帝国魔剣士団で、第四士団の副団長をしております、ガルーシェ・イーデンと申します」

女魔剣士が、胸に手を添えて、頭を下げると、後ろから、騎士団長も現れた。

「グレームス卿!」

「久しいね。タラス公」

「あぁ。あの日以来か」

騎士団長とタラス公爵が、しっかりと握手を交わすと、静かに、皇帝が皇后の隣に並んだ。

「アナタって、悪い人ね?ドル」

「古い友との再会を演出しただけだろ」

「私やママにも、そうゆう気遣いしてほしいんだけど」

〈カラカラカラ〉

ワゴンを押して、テーブルの横で立ち止まると、皇女は、皇帝を睨むように見つめた。

「私のお茶会のはずなのに、イーデン卿やグレームス卿まで呼ぶなんて聞いてないよ」

「アルベル公とタラス公が来るならと」

「なんで、キッチンに来たときに聞かなかったのよ」

「いや。あの時は、二人が来るとは」

「余計なことばっか、ベラベラ喋るだけで、必要なことは、いっつも事後報告。なんでもかんでも、私には、何も」

「皇女、ごめんね?」

モーガンが隣に並ぶと、皇女は、怒ったように、唇を尖らせたまま視線を向けた。

「僕が、今後の話がしたいって言ったから、君のお茶会を利用するようになっちゃったね」

「ガンは、ちゃんと、ママと私に言ってくれたじゃない。パパは、何も言ってくれなかったのよ?」

「色々考えてたから、話す頃合いを逃しただけじゃないかな?」

「でも」

「リリアンナとキアの邪魔はしないから、ちょっとだけ、場所を貸してくれないかな?隅でいいからさ」

「…分かった」

モーガンが、困ったように、目尻を下げて微笑むと、皇女も、目尻を下げて、困ったように笑った。

「ありがとう。今度、お礼したいんだけど、キアの希望ある?」

「希望?」

「そう。何がほしいとか、何かしてとか。あ、手伝うよ」

「ありがと。お礼ねぇ、そうだなぁ」

ニコニコと微笑み合いながら、皇女の手伝いを始めたモーガンを見て、皇后は、うっとりするように、頬に触れながら、鼻から小さなため息をついた。

「すっっっっごく、良い子ね」

「私も、そう思います」

エルテル婦人も、頬に手を添えて、首を傾けながら、ニコッと微笑むと、皇帝は、皇后の肩を抱き寄せた。

「ベラは、俺の」

「ドルも、少しで良いから、王子を見習って欲しいわ」

二人で仲良く、テーブルをセットしてるのをチラッと横目で見てから、皇帝は、大きなため息をついた。

「どうして、あんな」

「イザベラさんは、大変ですね」

「結婚する前は、こんなんじゃなかったのに。どうして、こうなっちゃったのかしら」

「ベラ、そんな事言わ」

「できた!はい。ガン」

皇女が、切り分けたケーキを皿に乗せて、差し出すと、モーガンは、ポリポリと、頬を掻いて、苦笑いを浮かべた。

「最初に貰えるのは、凄く嬉しいんだけど、僕より、皇帝に」

「いいの。パパは、ママに食べさせ」

「いやよ」

皇后が、プイッと顔を背けると、皇帝は、慌てたように、横顔を覗き込んだ。

「ベラ?いつもは」

「だって、キアばかりズルいじゃない。私も、優しくされたいわ」

「ベラ~」

「まぁ、そうなるよねぇ。最近のパパ、我儘ばっかりだもん」

「あら。そんなに酷いんですか?」

「それがね?ドルったら、この前」

「…皇帝も、惚れた女には、敵わないらしいな」

タラス公爵が、ボソッと呟くと、アスベルトとアルベル公爵は、大きく頷いた。

「当たり前だろ。結婚したから終わりじゃない。惚れたなら、変わらずに愛してやれって話だ」

エルテル公爵が、額に触れながら首を振ると、アスベルトは、リリアンナを横目で見つめた。

「皇太子も気を付けろよ?親父の真似してたら、二人の未来は、あんな風になるからな?」

タラス公爵が、ニヤニヤと笑いながら、指差すと、頬に触れようと、伸ばされた皇帝の手が、皇后に叩き落された。

「ベラ、機嫌直してくれよ」

「いやよ。自分で食べなさい。私は、リリちゃん達と、楽しくお茶するんだから」

「ベラ~」

「もう離してくれないかしら?私達は、あっちに行くから、気兼ねなく、アナタは、アナタのお客様とお話してちょうだい。フルーレ、行きましょう?」

「えぇ。では、リリアンナ様も、ご一緒に」

「は~い」

エルテル婦人と手を繋ぎ、離れたテーブルに、皇后が移動すると、皇女は、モーガンに視線を向けた。

「話し合いが終わったら、温室内を見て回らない?」

「いいよ」

「じゃ、あっちで待ってるね」

「分かった」

皿をテーブルに置いて、皇女も、皇后達の所に向かうと、皇帝は、大きなため息をついた。

「どうして、こうなるんだか」

「ドルト様が、イザベラ様やお嬢の気持ちを考えないからでしょ」

「俺は、ちゃんと」

「ドルト様は、考えてるように見えて、まっっったく、女心を分かってないのですよ」

「分かる訳ないだろ?最近は、ベラもキアも、俺の事、邪険に」

「そりゃ、お二人は、楽しく過ごしたいのに、ドルト様が、余計な事するからです」

「楽しく過ごさせて」

「どこがですか。お嬢様は、好いた人と過ごしたいのに、邪魔ばかりしてるのでしょ?」

「キアには、まだ」

「そんな事ばかりだから、嫌がられるんですよ」

「…胸が痛い」

女魔剣士と騎士団長が、責め立てる横で、アルベル公爵が、胸に触れながら、ガクッと肩を落とすと、アスベルトは、気まずそうに、視線を泳がせて、モーガンの隣に並んだ。

「…ねぇ、ガン」

「なに?」

「今度、キアに手紙書くときは、一緒に」

「手紙がなんだって?」

「今度は、何を企んでる」

「いい加減にしなさい!手紙や贈り物も許せないなんて。お二人は、器が小さ過ぎますよ」

「だが」

「お二人だって、そうやって、奥様達に、想いを伝えていたんでしょうが」

「それは」

「それを奥様達の親が知らない訳ないでしょう。それを許されてたから、今があるんじゃないですか?それなのに、どうして、お二人は、許せないんですか?どうして、お二人は、そんなに」

「分かった。分かったから、もう言うな」

アルベル公爵と皇帝が、ガシガシと頭を掻くと、アスベルトは、横目でモーガンに視線を向けた。

「本当に、女性って強いよね?ガルーシェさんも、グレームス卿の娘さんも、凄い女流魔剣士さんなんだよね?」

モーガンが、アスベルトに向かって、ニコッと微笑むと、女魔剣士が、嬉しそうに瞳を細めた。

「そうですよ。グレームス卿のご息女、メアリー団長は、ウィルセン第一魔剣士団の団長をされてるんです」

「そうなんですね。グレームス卿も、娘さんも、ガルーシェさんも、凄い人達で」

「いえ。私は、まだまだ未熟者です」

「そんなことないです。ちゃんと、自分の言葉で、自分の考えや意志を伝えられるんだから。それを聞き入れられるドルト陛下も、アルベル公も、僕は、凄いと思うんです」

モーガンが、ニコッと微笑むと、女魔剣士は、一瞬、瞳を大きく開き、すぐに、ニコッと微笑んだ。

「何故、そう思われるのですか?」

「人の上に立つのは、とても孤独なこと。それは、多くのことを守る為には、己の多くを犠牲にしなければならないから。きっと、アルベル公も、ドルト陛下も、今まで、多くを犠牲にしたと思うんです」

モーガンが、苦笑いを浮かべると、アルベル公爵と皇帝は、悲しそうに瞳を細めた。

「でも、二人は、人との繋がりだけは、犠牲にしなかった」

モーガンが、悲しそうに瞳を細めると、アスベルトも、瞳を細めて、拳を握りしめた。

「人と人が繋がっているには、対話をするしかない。どんな人の言葉も、ちゃんと聞き入れるには、それだけ、視野を広げて、たくさんのことを考えて、多くの人を想っていないと、できないことだと思う」

モーガンが瞳を閉じると、ローデンとデュラベルが、悲しそうに瞳を細め、エルテル公爵とタラス公爵が、そっと肩に手を置いた。

「できるなら、僕も、そんな風になりたい。でも、それって、簡単にできることじゃない。人には、人の考えや想いがあるから、対立してしまうこともある。それでも、二人は、ちゃんと言葉で伝え合って、理解し合おうとする。それは、簡単そうだけど、とても難しいこと。だから、そうやって、どんな人の言葉も、大切にしようとする二人は、凄いと思うんです」

モーガンが、ニカッと笑うと、女魔剣士は、眉尻を下げて、困ったように、優しく微笑んだ

「そう考えられるアナタなら、とても良い上官になれますよ」

「そうかな?」

「はい。私が保証します。アナタは、優しく、聡明な、強い人になれます」

女魔剣士が、ニカッと笑うと、モーガンは、ほんのり、頬を赤くしながら、嬉しそうに瞳を細めた。

「お嬢様が惚れたのは、その心でしょうね」

「そうなら、いいんですけどね」

モーガンが、照れたように、頬を赤くして、ポリポリと、頬を掻くと、女魔剣士は、クスッと笑った

「大丈夫ですよ。父親が焦って邪魔する程なんですから」

「おい。イーデン、俺は、焦ってなど」

「きめ細やかな心遣いと、優しい言葉、それに、とても素直で真っ直ぐな想い、更には、少し幼いですが、女性が好む顔付き。アルベル卿も、ドルト様も、真っ直ぐな想い以外、アナタには、敵いませんよ」

「…ガンって、役得だよね」

アスベルトが、瞳を細めて、横目で視線を向けると、モーガンは、慌てて、両手を胸の前で振った。

「そんなことないよ。それに、今の僕がいるのは、アスが仲良くなってくれたから」

「なるほど。騎士団が騒いでたのは、アナタの事だったんですね」

モーガンが、コテンと首を傾げると、女魔剣士は、騎士団長に視線を向けた。

「あれには、本当に驚いたよ。弱々しくて、逃げ回るような子が、実は、凄い才能の持ち主だったんだから」

「そんな僕なんて」

「そんな謙虚になる必要はない」

「僕は、まだ始めたばか」

「謙虚も過ぎれば、ただの自傷だ。自分を傷付けても、悲しく虚しいだけだぞ」

騎士団長が、優しく細めた瞳を閉じると、モーガンは、目尻を下げて、唇に力を入れた。

「これは、騎士達にも言ってる事なんだが、自分の才能に溺れ、努力をしない者は、ただの自惚れでしかない。どんなに才能があっても、努力する事を忘れるな。努力を積み、才能を磨き、自分を信じ、己を誇れる者となれ」

モーガンは、一度、瞳を閉じて、真剣な顔付きで、真っ直ぐ向けられた騎士団長の瞳を見つめ返した。
しっかりと、向けられたモーガンの瞳を見つめ、騎士団長は、フワッと表情を崩し、困ったように、微笑みながら、嬉しそうに、目尻を下げた。

「坊っちゃんやドルト様みたいになれとは言わないが、もう少し自信を持っても良い。大丈夫。モーガン王子は、自分で思ってる程、劣っていない。モーガン王子は、サイフィスの民を守り、導く事の出来る王となれるはずだから」

「…ありがとう。グレームス卿、イーデン卿」

真剣な表情で、真っ直ぐ顔を上げたモーガンを見て、ローデンとデュラベル以外は、安心したように、優しく微笑んだ。

「二人のように、僕を信じ、支えてくれようとする者の為、苦しんでいる多くの人々の為、僕は、必ず、サイフィスを立て直してみせる。だが、その為には、皆の力を借りねばならない。まだまだ未熟で、至らない事も多いと思うが、どうか、僕に、力を貸して欲しい」

しっかりと前を向き、頭を下げたモーガンを見つめ、三人の公爵は、視線を合わせて頷き合った。

「我々も尽力致します」

タラス公爵が、モーガンの後ろで、膝を着き、深く頭を下げた。

「ですが、我々は、現国王に仕える身が上、手が届かぬ事もございましょう」

エルテル公爵も、タラス公爵と並び、同じように頭を下げた。

「しかし、我々も、次期国王モーガン様の御心が元、立ち向かう所存にございます。どうか、サイフィスの為、民の為、我が主、モーガン様に、ご助力を」

アルベル公爵も並び、三人が、深く頭を下げると、騎士団長と女魔剣士が、皇帝に視線を向けた。

「やめてくれ。今、お前達は、娘の茶会に来た客人だ。そんな事をされたら、俺は」

「ドルト様、お嬢様を言い訳にするのは、卑怯ですよ?」

小さく、鼻でため息をついた二人の視線に、皇帝は、言葉の飲み込み、ガシガシと頭を掻いて、大きなため息をついた。

「分かった。俺が出来る事なら、助力しよう。だから、頭を上げてくれ」

「ありがとうございます」

頭を上げて、パーっと明るい笑顔を浮かべたモーガンに、皇帝は、苦笑いを浮かべて、フッと鼻から小さく息を吐き出した。

「今までが、嘘のような変わり身だな。なんとも、末恐ろしい」

「しかし、これで、ウィルセンとサイフィスの国交は、安泰となりますよ」

「まぁな。だが、それには、色々問題もあるがな」

「えぇ。まずは、タラス公とエルテル公の抱える問題を解決しては?」

「そうだな。モーガン、それを解決する手立ては?」

「それなら、二人に得策があるらしいです。エルテル公、タラス公」

「はい。それについて、少々、ドルト陛下のお力をお借りしなく」

「どうするんだ?」

立ち上がったアルベル公爵が、首を傾げると、二人は、小さく頷き合って、エルテル公爵が、皇帝に近付き、耳に顔を寄せた。

「…なるほどな。だから婦人を連れて来たのか」

「えぇ。これなら、いくら愚息でも、状況を理解するでしょう」

「悪い父親だな」

「男なら、崖を這い上がれる程、強くなくてはなりませんからね」

ニヤッと悪い顔をするエルテル公爵に、皇帝も、片頬を上げて、ニヤリと笑うと、モーガンは、ブルッと肩を震わせた。

「…なんか、嫌な予感がするんだけど」

「僕も。あの顔した父上は、容赦しないんだよね」

「キア達の邪魔にならなきゃいいけど」

モーガンとアスベルトが、楽しそうに、お喋りしてる四人を見てから、視線を合わせて、小さくため息をついた。

「デュラベル」

タラス公爵が手招きすると、デュラベルは、首を傾げながらも近付いた。

「なに?」

「なぁ、お前らさ、神殿と繋がってんだろ」

デュラベルの瞳が、大きく開かれると、タラス公爵は、肩に乗せた手に力を入れた。

「やっぱな。誰の差し金だ」

「それは、その…」

視線を泳がせ、後ろに振り向いて、デュラベルが見つめると、ローデンは、ビクッと肩を揺らした。

「そうか。ローデンか」

「ちが」

「なら誰だ」

「わ、からない…俺は、ローデンと一緒に神殿に行ったときに、話を聞いただけで」

「デュラベル!裏切るのか!」

「だって、本当のことだろ?お前が、神殿に行きたいって言うから、一緒に行って、ウィルセンがモーガンを狙ってるって」

「デュラベル!」

アハハハと、大きな声を響かせて、皇帝が腹を抱えると、騎士団長と女魔剣士は、腕組みして、大きなため息をついた。

「ドルト様、笑ってる場合ですか?」

「すまん。しかし、ウィルセンがって事は、俺が、モーガンを狙ってるって事だろ?皇帝の俺が、そんな回りくどい事するんだ。なぁ?モーガン」

「さぁ?皇帝なら、直接、国王に圧力でも掛ければ良いだけで、上手くいかないなら、戦争でも起こせば、簡単でしょう?なんの力もない僕なんか、狙わなくても、一気に」

「国王には多くの貴族が仕えてる!そんなことすれば貴族が」

「アイツって、頭いいように見えて、凄く頭悪いね」

頭の後ろで手を組むアスベルトを見て、モーガンとエルテル公爵が、大きなため息をついた。

「エルテル公、凄く失礼だけど、本当の愚息は、ローデンのほうじゃない?」

モーガンが、苦笑いを浮かべて、ポリポリと頬を掻くと、エルテル公爵は、額に触れながら、首を振った。

「そのようです。本当にお恥ずかしい限りです」

「父上!僕は、ウィルセンが、モーガンを狙い、サイフィスを手にしようとしていると、聞いて、それを防ごうと、貴族に呼びかけて、国王に、お伝えしようと」

「ローデン、多くの貴族が、国王に仕えてるのは事実だが、彼らに何が出来ると思う」

「多くの貴族が集まれば、どんな圧力も、防げる程の力が」

「俺らに頼りっきりの貴族に、そんな力ある訳ねぇだろ」

タラス公爵が、腕組みすると、ローデンは、眉間にシワを寄せた。

「タラス公爵家が騎士団を引けば、騎士達は、どんな戦でも勝利を」

「甘い。お前、ウィルセンの騎士団が相手じゃ、いくら俺が騎士団を引っ張ったところで、ぶっ潰されるだけだ」

タラス公爵が、騎士団長に視線を向けると、ローデンは、拳を握った。

「でも、サイフィスの魔剣士なら、ウィルセンの騎士でも」

「ウィルセンには、魔剣士団もある程、多くの魔剣士がいる。数少ない魔剣士達を集めても、その数は、天と地程の差がある」

アルベル公爵が視線を向け、女魔剣士が、頭を下げると、ローデンは、頬を引き攣らせた。

「サイフィスの優秀な魔法使いの力を使えば、数の差なんて」

「優れたウィルセンの魔法使い達に、サイフィスの魔法使いが適うわけないだろ」

エルテル公爵が、真っ直ぐ見つめると、ローデンの額から、汗が滑り落ちた。

「国王のお力があれば、そんな問題」

「公爵達に頼って、貴族を守ろうとするだけの国王が出来るのは、その首を差し出すだけだよ」

モーガンが、悲しそうに瞳を細めると、ローデンは、顔を真っ赤にした。

「モーガン!国王をそんな風に」

「ローデン、王子は、この場の誰よりも、国王を側で見て居たんだ。国王の子である王子よりも、お前の方が、国王を理解してると思ってるのか?お前は、私とフレールの子なのに」

エルテル公爵が、寂しそうに瞳を細めて、視線を向けると、リリアンナ達も、寂しそうに瞳を細めていた。

「貴族、貴族って言うけど、その貴族が、何をしてくれた?小さいお前を守って、育てたのは、キースと婦人だろ?なんで、二人に、何も言わなかったんだ?」

ローデンが顔を下に向けると、エルテル婦人は、小さなため息をついて、静かに立ち上がった。

「…エルテル婦人?」

「ごめんなさい。ちょっと、行って来ますね」

リリアンナに向かって、ニコッと微笑むと、エルテル婦人は、一度、瞳を閉じてから、しっかりとエルテル公爵を見つめて、静かに、モーガンに近付いた。

「ドルト皇帝陛下、モーガン王子殿下、この度のローデンの行いは、母である私の責任でございます。どうか、私に、正当なる裁きを」

「母上!」

ローデンが慌てて、走り寄ろうとしたが、アルベル公爵とタラス公爵に阻まれ、近付けず、泣きそうな顔で、膝を着くエルテル婦人の背中を見つめた。

「ドルト皇帝陛下、モーガン王子殿下、ローデンは、私の子でもあり、エルテル公爵家の子息であります。子息の行いは、エルテル公爵家の行い。エルテル公爵家当主は、私、キース・エルテルでございます。どうか、私に、裁きを」

「父上!」

ローデンが、二人の元に近付こうと、二人の間を走り抜けようとしたが、アルベル公爵が、剣で足を引っ掛け、タラス公爵が、その首を掴み、地面に押し付けた。

「離せ!母上と父上が!」

「二人は、お前を育てた責任を取ろうとしてんだろ」

「二人は関係ない!二人は何も知らない!」

「知らなくたって、キースは、お前の父親で、婦人は、お前の母親なんだから、子供が何かすれば、その責任を取るもんなんだよ」

「僕が勝手にやったんだ!僕が!」

「なら、君が信じてる貴族を呼べばいい」

ローデンが泣き顔を向けると、モーガンは、無表情で見下ろした。

「君が信じてる貴族を呼んで、この場をどうにかしてもらえばいい。違うか?」

「ふざけるな!ここはウィルセンだ!どうやって」

「なら、サイフィスで裁判でも開こうか。裁判でなら、貴族達も集まるから、君が信じてる貴族も」

「僕になんの罪があるんだ!」

「皇帝を侮辱した」

「僕は事実を」

「条約を願い出たのも、お茶会に招待したのも、サイフィス王家。皇帝は、皇太子を遣わせる事で、それに応えた形になる。もし、国を奪おうとしてるなら、ウィルセンから条約を申し出て、お茶会の招待も、ウィルセンから送られないとおかしいと思わない?」

「時期が重なったから」

「利用したなら、次期皇帝となる皇太子ではなく、簡単に僕を殺せるような人を遣わせる。だが、来訪したのは、僕と同じ年の皇太子。下手すれば、皇太子が殺される可能性だってあるのに」

「皇太子は強いから」

「なら、何故、僕は生きてるの?僕を殺せるくらい強いなら、何度だって殺す事が出来た。でも、僕は生きてる。それは、彼らに、その気がないから。そう判断出来る。何より、国王は、強大なウィルセン帝国の後ろ盾を求めている。たかが、一介の公爵家の子息の進言を信じると思ってる?それこそ、王家を侮辱したと言われて、処罰の対象になるだけだろう」

悲しそうに瞳を細めて、無表情のモーガンを見つめる皇女の手に、リリアンナが、そっと触れると、皇后も、その肩を抱き寄せた。
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