丘を越えたり、下ったり(仮)

ムギオオ

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33 疑心暗鬼

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 格別味の解る俺ではないが、頂いたコーヒーをゆっくり味わい飲んでいるうちに落ち着きを取り戻すことが出来た。

「会長、昨日仰っていた事ですが」
「秋吉さんじゃな」
 会長は足を組んで話し出した。
「君は彼女と知り合ってまだ日が浅いと聞いたんじゃが、どういう過程で彼女の用心棒みたいなことに? 」
 俺は里香ちゃんとの出会いと夏目名人の事を簡潔に話した。

「では、報酬なしで彼女を助けていたってわけじゃな」
 会長は一人頷くと
「ワシはの中ではまだ彼女を疑ごうとる。じゃが安心してくれ、昨日約束した通り彼女に危害を加えたりはせん」
 会長はキッパリと言い切った。
 そして俺は思っていた通りの答えに驚かなかった。

 俺も会長が彼女の事をまだ疑っているのではないかとは思ってはいた。ただ俺には里香ちゃんがそんな事をするとはとても思えないし、実際やってはいないと完全否定するために今日ここへやって来たのだ。もう一つは昨日会長が最後に言った言葉の意味を聞くために。

俺は会長が「彼女は美人だから他の男も沢山狙っておるじゃろうから気をつけるんじゃ」みたいな言葉であってくれと願っている。

 会長はまず里香ちゃんが鳳村の丘で何度も目撃されている事を俺に教えてくれた。
 確か里香ちゃんは一度行った事があると言っていた。それは俺と出会って星空を見た時だ。俺は胸がチクリと痛んだ。まさか里香ちゃんが嘘を言ったとは思いたくはない。

 丘の管理者である会長は会社の社員たち数名に毎月末に丘と壁画の状態を確認させに行くのだそうだ。俺と里香ちゃんが丘で出会った月、六月の初旬なのだが、その月初めから末日の間に壁画は無くなったと言う。

 その後残った二つの壁画を警備する為に多くの人員を使い、あえて壁画盗難の事は警察に知らせず、七月から丘全体と壁画を監視しだしたそうだ。
 誰も壁画の盗難に気づいていない事にすれば、もう一度犯人が残りの壁画を盗みに訪れるだろうという会長の考えなのだ。

 もともと丘や丘に続く道路、壁画の洞窟の整備はしっかりとしていたがまさか壁画の盗難などは想定外であり月に一度の状態確認していただけなので警備が甘かったと言えばそれまでなのだが。巨大警備会社の会長の財産だけに最大の汚点になるのか。

 そして七月の監視から里香ちゃんは何度か正確に言えば三回、丘に訪れたそうだ。会長が言うには彼女は丘へは念入りに何度も調査に来ていたのではないかと。

「ワシは複数の犯行であり彼女は見張りと調査を任されていたのではと考えておる。そして昨日の彼女の友人たちもその一員ではないかと」

「君と彼女が丘で偶然出会ったあの日、あの時に既に壁画を盗む作業をしていたんじゃないかと睨んでおるのじゃが………」
「でもあの日彼女の車には何も、それに他に誰にも会いませんでしたよ」
 俺は里香ちゃんを庇うように会長の話を遮った。

「君が丘へ続く道を上がって来たのが見えて、彼女は慌てて君を足止めしたとは考えられんか? 」
 会長の言葉は俺の胸にズシリと響く。あの日彼女は車が故障したと言っていたが、実はガソリンがなかっただけだった。普通ガソリン切れのランプが点滅してれば気が付く筈だそう思うと少し鼓動が早くなった。

「君がガソリンを買いに行っている間に、彼女は駅まで下りて携帯を使って丘にいる仲間に連絡したのかもしれない。あそこは携帯電話が使えないからの」
「でもそれなら駅から電話は出来たかもしれないけど丘の上は電波が立っていない状態だから通じませんよ」

「では彼女は直接、丘の洞窟で作業中の仲間に知らせに行ったのかもしれない。君がガソリンスタンドに行って帰ってくるまで十分時間はあった筈じゃろ」

「壁画を盗み終えた集団が丘から悠々降りた後、君が戻って来たとしたら君は誰とも会わないで丘に上がることになる」
「………まさか」
 絶対にそんなことはないとは言い切れない自分に絶句した。

「それから君に姿を見られた彼女は君が丘の上に行こうとするのを止めたかったんじゃなかろうか。そうすることが不自然に思われないように君が盗まれた壁画跡を見つけないようにする為に丘の上まで一緒に上がったのじゃ。そうは考えられんか」
 会長に断言されて何も言えなくなった。あの日、俺は壁画を見に行ったのに結局のところ、壁画を見てはいないということに気が付いた。

 そらそうだ、あんなに可愛い子が俺と二人でわざわざ丘の上まで行く意味は他にはないような気がする。

「もう一つ夏目とやらが君の強さを知り、秋吉さんの用心棒として利用したのではないか? 」
 会長は俺を憐れむような眼差しを俺に向ける。

「会長の会社の調べでは他に怪しい人物は七月以降来なかったのですか? 」
 俺が最後の望みをかけて聞くと、石田会長は静かに首を振った。

 里香ちゃんにまんまと騙されたと思うと俺は少し傷ついた。彼女が人を騙すなんてことは全く信じられない。
 彼女は俺の事を利用していたのか? だけどもし騙されていたとして、利用されていたとして、あんな可愛い娘と過ごせて、二人で星空を見れて、植物園デート出来て逆にラッキーだったのではないか。何か損でもしたか? いや、得しかしていないじゃないか、俺。

 もしかして、ひょっとしてこのまま騙されて気づいていない振りを続けたら、俺の事を利用する価値のある人間だと彼女が認識すれば、まだ暫くは彼女も俺に気を使い、この関係が続き……
 俺とひょっとして付き合うふりをしてくれるかも…… 
 デートするふりをしてくれるかも………
 俺がもっと使える男だとアピールすればもっと………

「大方理解出来たと思うんじゃが。そこでワシからの提案なんじゃが、古川君、きみも壁画を探すことを、事件解決に向け我々を手伝ってくれんかの? 彼女に騙され利用されっぱなしってのも腹の虫が治まらんじゃろ」
 会長は組んでいた足をほどき、身を乗り出した。

 会長の言葉で目を覚ました。俺はなんて卑屈で卑怯で卑劣な男なんだ。
「いえ、彼女に腹が立つなんて事はぜんぜんないのですが、あんな可愛い娘と知り合えただけで、寧ろラッキーだったかな、なんて思っていたぐらいで」
 俺の話を会長は黙って聞いていたが、横に立つ歌川さんは鼻で笑ったように感じた。
 能面のように無表情だが薄っぺらい顔というわけではない。寧ろ堀の深い美人だ。そう能面ではなく仮面だ。彼女は仮面女だ。

 「ただあの壁画の捜索は是非協力させて下さい。さっき説明しましたが僕にとっても友人と訪れた大事な思い出の場所ですので」
 俺は協力を申し入れると会長と握手した。会長は嬉しそうな顔でもう一方の手も重ねて来たので俺も両手で握手をした。

 俺がこの業を手に入れた意味はこれなのかなと、今までの一連の出来事は壁画が俺に探して欲しくて与えてくれた機会なのかなと思う事にした。そして壁画を見つけ出した暁には、恋人が待っているのだろうか。

 俺は全力で壁画を探す事をここに誓おう。




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