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ティーキの本能
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それから、花壇の水やりが、遥の日課になった。
二日後、バイオレンスが、何処からか、バギーを調達してきた。
その座席の後ろには、黒いケースが乗せてあった。
「自由に使え」
最初は、驚いていたが、優しく微笑む二人を見ていて、徐々に、頬を緩ませ、ティーキは、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。大切にします」
ティーキは、ライフルを背負いながら、自ら、バギーを運転し、バイオレンスと遥のバギーを追う。
そんな風に、二台のバギーで、任務に行く日々を過ごし、一ヶ月が経った今、三人は、船の上にいた。
三日前、ティーキにサンプルを渡している事が、学者たちにバレてしまい、バイオレンスは、研究所に行き、事情を説明した。
その時、知っている限りのマーメディアンの生態について、教える代わりに、ティーキを帰す為の船を要求した。
学者たちは、渋々、それを了承し、バイオレンスは、マーメディアンの生態を説明し、船を手に入れた。
「あと、どれくらい?」
「そうですね。このまま、何事もなければ、十時間くらいで、着くと思います」
「そんなに!?もう、飽きたわ」
「出航してから、まだ、二、三時間しか経ってないだろ」
船に乗せたバギーの点検をしているバイオレンスは、昨日の出来事を思い出していた。
薄暗い神殿の最深部。
黄緑色の液体が、入った筒状の水槽。
ランプの上で、熱せられるフラスコ。
ビーカーから、チューブを通って、吐き出される液体。
壁画や床の模様は、そのままに、研究に使われる機材が、並べられている。
その異様な光景が広がる中、学者たちに、バイオレンスは、呼び出され、告げられた任務に、自分の耳を疑った。
『俺らが、アンテラに同行?』
『そうだ』
『そして、出来るだけ、多くのサンプルを集めて来い』
『だが、先方に、何の通達もしないで、同行したら、問題になるはずだ』
『通達は、送ってある』
『何の問題もない』
『だが、今の世界状況で、そうゆう行動は、慎むべきじゃないのか』
『バイオレンス。これは、アルカの未来を左右する重要な任務だ』
『アンテラに行き、そこで、採取したサンプルを研究し、化け物の生態を知れば、対応策を練る事が出来るのだ』
『アルカの未来は、お前に懸かってる』
『化け物の問題は、他の大陸も同じ事。アルカだけの問題じゃない。未来を見据えるならば、他の大陸もの学者たちと、協力するべきだ』
バイオレンスから、視線を外し、何か、コソコソと話をしてから、学者たちは、また、バイオレンスに視線を戻した。
『ならば、あの女を差し出してもらう』
バイオレンスは、一気に無表情になった。
『今更、彼女に何の用だ』
学者の一人を見据えた。
『もちろん、研究するのだよ』
別の学者の言葉に、バイオレンスは、言い知れぬ怒りが、沸き上がってきた。
『ふざけるな!!貴様らの研究は、化け物の生態のはすだ!!彼女は、化け物じゃない!!人間だ!!』
バイオレンスの発言に、学者たちは、鼻で笑った。
『ならば、あの瞳の色は、何だと言うのだ』
口を動かしたが、バイオレンスは、声が出なかった。
何も言えなくなり、黙ったバイオレンスを嘲笑うように、学者たちは、クスクスと笑った。
『あの女を差し出すか』
『アンテラに向かうか』
『二つに一つだ』
『楽しみにしてるぞ』
そして、今朝。
バイオレンスは、アンテラに行く事を決意し、遥と共に、船に乗り込んだ。
「ねぇ。妹さんの名前は?」
「フィナです」
「あら。可愛いお名前。仲良くなれるかしら?」
「きっと、仲良くなれますよ。何たって、僕の妹ですから」
「そうね。楽しみ」
楽しそうに話をしている二人の背中を見つめ、バイオレンスは、何故、学者たちが、今更、スケルトン以外の化け物を調べようとしているのかを考えていた。
それから、十時間後。
アンテラの大陸が見え、飽きていた遥も元気になった。
化け物に狙われないよう、洞窟のような、大きな洞穴に船を隠し、上陸し、バギーを走らせられる所まで、押して進んだ。
「では、僕が先導しますね」
バギーに跨がり、先を走り出したティーキの後を追って、バイオレンスの運転するバギーも走り出した。
「あれナニ?」
「ビブスと言う蔦の一種です」
「あれは?」
「カルと言う食虫植物です」
初めて見る植物に、遥は、とにかく興味津々で、景色を見つめ、気になった物を指差して、ティーキに聞くその姿は、本当に子供のようだった。
「もうすぐです」
ティーキの声に反応し、前を見ると、そこには、大樹の頭が見え、遥は、驚いていた。
「おっき~い」
「この大陸が誕生した時から、根付いている大樹、マンゼウの樹です。あそこの根元から、地下に潜れる所があって、僕らは、マンゼウの下で生活してます」
ティーキの話に遥は、目を輝かせ、じっと、前を見ていた時、銃声が、辺りに響き、バギーが大きく揺れた。
「きゃ!!」
「くっ!!」
バランスを崩し、バギーが倒れた。
「バイオレンスさん!!遥さん!!」
バギーを停め、振り返ったティーキの目には、大きな網の中に捕まり、縄で、木からぶら下がってる二人の姿が、飛び込んできた。
「ナニこれ」
「さぁな」
「二人共、大丈夫ですか?今、下ろしますから!!」
「その必要はない!!」
声がした方に視線を向けると、大柄の男とティーキと同じ腕輪をした男が、数人、遥たちを睨んでいた。
腕輪は、隊員である証らしい。
大柄の男は、遥たちを睨み付けたまま、顎で、倒れたバギーを差し、それに、応えるように、隊員たちは、バギーに群がり、遥たちの荷物を漁った。
「ちょっと待って下さい!!」
暫く、唖然としていたティーキが、大柄の男に近付いた。
「これは、どうゆう事ですか!?彼らが、一体、何をしたと言うのですか!?彼らは、僕を助けてくれたんですよ!?」
「騙されるな」
大柄の男は、ゆっくりと、ティーキに向き直ると、肩に手を置いた。
「騙されちゃダメだ。ティーキ。コイツらは、アンテラを乗っ取りに来た侵略者だ」
男の言葉に、ティーキは、さっきまでの勢いを失った。
「侵略者って、どうゆう事なんですか?ダマ隊長」
ダマと呼ばれた大柄の男は、ティーキをじっと見つめた。
「アルカの学者から、通達があった。そこには、ティーキ。お前の命と引き換えに、今まで集めたサンプルと研究結果を差し出せと書かれていた」
「そうゆう事か」
「どうゆう事?」
ダマとティーキの会話を聞いていたバイオレンスに、遥が聞き返すと、急に、網が降下して、体を大地に打ち付けた。
「いったぁー」
「大丈夫か?」
「何とか」
お尻を擦る遥の前に、大きな太刀が、突き出された。
その先には、さっきまで、ティーキと話していたダマが立っていた。
「立て」
大人しく、立ち上がると、二人は、太刀を向けられながら、周りを囲まれた。
「ティーキを連れ去った罪は、償ってもらう」
「連れ去ったなんて、酷い言い方」
「その前に、俺らは、彼を連れ去ってない」
「黙れ!!アンテラの地は、誰にも渡さん!!コイツらを牢にブチ込んどけ!!」
「はっ!!」
「牢って聞くと、まるで、犯罪者ね?って!!ちょっと!!どこ触ってるのよ!!」
「女は、丁寧に扱わなきゃ、嫌われるぞ?」
「うるさい!!さっさと歩け!!」
騒ぎながらも、二人は、抵抗しなかった。
取り囲んでいた隊員たちに、両脇を抑えられ、歩いていく二人の背中をティーキは、ただ、見つめるしか出来なかった。
マンゼウの大樹の地下。
生活する為のテントが、所狭しと張られている中、ティーキは、一人、ライフルケースを背負って、妹のフィナが待つテントに向かって、トボトボと歩いていた。
ティーキの中には、さっきまでの光景が、繰り返されていた。
バイオレンスと遥は、大人しく、隊員たちに、連れられて行く。
ティーキは、そんな二人の背中を見送るしか、出来ない自分を情けなく思い、何もしてやれない事が、とても、悔しかった。
テントが見え始め、ティーキは、フィナと逢いたがっていた遥を思い出す。
『きっと、可愛くて、良い娘なんだろうなぁ~。早く、フィナちゃんと逢いたいなぁ~』
お世辞でも、自分の家族を褒めれると、嬉しいかった。
ティーキ自身も、フィナと遥を逢わせるのが、楽しみにしていたが、二人を逢わせられない事に心が痛む。
背負っているライフルが、やけに重く感じる。
ティーキは、遥とバイオレンスが、不出来な自身をフォローしてくれていた事を痛感していた。
「ティーキ?」
そんなティーキを呼ぶ女性の声。
その声がした方に視線を向けると、そこには、優しそうな年配の女性が立っていた。
「おばさん」
「ティーキ?本当にティーキなの?」
おばさんは、ティーキの頬や腕に触れた。
傷のないティーキに、安心したように、目から涙が溢れた。
「帰って来れたのね。良かった。大丈夫だったの?」
「えぇ。ある方々のおかげで、無事、帰還できました」
「本当に良かった。“アナタも”死んでしまったら、亡くなった兄さんに顔向け出来なかったわ」
その言葉に呆然として、ティーキは、おばさんを見つめた。
そんなティーキを見て、おばさんの表情は、暗く、悲しみに満ちた。
自分のテントに入り、家具に溜まった埃や床に残る赤黒い跡が、さっき、おばさんが話した事が、真実だと告げていた。
ティーキが連れ去られた早朝。
床に倒れるフィナをおばさんとおじさんが見付けた。
『フィナ!!』
二人は、微かに息をしているフィナを抱き上げた。
『どうした!!何があった!!』
『お…にい…ちゃん…に…これ…』
虚ろな目で、たどたどしく、そう告げ、お守りのような、小さな巾着を差し出すフィナの腹から、大量の血が流れ出ていた。
『誰だ!!誰がこんな事を!!』
しかし、おじいさんが、そう聞いてもフィナから、答えは、返ってこなかった。
『フィナ!!フィナ!!』
『フィナーーー!!あーーー!!』
おばさんは、その場に泣き崩れおじさんは、フィナの遺体を抱えて泣いた。
二人に見送られ、フィナは、還らぬ人となった。
その後、研究所のテントは、もぬけの空になり、学者たちは、姿を消した。
おばさんたちが、フィナから、託された小さな巾着を受け取り、そっと開けて、ひっくり返すと、木彫りの小さな人形が、手のひらに転がり出た。
マンゼウの枝から造られた人形。
アンテラに古くから、伝わる護り人形。
その人形を握り締めて、遥たちに何も出来ず、最後の家族を失った悲しみが、涙を誘い、苦しみと寂しさに膝を着き、人形に思いを乗せ、胸に抱くと、ティーキは、静かに泣いた。
涙の筋が乾き、涙が枯れた頃。
ティーキの頭に、遥とバイオレンスの姿が浮かび、心底、“逢いたい”と思うと、体が勝手に動き、二人が捕らえられている牢屋に向かった。
木の根にぽっかりと、自然に出来た空洞。
木の格子が嵌められ、牢屋となっている空洞の中、バイオレンスが、学者たちとのやり取りを遥に話していた。
「つまりは、私たちは、学者たちの思惑に、まんまと嵌まったのね。何故、その時、通達の内容を聞かなかったの?」
「そこまで、頭が回らなかった。それに、こんな罠があると思わなかったんだ」
「アナタって、案外、おっちょこちょいなのね」
「悪かったな」
二人は、捕まっているはずなのに、そのやり取りは、普段と何ら変わらなかった。
「大丈夫かしら?」
「さぁな。もしかしたら、明日には、処刑されてるかもしれんぞ?」
「そっちじゃなくて、ティーキの事よ。私たちを庇って、酷い事されてないといいんだけど」
「そうだな。だが、仲間を拷問するような奴らには、見えんかったな」
「そうね。彼が、生きていた事に安心してたみたいだし」
「それに、捕まってる俺らには、何もしてやれん。信じるしかないだろ」
「それもそうね。にしても暇ねぇ」
陰に身を潜め、ティーキは、二人の会話を聞いていた。
その目には、枯れていたはずの涙が、一滴、頬を伝い落ちた。
涙を袖で拭い、学者たちが、使っていたテントに向かい、そっと、中に入り、机や天井など、ありとあらゆる場所を調べ始めた。
「何もないか」
溜め息をつき、不意に、出入口に視線を向けると、テントの布と地面の隙間に、紙切れが挟まっているのが見えた。
それを拾い上げ、何かの報告書だと分かった。
【ティーキ・バンダム。アルカ潜入完了】
そう書かれた文章の下には、ダマのサインがあった。
その報告書に、学者たちと共謀し、ダマが、自分をアルカに送ったのだと、ティーキは、直感し、報告書を持ったまま、地面を見つめ、ダランと、腕を下ろした。
ティーキがいなくなり、フィナに気付かれると厄介だと、考えたダマと学者たちが、そうなる前に、フィナを始末したと考えたティーキの中には、沸々と怒りが込み上げ、報告書を持つ手に力が入り、グシャと音が聞こえる中、隊員である証の腕輪に触れた。
その怒りに任せ、腕輪を外すと、地面に叩き付けた。
砕けた腕輪を見下ろしたまま、ティーキは、無表情になり、腕輪を踏みつけると、バキバキと音が鳴り響き、腕輪は、粉々に砕け散った。
その後、ぐしゃぐしゃになった報告書をポケットに押し込み、誰にも見付からないように、テントを出ると、急いで、牢屋に向かった。
その途中、バイオレンスのバギーを見付け、その近くの見張りがいるテントを発見した。
見張りにバレないように、テントの裏側、地面に這いつくばり、布を捲り、誰もいないのを確認し、そっと、中に入っり、見渡すと、乱雑に置かれたバイオレンスたちの荷物を見付け、それを持って、さっきと同じように、静かにテントを出て、バイオレンスのバギーに荷物をしっかりと、固定し、護り人形の入った巾着を首から下げた。
牢屋の近くまで、バギーを押し、物陰に隠し、荷物の中から、遥のダガーナイフを腰に巻き付け、ライフルケースと交差させるように、バイオレンスの剣を背負って、遥たちのいる牢屋の前に、誰もいない事をそこから、確認したティーキは、静かに、牢屋に近付いた。
「ティーキ?」
「しっ」
牢屋の前に立ったティーキに、気付いた遥が、声を出すと、唇に指を当て、静かにするように、ティーキが促した。
周りを見渡すティーキを見て、バイオレンスと遥は、お互いの顔を見てから、格子に近付いた。
「遥さん」
「なに?」
「僕の本能は、何を訴えてますか?」
真剣な表情のティーキに、遥は、戸惑い、バイオレンスに視線を移すと、バイオレンスは、小さく頷いて見せた。
バイオレンスの了承に、遥は、眼帯をずらし、じっとティーキを見つめた。
「“安らげる場所”?“救いたい”?“怒り”?」
遥の言葉にティーキは、満足そうに微笑むと、腰のダガーナイフを外し、差し出すと、戸惑いながらも、遥は、それを受け取り、腰に装着した。
「少し離れて下さい」
数歩、二人が離れると、背負っていた剣を外し、鞘に納めたまま、大きく振りかぶり、力の限り、振り下ろした。
物凄い音を発て、格子が壊れ、ティーキは、剣をバイオレンスに押し付け、バイオレンスが、剣を持つと、二人の腕を掴み、引っ張るようにして、バギーを隠した物陰に走った。
バギーを見た二人は、驚きにティーキを見つめた。
「逃げて下さい」
「ティーキは、どうするの?」
「ここに残り、彼らを足止めします」
ティーキの言葉に、二人は、絶句した。
「どうして?」
「時間稼ぎですよ。お二人が、逃げ切れるくらいの時間は、稼いでみせます」
「ティーキ…」
「誰も来ない内に行って下さい」
「でも…」
「遥」
バイオレンスが、バギーに跨がり、遥を見つめた。
その瞳をじっと見つめ、バイオレンスの考えを理解した遥は、ティーキの腕を掴み、力いっぱいに引っ張り、サイドカーの中にティーキを転がした。
ティーキが、起き上がる前に、バギーは、轟音を上げ、走り出した。
「遥さん!!」
「なに?」
遥を置いて走り出したと思ったティーキは、急いで起き上がると、バイオレンスの後ろにいる遥を見て、驚いていた。
「どうして?」
「遥の身体能力を見くびるな」
「走り出す前に、飛び乗るくらい、何て事ないのよ?それより、ティーキ。ライフルの用意して」
荷物から、ピストルを取り出し、弾を確認した遥は、バイオレンスの肩に腕を乗せ、前に向かって構えた。
バギーの前方に、ダマや隊員たちの姿が見え、ティーキは、焦っていたが、遥は、ピストルの引き金を引いた。
発砲音と共に、ピストルから放たれた弾は、ダマたちの足元にのめり込んだ。
遥たちの意図を理解したティーキは、背負っていたケースから、ライフルを取り出し、サイドカーの中で、後ろ向きに構えた。
何度も発砲される弾に、人と人の間に隙間が出来ると、そこを縫うように、バギーが走る。
逃がさぬように、手を伸ばす隊員たちをバイオレンスは、片手で、バギーを運転し、もう片手で、剣を抜き、凪ぎ払った。
後ろから、襲い掛かろうとする隊員の足元に、ティーキは、ライフルを発砲した。
最後の人と人の間を抜けると、目の前に大きな刀を構えて、ダマが現れた。
「逃がさん!!」
刀を振り上げ、襲い掛かろうとするダマの目の前で、バイオレンスが、頭を下げると、ピストルを構えた遥が現れ、引き金が引かれ、弾が、ダマの手にしていた刀の柄に当り、それにダマが怯むと、続けて、発砲された弾が、刀を弾き飛ばした。
「おのれーー!!」
ダマは、ティーキに向かい、手を伸ばしたが、サイドカーの方に体を傾けた遥が、ダガーナイフを引き抜き、同時に、ティーキが頭を下げ、空を切り裂いた。
「くっ!!」
刃先が指に当り、ダマが、その場に膝を着くと、バギーは、ジャングルの中に消えて行った。
ダマに軽傷を負わせたが、その場にいた人を殺さずに、三人は、見事に逃げ出した。
ティーキの案内で、無事にジャングルを抜け、隠していた船に乗り込み、話し合いを始めた。
「夜の出航は、危険です」
「でも、追っ手が来たらどうするの?船が壊れたら、帰れないわ」
「ですが、真っ暗な海上では、逃げ道もありません」
「だけど、今の球数じゃ心細いわ」
「そうかもしれませんが、やっぱり、夜の出航は、危険です。明るくなるのを待つべきです」
「ねぇ。どうしよう」
バイオレンスのマントを遥が、引っ張った。
「…日の出と共に出航する。だが、周囲の警戒は怠るな。三人で夜を明かすぞ」
バイオレンスの決断に、遥もティーキも頷き、それぞれ、武器の点検を始めた。
点検を終え、船首に立ち、ティーキは、暗黒の海を見つめた。
そのティーキの両隣に、バイオレンスと遥が立つ。
「ごめんね?上官、傷付けて」
遥の言葉に、ティーキは、ゆっくりと首を振った。
「いいんです。あんな上官、傷付いて当然です」
「そんな事、言うもんじゃない。少なくとも、彼は、君の身を按じていた」
バイオレンスの言葉に、ティーキは、拳を握り、うつ向いて、唇を噛んだ。
その様子を遥は、心配そうに見上げた。
「何があったの?」
ティーキは、ポケットから、ぐしゃぐしゃになった報告書を取り出し、バイオレンスに差し出した。
それを受け取り、内容を読んだバイオレンスの表情は、険しくなった。
「なに?それ」
バイオレンスは、黙ったまま、遥に報告書を渡した。
「隊長は、学者たちと共謀し、僕をアルカに送ったんです。しかし、学者たちは、その後、姿を消したらしいです。そこに、アルカからの通達で焦っていたんでしょう。研究所として、使われていたテントには、研究結果も、サンプルも、何もなかったですから。結局、僕は、下級兵で、あの人にとって、ただの駒でしかなかったんですよ」
苦しそうなティーキを見つめ、遥は、ぐしゃぐしゃの報告書を破り、海に捨てた。
それを見たティーキは、目に涙を浮かべた。
「ティーキは、駒なんかじゃないわ。ティーキは、ティーキ。唯一無二。この世界で、たった一つの存在よ」
遥は、真っ直ぐ、前を見据え、そう告げ、ティーキは、その横で、ボロボロと涙を流し、バイオレンスは、二人を横目で見つめた。
知らない内に、三人には、大きな絆が生まれていた。
「俺の部下になるか?」
「それ、いいわね。そうしなよ。ティーキ」
「いいのでしょうか?僕は、アンテラの人間ですよ?」
「いいじゃない。私なんて、何処の人間なのかも分からないのよ?」
「その通りだ。人種なんて関係ない。優秀な人材は、どんな人間であれ、欲しいもんだ。それに、部下が、遥一人じゃ、この先が、思いやられる」
「つまらないの間違いじゃなくて?」
「お二人は、本当に仲が良いんですね」
「だから、それは、イヤよ。もう」
安心感が溢れ、決心が満ちたティーキを二人は、支えるように立ち、三人で夜明けを待った。
地平線が白くなり、太陽の頭が見え始めた。
「帰ろう。アルカの大地に」
眩しい朝日に包まれ、暖かな光を感じながら、三人を乗せた船は、出航した。
その後、順調に航路を進みながら、フィナの話を聞いた遥は、とても、悲しい顔をした。
「そっか。もう、フィナちゃんに逢えないんだね」
「すみません」
「謝らないで?フィナちゃんには、逢えなかったけど、また、ティーキと話が、出来るもの。大丈夫」
「だが、酷い話だな」
「そうね。化け物だったら、始末するのに」
「化け物じゃなくても、一言、脅してくれば良かったな」
「じゃ、戻る?」
「やめて下さい。次こそ、危ないですから」
「大丈夫よ。この人だけ、置いてくればいいから」
「それなら、大丈夫そうですね」
「その時は、二人とも、引きずり下ろすからな」
「そしたら、アナタを切り裂くわ」
「バイオレンスさんは、人ですよ。」
「大丈夫よ。化け物以上に丈夫だから」
「遥は、俺を何だと思ってるんだ」
「そうねぇ。強いて言えば、うるさくて、気持ち悪くて、おっちょこちょいな人かしら?」
「良い所なしか」
「大丈夫ですよ。きっと、いつかは、分かってくれますから」
「同情するな」
来る時と同じで、三人は、笑いながら、アルカに向かった。
「それなに?」
不意に、ティーキの胸元に、ぶら下がっている巾着が、気になった遥が、指差して、聞くと、ティーキは、巾着から護り人形を取り出して見せた。
「あら。可愛い」
「マンゼウの枝を彫って造るんです。護り人形って言うんですよ」
「何故、マンゼウの枝で造るの?」
「マンゼウは、御神木とされ、崇められてきました。だから、マンゼウの枝で、造った護り人形は、ご利益が、あると伝えられてるんです」
「へぇ。自分で造ったの?」
「いえ。妹が造ったらしいんです」
「器用ね」
話を聞きながら、遥は、ティーキの手のひらの護り人形を見つめた。
「ねぇ。触ってもいい?」
「はい。どうぞ」
護り人形に触れようと、遥が、手を伸ばした。
『光に選ばれし、闇に住まう者。使命を果たされよ』
指先が触れると、頭の中に声が響き、遥は、甲板に倒れた。
「おい!!」
「遥さん!!」
二人の叫び声は、遥の耳に届かず、風の中に溶け込み消えていく。
「遥!!」
何度も呼ぶ二人が見下ろす遥の意識は、何処か遠く、記憶の奥底へと落ちていった。
二日後、バイオレンスが、何処からか、バギーを調達してきた。
その座席の後ろには、黒いケースが乗せてあった。
「自由に使え」
最初は、驚いていたが、優しく微笑む二人を見ていて、徐々に、頬を緩ませ、ティーキは、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。大切にします」
ティーキは、ライフルを背負いながら、自ら、バギーを運転し、バイオレンスと遥のバギーを追う。
そんな風に、二台のバギーで、任務に行く日々を過ごし、一ヶ月が経った今、三人は、船の上にいた。
三日前、ティーキにサンプルを渡している事が、学者たちにバレてしまい、バイオレンスは、研究所に行き、事情を説明した。
その時、知っている限りのマーメディアンの生態について、教える代わりに、ティーキを帰す為の船を要求した。
学者たちは、渋々、それを了承し、バイオレンスは、マーメディアンの生態を説明し、船を手に入れた。
「あと、どれくらい?」
「そうですね。このまま、何事もなければ、十時間くらいで、着くと思います」
「そんなに!?もう、飽きたわ」
「出航してから、まだ、二、三時間しか経ってないだろ」
船に乗せたバギーの点検をしているバイオレンスは、昨日の出来事を思い出していた。
薄暗い神殿の最深部。
黄緑色の液体が、入った筒状の水槽。
ランプの上で、熱せられるフラスコ。
ビーカーから、チューブを通って、吐き出される液体。
壁画や床の模様は、そのままに、研究に使われる機材が、並べられている。
その異様な光景が広がる中、学者たちに、バイオレンスは、呼び出され、告げられた任務に、自分の耳を疑った。
『俺らが、アンテラに同行?』
『そうだ』
『そして、出来るだけ、多くのサンプルを集めて来い』
『だが、先方に、何の通達もしないで、同行したら、問題になるはずだ』
『通達は、送ってある』
『何の問題もない』
『だが、今の世界状況で、そうゆう行動は、慎むべきじゃないのか』
『バイオレンス。これは、アルカの未来を左右する重要な任務だ』
『アンテラに行き、そこで、採取したサンプルを研究し、化け物の生態を知れば、対応策を練る事が出来るのだ』
『アルカの未来は、お前に懸かってる』
『化け物の問題は、他の大陸も同じ事。アルカだけの問題じゃない。未来を見据えるならば、他の大陸もの学者たちと、協力するべきだ』
バイオレンスから、視線を外し、何か、コソコソと話をしてから、学者たちは、また、バイオレンスに視線を戻した。
『ならば、あの女を差し出してもらう』
バイオレンスは、一気に無表情になった。
『今更、彼女に何の用だ』
学者の一人を見据えた。
『もちろん、研究するのだよ』
別の学者の言葉に、バイオレンスは、言い知れぬ怒りが、沸き上がってきた。
『ふざけるな!!貴様らの研究は、化け物の生態のはすだ!!彼女は、化け物じゃない!!人間だ!!』
バイオレンスの発言に、学者たちは、鼻で笑った。
『ならば、あの瞳の色は、何だと言うのだ』
口を動かしたが、バイオレンスは、声が出なかった。
何も言えなくなり、黙ったバイオレンスを嘲笑うように、学者たちは、クスクスと笑った。
『あの女を差し出すか』
『アンテラに向かうか』
『二つに一つだ』
『楽しみにしてるぞ』
そして、今朝。
バイオレンスは、アンテラに行く事を決意し、遥と共に、船に乗り込んだ。
「ねぇ。妹さんの名前は?」
「フィナです」
「あら。可愛いお名前。仲良くなれるかしら?」
「きっと、仲良くなれますよ。何たって、僕の妹ですから」
「そうね。楽しみ」
楽しそうに話をしている二人の背中を見つめ、バイオレンスは、何故、学者たちが、今更、スケルトン以外の化け物を調べようとしているのかを考えていた。
それから、十時間後。
アンテラの大陸が見え、飽きていた遥も元気になった。
化け物に狙われないよう、洞窟のような、大きな洞穴に船を隠し、上陸し、バギーを走らせられる所まで、押して進んだ。
「では、僕が先導しますね」
バギーに跨がり、先を走り出したティーキの後を追って、バイオレンスの運転するバギーも走り出した。
「あれナニ?」
「ビブスと言う蔦の一種です」
「あれは?」
「カルと言う食虫植物です」
初めて見る植物に、遥は、とにかく興味津々で、景色を見つめ、気になった物を指差して、ティーキに聞くその姿は、本当に子供のようだった。
「もうすぐです」
ティーキの声に反応し、前を見ると、そこには、大樹の頭が見え、遥は、驚いていた。
「おっき~い」
「この大陸が誕生した時から、根付いている大樹、マンゼウの樹です。あそこの根元から、地下に潜れる所があって、僕らは、マンゼウの下で生活してます」
ティーキの話に遥は、目を輝かせ、じっと、前を見ていた時、銃声が、辺りに響き、バギーが大きく揺れた。
「きゃ!!」
「くっ!!」
バランスを崩し、バギーが倒れた。
「バイオレンスさん!!遥さん!!」
バギーを停め、振り返ったティーキの目には、大きな網の中に捕まり、縄で、木からぶら下がってる二人の姿が、飛び込んできた。
「ナニこれ」
「さぁな」
「二人共、大丈夫ですか?今、下ろしますから!!」
「その必要はない!!」
声がした方に視線を向けると、大柄の男とティーキと同じ腕輪をした男が、数人、遥たちを睨んでいた。
腕輪は、隊員である証らしい。
大柄の男は、遥たちを睨み付けたまま、顎で、倒れたバギーを差し、それに、応えるように、隊員たちは、バギーに群がり、遥たちの荷物を漁った。
「ちょっと待って下さい!!」
暫く、唖然としていたティーキが、大柄の男に近付いた。
「これは、どうゆう事ですか!?彼らが、一体、何をしたと言うのですか!?彼らは、僕を助けてくれたんですよ!?」
「騙されるな」
大柄の男は、ゆっくりと、ティーキに向き直ると、肩に手を置いた。
「騙されちゃダメだ。ティーキ。コイツらは、アンテラを乗っ取りに来た侵略者だ」
男の言葉に、ティーキは、さっきまでの勢いを失った。
「侵略者って、どうゆう事なんですか?ダマ隊長」
ダマと呼ばれた大柄の男は、ティーキをじっと見つめた。
「アルカの学者から、通達があった。そこには、ティーキ。お前の命と引き換えに、今まで集めたサンプルと研究結果を差し出せと書かれていた」
「そうゆう事か」
「どうゆう事?」
ダマとティーキの会話を聞いていたバイオレンスに、遥が聞き返すと、急に、網が降下して、体を大地に打ち付けた。
「いったぁー」
「大丈夫か?」
「何とか」
お尻を擦る遥の前に、大きな太刀が、突き出された。
その先には、さっきまで、ティーキと話していたダマが立っていた。
「立て」
大人しく、立ち上がると、二人は、太刀を向けられながら、周りを囲まれた。
「ティーキを連れ去った罪は、償ってもらう」
「連れ去ったなんて、酷い言い方」
「その前に、俺らは、彼を連れ去ってない」
「黙れ!!アンテラの地は、誰にも渡さん!!コイツらを牢にブチ込んどけ!!」
「はっ!!」
「牢って聞くと、まるで、犯罪者ね?って!!ちょっと!!どこ触ってるのよ!!」
「女は、丁寧に扱わなきゃ、嫌われるぞ?」
「うるさい!!さっさと歩け!!」
騒ぎながらも、二人は、抵抗しなかった。
取り囲んでいた隊員たちに、両脇を抑えられ、歩いていく二人の背中をティーキは、ただ、見つめるしか出来なかった。
マンゼウの大樹の地下。
生活する為のテントが、所狭しと張られている中、ティーキは、一人、ライフルケースを背負って、妹のフィナが待つテントに向かって、トボトボと歩いていた。
ティーキの中には、さっきまでの光景が、繰り返されていた。
バイオレンスと遥は、大人しく、隊員たちに、連れられて行く。
ティーキは、そんな二人の背中を見送るしか、出来ない自分を情けなく思い、何もしてやれない事が、とても、悔しかった。
テントが見え始め、ティーキは、フィナと逢いたがっていた遥を思い出す。
『きっと、可愛くて、良い娘なんだろうなぁ~。早く、フィナちゃんと逢いたいなぁ~』
お世辞でも、自分の家族を褒めれると、嬉しいかった。
ティーキ自身も、フィナと遥を逢わせるのが、楽しみにしていたが、二人を逢わせられない事に心が痛む。
背負っているライフルが、やけに重く感じる。
ティーキは、遥とバイオレンスが、不出来な自身をフォローしてくれていた事を痛感していた。
「ティーキ?」
そんなティーキを呼ぶ女性の声。
その声がした方に視線を向けると、そこには、優しそうな年配の女性が立っていた。
「おばさん」
「ティーキ?本当にティーキなの?」
おばさんは、ティーキの頬や腕に触れた。
傷のないティーキに、安心したように、目から涙が溢れた。
「帰って来れたのね。良かった。大丈夫だったの?」
「えぇ。ある方々のおかげで、無事、帰還できました」
「本当に良かった。“アナタも”死んでしまったら、亡くなった兄さんに顔向け出来なかったわ」
その言葉に呆然として、ティーキは、おばさんを見つめた。
そんなティーキを見て、おばさんの表情は、暗く、悲しみに満ちた。
自分のテントに入り、家具に溜まった埃や床に残る赤黒い跡が、さっき、おばさんが話した事が、真実だと告げていた。
ティーキが連れ去られた早朝。
床に倒れるフィナをおばさんとおじさんが見付けた。
『フィナ!!』
二人は、微かに息をしているフィナを抱き上げた。
『どうした!!何があった!!』
『お…にい…ちゃん…に…これ…』
虚ろな目で、たどたどしく、そう告げ、お守りのような、小さな巾着を差し出すフィナの腹から、大量の血が流れ出ていた。
『誰だ!!誰がこんな事を!!』
しかし、おじいさんが、そう聞いてもフィナから、答えは、返ってこなかった。
『フィナ!!フィナ!!』
『フィナーーー!!あーーー!!』
おばさんは、その場に泣き崩れおじさんは、フィナの遺体を抱えて泣いた。
二人に見送られ、フィナは、還らぬ人となった。
その後、研究所のテントは、もぬけの空になり、学者たちは、姿を消した。
おばさんたちが、フィナから、託された小さな巾着を受け取り、そっと開けて、ひっくり返すと、木彫りの小さな人形が、手のひらに転がり出た。
マンゼウの枝から造られた人形。
アンテラに古くから、伝わる護り人形。
その人形を握り締めて、遥たちに何も出来ず、最後の家族を失った悲しみが、涙を誘い、苦しみと寂しさに膝を着き、人形に思いを乗せ、胸に抱くと、ティーキは、静かに泣いた。
涙の筋が乾き、涙が枯れた頃。
ティーキの頭に、遥とバイオレンスの姿が浮かび、心底、“逢いたい”と思うと、体が勝手に動き、二人が捕らえられている牢屋に向かった。
木の根にぽっかりと、自然に出来た空洞。
木の格子が嵌められ、牢屋となっている空洞の中、バイオレンスが、学者たちとのやり取りを遥に話していた。
「つまりは、私たちは、学者たちの思惑に、まんまと嵌まったのね。何故、その時、通達の内容を聞かなかったの?」
「そこまで、頭が回らなかった。それに、こんな罠があると思わなかったんだ」
「アナタって、案外、おっちょこちょいなのね」
「悪かったな」
二人は、捕まっているはずなのに、そのやり取りは、普段と何ら変わらなかった。
「大丈夫かしら?」
「さぁな。もしかしたら、明日には、処刑されてるかもしれんぞ?」
「そっちじゃなくて、ティーキの事よ。私たちを庇って、酷い事されてないといいんだけど」
「そうだな。だが、仲間を拷問するような奴らには、見えんかったな」
「そうね。彼が、生きていた事に安心してたみたいだし」
「それに、捕まってる俺らには、何もしてやれん。信じるしかないだろ」
「それもそうね。にしても暇ねぇ」
陰に身を潜め、ティーキは、二人の会話を聞いていた。
その目には、枯れていたはずの涙が、一滴、頬を伝い落ちた。
涙を袖で拭い、学者たちが、使っていたテントに向かい、そっと、中に入り、机や天井など、ありとあらゆる場所を調べ始めた。
「何もないか」
溜め息をつき、不意に、出入口に視線を向けると、テントの布と地面の隙間に、紙切れが挟まっているのが見えた。
それを拾い上げ、何かの報告書だと分かった。
【ティーキ・バンダム。アルカ潜入完了】
そう書かれた文章の下には、ダマのサインがあった。
その報告書に、学者たちと共謀し、ダマが、自分をアルカに送ったのだと、ティーキは、直感し、報告書を持ったまま、地面を見つめ、ダランと、腕を下ろした。
ティーキがいなくなり、フィナに気付かれると厄介だと、考えたダマと学者たちが、そうなる前に、フィナを始末したと考えたティーキの中には、沸々と怒りが込み上げ、報告書を持つ手に力が入り、グシャと音が聞こえる中、隊員である証の腕輪に触れた。
その怒りに任せ、腕輪を外すと、地面に叩き付けた。
砕けた腕輪を見下ろしたまま、ティーキは、無表情になり、腕輪を踏みつけると、バキバキと音が鳴り響き、腕輪は、粉々に砕け散った。
その後、ぐしゃぐしゃになった報告書をポケットに押し込み、誰にも見付からないように、テントを出ると、急いで、牢屋に向かった。
その途中、バイオレンスのバギーを見付け、その近くの見張りがいるテントを発見した。
見張りにバレないように、テントの裏側、地面に這いつくばり、布を捲り、誰もいないのを確認し、そっと、中に入っり、見渡すと、乱雑に置かれたバイオレンスたちの荷物を見付け、それを持って、さっきと同じように、静かにテントを出て、バイオレンスのバギーに荷物をしっかりと、固定し、護り人形の入った巾着を首から下げた。
牢屋の近くまで、バギーを押し、物陰に隠し、荷物の中から、遥のダガーナイフを腰に巻き付け、ライフルケースと交差させるように、バイオレンスの剣を背負って、遥たちのいる牢屋の前に、誰もいない事をそこから、確認したティーキは、静かに、牢屋に近付いた。
「ティーキ?」
「しっ」
牢屋の前に立ったティーキに、気付いた遥が、声を出すと、唇に指を当て、静かにするように、ティーキが促した。
周りを見渡すティーキを見て、バイオレンスと遥は、お互いの顔を見てから、格子に近付いた。
「遥さん」
「なに?」
「僕の本能は、何を訴えてますか?」
真剣な表情のティーキに、遥は、戸惑い、バイオレンスに視線を移すと、バイオレンスは、小さく頷いて見せた。
バイオレンスの了承に、遥は、眼帯をずらし、じっとティーキを見つめた。
「“安らげる場所”?“救いたい”?“怒り”?」
遥の言葉にティーキは、満足そうに微笑むと、腰のダガーナイフを外し、差し出すと、戸惑いながらも、遥は、それを受け取り、腰に装着した。
「少し離れて下さい」
数歩、二人が離れると、背負っていた剣を外し、鞘に納めたまま、大きく振りかぶり、力の限り、振り下ろした。
物凄い音を発て、格子が壊れ、ティーキは、剣をバイオレンスに押し付け、バイオレンスが、剣を持つと、二人の腕を掴み、引っ張るようにして、バギーを隠した物陰に走った。
バギーを見た二人は、驚きにティーキを見つめた。
「逃げて下さい」
「ティーキは、どうするの?」
「ここに残り、彼らを足止めします」
ティーキの言葉に、二人は、絶句した。
「どうして?」
「時間稼ぎですよ。お二人が、逃げ切れるくらいの時間は、稼いでみせます」
「ティーキ…」
「誰も来ない内に行って下さい」
「でも…」
「遥」
バイオレンスが、バギーに跨がり、遥を見つめた。
その瞳をじっと見つめ、バイオレンスの考えを理解した遥は、ティーキの腕を掴み、力いっぱいに引っ張り、サイドカーの中にティーキを転がした。
ティーキが、起き上がる前に、バギーは、轟音を上げ、走り出した。
「遥さん!!」
「なに?」
遥を置いて走り出したと思ったティーキは、急いで起き上がると、バイオレンスの後ろにいる遥を見て、驚いていた。
「どうして?」
「遥の身体能力を見くびるな」
「走り出す前に、飛び乗るくらい、何て事ないのよ?それより、ティーキ。ライフルの用意して」
荷物から、ピストルを取り出し、弾を確認した遥は、バイオレンスの肩に腕を乗せ、前に向かって構えた。
バギーの前方に、ダマや隊員たちの姿が見え、ティーキは、焦っていたが、遥は、ピストルの引き金を引いた。
発砲音と共に、ピストルから放たれた弾は、ダマたちの足元にのめり込んだ。
遥たちの意図を理解したティーキは、背負っていたケースから、ライフルを取り出し、サイドカーの中で、後ろ向きに構えた。
何度も発砲される弾に、人と人の間に隙間が出来ると、そこを縫うように、バギーが走る。
逃がさぬように、手を伸ばす隊員たちをバイオレンスは、片手で、バギーを運転し、もう片手で、剣を抜き、凪ぎ払った。
後ろから、襲い掛かろうとする隊員の足元に、ティーキは、ライフルを発砲した。
最後の人と人の間を抜けると、目の前に大きな刀を構えて、ダマが現れた。
「逃がさん!!」
刀を振り上げ、襲い掛かろうとするダマの目の前で、バイオレンスが、頭を下げると、ピストルを構えた遥が現れ、引き金が引かれ、弾が、ダマの手にしていた刀の柄に当り、それにダマが怯むと、続けて、発砲された弾が、刀を弾き飛ばした。
「おのれーー!!」
ダマは、ティーキに向かい、手を伸ばしたが、サイドカーの方に体を傾けた遥が、ダガーナイフを引き抜き、同時に、ティーキが頭を下げ、空を切り裂いた。
「くっ!!」
刃先が指に当り、ダマが、その場に膝を着くと、バギーは、ジャングルの中に消えて行った。
ダマに軽傷を負わせたが、その場にいた人を殺さずに、三人は、見事に逃げ出した。
ティーキの案内で、無事にジャングルを抜け、隠していた船に乗り込み、話し合いを始めた。
「夜の出航は、危険です」
「でも、追っ手が来たらどうするの?船が壊れたら、帰れないわ」
「ですが、真っ暗な海上では、逃げ道もありません」
「だけど、今の球数じゃ心細いわ」
「そうかもしれませんが、やっぱり、夜の出航は、危険です。明るくなるのを待つべきです」
「ねぇ。どうしよう」
バイオレンスのマントを遥が、引っ張った。
「…日の出と共に出航する。だが、周囲の警戒は怠るな。三人で夜を明かすぞ」
バイオレンスの決断に、遥もティーキも頷き、それぞれ、武器の点検を始めた。
点検を終え、船首に立ち、ティーキは、暗黒の海を見つめた。
そのティーキの両隣に、バイオレンスと遥が立つ。
「ごめんね?上官、傷付けて」
遥の言葉に、ティーキは、ゆっくりと首を振った。
「いいんです。あんな上官、傷付いて当然です」
「そんな事、言うもんじゃない。少なくとも、彼は、君の身を按じていた」
バイオレンスの言葉に、ティーキは、拳を握り、うつ向いて、唇を噛んだ。
その様子を遥は、心配そうに見上げた。
「何があったの?」
ティーキは、ポケットから、ぐしゃぐしゃになった報告書を取り出し、バイオレンスに差し出した。
それを受け取り、内容を読んだバイオレンスの表情は、険しくなった。
「なに?それ」
バイオレンスは、黙ったまま、遥に報告書を渡した。
「隊長は、学者たちと共謀し、僕をアルカに送ったんです。しかし、学者たちは、その後、姿を消したらしいです。そこに、アルカからの通達で焦っていたんでしょう。研究所として、使われていたテントには、研究結果も、サンプルも、何もなかったですから。結局、僕は、下級兵で、あの人にとって、ただの駒でしかなかったんですよ」
苦しそうなティーキを見つめ、遥は、ぐしゃぐしゃの報告書を破り、海に捨てた。
それを見たティーキは、目に涙を浮かべた。
「ティーキは、駒なんかじゃないわ。ティーキは、ティーキ。唯一無二。この世界で、たった一つの存在よ」
遥は、真っ直ぐ、前を見据え、そう告げ、ティーキは、その横で、ボロボロと涙を流し、バイオレンスは、二人を横目で見つめた。
知らない内に、三人には、大きな絆が生まれていた。
「俺の部下になるか?」
「それ、いいわね。そうしなよ。ティーキ」
「いいのでしょうか?僕は、アンテラの人間ですよ?」
「いいじゃない。私なんて、何処の人間なのかも分からないのよ?」
「その通りだ。人種なんて関係ない。優秀な人材は、どんな人間であれ、欲しいもんだ。それに、部下が、遥一人じゃ、この先が、思いやられる」
「つまらないの間違いじゃなくて?」
「お二人は、本当に仲が良いんですね」
「だから、それは、イヤよ。もう」
安心感が溢れ、決心が満ちたティーキを二人は、支えるように立ち、三人で夜明けを待った。
地平線が白くなり、太陽の頭が見え始めた。
「帰ろう。アルカの大地に」
眩しい朝日に包まれ、暖かな光を感じながら、三人を乗せた船は、出航した。
その後、順調に航路を進みながら、フィナの話を聞いた遥は、とても、悲しい顔をした。
「そっか。もう、フィナちゃんに逢えないんだね」
「すみません」
「謝らないで?フィナちゃんには、逢えなかったけど、また、ティーキと話が、出来るもの。大丈夫」
「だが、酷い話だな」
「そうね。化け物だったら、始末するのに」
「化け物じゃなくても、一言、脅してくれば良かったな」
「じゃ、戻る?」
「やめて下さい。次こそ、危ないですから」
「大丈夫よ。この人だけ、置いてくればいいから」
「それなら、大丈夫そうですね」
「その時は、二人とも、引きずり下ろすからな」
「そしたら、アナタを切り裂くわ」
「バイオレンスさんは、人ですよ。」
「大丈夫よ。化け物以上に丈夫だから」
「遥は、俺を何だと思ってるんだ」
「そうねぇ。強いて言えば、うるさくて、気持ち悪くて、おっちょこちょいな人かしら?」
「良い所なしか」
「大丈夫ですよ。きっと、いつかは、分かってくれますから」
「同情するな」
来る時と同じで、三人は、笑いながら、アルカに向かった。
「それなに?」
不意に、ティーキの胸元に、ぶら下がっている巾着が、気になった遥が、指差して、聞くと、ティーキは、巾着から護り人形を取り出して見せた。
「あら。可愛い」
「マンゼウの枝を彫って造るんです。護り人形って言うんですよ」
「何故、マンゼウの枝で造るの?」
「マンゼウは、御神木とされ、崇められてきました。だから、マンゼウの枝で、造った護り人形は、ご利益が、あると伝えられてるんです」
「へぇ。自分で造ったの?」
「いえ。妹が造ったらしいんです」
「器用ね」
話を聞きながら、遥は、ティーキの手のひらの護り人形を見つめた。
「ねぇ。触ってもいい?」
「はい。どうぞ」
護り人形に触れようと、遥が、手を伸ばした。
『光に選ばれし、闇に住まう者。使命を果たされよ』
指先が触れると、頭の中に声が響き、遥は、甲板に倒れた。
「おい!!」
「遥さん!!」
二人の叫び声は、遥の耳に届かず、風の中に溶け込み消えていく。
「遥!!」
何度も呼ぶ二人が見下ろす遥の意識は、何処か遠く、記憶の奥底へと落ちていった。
0
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