黒き花嫁

咲 カヲル

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#9

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裸のままの葉菜が、静かに目を覚ました。
博文が、熟睡してるのを確認して、静かに、その腕から抜け出し、足音を消して、自室に戻った。
その足元に、小さな紙切れがあり、一葉の字で、部屋に来るようにと書かれていた。
葉菜は、ニヤリと笑って、シャワー室に消えた。
頭の先から足の先まで、綺麗に洗い流すと、葉菜は、黒のレザーパンツに黒のハイヒール、白のワイシャツに着替え、集めの茶封筒を持って、一葉の部屋の扉をノックした。

「私です」

「…どうぞ」

扉を開けると、葉菜は、優しく微笑んだ。

「何か?」

「毎日、お疲れ様。とりあえず、座って?」

葉菜は、近くのソファに座ると、足を組んで、隠し持っていたタバコに火を点けた。

「どうぞ」

煙を燻らせながら、置かれたグラスを見下ろし、葉菜は、大きく煙を吐き出して、喉を鳴らすように笑った。

「おばさん。別に、殺さなくても良いよ」

一葉の頬が強張り、葉菜は、タバコをグラスに落とした。

「別に、おばさんを散財させようと思ってないし。私がしたかったのは、あの男への復讐。事故に見せ掛けて、父さんを殺したアイツを殺す事。だから、わざとおばさんを発見させたの」

「じゃ、あのお金は」

「母の入院費くらい、なんて事ないから。口座から、出金させれば、アイツが動くと思ったからさ」

持って来た茶封筒をテーブルに投げると、口が開き、札束が流れ出た。
一葉は、葉菜を見つめた。

「返す。私には必要ないから。それじゃ」

「何処行くの?」

「帰るのよ。自分の世界に」

「自分の世界って…もう、そんな事しなくても」

「おばさん」

立ち上がって、一葉の前に立つと、葉菜は、腰に手を当てて、ニッコリ笑った。

「あんなに稼げる仕事、手離す訳ないでしょ?」

「でも、アナタの体が」

「散々、息子達の玩具にさせといて、そんな事言えんの?」

無表情になり、目を細めた葉菜に、一葉は、黙ってしまった。

「なんてね。息子達の事なんて、どうでも良いし」

「どうでも良いって…」

「あれくらい、なんて事ないから」

「いい加減にして!!」

大声で怒鳴り、一葉は、拳を震わせた。

「頭おかしいんじゃないの!?付き合う前からそんな事して!!」

「おばさんって、ホント世間知らず」

クスリと笑って、葉菜が、前髪を掻き上げる仕草は、同姓の一葉でも、ドキッとする程、色気があった。

「今の時代、そんなの当たり前だから」

ゆっくり近付く葉菜から、一葉は、後退りして逃げた。

「今はね、付き合う前に、セックスするよ?それで、体の相性が良ければ、付き合ったりするし。そんな時代なの。それをギャーギャー騒いで、バカみたいだよ?」

「だからって、あんな世界に戻るなんて」

「確かに、表立って言える仕事じゃないけど、それが成り立ってるのは、それを必要としてる人がいるからでしょ?」

壁まで追い込まれ、一葉は、不安そうな顔で、ニッコリ笑う葉菜を見つめた。

「もしかしたら、アナタの大事な息子達も、利用しちゃってるかもね?」

パチンと乾いた音が響き、葉菜の頬が赤くなった。

「ふざけないで!!そんな事!!ある訳ないでしょ!!」

葉菜の鋭い視線に、一葉は、奥歯を噛み締めて、唾を飲み込んだ。

「男なんて皆同じ。理性で抑え込んでも、腹の底で欲望の塊を弄んでる」

ニヤリと笑って、葉菜は、一葉を見下ろすように、顔を上げた。

「その結果、アナタの大事な大事な息子達は、私に夢中になってるじゃない?特に、次男坊なんて、本気で、私を嫁にしようと考えてるみたいよ?」

「そんな…」

崩れ落ちた一葉を見下ろし、葉菜は、鼻で笑った。

「ま。嫁なんて御免だから」

葉菜は、コツンコツンと靴音を鳴らして、扉に向かった。

「何処…行くのよ」

「言ったでしょ?自分の世界に戻るのよ。さよならおばさん。もう二度と会うことなんてないから」

部屋から出ると、葉菜は、自室から、少ない荷物を持って、屋敷から去った。
次の日の夜。
葉菜がいない事に気付いた3人は、リビングで、頭を抱えていた一葉を見下ろしていた。

「…どうゆう事ですか」

葉菜の正体を話しても、3人は、1歩も退かず、一葉を追い詰めていた。

「どうもこうも…今、話した通りよ」

「信じらない。彼女が、風俗嬢だなんて」

「でも、それが事実なの」

「もし、そうだったとしても、どうして、出て行く必要があるの?」

「だから、自分の世界に戻るって…」

「なぁ。母さん…」

「一葉様。ご用意できました」

久孝の声を遮り、遼が、A4サイズの茶封筒を持って現れた。

「ありがと。あとは、頼んでも良いかしら?」

「かしこまりました」

「何処行くんだよ。まだ話は…」

「ちゃんと話しても、信じてもらえないなら、実物を見せるしかないでしょ。羽鳥君。お願い」

一葉に頭を下げて、見送ってから、遼は、3人に向かい、茶封筒から1冊の雑誌を取り出した。

「これは?」

「彼女に関する資料でございます」

受け取った雑誌には、下着姿の葉菜が載っていた。

「そちらのお店にお勤めだそうです。確認も出来ました。他にも、色々な雑誌に載ってるそうですが、今は、これだけでした」

雑誌を見つめ、唖然としてる3人に、遼は、小さな溜め息をついた。

「そして、ここでの事は、全て演技でございました」

「演技…」

「はい。彼女のお父様は、事故ではなく、鷹志様に騙され、汚職の疑惑を着せられたまま、亡くなってしまったのです。それが原因で、お母様も、彼女自身も、周囲から、酷く扱われてしまい、まともな職に着けなかったそうです」

「って事は、お母さんも…」

「お母様は、ご年齢もありまして、ホテルの清掃をしていたそうです」

「ホテルって、良い感じじゃん」

「久孝様。ホテル違いでございます」

「…ラブホ!?」

「はい」

世界は、とても理不尽で、家族の中で、疑わしい者があれば、まともな所は、受け入れたがらない。
その為、葉菜と葉菜の母親は、世間から冷たい視線を送られ、毛嫌いされるような仕事しか出来なかった。

「その為、更に、社会から離れ、お母様も、倒れてしまい、彼女の中には、鷹志様への復讐だけが残ったそうです」

「だから、全部演技だったって事なの?でも、葉菜ちゃんが、家に来た時、16でしょ?」

「不覚にも、あの見た目で、騙されておりました。彼女は、今年で、22歳でございました」

「博兄と同い年?!それこそ嘘でしょ」

「いえ。事実でございます。こちらをどうぞ」

渡されたのは、葉菜の保険証のコピーだった。

「…マジだ」

そこに書かれた生年月日で、博文と同年代だと確認出来た。

「これ…どうやって?」

「先日、彼女が不在の時に、コピーさせて頂きました」

「じゃ、ここに来た時には」

「成人されておりました。因みに、高校も、ちゃんと出ております」

次に見せられたのは、学生証のコピーだった。

「こちらの学校に問い合わせた処、こちらの回答を頂きました」

卒業認定のファックスを見せられ、やっと理解し、久孝は、ガクンと肩を落とした。

「じゃ、なに?俺ら、ずっと騙されてたの?」

「左様でございます。そして、彼女は、目的を果たし、ここを出て行ったのです」

張り巡らせた糸に捕らわれ、踊らされていた3人は、葉菜の操り人形になっていた。

「なんで、親父は、気付かなかったんだろ」

「こちらの学校は、元々、私服校で、重要行事以外は、制服を着ないそうです」

「だからって、これ見たら、分かるはずでしょ」

「こちら、少々、加工されておりました。配布年月日の所に、小さな紙を貼り、修正したのをコピーし、それに、証明写真を貼り、手帳の表側に入れありました。手帳型だから出来る仕組みでございます。一瞬、見ただけで見抜くのは、かなり難しいかと」

そんなに手の込んだ仕掛けをしてまで、葉菜は、鷹志を憎んで、母親の入院までもを利用した。
まるで、昔話の女郎蜘蛛の様な女である。
やっと、現実を受け入れた。

「一つ、疑問なのだが…こんな事をしてても、彼女は、妊娠しないのか?」

「はい。卒業後、すぐに避妊器具を着けたそうです」

「母さんも…騙されてた…のか」

「はい。一葉様も、鷹志様を誘き寄せる為に、利用されたそうです」

項垂れて、大きな溜め息をついて、艶やかに微笑む葉菜が、写る雑誌を見つめた。

「…バカだな。俺ら」

「あぁ。こんな女に夢中になってたなんてな」

後悔してる二人と違い、博文は、一点を見つめたまま、ずっと黙っていた。

「すまなかったな」

「いえ。ご理解頂き、有り難うございます」

「…あーーなんか疲れた。俺、寝るわ。おやすみ」

「私も部屋に戻る」

「僕も。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」

深々と頭を下げる遼を置き去りにして、3人は、それぞれの部屋に戻った。
自宅に戻ってから1ヶ月。
葉菜は、屋敷を出た後、すぐに店を辞め、小さなスナックに勤めていた。
別に、風俗にこだわっていない。
少しでも、母親の負担を減らす為、若い内に稼げる仕事を選んだ。
だか、それも、もう必要ない。
昼夜逆転の生活だが、別に、葉菜にとって苦はない。
その日は、休みだったが、普段と変わらず、お昼近くに起きて、シャワーを浴びて、髪が濡れたまま、買い物に向かう。
コンビニで、少しの消耗品と小袋のお菓子を買って帰る。
それが、葉菜の今の生活だが、この日は、ちょっと違っていた。
アパートの前に、停められたバイクの横を通り、鍵を取り出しながら、階段を上ると、部屋の前に人影があった。
その人影も、葉菜に気付き、近付くと、向き合うように立った。

「お久し振りです。葉菜さん」

それは、博文だった。
アパートの前のバイクは、博文の物だった事を知り、葉菜は、大きな溜め息をつき、さっさと、横を通り過ぎようとしたが、腕を捕まれた。

「お願いです。教えて下さい」

睨み付けても、怯むことなく、博文は、真剣な顔をしていたが、葉菜は、その手を振り払って、部屋に向かった。

「待って!!」

「うっさいな」

「お願い。話して」

「知らないし」

掴まれていた手を叩き落として、葉菜は、離れようとしたが、博文は、引き下がらなかった。

「離してよ」

「話してくれたら離すから」

「なんの話よ」

「本当の事」

「知らないし。離して」

「お願いだよ」

最初は、静かに言い合っていたが、次第に、二人ともヒートアップしてしまい、怒鳴り合いにまで発展した。

「いい加減にしてよ!!」

「だったら話してくれよ!!」

「知らないって言ってるでしょ!!」

「知らない訳ないだろ!!」

その声を聞き付け、アパートの住人が顔を出し、葉菜は、博文を振り払って走り、鍵を開けようとした。
博文は、そんな葉菜の肩を掴んだ。

「葉菜!!」

「うるさい!!…近所迷惑でしょ」

そこで、博文は、やっと周囲の視線を集めてるのを知り、頬が赤くなった。

「ごめん。とにかく、話を」

「分かったから、中で話すから」

博文を部屋に押し入れ、玄関を閉めると、横を通り抜けて、中に入って行った。

「あの…」

「入れば」

ゆっくり靴を脱いで、部屋に入ると、博文は、部屋を見渡した。
可愛らしい物は、一つもなく、殺風景だが、ちゃんと生活感がある。

「本当の事ってなに」

「…全部」

「おばさんから聞いてるでしょ」

「葉菜の口から聞きたい」

片付けしていた手を止め、葉菜が視線を上げると、博文は、真剣な顔をしていた。

「久孝も兄さんも、母さんや羽鳥さんの説明で納得してた。僕も納得した。だけど、やっぱり、ちゃんと、本人から聞きたいんだ」

「…そっくりね」

何を言ってるか分からず、首を傾げる博文から、視線を外して、片付けの続きをしながら、葉菜は、小さく笑った。

「そうゆうところ、おばさんにそっくり」

片付けを終わらせ、冷蔵庫から、発泡酒を取り出して、プルタブを開けると、買ってきたお菓子と新たな発泡酒を持って、ローテーブルの側にあるクッションに座った。

「おばさんも、ここに来た時、そんな風に言ってた。だから、全部、話してあげたよ。だから、おばさんが言ったのは、本当の事だよ」

お菓子を開けて、ミュージックプレーヤーを再生させた。

「…父が、葉菜のお父さんを殺したって、どうやって?」

「あの日、退勤した父さんは、自爆事故を起こしたの。その原因が、父さんの居眠り運転」

「それで、事故死になった」

「そう。なんで、居眠りしちゃったか分かる?」

「なんでって…疲れてたから?」

「疑惑が掛けられて、社内調査される事になった。それが、終わるまでは、父さんは、出勤しないと思うでしょ?それなのに、毎日、会社に呼び出されて、毎日調べられて。調査が終わってないのに、働かされて。あの時、父さんの帰りは、真夜中になる事が多かった。朝だって、早くに電話で呼び出されてた。てか、座ったら?」

立ったまま、話を聞いてた博文が、その場に座ろうとすると、葉菜は、クスクス笑った。

「床に座ったら痛いでしょ。どうぞ」

横に置いてあったクッションを軽く叩き、博文が、クッションに座り、葉菜は、オーディオの所に飾られた写真を見上げた。

「その呼び出しは、会社から、それを心配してたら、帰り道で、事故起こして死んじゃった」

「…すみません」

「謝られても、嬉しくないから」

「すみません。でも、僕には、謝るしか出来ない」

「ホントおばさんそっくり」

一葉も、葉菜の話を聞いて、謝るしか出来ないと言って、ずっと謝っていた。

「あの…風俗嬢って話は?」

「ホント。若いから、結構人気あったよ」

「今も?」

「さぁね」

博文が目を細めて、悲しい顔をすると、葉菜は、大きな声で笑った。

「すぐ、顔に出るよね」

頬を赤くして、うつ向いた博文は、子供のようだった。

「そんなんで、生きられるんだから、ホント、いい生活してるよね」

「そんな事…」

「こんなホラも信じちゃうんだから、おめでたいよ」

視線を上げ、驚いた顔をする博文を見て、葉菜は、また笑った。

「あ~あ。笑えた」

「…葉菜。今からでも…」

「イヤよ」

「どうして!!」

「あんな屋敷、二度と御免だし。しかも、あの男の家族と同棲なんて、ヘドが出るわ」

必死な博文に向かい、手で払うような仕草をして、2つ目の発泡酒を開けた。

「大体さ。騙されてたの分かったんでしょ?」

「それは」

「それでさ。騙してた相手に帰って来いとかって、ありえなくない?しかも、ここ探したんでしょ?バカじゃん。そこまでする必要あんの?」

言いたい放題の葉菜は、お菓子をポリポリと食べながら、発泡酒を呑み、バカにして笑った。
そんな葉菜を見てられず、博文は、黙ってうつ向いた。

「今時さ。純情とか、純愛とか、ほんの一握りだけだし。漫画にでも憧れてんの?って感じ」

「…そうかも。憧れてるかも」

寂しそうに微笑んで、博文は、葉菜に視線を向けた。

「なら、そうゆう子見付ければ?私は、そんな乙女じゃないから」

「違うよ。僕は、葉菜と恋愛がしたい」

微笑む博文に、消そうとしていた記憶を思い出し、忘れようとしていた痛みで、葉菜は感情を消した。
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