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アンテラからの漂流者、ティーキ・バンダム
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次の日の早朝。
また、サンプル採取の為、バイオレンスが運転する、バギーは、砂埃を舞い上げながら、荒野を走っていた。
そのサイドカーで、遥は、フードを深く株って寝ている。
「いい加減起きろ」
岩陰にバギーを停め、フードを剥ぎ取ると、太陽の眩しい光に、遥は、顔を歪めながら、背伸びをしながら、大きなアクビをして、頭をガシガシと掻いた。
「少しは、女らしくしろ」
肩越しにバイオレンスを睨み、荷物の中から、ピストルとホルダーを取り出して、腰に巻くと、遥は、スタスタと歩き出した。
「遥!!」
バイオレンスも剣を背負い、遥を追うように歩き出した。
「そろそろ慣れろ」
遥は、朝が苦手だ。
どんなに早く寝ても、一人では、起きれない。
その為、毎朝、バイオレンスに起こされるが、着替えをして、サイドカーに乗ると、目的地に着くまで寝ている。
そして、朝の遥は、機嫌が悪い。
快眠を邪魔される事も、理由の一つだが、彼女の嫌いなサンプル採取に、動かなければならない事、更には、そのサンプルが、また、スケルトンである事で、遥の機嫌をどんどん悪くさせる。
遥は、朝だけ、本能に忠実だ。
こうなった遥は、何も話さず、本能が欲するままに、敵対するスケルトンを倒さないと、声を発する事もない。
バイオレンスは、そんな遥の小さな背中を見つめた。
最初の内は、遥を起こす度、彼女の本能に戸惑い、困惑したが、最近では、慣れてしまい、彼女の好きにさせている。
だが、この日、そんないつもの朝とは、違っていた。
いつものように、周りを警戒して、スケルトンを探していると、前方にスケルトンが、数匹で、何かに群がっている光景に遭遇した。
「ナニ?何に群がってるの?」
「アレは…人?」
スケルトンの群れの中、動く影を見つめ、それが、人である事を確認したバイオレンスは、背負った剣の柄に手を伸ばし、スケルトンに向かって、走り出そうとしたが、それより先に、遥は、もう走り出していた。
発砲音がして、手前のスケルトンが、血飛沫を上げると、遥は、片手にピストル、もう片手には、ダガーナイフを持って、不気味に笑った。
遥が、スケルトンの群れに斬り掛かると、あっという間に、その場にいた全てのスケルトンは、肉の塊となった。
「大丈夫か?」
汚れたマントをなびかせ、不気味に笑う遥の背中を見上げ、バイオレンスが、声を掛けると、男は、小さく頷き、遥が振り返り、男を見下ろした瞬間、男の体が大きく揺れ、その場に倒れた。
「え!!」
「おい!!」
驚きながらも、二人は、男に近付き、まだ、息をしているのを確認した。
「気を失ったようだ」
「あービックリした」
「俺は、サンプルを集める。遥は、バギーを取って来い」
「分かった」
遥が走り出すと、バイオレンスは、自分のマントを男に掛け、周りのスケルトンの残骸から、サンプルを採取した。
道なき道。
足跡を頼りに、岩影のバギーを見付け、遥は、跨がると、砂煙を巻き上げ、足跡を消すように戻った。
遥が戻った時には、サンプル採取を終わらせたバイオレンスと二人で、周りを警戒しながら、男をサイドカーに乗せた。
小柄な遥が、男をマントで隠しながら、サイドカーの空いたスペースに乗り込み、バイオレンスは、急いで、バギーを走らせ、遺跡へと向かった。
「見た事ない人」
「それは、アンテラの人間だな」
「アンテラ?って、ナニ?」
「アルカとは、別の大陸だ」
「大陸?アルカ以外にも大陸があるの?」
「あぁ。遥は、アルカ以外は、知らなかったな」
この世界は、アルカを中心とし、海を挟んで、周りに五つの大陸が、点在している。
バルマニオ、ガダル、リューマ、タリミオ、そして、アンテラ。
そして、それぞれの大陸には、それぞれの文化が存在し、その文化の中で、生活する人々もいるが、大陸同士の交流はなく、他の大陸への出入りもほとんどない。
「じゃ、この人は、アンテラ人?」
「そうなるな」
「ふ~ん。なんで分かるの?」
「腕輪だ」
右の二の腕に、二匹の蛇みたいな生き物が、首を絡ませている飾りが、付いている。
「それは、アンテラにしかない物だ」
「なんで知ってるの?」
「昔、何かの本に載ってたんだ」
「へぇ。アナタって、意外と博学ね」
「意外とはなんだ。これでも、俺は、この大陸を代表する騎士だぞ?それくらい、勉強しとくに決まってるだろう」
「そんな風には、見えないわよ?」
「うるさいぞ」
「あら。ごめんなさい?」
くだらない話をしながら、遺跡の洞窟内を走っていても、雑音の溢れる人々の中を通り抜けても、男は、目を覚まさなかった。
バイオレンスが、学者たちにサンプルを渡しに行ってる間、遥が、バギーを運転し、屋敷へと戻り、使用人と一緒に男を空いてる部屋のベットに寝かせた。
バイオレンスは、帰って来て、すぐに部屋に向かった。
「どうだ?」
座っていた遥の隣に立ち、バイオレンスも、ベットに横たわる男を見下ろした。
「全然。それにしても、なんでアンテラの人が、アルカにいるのかしら?」
「さぁな。本人に直接、聞いてみるしかない」
「そうね。起きたら、教えてね?」
立ち上がった遥は、自分の部屋に戻り、マントと眼帯をはずし、バイオレンスが呼びに来るまで、ベットに寝転がっていた。
バイオレンスに続いて、遥が部屋に入ると、起き上がっていた男は、緑色の髪を揺らし、緑の瞳が、恐怖で細められた。
「そう怯えるな。彼女は、そんなに凶暴じゃない」
「ずいぶん、酷い言い方ね?」
「本当の事だろ?」
「そうね。化け物だったら、始末するけど」
「おい。そんな事を言うんじゃない」
「どうして?」
「怯えて話にならないだろ」
「なぜ?化け物じゃないんだから、怯える必要なんてないじゃない」
「あんな戦闘を見せられたら、誰でも怯えるだろう?」
「アナタは、怯えてないわ?」
「俺は、慣れてる。それに、これでも遥の上官だ。部下に、怯える必要なんてない」
「そうね。要は、気の持ちようって事よ」
そんなくだらない話をしている二人から、視線を反らし、男は、拳を作った自分の手を見下ろしていた。
「君の名は?」
そんな男にバイオレンスが、声を掛けても、男は、黙っているだけだった。
「話があるなら、聞くわよ?」
遥が声を掛けても、男は、何も話さない。
暫く、男に声を掛けていたが、声を発する事もしない男に、二人は、男が話したくなるまで、待つ事にした。
それから、数日が過ぎたが、男は、一向に、何も話さなかった。
そんな男に屋敷中の使用人が、苛立ち始め、その雰囲気に、バイオレンスは、遥の左目を使う事を決意した。
再び、男のいる部屋に入った二人に、背を向けるように、ベットに座っている男の背中を遥は、眼帯をずらして、じっと見つめた。
「“死にたくない”。“帰りたい”」
遥の言葉を聞き、男は、勢いよく、振り返ると、その瞳には、涙の膜が張られ、ボロボロと涙を流しながら、驚いていた。
「それで?一体、何者なんだ?」
「本能だけで、そこまで分からないわよ」
「使えんな」
「アナタは、私を何かの道具みたいに思ってない?」
「だとしたら、どうする?」
「サンプル採取が、出来ない程、八つ裂きにしてやるわ」
「いつも、そうだろ?」
「いつも、手加減してるわ」
「その割には、結構、苦労してんだがな」
「アナタが不器用なだけよ」
二人は、また、くだらない話を始めた。
そんな二人を見ていて、男は、次第におかしくなってきたのか、声を上げて笑い出した。
「すみません。なんか、おかしくて」
大笑いしながら、涙を指で、拭う男を見下ろしていた二人は、お互いの顔を見た。
「お二人は、とても仲が良いんですね」
「こんなヒステリーな人と仲良しなんて、御免だわ」
「俺は、光栄だがな」
「気持ち悪い人」
また、笑い出した男を見つめ、どこか、安心したように、微笑む二人に、一頻り笑った男は、二人に向き直った。
「ティーキ・バンダムって言います」
「なぜ、アルカに来たの?」
ティーキは、暗い表情になり、下を向いた。
「アンテラにも、化け物が現れたんです。その為、アンテラから化け物を追い出す術を学者たちが、探していました。そこに、アルカの学者が、化け物の生態を調べていると風の噂を聞き、学者たちは、僕をこのアルカの地に送り込み、その資料を持ってこいと命じました」
「持ってこい事って事は、盗めって事だな?」
静かに頷いたティーキを見下ろして、バイオレンスは、鼻から溜め息を吐いた。
「そんな事したら、大陸間で争いが起きるじゃない?それとも、それが目的?」
「分かりません」
「聞かなかったの?」
「聞きました。でも、学者たちは、教えてくれませんでした」
「何も教えられてないのに、よく、来たわね?それだけ、腕に自信があるのかしら?」
「いえ。僕は、まだ下級兵です」
「犠牲になったか」
バイオレンスの呟きに、遥は、首を傾げた。
「犠牲って?」
「下級兵が学者に意見し、上官たちの立場が危うくなった。変わりとなる者は、いくらでもいる。死にたくないなければ、意見などせず、黙って指示に従え。その為、意見した者の中から、見せしめとして、彼が犠牲となった。こんなところだな?」
「はい」
悔しそうなティーキを横目に、遥は、バイオレンスを見上げた。
「改めて、アナタが、上官で良かったと思ったわ」
「今更だな」
バイオレンスは、得意気な顔したが、遥は、無視して、ティーキに視線を戻した。
「でも、話を聞く限り、来る前に逃げ出せたんじゃない?」
「それが、寝てる間に舟に乗せられたみたいで。起きた時には、海の真ん中でした」
「大変だったのね」
「僕は、盗みなんてしたくありません。僕は、同じ問題を抱える者同士、出来る事なら、協力し合いたいんです」
ティーキは、訴えるように、二人を見つめた。
そんなティーキを見下ろして、バイオレンスは、頭を掻いた。
「遥」
「はいはい」
眼帯を外して、青色の左目を露にすると、ティーキは、物珍しそうに遥を見つめた。
遥も、そんなティーキを見つめた。
じっと見つめていると、遥は、バイオレンスを見た。
「彼。アナタと同じよ」
その言葉にバイオレンスの顔色が、変わった。
「勘違いしないでね?“美しい”ってだけが、アナタと同じなの」
「そんな事は、どうでもいいんだ。さっきの裏付けをしろ」
「ハイハイ。ねぇ?」
ティーキに視線を戻し、顔を近付けた。
「アナタ。さっきと同じ気持ちになってくれない?」
「さっき?」
「ほら。“協力し合いたい”って、言った時の気持ち」
暫く、ティーキと見つめ合うように、じっと見つめた遥は、バイオレンスに向き直た。
「彼の言ってる事は、本当よ?建前で、協力し合いたいなんて、言ってないわ」
遥の言葉にバイオレンスは、額に手を当てながら、溜め息を吐いた。
「あの。どうして分かるんですか?」
「遥の左目には、“本能”が見えるんだ」
バイオレンスの説明が、上手く理解出来なかったティーキは、不思議そうに、遥を見上げた。
「本能とは、生き物の全てが持っているモノよ?無意識の内に、その心や脳が、欲している事。欲望や願望。中には、“本心”なんて、言う人もいる」
「それは、分かります。見えるとは、どうゆう事なんですか?」
「無意識の内に、欲している事が、私の左目には、写ってしまうの。例えば、君がこの左目を見た時、君は、無意識の内に、“美しい”、“見つめたい”と思っていたわ。分かるかしら?」
「そうだったんですか」
「そして、今の君は、“便利だ”、“その目が欲しい”と本能が、言っていたわ?」
「そんな事!!」
「思ってないと思うのは、理性がそう働いてる。人には理性、建前と常識がある。理性と本能は、相反するモノであり、相等しいモノ。本能が、語る事を私が言えば、理性は、それを隠そうとするの。つまり、理性が必死に否定する事は、本能が欲している事。だから、私に隠し事は、出来ない。お分かりかしら?」
顔を近付け、ニッコリ笑った遥を見つめて、ティーキは、何度も頷いた。
そんなティーキに満足したように、微笑みながら、離れると、眼帯を着け直した。
バイオレンスと遥が、並んで、ティーキを見下ろすと、ノックの音が部屋に響いた。
「なんだ」
「お、お食事の支度が、整いました」
「分かった」
不機嫌そうなバイオレンスの低い声が、響くと、ドアの前から、走り去る足音が聞こえ、遥は、口元に手を当てた。
「あら。怖いコト。そんなんじゃ、誰も寄り付かなくなるわよ?」
「うるさい。とにかく、食事だ。行くぞ」
バイオレンスが、ドアを開けると、遥は、ティーキの腕を掴んだ。
「君も一緒に食べましょ?」
「遥!!」
「もっと、色んな、話が聞きたい。それに、毎日、彼と二人だけじゃ、つまらないもの」
驚くティーキを見つめ、遥は、バイオレンスの怒ったような声など、無視して、その手を握った。
ドアを開け放したまま、バイオレンスは、額に手を当てた。
「ねぇ。いいでしょ?」
「僕は、構いませんが…」
ティーキが、遥の後ろにいるバイオレンスを見ると、バイオレンスは、溜め息を吐いて、背中を向けた。
「勝手にしろ」
「ほら。行きましょ?」
ティーキの腕を引っ張り、大広間に向かって、階段を降りる遥を追って、バイオレンスも階段を降り、使用人たちは、驚いていた。
「アンテラって、どんな所なの?」
遥の一言から、話は、始まった。
アンテラは、清らかな水が、大陸中に流れる小さな島だった。
しかし、マーメディアンの出現に因り、その美しい姿は、跡形もなく、崩れ去った。
水は、淀んでしまい、大陸には、化け物が溢れ、人々は、ジャングルの中に城塞都市を造り、毎日、化け物の脅威に怯えながら、生活をしている。
「へぇ。大地の半分は、ジャングルなのね」
「はい。ですから、湿った風が吹くので、毎日が熱帯夜なんです」
「アルカとは、全然、違うのね」
和やかに、アンテラの事を聞いていた遥は、とても、優しく、楽しそうだった。
「サンプル採取はしてるのか?」
そんな二人を他所に、バイオレンスが、そう切り出すと、話の流れは、アンテラの内情に変わった。
「しています」
「でも、戦闘は、素人並みだったわね?」
「すみません。僕は、まだ、一人で任務に着いた事がないんです」
ティーキは、苦笑いして、頬を掻いた。
そんなティーキの姿が、遥は、微笑ましく思った。
「マーメディアンの生態は、知っているのか?」
「はい。マーメディアンは、“つがい”で行動する事が多いんです」
「任務体制は?」
「下級は、四人。中級は、三人。上級者になると、二人で一組です」
「あら。じゃ、私たちは、上級者になるのね」
「実際は、遥、一人でやってるがな」
「君は、下級だから、四人で任務してたのね」
「また、無視して。だが、常に四人いたのが、唐突に一人で、知らない土地に放り出され、しかも、あんな量を相手にするのは、厳しいな」
無視した遥の話をバイオレンスが、今の状況のティーキの事を指摘するように、そう話を続けると、ティーキは、恥ずかしそうに、うつ向いた。
「えぇ。とても、お恥ずかしい限りです」
ティーキが、唇を噛んで、下を向いたのを同情した遥は、バイオレンスに視線を向けた。
「ねぇ。何か手伝えないかな?」
視線を向けられ、バイオレンスは、顎に指を添えて、悩むような仕草をした。
「学者たちに言ってみるか」
「あの堅物たちが、手伝うはずないわよ」
「そうだろうが、俺たちだけでは、任務に同行させる事しか出来んぞ?」
「なら、サンプルを少し、分けてあげれば?」
「まぁ。それくらいなら、何とかしてやれるが、それでもいいか?」
バイオレンスが、視線を向けると、ティーキは、嬉しそうに目を細めた。
「それだけでも、嬉しい限りです。お願いします」
「なら、そうするか」
「良かったね?」
遥が、視線を向けると、ティーキの瞳は、見えなくなり、唇は、大きな弧を描いた。
「はい」
ティーキは、本当に嬉しそうで、それを見つめる二人も、嬉しそうに微笑んだ。
次の日から、サンプル採取にティーキも同行する事になり、サイドカーは、少し、狭くなったが、それでも、遥は、アルカ以外の土地の話が、聞ける事が嬉しく思えていた。
食後に三人で、ワインを飲んでいた。
遥は、その間もティーキにアンテラの事を聞いていた。
「そろそろ、寝るか」
立ち上がるバイオレンスに続き、遥も立ち上がったが、ティーキは、うつ向いたまま、座っていた。
「どしたの?」
「あ。いえ」
ティーキは、何故か、暗い表情のまま、下を向いていた。
そんなティーキを見下ろして、遥が首を傾げると、バイオレンスは、溜め息を吐いた。
「あの部屋を使え」
ティーキは、驚いていたように、目が大きく開かれ、その緑の瞳が、輝き始めた。
「行く宛なんてないんだろ?なら、帰れるまでは、あの部屋に寝泊まりすればいい」
「ありがとうございます」
「やったね?」
「はい。お世話になります」
やっと、立ち上がったティーキと共に大広間を出た。
それは、とても和やかな雰囲気だった。
「バイオレンスさんが、お優しい方で、本当に良かったです」
「優しいかしら?」
「知らん。俺に聞くな」
くだらない事を話ながら、階段を上がる二人の後を追うように、ティーキも二人の背中を見つめながら、密かに微笑んで、階段を上がっていった。
「それじゃ。おやすみ」
「あぁ。おやすみ」
「おやすみなさい」
自分の部屋に入っていく遥に頭を下げ、ティーキも与えれた部屋の前に立つと、バイオレンスに向き直った。
「本当にありがとうございます。おやすみなさい」
「あぁ」
自分の部屋に向かうバイオレンスの背中に、会釈してから、部屋に入ったティーキは、ベットに腰を下ろして、そのまま、後ろへと倒れた。
天井を見上げ、嬉しそうに微笑んでから、目を閉じると、ティーキは、そのま、夢の中へと溶け込んでいった。
次の日。
朝になり、ティーキは、バイオレンスと共に、遥を起こしに来た。
「ほれ。起きろ」
バイオレンスが、揺すりながら、起こしても、遥が起き上がる気配がない。
暫く、寝ている遥を見下ろしから、バイオレンスは、ベットの片側を勢いよく、持ち上げた。
「大丈夫ですか?」
バタンと、大きな音を発てて、床に転がり落ちた遥に近付き、ティーキが声を掛けると、ムクッと起き上がり、床に座ったまま、目を擦る遥は、無表情だった。
「まったく。毎回、毎回。早く準備しろ」
遥が頷くのを見て、バイオレンスとティーキは、部屋の外に出ると、静かに、ドアを閉めた。
「あんな起こし方で、いいんですか?」
「あれくらいじゃなきゃ、起きやしない」
「でも、凄く怒っていたように見えましたよ?」
「普通に起こしても、あんな感じだ。気にするな」
ドアが開いた時、ティーキが驚いていた事が二つある。
一つは、女性であるはずの遥が、五分程で、支度を終わらせた事。
「あの、遥さん?」
もう一つは、遥の髪が、乱れたままになっていた事。
バイオレンスは、片目を隠すように、手を当て、溜め息をつきながら、首を振り、ティーキは、驚きのあまり、固まってしまった。
遥は、そんな二人を無視して、歩き出そうとした。
「ちょっと待って!!」
前を通りすぎようとした遥の腕を掴み、ティーキは、遥を引きずるようにして、部屋に逆戻りすると、ドレッサーの前に座らせた。
「ダメですよ?遥さんは、女性なんですから、身だしなみは、整えないと」
ドレッサーから、ブラシを取り出して、ティーキが、遥の髪を梳かし始めた。
その手付きは、とても慣れているようだった。
「彼女でもいるの?」
驚きで眠気が覚めた遥は、天井を見上げるようにして、ティーキを見ると、ティーキは、苦笑いした。
「いませんよ」
「でも、凄く慣れてない?」
「妹がいるんですよ。妹は、上手く、髪が梳かせないから、僕がやってあげてたんです」
「普通なら、母親がするもんだろ?」
「母は、妹を産んで、すぐに亡くなりました」
「お父様は?」
一瞬、髪を梳かす手が止まり、悔しそうに顔を歪めた後、ティーキは、遥の髪を梳かしながら、自分の家族の話を始めた。
ティーキの父親は、強豪と唱われた大鎌の使い手だった。
しかし、五年前。
マーメディアンの襲撃を受けた際、父親は、マーメディアンと戦いで命を落とし、妹もマーメディアンから逃げていた時、怪我をして、腕が上がらなくなってしまった。
「そんな妹さん、一人で大丈夫かしら?」
「上がらないと言っても、肩より上に上がらないだけですから。日常生活には、何ら問題ないですし。料理も出来るし。それに、近くに親戚もいるので、大丈夫だと思います」
「遥は、そうゆう意味で言ってんじゃない」
ブラシを片付けようと、ドレッサーの引き出しに手を掛けて、ティーキは、バイオレンスを見つめた。
「妹さん。寂しくないかな?」
「大丈夫ですよ。体は、小さいですけど、とても強い妹なので」
「家族がいなくなって、寂しくない人間なんていない」
うつ向いたバイオレンスの言葉には、説得力があった。
「俺だって、寂しかった」
「彼の両親も君と同じなの」
バレないように、ティーキの耳元で、遥が囁き、立ち上がると、ティーキは、バイオレンスを見つめた。
「早く行きましょう?寝る時間が少なくなっちゃう」
「だったら、自分で起きれるようになれ」
「イヤよ。自分で起きるなんて、そんな、勿体ない事したくないもの」
「いい加減にしてくれ。起こすこっちの身にもなってみろ」
「そんなのお断りよ。ほら。早く行きましょ?ティーキ」
遥に名前を呼ばれ、ティーキの心臓が、ドキンと音を発て、脈拍が上昇していく。
「俺の名は、呼ばないのか?」
「アナタは、アナタでいいのよ」
「それじゃ、バイオレンスさんが、可哀想ですよ」
「可哀想だって。同情されてるわよ?」
「遥がそうさせてるんだ」
「そんな事してないわよ?」
「十分、してると思いますけど」
「あらそう?それじゃ、これからは、気を付けてみるわ」
「全くそんなつもりないな」
くだらない会話を三人でしながら、バイオレンスが、バギーに跨がり、サイドカーに遥が乗り込み、バイオレンスの後ろにティーキが座ると、地上に向かって走り出した。
「流石に三人は、キツいな」
「すみません」
「ジープでも買うか」
「いいわね。そしたら、後ろで寝てられるわ」
「それは、ダメだと思いますよ?」
「てか、ジープ通らなくない?」
「確かにな」
「もう一台、バギーかバイクがあれば、僕、自分で運転出来ますよ?」
「そりゃいい。どっかから、調達しとく」
「そしたら、ティーキの方に、これ付けてよ」
「ダメだと思いますよ?」
「大丈夫よ。ねぇ?」
「断る」
「なんでよ」
「自分で考えろ」
「ケチね」
「ケチじゃないと思います。僕でも、その理由、分かりますし」
「教えて?」
「イヤです」
「もう。二人して、意地悪ねぇ」
遺跡の洞窟を抜けても、くだらない話をし続け、昨日と同じ、場所に向かい、バギーを走らせた。
岩影にバギーを停めると、遥は、荷物の中から、ピストルとダガーナイフを取り出し装着した。
バイオレンスも背中に剣を背負うと、ティーキに向かって、黒いケースを差し出した。
「何の装備もしないで、荒野を彷徨くのは、危険すぎるからな。これを使え」
ケースを受け取り、中身を確認すると、ライフルが入っていた。
「無理ですよ!ライフルなんて、使った事ないですから」
「そんなの慣れよ。慣れ」
「だそうだ」
「そんなぁ~」
嘆くティーキを見て、二人は、大きな声で笑った。
「ちゃんと、抱えてろよ」
「そうそう。じゃないと、ドーンってなるからね?」
「あ!!ちょっと、待って下さいよ!!」
先にスタスタと、歩き出した二人をライフルの入ったケースを慎重に抱えて、追い掛けるティーキの姿に、遥とバイオレンスは、振り返って、また、大笑いした。
「落とさなきゃ、暴発なんてしないから」
ティーキをからかいながら、少し歩くと、三人は、少し小高い所に登り、スケルトンの群れを探した。
「いたわよ」
遥がスケルトンの群れを見付け、走り出そうとするのをバイオレンスが、手で制した。
「やらせてみるぞ」
遥が大人しく、後ろに下がると、バイオレンスは、ティーキに振り向き、手招きした。
ライフルを抱えて、ティーキが隣に立つと、バイオレンスは、スケルトンの群れを指差した。
「あの中に向かって、撃ってみろ」
「そんな!いきなり、実戦なんて出来ないですよ!!」
「大丈夫だ。ただの合図だと思え」
バイオレンスにじっと見つめられ、ティーキは、思い悩むようにうつ向いた。
「撃ってくれたら、後は、私がやるわ」
遥を見つめ、ティーキは、決心したよあに、スケルトンの群れを見下ろした。
「やってみます。だから、教えて下さい。お願いします」
「よし。よく聞け」
ライフルを取り出し、大地に腹這いになり、ライフルを構えて、スコープを覗くと、物が大きく見えた。
「一匹だけに集中しろ」
スケルトンの群れの中で、一匹だけをスコープで、見つめて、集中していく。
「撃てと言ったら、引き金を引くんだ。当たらなくていい。ただの合図だ。分かったな?」
スコープから、顔を外さずに、小さく頷いたティーキを見て、バイオレンスは、スケルトンの群れに視線を戻した。
その間に、遥は、小高い所の裏側を回り、スケルトンの進行方向の先、岩影に身を潜めた。
スケルトンは、着実に遥の方に向かって行った。
「今だ」
遥のいる岩影まで、数メートルの距離。
バイオレンスの声に合わせて、引き金を引くと、ライフルから弾が流れ、狙っていたスケルトンに見事、命中させた。
地飛沫を上げながら、倒れたスケルトンに、他のスケルトンが、気を取られてる内に、遥は、岩影から一直線にスケルトンの群れに飛び込んで、ダガーナイフを振り回した。
全てのスケルトンが、大地に倒れ、血溜まりを作ると、ケースにライフルを収めて、ティーキとバイオレンスが、遥に向かって走った。
ダガーナイフを鞘に収めて、振り返った遥は、ティーキに近付き、背中を叩いた。
「やるじゃない」
「いえ。まぐれですよ」
照れるティーキを見て、バイオレンスは、珍しく目を細めた。
「ライフルの素質があるのかもな」
「そんな事ないですよ。自分でも、まさか、当たるなんて、思ってなかったですし。正直、驚いてます」
「結果は、結果よ?素直に喜ばなきゃ。それに、彼が他人を褒めるなんて、滅多にないの」
「遥。余計な事は、言わなくていい」
バイオレンスの頬が、ちょっとだけ、赤くなった。
そんなバイオレンスを見つめ、ティーキは、嬉しくなり、誇らしくなった。
「じゃ、バギー取ってくるね」
駆け出した遥を見送り、ティーキとバイオレンスは、サンプル採取を始めた。
バイオレンスから渡された小瓶に、血や肉片を詰めて、バイオレンスに渡そうとすると、バイオレンスは、首を振った。
「それは、お前の分だ。持っていけ」
優しく微笑むバイオレンスを見つめ、ティーキの頬が、ほんのり、桃色に染まった。
「ありがとうございます」
ティーキは、頭を下げ、自分のポケットにサンプルを入れて、周りを見渡した。
「アルカは、元々、荒野が多い大陸だ」
思っていた疑問を聞く前に、バイオレンスが答えると、ティーキは、改めて、荒野を見渡す。
荒野でも、水が湧き出す所は、数ヶ所、点在していて、人々は、自分たちの決めた水場のある所で、それぞれ、生活していた。
だが、スケルトンの暴動で、点在していてた水場から、多くの人々が、今の遺跡に避難をした。
「その時、多くの人が、亡くなった。その中には、俺の両親もいた。俺には、兄弟がいない」
それを聞いたティーキは、少し、寂しそうに、アンテラが、あると思われる方角をじっと、見つめた。
「妹がいて良かったな」
「はい」
その時、バギーのエンジン音が聞こえ、二人は、砂煙が巻き起こる方に視線を向けた。
「お待たせ。って、どしたの?」
「何でもない。行くぞ」
首を傾げながら、サイドカーに乗り込むと、バイオレンスとティーキも、バギーに跨がり、遺跡に向かって走り出した。
それから、くだらない話をしながら、屋敷に戻ると、遥は、部屋に入った。
マントと眼帯を取り、ベットに寝転がり、天井を見上げていると、外から音が聞こえ、起き上がり、窓辺に立ち、外を見下ろした。
敷地内、屋敷に近くで、背中を丸め、何かをしているティーキの姿が見えた。
そんなティーキの背中をじっと見つめ、遥は、眼帯を着けながら、部屋を出た。
「ティーキ?」
立ち上がり、額の汗を袖で拭くティーキに声を掛けると、ティーキは、振り返り、屋敷から出てきた遥を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「遥さん。丁度いい所に来ましたね?今、アンテラで咲く花の種を植えたんです」
「そう」
「何してるんだ?」
そこに、バイオレンスが帰って来た。
「ティーキが、アンテラの花を植えたのよ」
「そうか」
種を植えた周りに、掘り返した時に出てきた石を置き、即席の花壇を三人で見下ろした。
「アルカで、アンテラの花が咲くのかしらね」
「分かりません。でも、咲いて欲しいです。僕が、いつか、帰ったとしても、この花をお二人が見て、僕を思い出せるように」
それは、ティーキの本能が、生まれ育ったアンテラに帰還する事を諦めていない証拠であり、遠く離れたアルカの地で生きる遥とバイオレンスと離れる事を拒む証拠でもある。
出会って、たった数日だけ、同じ屋敷に寝泊まりし、話をし始めて、ほんの二日で、ティーキの中には、二人を信頼する思いが生まれ、二人の側にいる事を願う欲が生まれた。
それでも、帰還を諦めないのは、アンテラに残した妹を思うのと、その妹を心配している二人が、そうさせるのだ。
「僕たちがきっかけで、アルカとアンテラの間に交流が始まり、自由に往来出来るようになったら、いいですね」
「そうね」
優しく微笑み、遥は、小さな花壇の前に屈んだ。
「咲くといいな」
「はい」
「きっと、咲くわよ。早く咲かないかなぁ」
二人の願望に、遥は、右目をキラキラと光らせ、植えたばかりの花壇を見つめていた。
まだ、何も知らない、無邪気な子供が、期待に胸を膨らませている。
そんな様子の遥を二人は、微笑ましく思い、その背中を見つめた。
また、サンプル採取の為、バイオレンスが運転する、バギーは、砂埃を舞い上げながら、荒野を走っていた。
そのサイドカーで、遥は、フードを深く株って寝ている。
「いい加減起きろ」
岩陰にバギーを停め、フードを剥ぎ取ると、太陽の眩しい光に、遥は、顔を歪めながら、背伸びをしながら、大きなアクビをして、頭をガシガシと掻いた。
「少しは、女らしくしろ」
肩越しにバイオレンスを睨み、荷物の中から、ピストルとホルダーを取り出して、腰に巻くと、遥は、スタスタと歩き出した。
「遥!!」
バイオレンスも剣を背負い、遥を追うように歩き出した。
「そろそろ慣れろ」
遥は、朝が苦手だ。
どんなに早く寝ても、一人では、起きれない。
その為、毎朝、バイオレンスに起こされるが、着替えをして、サイドカーに乗ると、目的地に着くまで寝ている。
そして、朝の遥は、機嫌が悪い。
快眠を邪魔される事も、理由の一つだが、彼女の嫌いなサンプル採取に、動かなければならない事、更には、そのサンプルが、また、スケルトンである事で、遥の機嫌をどんどん悪くさせる。
遥は、朝だけ、本能に忠実だ。
こうなった遥は、何も話さず、本能が欲するままに、敵対するスケルトンを倒さないと、声を発する事もない。
バイオレンスは、そんな遥の小さな背中を見つめた。
最初の内は、遥を起こす度、彼女の本能に戸惑い、困惑したが、最近では、慣れてしまい、彼女の好きにさせている。
だが、この日、そんないつもの朝とは、違っていた。
いつものように、周りを警戒して、スケルトンを探していると、前方にスケルトンが、数匹で、何かに群がっている光景に遭遇した。
「ナニ?何に群がってるの?」
「アレは…人?」
スケルトンの群れの中、動く影を見つめ、それが、人である事を確認したバイオレンスは、背負った剣の柄に手を伸ばし、スケルトンに向かって、走り出そうとしたが、それより先に、遥は、もう走り出していた。
発砲音がして、手前のスケルトンが、血飛沫を上げると、遥は、片手にピストル、もう片手には、ダガーナイフを持って、不気味に笑った。
遥が、スケルトンの群れに斬り掛かると、あっという間に、その場にいた全てのスケルトンは、肉の塊となった。
「大丈夫か?」
汚れたマントをなびかせ、不気味に笑う遥の背中を見上げ、バイオレンスが、声を掛けると、男は、小さく頷き、遥が振り返り、男を見下ろした瞬間、男の体が大きく揺れ、その場に倒れた。
「え!!」
「おい!!」
驚きながらも、二人は、男に近付き、まだ、息をしているのを確認した。
「気を失ったようだ」
「あービックリした」
「俺は、サンプルを集める。遥は、バギーを取って来い」
「分かった」
遥が走り出すと、バイオレンスは、自分のマントを男に掛け、周りのスケルトンの残骸から、サンプルを採取した。
道なき道。
足跡を頼りに、岩影のバギーを見付け、遥は、跨がると、砂煙を巻き上げ、足跡を消すように戻った。
遥が戻った時には、サンプル採取を終わらせたバイオレンスと二人で、周りを警戒しながら、男をサイドカーに乗せた。
小柄な遥が、男をマントで隠しながら、サイドカーの空いたスペースに乗り込み、バイオレンスは、急いで、バギーを走らせ、遺跡へと向かった。
「見た事ない人」
「それは、アンテラの人間だな」
「アンテラ?って、ナニ?」
「アルカとは、別の大陸だ」
「大陸?アルカ以外にも大陸があるの?」
「あぁ。遥は、アルカ以外は、知らなかったな」
この世界は、アルカを中心とし、海を挟んで、周りに五つの大陸が、点在している。
バルマニオ、ガダル、リューマ、タリミオ、そして、アンテラ。
そして、それぞれの大陸には、それぞれの文化が存在し、その文化の中で、生活する人々もいるが、大陸同士の交流はなく、他の大陸への出入りもほとんどない。
「じゃ、この人は、アンテラ人?」
「そうなるな」
「ふ~ん。なんで分かるの?」
「腕輪だ」
右の二の腕に、二匹の蛇みたいな生き物が、首を絡ませている飾りが、付いている。
「それは、アンテラにしかない物だ」
「なんで知ってるの?」
「昔、何かの本に載ってたんだ」
「へぇ。アナタって、意外と博学ね」
「意外とはなんだ。これでも、俺は、この大陸を代表する騎士だぞ?それくらい、勉強しとくに決まってるだろう」
「そんな風には、見えないわよ?」
「うるさいぞ」
「あら。ごめんなさい?」
くだらない話をしながら、遺跡の洞窟内を走っていても、雑音の溢れる人々の中を通り抜けても、男は、目を覚まさなかった。
バイオレンスが、学者たちにサンプルを渡しに行ってる間、遥が、バギーを運転し、屋敷へと戻り、使用人と一緒に男を空いてる部屋のベットに寝かせた。
バイオレンスは、帰って来て、すぐに部屋に向かった。
「どうだ?」
座っていた遥の隣に立ち、バイオレンスも、ベットに横たわる男を見下ろした。
「全然。それにしても、なんでアンテラの人が、アルカにいるのかしら?」
「さぁな。本人に直接、聞いてみるしかない」
「そうね。起きたら、教えてね?」
立ち上がった遥は、自分の部屋に戻り、マントと眼帯をはずし、バイオレンスが呼びに来るまで、ベットに寝転がっていた。
バイオレンスに続いて、遥が部屋に入ると、起き上がっていた男は、緑色の髪を揺らし、緑の瞳が、恐怖で細められた。
「そう怯えるな。彼女は、そんなに凶暴じゃない」
「ずいぶん、酷い言い方ね?」
「本当の事だろ?」
「そうね。化け物だったら、始末するけど」
「おい。そんな事を言うんじゃない」
「どうして?」
「怯えて話にならないだろ」
「なぜ?化け物じゃないんだから、怯える必要なんてないじゃない」
「あんな戦闘を見せられたら、誰でも怯えるだろう?」
「アナタは、怯えてないわ?」
「俺は、慣れてる。それに、これでも遥の上官だ。部下に、怯える必要なんてない」
「そうね。要は、気の持ちようって事よ」
そんなくだらない話をしている二人から、視線を反らし、男は、拳を作った自分の手を見下ろしていた。
「君の名は?」
そんな男にバイオレンスが、声を掛けても、男は、黙っているだけだった。
「話があるなら、聞くわよ?」
遥が声を掛けても、男は、何も話さない。
暫く、男に声を掛けていたが、声を発する事もしない男に、二人は、男が話したくなるまで、待つ事にした。
それから、数日が過ぎたが、男は、一向に、何も話さなかった。
そんな男に屋敷中の使用人が、苛立ち始め、その雰囲気に、バイオレンスは、遥の左目を使う事を決意した。
再び、男のいる部屋に入った二人に、背を向けるように、ベットに座っている男の背中を遥は、眼帯をずらして、じっと見つめた。
「“死にたくない”。“帰りたい”」
遥の言葉を聞き、男は、勢いよく、振り返ると、その瞳には、涙の膜が張られ、ボロボロと涙を流しながら、驚いていた。
「それで?一体、何者なんだ?」
「本能だけで、そこまで分からないわよ」
「使えんな」
「アナタは、私を何かの道具みたいに思ってない?」
「だとしたら、どうする?」
「サンプル採取が、出来ない程、八つ裂きにしてやるわ」
「いつも、そうだろ?」
「いつも、手加減してるわ」
「その割には、結構、苦労してんだがな」
「アナタが不器用なだけよ」
二人は、また、くだらない話を始めた。
そんな二人を見ていて、男は、次第におかしくなってきたのか、声を上げて笑い出した。
「すみません。なんか、おかしくて」
大笑いしながら、涙を指で、拭う男を見下ろしていた二人は、お互いの顔を見た。
「お二人は、とても仲が良いんですね」
「こんなヒステリーな人と仲良しなんて、御免だわ」
「俺は、光栄だがな」
「気持ち悪い人」
また、笑い出した男を見つめ、どこか、安心したように、微笑む二人に、一頻り笑った男は、二人に向き直った。
「ティーキ・バンダムって言います」
「なぜ、アルカに来たの?」
ティーキは、暗い表情になり、下を向いた。
「アンテラにも、化け物が現れたんです。その為、アンテラから化け物を追い出す術を学者たちが、探していました。そこに、アルカの学者が、化け物の生態を調べていると風の噂を聞き、学者たちは、僕をこのアルカの地に送り込み、その資料を持ってこいと命じました」
「持ってこい事って事は、盗めって事だな?」
静かに頷いたティーキを見下ろして、バイオレンスは、鼻から溜め息を吐いた。
「そんな事したら、大陸間で争いが起きるじゃない?それとも、それが目的?」
「分かりません」
「聞かなかったの?」
「聞きました。でも、学者たちは、教えてくれませんでした」
「何も教えられてないのに、よく、来たわね?それだけ、腕に自信があるのかしら?」
「いえ。僕は、まだ下級兵です」
「犠牲になったか」
バイオレンスの呟きに、遥は、首を傾げた。
「犠牲って?」
「下級兵が学者に意見し、上官たちの立場が危うくなった。変わりとなる者は、いくらでもいる。死にたくないなければ、意見などせず、黙って指示に従え。その為、意見した者の中から、見せしめとして、彼が犠牲となった。こんなところだな?」
「はい」
悔しそうなティーキを横目に、遥は、バイオレンスを見上げた。
「改めて、アナタが、上官で良かったと思ったわ」
「今更だな」
バイオレンスは、得意気な顔したが、遥は、無視して、ティーキに視線を戻した。
「でも、話を聞く限り、来る前に逃げ出せたんじゃない?」
「それが、寝てる間に舟に乗せられたみたいで。起きた時には、海の真ん中でした」
「大変だったのね」
「僕は、盗みなんてしたくありません。僕は、同じ問題を抱える者同士、出来る事なら、協力し合いたいんです」
ティーキは、訴えるように、二人を見つめた。
そんなティーキを見下ろして、バイオレンスは、頭を掻いた。
「遥」
「はいはい」
眼帯を外して、青色の左目を露にすると、ティーキは、物珍しそうに遥を見つめた。
遥も、そんなティーキを見つめた。
じっと見つめていると、遥は、バイオレンスを見た。
「彼。アナタと同じよ」
その言葉にバイオレンスの顔色が、変わった。
「勘違いしないでね?“美しい”ってだけが、アナタと同じなの」
「そんな事は、どうでもいいんだ。さっきの裏付けをしろ」
「ハイハイ。ねぇ?」
ティーキに視線を戻し、顔を近付けた。
「アナタ。さっきと同じ気持ちになってくれない?」
「さっき?」
「ほら。“協力し合いたい”って、言った時の気持ち」
暫く、ティーキと見つめ合うように、じっと見つめた遥は、バイオレンスに向き直た。
「彼の言ってる事は、本当よ?建前で、協力し合いたいなんて、言ってないわ」
遥の言葉にバイオレンスは、額に手を当てながら、溜め息を吐いた。
「あの。どうして分かるんですか?」
「遥の左目には、“本能”が見えるんだ」
バイオレンスの説明が、上手く理解出来なかったティーキは、不思議そうに、遥を見上げた。
「本能とは、生き物の全てが持っているモノよ?無意識の内に、その心や脳が、欲している事。欲望や願望。中には、“本心”なんて、言う人もいる」
「それは、分かります。見えるとは、どうゆう事なんですか?」
「無意識の内に、欲している事が、私の左目には、写ってしまうの。例えば、君がこの左目を見た時、君は、無意識の内に、“美しい”、“見つめたい”と思っていたわ。分かるかしら?」
「そうだったんですか」
「そして、今の君は、“便利だ”、“その目が欲しい”と本能が、言っていたわ?」
「そんな事!!」
「思ってないと思うのは、理性がそう働いてる。人には理性、建前と常識がある。理性と本能は、相反するモノであり、相等しいモノ。本能が、語る事を私が言えば、理性は、それを隠そうとするの。つまり、理性が必死に否定する事は、本能が欲している事。だから、私に隠し事は、出来ない。お分かりかしら?」
顔を近付け、ニッコリ笑った遥を見つめて、ティーキは、何度も頷いた。
そんなティーキに満足したように、微笑みながら、離れると、眼帯を着け直した。
バイオレンスと遥が、並んで、ティーキを見下ろすと、ノックの音が部屋に響いた。
「なんだ」
「お、お食事の支度が、整いました」
「分かった」
不機嫌そうなバイオレンスの低い声が、響くと、ドアの前から、走り去る足音が聞こえ、遥は、口元に手を当てた。
「あら。怖いコト。そんなんじゃ、誰も寄り付かなくなるわよ?」
「うるさい。とにかく、食事だ。行くぞ」
バイオレンスが、ドアを開けると、遥は、ティーキの腕を掴んだ。
「君も一緒に食べましょ?」
「遥!!」
「もっと、色んな、話が聞きたい。それに、毎日、彼と二人だけじゃ、つまらないもの」
驚くティーキを見つめ、遥は、バイオレンスの怒ったような声など、無視して、その手を握った。
ドアを開け放したまま、バイオレンスは、額に手を当てた。
「ねぇ。いいでしょ?」
「僕は、構いませんが…」
ティーキが、遥の後ろにいるバイオレンスを見ると、バイオレンスは、溜め息を吐いて、背中を向けた。
「勝手にしろ」
「ほら。行きましょ?」
ティーキの腕を引っ張り、大広間に向かって、階段を降りる遥を追って、バイオレンスも階段を降り、使用人たちは、驚いていた。
「アンテラって、どんな所なの?」
遥の一言から、話は、始まった。
アンテラは、清らかな水が、大陸中に流れる小さな島だった。
しかし、マーメディアンの出現に因り、その美しい姿は、跡形もなく、崩れ去った。
水は、淀んでしまい、大陸には、化け物が溢れ、人々は、ジャングルの中に城塞都市を造り、毎日、化け物の脅威に怯えながら、生活をしている。
「へぇ。大地の半分は、ジャングルなのね」
「はい。ですから、湿った風が吹くので、毎日が熱帯夜なんです」
「アルカとは、全然、違うのね」
和やかに、アンテラの事を聞いていた遥は、とても、優しく、楽しそうだった。
「サンプル採取はしてるのか?」
そんな二人を他所に、バイオレンスが、そう切り出すと、話の流れは、アンテラの内情に変わった。
「しています」
「でも、戦闘は、素人並みだったわね?」
「すみません。僕は、まだ、一人で任務に着いた事がないんです」
ティーキは、苦笑いして、頬を掻いた。
そんなティーキの姿が、遥は、微笑ましく思った。
「マーメディアンの生態は、知っているのか?」
「はい。マーメディアンは、“つがい”で行動する事が多いんです」
「任務体制は?」
「下級は、四人。中級は、三人。上級者になると、二人で一組です」
「あら。じゃ、私たちは、上級者になるのね」
「実際は、遥、一人でやってるがな」
「君は、下級だから、四人で任務してたのね」
「また、無視して。だが、常に四人いたのが、唐突に一人で、知らない土地に放り出され、しかも、あんな量を相手にするのは、厳しいな」
無視した遥の話をバイオレンスが、今の状況のティーキの事を指摘するように、そう話を続けると、ティーキは、恥ずかしそうに、うつ向いた。
「えぇ。とても、お恥ずかしい限りです」
ティーキが、唇を噛んで、下を向いたのを同情した遥は、バイオレンスに視線を向けた。
「ねぇ。何か手伝えないかな?」
視線を向けられ、バイオレンスは、顎に指を添えて、悩むような仕草をした。
「学者たちに言ってみるか」
「あの堅物たちが、手伝うはずないわよ」
「そうだろうが、俺たちだけでは、任務に同行させる事しか出来んぞ?」
「なら、サンプルを少し、分けてあげれば?」
「まぁ。それくらいなら、何とかしてやれるが、それでもいいか?」
バイオレンスが、視線を向けると、ティーキは、嬉しそうに目を細めた。
「それだけでも、嬉しい限りです。お願いします」
「なら、そうするか」
「良かったね?」
遥が、視線を向けると、ティーキの瞳は、見えなくなり、唇は、大きな弧を描いた。
「はい」
ティーキは、本当に嬉しそうで、それを見つめる二人も、嬉しそうに微笑んだ。
次の日から、サンプル採取にティーキも同行する事になり、サイドカーは、少し、狭くなったが、それでも、遥は、アルカ以外の土地の話が、聞ける事が嬉しく思えていた。
食後に三人で、ワインを飲んでいた。
遥は、その間もティーキにアンテラの事を聞いていた。
「そろそろ、寝るか」
立ち上がるバイオレンスに続き、遥も立ち上がったが、ティーキは、うつ向いたまま、座っていた。
「どしたの?」
「あ。いえ」
ティーキは、何故か、暗い表情のまま、下を向いていた。
そんなティーキを見下ろして、遥が首を傾げると、バイオレンスは、溜め息を吐いた。
「あの部屋を使え」
ティーキは、驚いていたように、目が大きく開かれ、その緑の瞳が、輝き始めた。
「行く宛なんてないんだろ?なら、帰れるまでは、あの部屋に寝泊まりすればいい」
「ありがとうございます」
「やったね?」
「はい。お世話になります」
やっと、立ち上がったティーキと共に大広間を出た。
それは、とても和やかな雰囲気だった。
「バイオレンスさんが、お優しい方で、本当に良かったです」
「優しいかしら?」
「知らん。俺に聞くな」
くだらない事を話ながら、階段を上がる二人の後を追うように、ティーキも二人の背中を見つめながら、密かに微笑んで、階段を上がっていった。
「それじゃ。おやすみ」
「あぁ。おやすみ」
「おやすみなさい」
自分の部屋に入っていく遥に頭を下げ、ティーキも与えれた部屋の前に立つと、バイオレンスに向き直った。
「本当にありがとうございます。おやすみなさい」
「あぁ」
自分の部屋に向かうバイオレンスの背中に、会釈してから、部屋に入ったティーキは、ベットに腰を下ろして、そのまま、後ろへと倒れた。
天井を見上げ、嬉しそうに微笑んでから、目を閉じると、ティーキは、そのま、夢の中へと溶け込んでいった。
次の日。
朝になり、ティーキは、バイオレンスと共に、遥を起こしに来た。
「ほれ。起きろ」
バイオレンスが、揺すりながら、起こしても、遥が起き上がる気配がない。
暫く、寝ている遥を見下ろしから、バイオレンスは、ベットの片側を勢いよく、持ち上げた。
「大丈夫ですか?」
バタンと、大きな音を発てて、床に転がり落ちた遥に近付き、ティーキが声を掛けると、ムクッと起き上がり、床に座ったまま、目を擦る遥は、無表情だった。
「まったく。毎回、毎回。早く準備しろ」
遥が頷くのを見て、バイオレンスとティーキは、部屋の外に出ると、静かに、ドアを閉めた。
「あんな起こし方で、いいんですか?」
「あれくらいじゃなきゃ、起きやしない」
「でも、凄く怒っていたように見えましたよ?」
「普通に起こしても、あんな感じだ。気にするな」
ドアが開いた時、ティーキが驚いていた事が二つある。
一つは、女性であるはずの遥が、五分程で、支度を終わらせた事。
「あの、遥さん?」
もう一つは、遥の髪が、乱れたままになっていた事。
バイオレンスは、片目を隠すように、手を当て、溜め息をつきながら、首を振り、ティーキは、驚きのあまり、固まってしまった。
遥は、そんな二人を無視して、歩き出そうとした。
「ちょっと待って!!」
前を通りすぎようとした遥の腕を掴み、ティーキは、遥を引きずるようにして、部屋に逆戻りすると、ドレッサーの前に座らせた。
「ダメですよ?遥さんは、女性なんですから、身だしなみは、整えないと」
ドレッサーから、ブラシを取り出して、ティーキが、遥の髪を梳かし始めた。
その手付きは、とても慣れているようだった。
「彼女でもいるの?」
驚きで眠気が覚めた遥は、天井を見上げるようにして、ティーキを見ると、ティーキは、苦笑いした。
「いませんよ」
「でも、凄く慣れてない?」
「妹がいるんですよ。妹は、上手く、髪が梳かせないから、僕がやってあげてたんです」
「普通なら、母親がするもんだろ?」
「母は、妹を産んで、すぐに亡くなりました」
「お父様は?」
一瞬、髪を梳かす手が止まり、悔しそうに顔を歪めた後、ティーキは、遥の髪を梳かしながら、自分の家族の話を始めた。
ティーキの父親は、強豪と唱われた大鎌の使い手だった。
しかし、五年前。
マーメディアンの襲撃を受けた際、父親は、マーメディアンと戦いで命を落とし、妹もマーメディアンから逃げていた時、怪我をして、腕が上がらなくなってしまった。
「そんな妹さん、一人で大丈夫かしら?」
「上がらないと言っても、肩より上に上がらないだけですから。日常生活には、何ら問題ないですし。料理も出来るし。それに、近くに親戚もいるので、大丈夫だと思います」
「遥は、そうゆう意味で言ってんじゃない」
ブラシを片付けようと、ドレッサーの引き出しに手を掛けて、ティーキは、バイオレンスを見つめた。
「妹さん。寂しくないかな?」
「大丈夫ですよ。体は、小さいですけど、とても強い妹なので」
「家族がいなくなって、寂しくない人間なんていない」
うつ向いたバイオレンスの言葉には、説得力があった。
「俺だって、寂しかった」
「彼の両親も君と同じなの」
バレないように、ティーキの耳元で、遥が囁き、立ち上がると、ティーキは、バイオレンスを見つめた。
「早く行きましょう?寝る時間が少なくなっちゃう」
「だったら、自分で起きれるようになれ」
「イヤよ。自分で起きるなんて、そんな、勿体ない事したくないもの」
「いい加減にしてくれ。起こすこっちの身にもなってみろ」
「そんなのお断りよ。ほら。早く行きましょ?ティーキ」
遥に名前を呼ばれ、ティーキの心臓が、ドキンと音を発て、脈拍が上昇していく。
「俺の名は、呼ばないのか?」
「アナタは、アナタでいいのよ」
「それじゃ、バイオレンスさんが、可哀想ですよ」
「可哀想だって。同情されてるわよ?」
「遥がそうさせてるんだ」
「そんな事してないわよ?」
「十分、してると思いますけど」
「あらそう?それじゃ、これからは、気を付けてみるわ」
「全くそんなつもりないな」
くだらない会話を三人でしながら、バイオレンスが、バギーに跨がり、サイドカーに遥が乗り込み、バイオレンスの後ろにティーキが座ると、地上に向かって走り出した。
「流石に三人は、キツいな」
「すみません」
「ジープでも買うか」
「いいわね。そしたら、後ろで寝てられるわ」
「それは、ダメだと思いますよ?」
「てか、ジープ通らなくない?」
「確かにな」
「もう一台、バギーかバイクがあれば、僕、自分で運転出来ますよ?」
「そりゃいい。どっかから、調達しとく」
「そしたら、ティーキの方に、これ付けてよ」
「ダメだと思いますよ?」
「大丈夫よ。ねぇ?」
「断る」
「なんでよ」
「自分で考えろ」
「ケチね」
「ケチじゃないと思います。僕でも、その理由、分かりますし」
「教えて?」
「イヤです」
「もう。二人して、意地悪ねぇ」
遺跡の洞窟を抜けても、くだらない話をし続け、昨日と同じ、場所に向かい、バギーを走らせた。
岩影にバギーを停めると、遥は、荷物の中から、ピストルとダガーナイフを取り出し装着した。
バイオレンスも背中に剣を背負うと、ティーキに向かって、黒いケースを差し出した。
「何の装備もしないで、荒野を彷徨くのは、危険すぎるからな。これを使え」
ケースを受け取り、中身を確認すると、ライフルが入っていた。
「無理ですよ!ライフルなんて、使った事ないですから」
「そんなの慣れよ。慣れ」
「だそうだ」
「そんなぁ~」
嘆くティーキを見て、二人は、大きな声で笑った。
「ちゃんと、抱えてろよ」
「そうそう。じゃないと、ドーンってなるからね?」
「あ!!ちょっと、待って下さいよ!!」
先にスタスタと、歩き出した二人をライフルの入ったケースを慎重に抱えて、追い掛けるティーキの姿に、遥とバイオレンスは、振り返って、また、大笑いした。
「落とさなきゃ、暴発なんてしないから」
ティーキをからかいながら、少し歩くと、三人は、少し小高い所に登り、スケルトンの群れを探した。
「いたわよ」
遥がスケルトンの群れを見付け、走り出そうとするのをバイオレンスが、手で制した。
「やらせてみるぞ」
遥が大人しく、後ろに下がると、バイオレンスは、ティーキに振り向き、手招きした。
ライフルを抱えて、ティーキが隣に立つと、バイオレンスは、スケルトンの群れを指差した。
「あの中に向かって、撃ってみろ」
「そんな!いきなり、実戦なんて出来ないですよ!!」
「大丈夫だ。ただの合図だと思え」
バイオレンスにじっと見つめられ、ティーキは、思い悩むようにうつ向いた。
「撃ってくれたら、後は、私がやるわ」
遥を見つめ、ティーキは、決心したよあに、スケルトンの群れを見下ろした。
「やってみます。だから、教えて下さい。お願いします」
「よし。よく聞け」
ライフルを取り出し、大地に腹這いになり、ライフルを構えて、スコープを覗くと、物が大きく見えた。
「一匹だけに集中しろ」
スケルトンの群れの中で、一匹だけをスコープで、見つめて、集中していく。
「撃てと言ったら、引き金を引くんだ。当たらなくていい。ただの合図だ。分かったな?」
スコープから、顔を外さずに、小さく頷いたティーキを見て、バイオレンスは、スケルトンの群れに視線を戻した。
その間に、遥は、小高い所の裏側を回り、スケルトンの進行方向の先、岩影に身を潜めた。
スケルトンは、着実に遥の方に向かって行った。
「今だ」
遥のいる岩影まで、数メートルの距離。
バイオレンスの声に合わせて、引き金を引くと、ライフルから弾が流れ、狙っていたスケルトンに見事、命中させた。
地飛沫を上げながら、倒れたスケルトンに、他のスケルトンが、気を取られてる内に、遥は、岩影から一直線にスケルトンの群れに飛び込んで、ダガーナイフを振り回した。
全てのスケルトンが、大地に倒れ、血溜まりを作ると、ケースにライフルを収めて、ティーキとバイオレンスが、遥に向かって走った。
ダガーナイフを鞘に収めて、振り返った遥は、ティーキに近付き、背中を叩いた。
「やるじゃない」
「いえ。まぐれですよ」
照れるティーキを見て、バイオレンスは、珍しく目を細めた。
「ライフルの素質があるのかもな」
「そんな事ないですよ。自分でも、まさか、当たるなんて、思ってなかったですし。正直、驚いてます」
「結果は、結果よ?素直に喜ばなきゃ。それに、彼が他人を褒めるなんて、滅多にないの」
「遥。余計な事は、言わなくていい」
バイオレンスの頬が、ちょっとだけ、赤くなった。
そんなバイオレンスを見つめ、ティーキは、嬉しくなり、誇らしくなった。
「じゃ、バギー取ってくるね」
駆け出した遥を見送り、ティーキとバイオレンスは、サンプル採取を始めた。
バイオレンスから渡された小瓶に、血や肉片を詰めて、バイオレンスに渡そうとすると、バイオレンスは、首を振った。
「それは、お前の分だ。持っていけ」
優しく微笑むバイオレンスを見つめ、ティーキの頬が、ほんのり、桃色に染まった。
「ありがとうございます」
ティーキは、頭を下げ、自分のポケットにサンプルを入れて、周りを見渡した。
「アルカは、元々、荒野が多い大陸だ」
思っていた疑問を聞く前に、バイオレンスが答えると、ティーキは、改めて、荒野を見渡す。
荒野でも、水が湧き出す所は、数ヶ所、点在していて、人々は、自分たちの決めた水場のある所で、それぞれ、生活していた。
だが、スケルトンの暴動で、点在していてた水場から、多くの人々が、今の遺跡に避難をした。
「その時、多くの人が、亡くなった。その中には、俺の両親もいた。俺には、兄弟がいない」
それを聞いたティーキは、少し、寂しそうに、アンテラが、あると思われる方角をじっと、見つめた。
「妹がいて良かったな」
「はい」
その時、バギーのエンジン音が聞こえ、二人は、砂煙が巻き起こる方に視線を向けた。
「お待たせ。って、どしたの?」
「何でもない。行くぞ」
首を傾げながら、サイドカーに乗り込むと、バイオレンスとティーキも、バギーに跨がり、遺跡に向かって走り出した。
それから、くだらない話をしながら、屋敷に戻ると、遥は、部屋に入った。
マントと眼帯を取り、ベットに寝転がり、天井を見上げていると、外から音が聞こえ、起き上がり、窓辺に立ち、外を見下ろした。
敷地内、屋敷に近くで、背中を丸め、何かをしているティーキの姿が見えた。
そんなティーキの背中をじっと見つめ、遥は、眼帯を着けながら、部屋を出た。
「ティーキ?」
立ち上がり、額の汗を袖で拭くティーキに声を掛けると、ティーキは、振り返り、屋敷から出てきた遥を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「遥さん。丁度いい所に来ましたね?今、アンテラで咲く花の種を植えたんです」
「そう」
「何してるんだ?」
そこに、バイオレンスが帰って来た。
「ティーキが、アンテラの花を植えたのよ」
「そうか」
種を植えた周りに、掘り返した時に出てきた石を置き、即席の花壇を三人で見下ろした。
「アルカで、アンテラの花が咲くのかしらね」
「分かりません。でも、咲いて欲しいです。僕が、いつか、帰ったとしても、この花をお二人が見て、僕を思い出せるように」
それは、ティーキの本能が、生まれ育ったアンテラに帰還する事を諦めていない証拠であり、遠く離れたアルカの地で生きる遥とバイオレンスと離れる事を拒む証拠でもある。
出会って、たった数日だけ、同じ屋敷に寝泊まりし、話をし始めて、ほんの二日で、ティーキの中には、二人を信頼する思いが生まれ、二人の側にいる事を願う欲が生まれた。
それでも、帰還を諦めないのは、アンテラに残した妹を思うのと、その妹を心配している二人が、そうさせるのだ。
「僕たちがきっかけで、アルカとアンテラの間に交流が始まり、自由に往来出来るようになったら、いいですね」
「そうね」
優しく微笑み、遥は、小さな花壇の前に屈んだ。
「咲くといいな」
「はい」
「きっと、咲くわよ。早く咲かないかなぁ」
二人の願望に、遥は、右目をキラキラと光らせ、植えたばかりの花壇を見つめていた。
まだ、何も知らない、無邪気な子供が、期待に胸を膨らませている。
そんな様子の遥を二人は、微笑ましく思い、その背中を見つめた。
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