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裸のままの葉菜が、静かに目を覚ました。
博文が、熟睡してるのを確認して、静かに、その腕から抜け出し、足音を消して、自室に戻った。
その足元に、小さな紙切れがあり、一葉の字で、部屋に来るようにと書かれていた。
葉菜は、ニヤリと笑って、シャワー室に消えた。
頭の先から足の先まで、綺麗に洗い流すと、葉菜は、黒のレザーパンツに黒のハイヒール、白のワイシャツに着替え、集めの茶封筒を持って、一葉の部屋の扉をノックした。
「私です」
「…どうぞ」
扉を開けると、葉菜は、優しく微笑んだ。
「何か?」
「毎日、お疲れ様。とりあえず、座って?」
葉菜は、近くのソファに座ると、足を組んで、隠し持っていたタバコに火を点けた。
「どうぞ」
煙を燻らせながら、置かれたグラスを見下ろし、葉菜は、大きく煙を吐き出して、喉を鳴らすように笑った。
「おばさん。別に、殺さなくても良いよ」
一葉の頬が強張り、葉菜は、タバコをグラスに落とした。
「別に、おばさんを散財させようと思ってないし。私がしたかったのは、あの男への復讐。事故に見せ掛けて、父さんを殺したアイツを殺す事。だから、わざとおばさんを発見させたの」
「じゃ、あのお金は」
「母の入院費くらい、なんて事ないから。口座から、出金させれば、アイツが動くと思ったからさ」
持って来た茶封筒をテーブルに投げると、口が開き、札束が流れ出た。
一葉は、葉菜を見つめた。
「返す。私には必要ないから。それじゃ」
「何処行くの?」
「帰るのよ。自分の世界に」
「自分の世界って…もう、そんな事しなくても」
「おばさん」
立ち上がって、一葉の前に立つと、葉菜は、腰に手を当てて、ニッコリ笑った。
「あんなに稼げる仕事、手離す訳ないでしょ?」
「でも、アナタの体が」
「散々、息子達の玩具にさせといて、そんな事言えんの?」
無表情になり、目を細めた葉菜に、一葉は、黙ってしまった。
「なんてね。息子達の事なんて、どうでも良いし」
「どうでも良いって…」
「あれくらい、なんて事ないから」
「いい加減にして!!」
大声で怒鳴り、一葉は、拳を震わせた。
「頭おかしいんじゃないの!?付き合う前からそんな事して!!」
「おばさんって、ホント世間知らず」
クスリと笑って、葉菜が、前髪を掻き上げる仕草は、同姓の一葉でも、ドキッとする程、色気があった。
「今の時代、そんなの当たり前だから」
ゆっくり近付く葉菜から、一葉は、後退りして逃げた。
「今はね、付き合う前に、セックスするよ?それで、体の相性が良ければ、付き合ったりするし。そんな時代なの。それをギャーギャー騒いで、バカみたいだよ?」
「だからって、あんな世界に戻るなんて」
「確かに、表立って言える仕事じゃないけど、それが成り立ってるのは、それを必要としてる人がいるからでしょ?」
壁まで追い込まれ、一葉は、不安そうな顔で、ニッコリ笑う葉菜を見つめた。
「もしかしたら、アナタの大事な息子達も、利用しちゃってるかもね?」
パチンと乾いた音が響き、葉菜の頬が赤くなった。
「ふざけないで!!そんな事!!ある訳ないでしょ!!」
葉菜の鋭い視線に、一葉は、奥歯を噛み締めて、唾を飲み込んだ。
「男なんて皆同じ。理性で抑え込んでも、腹の底で欲望の塊を弄んでる」
ニヤリと笑って、葉菜は、一葉を見下ろすように、顔を上げた。
「その結果、アナタの大事な大事な息子達は、私に夢中になってるじゃない?特に、次男坊なんて、本気で、私を嫁にしようと考えてるみたいよ?」
「そんな…」
崩れ落ちた一葉を見下ろし、葉菜は、鼻で笑った。
「ま。嫁なんて御免だから」
葉菜は、コツンコツンと靴音を鳴らして、扉に向かった。
「何処…行くのよ」
「言ったでしょ?自分の世界に戻るのよ。さよならおばさん。もう二度と会うことなんてないから」
部屋から出ると、葉菜は、自室から、少ない荷物を持って、屋敷から去った。
次の日の夜。
葉菜がいない事に気付いた3人は、リビングで、頭を抱えていた一葉を見下ろしていた。
「…どうゆう事ですか」
葉菜の正体を話しても、3人は、1歩も退かず、一葉を追い詰めていた。
「どうもこうも…今、話した通りよ」
「信じらない。彼女が、風俗嬢だなんて」
「でも、それが事実なの」
「もし、そうだったとしても、どうして、出て行く必要があるの?」
「だから、自分の世界に戻るって…」
「なぁ。母さん…」
「一葉様。ご用意できました」
久孝の声を遮り、遼が、A4サイズの茶封筒を持って現れた。
「ありがと。あとは、頼んでも良いかしら?」
「かしこまりました」
「何処行くんだよ。まだ話は…」
「ちゃんと話しても、信じてもらえないなら、実物を見せるしかないでしょ。羽鳥君。お願い」
一葉に頭を下げて、見送ってから、遼は、3人に向かい、茶封筒から1冊の雑誌を取り出した。
「これは?」
「彼女に関する資料でございます」
受け取った雑誌には、下着姿の葉菜が載っていた。
「そちらのお店にお勤めだそうです。確認も出来ました。他にも、色々な雑誌に載ってるそうですが、今は、これだけでした」
雑誌を見つめ、唖然としてる3人に、遼は、小さな溜め息をついた。
「そして、ここでの事は、全て演技でございました」
「演技…」
「はい。彼女のお父様は、事故ではなく、鷹志様に騙され、汚職の疑惑を着せられたまま、亡くなってしまったのです。それが原因で、お母様も、彼女自身も、周囲から、酷く扱われてしまい、まともな職に着けなかったそうです」
「って事は、お母さんも…」
「お母様は、ご年齢もありまして、ホテルの清掃をしていたそうです」
「ホテルって、良い感じじゃん」
「久孝様。ホテル違いでございます」
「…ラブホ!?」
「はい」
世界は、とても理不尽で、家族の中で、疑わしい者があれば、まともな所は、受け入れたがらない。
その為、葉菜と葉菜の母親は、世間から冷たい視線を送られ、毛嫌いされるような仕事しか出来なかった。
「その為、更に、社会から離れ、お母様も、倒れてしまい、彼女の中には、鷹志様への復讐だけが残ったそうです」
「だから、全部演技だったって事なの?でも、葉菜ちゃんが、家に来た時、16でしょ?」
「不覚にも、あの見た目で、騙されておりました。彼女は、今年で、22歳でございました」
「博兄と同い年?!それこそ嘘でしょ」
「いえ。事実でございます。こちらをどうぞ」
渡されたのは、葉菜の保険証のコピーだった。
「…マジだ」
そこに書かれた生年月日で、博文と同年代だと確認出来た。
「これ…どうやって?」
「先日、彼女が不在の時に、コピーさせて頂きました」
「じゃ、ここに来た時には」
「成人されておりました。因みに、高校も、ちゃんと出ております」
次に見せられたのは、学生証のコピーだった。
「こちらの学校に問い合わせた処、こちらの回答を頂きました」
卒業認定のファックスを見せられ、やっと理解し、久孝は、ガクンと肩を落とした。
「じゃ、なに?俺ら、ずっと騙されてたの?」
「左様でございます。そして、彼女は、目的を果たし、ここを出て行ったのです」
張り巡らせた糸に捕らわれ、踊らされていた3人は、葉菜の操り人形になっていた。
「なんで、親父は、気付かなかったんだろ」
「こちらの学校は、元々、私服校で、重要行事以外は、制服を着ないそうです」
「だからって、これ見たら、分かるはずでしょ」
「こちら、少々、加工されておりました。配布年月日の所に、小さな紙を貼り、修正したのをコピーし、それに、証明写真を貼り、手帳の表側に入れありました。手帳型だから出来る仕組みでございます。一瞬、見ただけで見抜くのは、かなり難しいかと」
そんなに手の込んだ仕掛けをしてまで、葉菜は、鷹志を憎んで、母親の入院までもを利用した。
まるで、昔話の女郎蜘蛛の様な女である。
やっと、現実を受け入れた。
「一つ、疑問なのだが…こんな事をしてても、彼女は、妊娠しないのか?」
「はい。卒業後、すぐに避妊器具を着けたそうです」
「母さんも…騙されてた…のか」
「はい。一葉様も、鷹志様を誘き寄せる為に、利用されたそうです」
項垂れて、大きな溜め息をついて、艶やかに微笑む葉菜が、写る雑誌を見つめた。
「…バカだな。俺ら」
「あぁ。こんな女に夢中になってたなんてな」
後悔してる二人と違い、博文は、一点を見つめたまま、ずっと黙っていた。
「すまなかったな」
「いえ。ご理解頂き、有り難うございます」
「…あーーなんか疲れた。俺、寝るわ。おやすみ」
「私も部屋に戻る」
「僕も。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
深々と頭を下げる遼を置き去りにして、3人は、それぞれの部屋に戻った。
自宅に戻ってから1ヶ月。
葉菜は、屋敷を出た後、すぐに店を辞め、小さなスナックに勤めていた。
別に、風俗にこだわっていない。
少しでも、母親の負担を減らす為、若い内に稼げる仕事を選んだ。
だか、それも、もう必要ない。
昼夜逆転の生活だが、別に、葉菜にとって苦はない。
その日は、休みだったが、普段と変わらず、お昼近くに起きて、シャワーを浴びて、髪が濡れたまま、買い物に向かう。
コンビニで、少しの消耗品と小袋のお菓子を買って帰る。
それが、葉菜の今の生活だが、この日は、ちょっと違っていた。
アパートの前に、停められたバイクの横を通り、鍵を取り出しながら、階段を上ると、部屋の前に人影があった。
その人影も、葉菜に気付き、近付くと、向き合うように立った。
「お久し振りです。葉菜さん」
それは、博文だった。
アパートの前のバイクは、博文の物だった事を知り、葉菜は、大きな溜め息をつき、さっさと、横を通り過ぎようとしたが、腕を捕まれた。
「お願いです。教えて下さい」
睨み付けても、怯むことなく、博文は、真剣な顔をしていたが、葉菜は、その手を振り払って、部屋に向かった。
「待って!!」
「うっさいな」
「お願い。話して」
「知らないし」
掴まれていた手を叩き落として、葉菜は、離れようとしたが、博文は、引き下がらなかった。
「離してよ」
「話してくれたら離すから」
「なんの話よ」
「本当の事」
「知らないし。離して」
「お願いだよ」
最初は、静かに言い合っていたが、次第に、二人ともヒートアップしてしまい、怒鳴り合いにまで発展した。
「いい加減にしてよ!!」
「だったら話してくれよ!!」
「知らないって言ってるでしょ!!」
「知らない訳ないだろ!!」
その声を聞き付け、アパートの住人が顔を出し、葉菜は、博文を振り払って走り、鍵を開けようとした。
博文は、そんな葉菜の肩を掴んだ。
「葉菜!!」
「うるさい!!…近所迷惑でしょ」
そこで、博文は、やっと周囲の視線を集めてるのを知り、頬が赤くなった。
「ごめん。とにかく、話を」
「分かったから、中で話すから」
博文を部屋に押し入れ、玄関を閉めると、横を通り抜けて、中に入って行った。
「あの…」
「入れば」
ゆっくり靴を脱いで、部屋に入ると、博文は、部屋を見渡した。
可愛らしい物は、一つもなく、殺風景だが、ちゃんと生活感がある。
「本当の事ってなに」
「…全部」
「おばさんから聞いてるでしょ」
「葉菜の口から聞きたい」
片付けしていた手を止め、葉菜が視線を上げると、博文は、真剣な顔をしていた。
「久孝も兄さんも、母さんや羽鳥さんの説明で納得してた。僕も納得した。だけど、やっぱり、ちゃんと、本人から聞きたいんだ」
「…そっくりね」
何を言ってるか分からず、首を傾げる博文から、視線を外して、片付けの続きをしながら、葉菜は、小さく笑った。
「そうゆうところ、おばさんにそっくり」
片付けを終わらせ、冷蔵庫から、発泡酒を取り出して、プルタブを開けると、買ってきたお菓子と新たな発泡酒を持って、ローテーブルの側にあるクッションに座った。
「おばさんも、ここに来た時、そんな風に言ってた。だから、全部、話してあげたよ。だから、おばさんが言ったのは、本当の事だよ」
お菓子を開けて、ミュージックプレーヤーを再生させた。
「…父が、葉菜のお父さんを殺したって、どうやって?」
「あの日、退勤した父さんは、自爆事故を起こしたの。その原因が、父さんの居眠り運転」
「それで、事故死になった」
「そう。なんで、居眠りしちゃったか分かる?」
「なんでって…疲れてたから?」
「疑惑が掛けられて、社内調査される事になった。それが、終わるまでは、父さんは、出勤しないと思うでしょ?それなのに、毎日、会社に呼び出されて、毎日調べられて。調査が終わってないのに、働かされて。あの時、父さんの帰りは、真夜中になる事が多かった。朝だって、早くに電話で呼び出されてた。てか、座ったら?」
立ったまま、話を聞いてた博文が、その場に座ろうとすると、葉菜は、クスクス笑った。
「床に座ったら痛いでしょ。どうぞ」
横に置いてあったクッションを軽く叩き、博文が、クッションに座り、葉菜は、オーディオの所に飾られた写真を見上げた。
「その呼び出しは、会社から、それを心配してたら、帰り道で、事故起こして死んじゃった」
「…すみません」
「謝られても、嬉しくないから」
「すみません。でも、僕には、謝るしか出来ない」
「ホントおばさんそっくり」
一葉も、葉菜の話を聞いて、謝るしか出来ないと言って、ずっと謝っていた。
「あの…風俗嬢って話は?」
「ホント。若いから、結構人気あったよ」
「今も?」
「さぁね」
博文が目を細めて、悲しい顔をすると、葉菜は、大きな声で笑った。
「すぐ、顔に出るよね」
頬を赤くして、うつ向いた博文は、子供のようだった。
「そんなんで、生きられるんだから、ホント、いい生活してるよね」
「そんな事…」
「こんなホラも信じちゃうんだから、おめでたいよ」
視線を上げ、驚いた顔をする博文を見て、葉菜は、また笑った。
「あ~あ。笑えた」
「…葉菜。今からでも…」
「イヤよ」
「どうして!!」
「あんな屋敷、二度と御免だし。しかも、あの男の家族と同棲なんて、ヘドが出るわ」
必死な博文に向かい、手で払うような仕草をして、2つ目の発泡酒を開けた。
「大体さ。騙されてたの分かったんでしょ?」
「それは」
「それでさ。騙してた相手に帰って来いとかって、ありえなくない?しかも、ここ探したんでしょ?バカじゃん。そこまでする必要あんの?」
言いたい放題の葉菜は、お菓子をポリポリと食べながら、発泡酒を呑み、バカにして笑った。
そんな葉菜を見てられず、博文は、黙ってうつ向いた。
「今時さ。純情とか、純愛とか、ほんの一握りだけだし。漫画にでも憧れてんの?って感じ」
「…そうかも。憧れてるかも」
寂しそうに微笑んで、博文は、葉菜に視線を向けた。
「なら、そうゆう子見付ければ?私は、そんな乙女じゃないから」
「違うよ。僕は、葉菜と恋愛がしたい」
微笑む博文に、消そうとしていた記憶を思い出し、忘れようとしていた痛みで、葉菜は感情を消した。
博文が、熟睡してるのを確認して、静かに、その腕から抜け出し、足音を消して、自室に戻った。
その足元に、小さな紙切れがあり、一葉の字で、部屋に来るようにと書かれていた。
葉菜は、ニヤリと笑って、シャワー室に消えた。
頭の先から足の先まで、綺麗に洗い流すと、葉菜は、黒のレザーパンツに黒のハイヒール、白のワイシャツに着替え、集めの茶封筒を持って、一葉の部屋の扉をノックした。
「私です」
「…どうぞ」
扉を開けると、葉菜は、優しく微笑んだ。
「何か?」
「毎日、お疲れ様。とりあえず、座って?」
葉菜は、近くのソファに座ると、足を組んで、隠し持っていたタバコに火を点けた。
「どうぞ」
煙を燻らせながら、置かれたグラスを見下ろし、葉菜は、大きく煙を吐き出して、喉を鳴らすように笑った。
「おばさん。別に、殺さなくても良いよ」
一葉の頬が強張り、葉菜は、タバコをグラスに落とした。
「別に、おばさんを散財させようと思ってないし。私がしたかったのは、あの男への復讐。事故に見せ掛けて、父さんを殺したアイツを殺す事。だから、わざとおばさんを発見させたの」
「じゃ、あのお金は」
「母の入院費くらい、なんて事ないから。口座から、出金させれば、アイツが動くと思ったからさ」
持って来た茶封筒をテーブルに投げると、口が開き、札束が流れ出た。
一葉は、葉菜を見つめた。
「返す。私には必要ないから。それじゃ」
「何処行くの?」
「帰るのよ。自分の世界に」
「自分の世界って…もう、そんな事しなくても」
「おばさん」
立ち上がって、一葉の前に立つと、葉菜は、腰に手を当てて、ニッコリ笑った。
「あんなに稼げる仕事、手離す訳ないでしょ?」
「でも、アナタの体が」
「散々、息子達の玩具にさせといて、そんな事言えんの?」
無表情になり、目を細めた葉菜に、一葉は、黙ってしまった。
「なんてね。息子達の事なんて、どうでも良いし」
「どうでも良いって…」
「あれくらい、なんて事ないから」
「いい加減にして!!」
大声で怒鳴り、一葉は、拳を震わせた。
「頭おかしいんじゃないの!?付き合う前からそんな事して!!」
「おばさんって、ホント世間知らず」
クスリと笑って、葉菜が、前髪を掻き上げる仕草は、同姓の一葉でも、ドキッとする程、色気があった。
「今の時代、そんなの当たり前だから」
ゆっくり近付く葉菜から、一葉は、後退りして逃げた。
「今はね、付き合う前に、セックスするよ?それで、体の相性が良ければ、付き合ったりするし。そんな時代なの。それをギャーギャー騒いで、バカみたいだよ?」
「だからって、あんな世界に戻るなんて」
「確かに、表立って言える仕事じゃないけど、それが成り立ってるのは、それを必要としてる人がいるからでしょ?」
壁まで追い込まれ、一葉は、不安そうな顔で、ニッコリ笑う葉菜を見つめた。
「もしかしたら、アナタの大事な息子達も、利用しちゃってるかもね?」
パチンと乾いた音が響き、葉菜の頬が赤くなった。
「ふざけないで!!そんな事!!ある訳ないでしょ!!」
葉菜の鋭い視線に、一葉は、奥歯を噛み締めて、唾を飲み込んだ。
「男なんて皆同じ。理性で抑え込んでも、腹の底で欲望の塊を弄んでる」
ニヤリと笑って、葉菜は、一葉を見下ろすように、顔を上げた。
「その結果、アナタの大事な大事な息子達は、私に夢中になってるじゃない?特に、次男坊なんて、本気で、私を嫁にしようと考えてるみたいよ?」
「そんな…」
崩れ落ちた一葉を見下ろし、葉菜は、鼻で笑った。
「ま。嫁なんて御免だから」
葉菜は、コツンコツンと靴音を鳴らして、扉に向かった。
「何処…行くのよ」
「言ったでしょ?自分の世界に戻るのよ。さよならおばさん。もう二度と会うことなんてないから」
部屋から出ると、葉菜は、自室から、少ない荷物を持って、屋敷から去った。
次の日の夜。
葉菜がいない事に気付いた3人は、リビングで、頭を抱えていた一葉を見下ろしていた。
「…どうゆう事ですか」
葉菜の正体を話しても、3人は、1歩も退かず、一葉を追い詰めていた。
「どうもこうも…今、話した通りよ」
「信じらない。彼女が、風俗嬢だなんて」
「でも、それが事実なの」
「もし、そうだったとしても、どうして、出て行く必要があるの?」
「だから、自分の世界に戻るって…」
「なぁ。母さん…」
「一葉様。ご用意できました」
久孝の声を遮り、遼が、A4サイズの茶封筒を持って現れた。
「ありがと。あとは、頼んでも良いかしら?」
「かしこまりました」
「何処行くんだよ。まだ話は…」
「ちゃんと話しても、信じてもらえないなら、実物を見せるしかないでしょ。羽鳥君。お願い」
一葉に頭を下げて、見送ってから、遼は、3人に向かい、茶封筒から1冊の雑誌を取り出した。
「これは?」
「彼女に関する資料でございます」
受け取った雑誌には、下着姿の葉菜が載っていた。
「そちらのお店にお勤めだそうです。確認も出来ました。他にも、色々な雑誌に載ってるそうですが、今は、これだけでした」
雑誌を見つめ、唖然としてる3人に、遼は、小さな溜め息をついた。
「そして、ここでの事は、全て演技でございました」
「演技…」
「はい。彼女のお父様は、事故ではなく、鷹志様に騙され、汚職の疑惑を着せられたまま、亡くなってしまったのです。それが原因で、お母様も、彼女自身も、周囲から、酷く扱われてしまい、まともな職に着けなかったそうです」
「って事は、お母さんも…」
「お母様は、ご年齢もありまして、ホテルの清掃をしていたそうです」
「ホテルって、良い感じじゃん」
「久孝様。ホテル違いでございます」
「…ラブホ!?」
「はい」
世界は、とても理不尽で、家族の中で、疑わしい者があれば、まともな所は、受け入れたがらない。
その為、葉菜と葉菜の母親は、世間から冷たい視線を送られ、毛嫌いされるような仕事しか出来なかった。
「その為、更に、社会から離れ、お母様も、倒れてしまい、彼女の中には、鷹志様への復讐だけが残ったそうです」
「だから、全部演技だったって事なの?でも、葉菜ちゃんが、家に来た時、16でしょ?」
「不覚にも、あの見た目で、騙されておりました。彼女は、今年で、22歳でございました」
「博兄と同い年?!それこそ嘘でしょ」
「いえ。事実でございます。こちらをどうぞ」
渡されたのは、葉菜の保険証のコピーだった。
「…マジだ」
そこに書かれた生年月日で、博文と同年代だと確認出来た。
「これ…どうやって?」
「先日、彼女が不在の時に、コピーさせて頂きました」
「じゃ、ここに来た時には」
「成人されておりました。因みに、高校も、ちゃんと出ております」
次に見せられたのは、学生証のコピーだった。
「こちらの学校に問い合わせた処、こちらの回答を頂きました」
卒業認定のファックスを見せられ、やっと理解し、久孝は、ガクンと肩を落とした。
「じゃ、なに?俺ら、ずっと騙されてたの?」
「左様でございます。そして、彼女は、目的を果たし、ここを出て行ったのです」
張り巡らせた糸に捕らわれ、踊らされていた3人は、葉菜の操り人形になっていた。
「なんで、親父は、気付かなかったんだろ」
「こちらの学校は、元々、私服校で、重要行事以外は、制服を着ないそうです」
「だからって、これ見たら、分かるはずでしょ」
「こちら、少々、加工されておりました。配布年月日の所に、小さな紙を貼り、修正したのをコピーし、それに、証明写真を貼り、手帳の表側に入れありました。手帳型だから出来る仕組みでございます。一瞬、見ただけで見抜くのは、かなり難しいかと」
そんなに手の込んだ仕掛けをしてまで、葉菜は、鷹志を憎んで、母親の入院までもを利用した。
まるで、昔話の女郎蜘蛛の様な女である。
やっと、現実を受け入れた。
「一つ、疑問なのだが…こんな事をしてても、彼女は、妊娠しないのか?」
「はい。卒業後、すぐに避妊器具を着けたそうです」
「母さんも…騙されてた…のか」
「はい。一葉様も、鷹志様を誘き寄せる為に、利用されたそうです」
項垂れて、大きな溜め息をついて、艶やかに微笑む葉菜が、写る雑誌を見つめた。
「…バカだな。俺ら」
「あぁ。こんな女に夢中になってたなんてな」
後悔してる二人と違い、博文は、一点を見つめたまま、ずっと黙っていた。
「すまなかったな」
「いえ。ご理解頂き、有り難うございます」
「…あーーなんか疲れた。俺、寝るわ。おやすみ」
「私も部屋に戻る」
「僕も。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
深々と頭を下げる遼を置き去りにして、3人は、それぞれの部屋に戻った。
自宅に戻ってから1ヶ月。
葉菜は、屋敷を出た後、すぐに店を辞め、小さなスナックに勤めていた。
別に、風俗にこだわっていない。
少しでも、母親の負担を減らす為、若い内に稼げる仕事を選んだ。
だか、それも、もう必要ない。
昼夜逆転の生活だが、別に、葉菜にとって苦はない。
その日は、休みだったが、普段と変わらず、お昼近くに起きて、シャワーを浴びて、髪が濡れたまま、買い物に向かう。
コンビニで、少しの消耗品と小袋のお菓子を買って帰る。
それが、葉菜の今の生活だが、この日は、ちょっと違っていた。
アパートの前に、停められたバイクの横を通り、鍵を取り出しながら、階段を上ると、部屋の前に人影があった。
その人影も、葉菜に気付き、近付くと、向き合うように立った。
「お久し振りです。葉菜さん」
それは、博文だった。
アパートの前のバイクは、博文の物だった事を知り、葉菜は、大きな溜め息をつき、さっさと、横を通り過ぎようとしたが、腕を捕まれた。
「お願いです。教えて下さい」
睨み付けても、怯むことなく、博文は、真剣な顔をしていたが、葉菜は、その手を振り払って、部屋に向かった。
「待って!!」
「うっさいな」
「お願い。話して」
「知らないし」
掴まれていた手を叩き落として、葉菜は、離れようとしたが、博文は、引き下がらなかった。
「離してよ」
「話してくれたら離すから」
「なんの話よ」
「本当の事」
「知らないし。離して」
「お願いだよ」
最初は、静かに言い合っていたが、次第に、二人ともヒートアップしてしまい、怒鳴り合いにまで発展した。
「いい加減にしてよ!!」
「だったら話してくれよ!!」
「知らないって言ってるでしょ!!」
「知らない訳ないだろ!!」
その声を聞き付け、アパートの住人が顔を出し、葉菜は、博文を振り払って走り、鍵を開けようとした。
博文は、そんな葉菜の肩を掴んだ。
「葉菜!!」
「うるさい!!…近所迷惑でしょ」
そこで、博文は、やっと周囲の視線を集めてるのを知り、頬が赤くなった。
「ごめん。とにかく、話を」
「分かったから、中で話すから」
博文を部屋に押し入れ、玄関を閉めると、横を通り抜けて、中に入って行った。
「あの…」
「入れば」
ゆっくり靴を脱いで、部屋に入ると、博文は、部屋を見渡した。
可愛らしい物は、一つもなく、殺風景だが、ちゃんと生活感がある。
「本当の事ってなに」
「…全部」
「おばさんから聞いてるでしょ」
「葉菜の口から聞きたい」
片付けしていた手を止め、葉菜が視線を上げると、博文は、真剣な顔をしていた。
「久孝も兄さんも、母さんや羽鳥さんの説明で納得してた。僕も納得した。だけど、やっぱり、ちゃんと、本人から聞きたいんだ」
「…そっくりね」
何を言ってるか分からず、首を傾げる博文から、視線を外して、片付けの続きをしながら、葉菜は、小さく笑った。
「そうゆうところ、おばさんにそっくり」
片付けを終わらせ、冷蔵庫から、発泡酒を取り出して、プルタブを開けると、買ってきたお菓子と新たな発泡酒を持って、ローテーブルの側にあるクッションに座った。
「おばさんも、ここに来た時、そんな風に言ってた。だから、全部、話してあげたよ。だから、おばさんが言ったのは、本当の事だよ」
お菓子を開けて、ミュージックプレーヤーを再生させた。
「…父が、葉菜のお父さんを殺したって、どうやって?」
「あの日、退勤した父さんは、自爆事故を起こしたの。その原因が、父さんの居眠り運転」
「それで、事故死になった」
「そう。なんで、居眠りしちゃったか分かる?」
「なんでって…疲れてたから?」
「疑惑が掛けられて、社内調査される事になった。それが、終わるまでは、父さんは、出勤しないと思うでしょ?それなのに、毎日、会社に呼び出されて、毎日調べられて。調査が終わってないのに、働かされて。あの時、父さんの帰りは、真夜中になる事が多かった。朝だって、早くに電話で呼び出されてた。てか、座ったら?」
立ったまま、話を聞いてた博文が、その場に座ろうとすると、葉菜は、クスクス笑った。
「床に座ったら痛いでしょ。どうぞ」
横に置いてあったクッションを軽く叩き、博文が、クッションに座り、葉菜は、オーディオの所に飾られた写真を見上げた。
「その呼び出しは、会社から、それを心配してたら、帰り道で、事故起こして死んじゃった」
「…すみません」
「謝られても、嬉しくないから」
「すみません。でも、僕には、謝るしか出来ない」
「ホントおばさんそっくり」
一葉も、葉菜の話を聞いて、謝るしか出来ないと言って、ずっと謝っていた。
「あの…風俗嬢って話は?」
「ホント。若いから、結構人気あったよ」
「今も?」
「さぁね」
博文が目を細めて、悲しい顔をすると、葉菜は、大きな声で笑った。
「すぐ、顔に出るよね」
頬を赤くして、うつ向いた博文は、子供のようだった。
「そんなんで、生きられるんだから、ホント、いい生活してるよね」
「そんな事…」
「こんなホラも信じちゃうんだから、おめでたいよ」
視線を上げ、驚いた顔をする博文を見て、葉菜は、また笑った。
「あ~あ。笑えた」
「…葉菜。今からでも…」
「イヤよ」
「どうして!!」
「あんな屋敷、二度と御免だし。しかも、あの男の家族と同棲なんて、ヘドが出るわ」
必死な博文に向かい、手で払うような仕草をして、2つ目の発泡酒を開けた。
「大体さ。騙されてたの分かったんでしょ?」
「それは」
「それでさ。騙してた相手に帰って来いとかって、ありえなくない?しかも、ここ探したんでしょ?バカじゃん。そこまでする必要あんの?」
言いたい放題の葉菜は、お菓子をポリポリと食べながら、発泡酒を呑み、バカにして笑った。
そんな葉菜を見てられず、博文は、黙ってうつ向いた。
「今時さ。純情とか、純愛とか、ほんの一握りだけだし。漫画にでも憧れてんの?って感じ」
「…そうかも。憧れてるかも」
寂しそうに微笑んで、博文は、葉菜に視線を向けた。
「なら、そうゆう子見付ければ?私は、そんな乙女じゃないから」
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微笑む博文に、消そうとしていた記憶を思い出し、忘れようとしていた痛みで、葉菜は感情を消した。
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