審判

咲 カヲル

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ティーキの本能

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それから、花壇の水やりが、遥の日課になった。
二日後、バイオレンスが、何処からか、バギーを調達してきた。
その座席の後ろには、黒いケースが乗せてあった。

  「自由に使え」

最初は、驚いていたが、優しく微笑む二人を見ていて、徐々に、頬を緩ませ、ティーキは、嬉しそうに笑った。

  「ありがとうございます。大切にします」

ティーキは、ライフルを背負いながら、自ら、バギーを運転し、バイオレンスと遥のバギーを追う。
そんな風に、二台のバギーで、任務に行く日々を過ごし、一ヶ月が経った今、三人は、船の上にいた。
三日前、ティーキにサンプルを渡している事が、学者たちにバレてしまい、バイオレンスは、研究所に行き、事情を説明した。
その時、知っている限りのマーメディアンの生態について、教える代わりに、ティーキを帰す為の船を要求した。
学者たちは、渋々、それを了承し、バイオレンスは、マーメディアンの生態を説明し、船を手に入れた。

  「あと、どれくらい?」

  「そうですね。このまま、何事もなければ、十時間くらいで、着くと思います」

  「そんなに!?もう、飽きたわ」

  「出航してから、まだ、二、三時間しか経ってないだろ」

船に乗せたバギーの点検をしているバイオレンスは、昨日の出来事を思い出していた。
薄暗い神殿の最深部。
黄緑色の液体が、入った筒状の水槽。
ランプの上で、熱せられるフラスコ。
ビーカーから、チューブを通って、吐き出される液体。
壁画や床の模様は、そのままに、研究に使われる機材が、並べられている。
その異様な光景が広がる中、学者たちに、バイオレンスは、呼び出され、告げられた任務に、自分の耳を疑った。

  『俺らが、アンテラに同行?』

  『そうだ』

  『そして、出来るだけ、多くのサンプルを集めて来い』

  『だが、先方に、何の通達もしないで、同行したら、問題になるはずだ』

  『通達は、送ってある』

  『何の問題もない』

  『だが、今の世界状況で、そうゆう行動は、慎むべきじゃないのか』

  『バイオレンス。これは、アルカの未来を左右する重要な任務だ』

  『アンテラに行き、そこで、採取したサンプルを研究し、化け物の生態を知れば、対応策を練る事が出来るのだ』

  『アルカの未来は、お前に懸かってる』

  『化け物の問題は、他の大陸も同じ事。アルカだけの問題じゃない。未来を見据えるならば、他の大陸もの学者たちと、協力するべきだ』

バイオレンスから、視線を外し、何か、コソコソと話をしてから、学者たちは、また、バイオレンスに視線を戻した。

  『ならば、あの女を差し出してもらう』

バイオレンスは、一気に無表情になった。

  『今更、彼女に何の用だ』

学者の一人を見据えた。

  『もちろん、研究するのだよ』

別の学者の言葉に、バイオレンスは、言い知れぬ怒りが、沸き上がってきた。

  『ふざけるな!!貴様らの研究は、化け物の生態のはすだ!!彼女は、化け物じゃない!!人間だ!!』

バイオレンスの発言に、学者たちは、鼻で笑った。

  『ならば、あの瞳の色は、何だと言うのだ』

口を動かしたが、バイオレンスは、声が出なかった。
何も言えなくなり、黙ったバイオレンスを嘲笑うように、学者たちは、クスクスと笑った。

  『あの女を差し出すか』

  『アンテラに向かうか』

  『二つに一つだ』

  『楽しみにしてるぞ』

そして、今朝。
バイオレンスは、アンテラに行く事を決意し、遥と共に、船に乗り込んだ。

  「ねぇ。妹さんの名前は?」

  「フィナです」

  「あら。可愛いお名前。仲良くなれるかしら?」

  「きっと、仲良くなれますよ。何たって、僕の妹ですから」

  「そうね。楽しみ」

楽しそうに話をしている二人の背中を見つめ、バイオレンスは、何故、学者たちが、今更、スケルトン以外の化け物を調べようとしているのかを考えていた。
それから、十時間後。
アンテラの大陸が見え、飽きていた遥も元気になった。
化け物に狙われないよう、洞窟のような、大きな洞穴に船を隠し、上陸し、バギーを走らせられる所まで、押して進んだ。

  「では、僕が先導しますね」

バギーに跨がり、先を走り出したティーキの後を追って、バイオレンスの運転するバギーも走り出した。

  「あれナニ?」

  「ビブスと言う蔦の一種です」

  「あれは?」

  「カルと言う食虫植物です」

初めて見る植物に、遥は、とにかく興味津々で、景色を見つめ、気になった物を指差して、ティーキに聞くその姿は、本当に子供のようだった。

  「もうすぐです」

ティーキの声に反応し、前を見ると、そこには、大樹の頭が見え、遥は、驚いていた。

  「おっき~い」

  「この大陸が誕生した時から、根付いている大樹、マンゼウの樹です。あそこの根元から、地下に潜れる所があって、僕らは、マンゼウの下で生活してます」

ティーキの話に遥は、目を輝かせ、じっと、前を見ていた時、銃声が、辺りに響き、バギーが大きく揺れた。

  「きゃ!!」

  「くっ!!」

バランスを崩し、バギーが倒れた。

  「バイオレンスさん!!遥さん!!」

バギーを停め、振り返ったティーキの目には、大きな網の中に捕まり、縄で、木からぶら下がってる二人の姿が、飛び込んできた。

  「ナニこれ」

  「さぁな」

  「二人共、大丈夫ですか?今、下ろしますから!!」

  「その必要はない!!」

声がした方に視線を向けると、大柄の男とティーキと同じ腕輪をした男が、数人、遥たちを睨んでいた。
腕輪は、隊員である証らしい。
大柄の男は、遥たちを睨み付けたまま、顎で、倒れたバギーを差し、それに、応えるように、隊員たちは、バギーに群がり、遥たちの荷物を漁った。

  「ちょっと待って下さい!!」

暫く、唖然としていたティーキが、大柄の男に近付いた。

  「これは、どうゆう事ですか!?彼らが、一体、何をしたと言うのですか!?彼らは、僕を助けてくれたんですよ!?」

  「騙されるな」

大柄の男は、ゆっくりと、ティーキに向き直ると、肩に手を置いた。

  「騙されちゃダメだ。ティーキ。コイツらは、アンテラを乗っ取りに来た侵略者だ」

男の言葉に、ティーキは、さっきまでの勢いを失った。

  「侵略者って、どうゆう事なんですか?ダマ隊長」

ダマと呼ばれた大柄の男は、ティーキをじっと見つめた。

   「アルカの学者から、通達があった。そこには、ティーキ。お前の命と引き換えに、今まで集めたサンプルと研究結果を差し出せと書かれていた」

  「そうゆう事か」

  「どうゆう事?」

ダマとティーキの会話を聞いていたバイオレンスに、遥が聞き返すと、急に、網が降下して、体を大地に打ち付けた。

  「いったぁー」

  「大丈夫か?」

  「何とか」

お尻を擦る遥の前に、大きな太刀が、突き出された。
その先には、さっきまで、ティーキと話していたダマが立っていた。

  「立て」

大人しく、立ち上がると、二人は、太刀を向けられながら、周りを囲まれた。

  「ティーキを連れ去った罪は、償ってもらう」

  「連れ去ったなんて、酷い言い方」

  「その前に、俺らは、彼を連れ去ってない」

  「黙れ!!アンテラの地は、誰にも渡さん!!コイツらを牢にブチ込んどけ!!」

  「はっ!!」

  「牢って聞くと、まるで、犯罪者ね?って!!ちょっと!!どこ触ってるのよ!!」

  「女は、丁寧に扱わなきゃ、嫌われるぞ?」

  「うるさい!!さっさと歩け!!」

騒ぎながらも、二人は、抵抗しなかった。
取り囲んでいた隊員たちに、両脇を抑えられ、歩いていく二人の背中をティーキは、ただ、見つめるしか出来なかった。
マンゼウの大樹の地下。
生活する為のテントが、所狭しと張られている中、ティーキは、一人、ライフルケースを背負って、妹のフィナが待つテントに向かって、トボトボと歩いていた。
ティーキの中には、さっきまでの光景が、繰り返されていた。
バイオレンスと遥は、大人しく、隊員たちに、連れられて行く。
ティーキは、そんな二人の背中を見送るしか、出来ない自分を情けなく思い、何もしてやれない事が、とても、悔しかった。
テントが見え始め、ティーキは、フィナと逢いたがっていた遥を思い出す。

  『きっと、可愛くて、良い娘なんだろうなぁ~。早く、フィナちゃんと逢いたいなぁ~』

お世辞でも、自分の家族を褒めれると、嬉しいかった。
ティーキ自身も、フィナと遥を逢わせるのが、楽しみにしていたが、二人を逢わせられない事に心が痛む。
背負っているライフルが、やけに重く感じる。
ティーキは、遥とバイオレンスが、不出来な自身をフォローしてくれていた事を痛感していた。

  「ティーキ?」

そんなティーキを呼ぶ女性の声。
その声がした方に視線を向けると、そこには、優しそうな年配の女性が立っていた。

  「おばさん」

  「ティーキ?本当にティーキなの?」

おばさんは、ティーキの頬や腕に触れた。
傷のないティーキに、安心したように、目から涙が溢れた。

  「帰って来れたのね。良かった。大丈夫だったの?」

  「えぇ。ある方々のおかげで、無事、帰還できました」

  「本当に良かった。“アナタも”死んでしまったら、亡くなった兄さんに顔向け出来なかったわ」

その言葉に呆然として、ティーキは、おばさんを見つめた。
そんなティーキを見て、おばさんの表情は、暗く、悲しみに満ちた。
自分のテントに入り、家具に溜まった埃や床に残る赤黒い跡が、さっき、おばさんが話した事が、真実だと告げていた。
ティーキが連れ去られた早朝。
床に倒れるフィナをおばさんとおじさんが見付けた。

  『フィナ!!』

二人は、微かに息をしているフィナを抱き上げた。

  『どうした!!何があった!!』

  『お…にい…ちゃん…に…これ…』

虚ろな目で、たどたどしく、そう告げ、お守りのような、小さな巾着を差し出すフィナの腹から、大量の血が流れ出ていた。

  『誰だ!!誰がこんな事を!!』

しかし、おじいさんが、そう聞いてもフィナから、答えは、返ってこなかった。

  『フィナ!!フィナ!!』

  『フィナーーー!!あーーー!!』

おばさんは、その場に泣き崩れおじさんは、フィナの遺体を抱えて泣いた。
二人に見送られ、フィナは、還らぬ人となった。
その後、研究所のテントは、もぬけの空になり、学者たちは、姿を消した。
おばさんたちが、フィナから、託された小さな巾着を受け取り、そっと開けて、ひっくり返すと、木彫りの小さな人形が、手のひらに転がり出た。
マンゼウの枝から造られた人形。
アンテラに古くから、伝わる護り人形。
その人形を握り締めて、遥たちに何も出来ず、最後の家族を失った悲しみが、涙を誘い、苦しみと寂しさに膝を着き、人形に思いを乗せ、胸に抱くと、ティーキは、静かに泣いた。
涙の筋が乾き、涙が枯れた頃。
ティーキの頭に、遥とバイオレンスの姿が浮かび、心底、“逢いたい”と思うと、体が勝手に動き、二人が捕らえられている牢屋に向かった。
木の根にぽっかりと、自然に出来た空洞。
木の格子が嵌められ、牢屋となっている空洞の中、バイオレンスが、学者たちとのやり取りを遥に話していた。

  「つまりは、私たちは、学者たちの思惑に、まんまと嵌まったのね。何故、その時、通達の内容を聞かなかったの?」

  「そこまで、頭が回らなかった。それに、こんな罠があると思わなかったんだ」

  「アナタって、案外、おっちょこちょいなのね」

  「悪かったな」

二人は、捕まっているはずなのに、そのやり取りは、普段と何ら変わらなかった。

  「大丈夫かしら?」

  「さぁな。もしかしたら、明日には、処刑されてるかもしれんぞ?」

  「そっちじゃなくて、ティーキの事よ。私たちを庇って、酷い事されてないといいんだけど」

  「そうだな。だが、仲間を拷問するような奴らには、見えんかったな」

  「そうね。彼が、生きていた事に安心してたみたいだし」

  「それに、捕まってる俺らには、何もしてやれん。信じるしかないだろ」

  「それもそうね。にしても暇ねぇ」

陰に身を潜め、ティーキは、二人の会話を聞いていた。
その目には、枯れていたはずの涙が、一滴、頬を伝い落ちた。
涙を袖で拭い、学者たちが、使っていたテントに向かい、そっと、中に入り、机や天井など、ありとあらゆる場所を調べ始めた。

  「何もないか」

溜め息をつき、不意に、出入口に視線を向けると、テントの布と地面の隙間に、紙切れが挟まっているのが見えた。
それを拾い上げ、何かの報告書だと分かった。

【ティーキ・バンダム。アルカ潜入完了】

そう書かれた文章の下には、ダマのサインがあった。
その報告書に、学者たちと共謀し、ダマが、自分をアルカに送ったのだと、ティーキは、直感し、報告書を持ったまま、地面を見つめ、ダランと、腕を下ろした。
ティーキがいなくなり、フィナに気付かれると厄介だと、考えたダマと学者たちが、そうなる前に、フィナを始末したと考えたティーキの中には、沸々と怒りが込み上げ、報告書を持つ手に力が入り、グシャと音が聞こえる中、隊員である証の腕輪に触れた。
その怒りに任せ、腕輪を外すと、地面に叩き付けた。
砕けた腕輪を見下ろしたまま、ティーキは、無表情になり、腕輪を踏みつけると、バキバキと音が鳴り響き、腕輪は、粉々に砕け散った。
その後、ぐしゃぐしゃになった報告書をポケットに押し込み、誰にも見付からないように、テントを出ると、急いで、牢屋に向かった。
その途中、バイオレンスのバギーを見付け、その近くの見張りがいるテントを発見した。
見張りにバレないように、テントの裏側、地面に這いつくばり、布を捲り、誰もいないのを確認し、そっと、中に入っり、見渡すと、乱雑に置かれたバイオレンスたちの荷物を見付け、それを持って、さっきと同じように、静かにテントを出て、バイオレンスのバギーに荷物をしっかりと、固定し、護り人形の入った巾着を首から下げた。
牢屋の近くまで、バギーを押し、物陰に隠し、荷物の中から、遥のダガーナイフを腰に巻き付け、ライフルケースと交差させるように、バイオレンスの剣を背負って、遥たちのいる牢屋の前に、誰もいない事をそこから、確認したティーキは、静かに、牢屋に近付いた。

  「ティーキ?」

  「しっ」

牢屋の前に立ったティーキに、気付いた遥が、声を出すと、唇に指を当て、静かにするように、ティーキが促した。
周りを見渡すティーキを見て、バイオレンスと遥は、お互いの顔を見てから、格子に近付いた。

  「遥さん」

  「なに?」

  「僕の本能は、何を訴えてますか?」

真剣な表情のティーキに、遥は、戸惑い、バイオレンスに視線を移すと、バイオレンスは、小さく頷いて見せた。
バイオレンスの了承に、遥は、眼帯をずらし、じっとティーキを見つめた。

  「“安らげる場所”?“救いたい”?“怒り”?」

遥の言葉にティーキは、満足そうに微笑むと、腰のダガーナイフを外し、差し出すと、戸惑いながらも、遥は、それを受け取り、腰に装着した。

  「少し離れて下さい」

数歩、二人が離れると、背負っていた剣を外し、鞘に納めたまま、大きく振りかぶり、力の限り、振り下ろした。
物凄い音を発て、格子が壊れ、ティーキは、剣をバイオレンスに押し付け、バイオレンスが、剣を持つと、二人の腕を掴み、引っ張るようにして、バギーを隠した物陰に走った。
バギーを見た二人は、驚きにティーキを見つめた。

  「逃げて下さい」

  「ティーキは、どうするの?」

  「ここに残り、彼らを足止めします」

ティーキの言葉に、二人は、絶句した。

  「どうして?」

  「時間稼ぎですよ。お二人が、逃げ切れるくらいの時間は、稼いでみせます」

  「ティーキ…」

  「誰も来ない内に行って下さい」

  「でも…」

  「遥」

バイオレンスが、バギーに跨がり、遥を見つめた。
その瞳をじっと見つめ、バイオレンスの考えを理解した遥は、ティーキの腕を掴み、力いっぱいに引っ張り、サイドカーの中にティーキを転がした。
ティーキが、起き上がる前に、バギーは、轟音を上げ、走り出した。

  「遥さん!!」

  「なに?」

遥を置いて走り出したと思ったティーキは、急いで起き上がると、バイオレンスの後ろにいる遥を見て、驚いていた。

  「どうして?」

  「遥の身体能力を見くびるな」

  「走り出す前に、飛び乗るくらい、何て事ないのよ?それより、ティーキ。ライフルの用意して」

荷物から、ピストルを取り出し、弾を確認した遥は、バイオレンスの肩に腕を乗せ、前に向かって構えた。
バギーの前方に、ダマや隊員たちの姿が見え、ティーキは、焦っていたが、遥は、ピストルの引き金を引いた。
発砲音と共に、ピストルから放たれた弾は、ダマたちの足元にのめり込んだ。
遥たちの意図を理解したティーキは、背負っていたケースから、ライフルを取り出し、サイドカーの中で、後ろ向きに構えた。
何度も発砲される弾に、人と人の間に隙間が出来ると、そこを縫うように、バギーが走る。
逃がさぬように、手を伸ばす隊員たちをバイオレンスは、片手で、バギーを運転し、もう片手で、剣を抜き、凪ぎ払った。
後ろから、襲い掛かろうとする隊員の足元に、ティーキは、ライフルを発砲した。
最後の人と人の間を抜けると、目の前に大きな刀を構えて、ダマが現れた。

  「逃がさん!!」

刀を振り上げ、襲い掛かろうとするダマの目の前で、バイオレンスが、頭を下げると、ピストルを構えた遥が現れ、引き金が引かれ、弾が、ダマの手にしていた刀の柄に当り、それにダマが怯むと、続けて、発砲された弾が、刀を弾き飛ばした。

  「おのれーー!!」

ダマは、ティーキに向かい、手を伸ばしたが、サイドカーの方に体を傾けた遥が、ダガーナイフを引き抜き、同時に、ティーキが頭を下げ、空を切り裂いた。

  「くっ!!」

刃先が指に当り、ダマが、その場に膝を着くと、バギーは、ジャングルの中に消えて行った。
ダマに軽傷を負わせたが、その場にいた人を殺さずに、三人は、見事に逃げ出した。
ティーキの案内で、無事にジャングルを抜け、隠していた船に乗り込み、話し合いを始めた。

  「夜の出航は、危険です」

  「でも、追っ手が来たらどうするの?船が壊れたら、帰れないわ」

  「ですが、真っ暗な海上では、逃げ道もありません」

  「だけど、今の球数じゃ心細いわ」

  「そうかもしれませんが、やっぱり、夜の出航は、危険です。明るくなるのを待つべきです」

  「ねぇ。どうしよう」

バイオレンスのマントを遥が、引っ張った。

  「…日の出と共に出航する。だが、周囲の警戒は怠るな。三人で夜を明かすぞ」

バイオレンスの決断に、遥もティーキも頷き、それぞれ、武器の点検を始めた。
点検を終え、船首に立ち、ティーキは、暗黒の海を見つめた。
そのティーキの両隣に、バイオレンスと遥が立つ。

  「ごめんね?上官、傷付けて」

遥の言葉に、ティーキは、ゆっくりと首を振った。

  「いいんです。あんな上官、傷付いて当然です」

  「そんな事、言うもんじゃない。少なくとも、彼は、君の身を按じていた」

バイオレンスの言葉に、ティーキは、拳を握り、うつ向いて、唇を噛んだ。
その様子を遥は、心配そうに見上げた。

  「何があったの?」

ティーキは、ポケットから、ぐしゃぐしゃになった報告書を取り出し、バイオレンスに差し出した。
それを受け取り、内容を読んだバイオレンスの表情は、険しくなった。

  「なに?それ」

バイオレンスは、黙ったまま、遥に報告書を渡した。

  「隊長は、学者たちと共謀し、僕をアルカに送ったんです。しかし、学者たちは、その後、姿を消したらしいです。そこに、アルカからの通達で焦っていたんでしょう。研究所として、使われていたテントには、研究結果も、サンプルも、何もなかったですから。結局、僕は、下級兵で、あの人にとって、ただの駒でしかなかったんですよ」

苦しそうなティーキを見つめ、遥は、ぐしゃぐしゃの報告書を破り、海に捨てた。
それを見たティーキは、目に涙を浮かべた。

  「ティーキは、駒なんかじゃないわ。ティーキは、ティーキ。唯一無二。この世界で、たった一つの存在よ」

遥は、真っ直ぐ、前を見据え、そう告げ、ティーキは、その横で、ボロボロと涙を流し、バイオレンスは、二人を横目で見つめた。
知らない内に、三人には、大きな絆が生まれていた。

  「俺の部下になるか?」

  「それ、いいわね。そうしなよ。ティーキ」

  「いいのでしょうか?僕は、アンテラの人間ですよ?」

  「いいじゃない。私なんて、何処の人間なのかも分からないのよ?」

  「その通りだ。人種なんて関係ない。優秀な人材は、どんな人間であれ、欲しいもんだ。それに、部下が、遥一人じゃ、この先が、思いやられる」

  「つまらないの間違いじゃなくて?」

  「お二人は、本当に仲が良いんですね」

  「だから、それは、イヤよ。もう」

安心感が溢れ、決心が満ちたティーキを二人は、支えるように立ち、三人で夜明けを待った。
地平線が白くなり、太陽の頭が見え始めた。

  「帰ろう。アルカの大地に」

眩しい朝日に包まれ、暖かな光を感じながら、三人を乗せた船は、出航した。
その後、順調に航路を進みながら、フィナの話を聞いた遥は、とても、悲しい顔をした。

  「そっか。もう、フィナちゃんに逢えないんだね」

  「すみません」

  「謝らないで?フィナちゃんには、逢えなかったけど、また、ティーキと話が、出来るもの。大丈夫」

  「だが、酷い話だな」

  「そうね。化け物だったら、始末するのに」

  「化け物じゃなくても、一言、脅してくれば良かったな」

  「じゃ、戻る?」

  「やめて下さい。次こそ、危ないですから」

  「大丈夫よ。この人だけ、置いてくればいいから」

  「それなら、大丈夫そうですね」

  「その時は、二人とも、引きずり下ろすからな」

  「そしたら、アナタを切り裂くわ」

  「バイオレンスさんは、人ですよ。」

  「大丈夫よ。化け物以上に丈夫だから」

  「遥は、俺を何だと思ってるんだ」

  「そうねぇ。強いて言えば、うるさくて、気持ち悪くて、おっちょこちょいな人かしら?」

  「良い所なしか」

  「大丈夫ですよ。きっと、いつかは、分かってくれますから」

  「同情するな」

来る時と同じで、三人は、笑いながら、アルカに向かった。

  「それなに?」

不意に、ティーキの胸元に、ぶら下がっている巾着が、気になった遥が、指差して、聞くと、ティーキは、巾着から護り人形を取り出して見せた。

  「あら。可愛い」

  「マンゼウの枝を彫って造るんです。護り人形って言うんですよ」

  「何故、マンゼウの枝で造るの?」

  「マンゼウは、御神木とされ、崇められてきました。だから、マンゼウの枝で、造った護り人形は、ご利益が、あると伝えられてるんです」

  「へぇ。自分で造ったの?」

  「いえ。妹が造ったらしいんです」

  「器用ね」

話を聞きながら、遥は、ティーキの手のひらの護り人形を見つめた。

  「ねぇ。触ってもいい?」

  「はい。どうぞ」

護り人形に触れようと、遥が、手を伸ばした。

  『光に選ばれし、闇に住まう者。使命を果たされよ』

指先が触れると、頭の中に声が響き、遥は、甲板に倒れた。

  「おい!!」

  「遥さん!!」

二人の叫び声は、遥の耳に届かず、風の中に溶け込み消えていく。

  「遥!!」

何度も呼ぶ二人が見下ろす遥の意識は、何処か遠く、記憶の奥底へと落ちていった。
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レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

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