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お仕置きをされる男

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爺がエヴェロム島に行こうという。

俺は構わないが、お嬢の許可がいるぞ? 俺はお嬢の犬だから。と伝えると、爺はお嬢にそれを伝えるといって、服やお菓子を買いに行こうとお嬢を街に誘っていた。

俺は、彼らが帰宅するまでにやっておくことがある。

お嬢を笑い者にしたジャンをこらしめておかねばなるまい。

家は調べがついている。俺は賢いお犬さんなんだぞ?

屋敷から堂々と抜け出した俺は、市中を歩く。ここはなんせ貴族や金持ちの多くが家を構える街区で、ジャンの家も近くにある。

途中、シュタイック侯爵家のマリーナがトイプードルを連れて歩いているのに出くわした。

「あら? お前はたしかレイチェのところの……」

俺は首をかしげてマリーナを見上げる。

用か?

「逃げ出したのね? 躾もできない飼い主と、躾もされていない犬なんて情けない話よね」

相変わらず失礼な女だ。

「じゃ、そのまま野垂れ死になさいな。ほーほっほ!」

俺は、ほーほっほ! と笑う女に、仕返しをする。

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悲劇を思い出すがいい。

ジャンの家へと急ぐ。

急ぐ俺の耳に、マリーナの悲鳴が届いた。

俺への無礼は許さんのだぞ?

ジャンの家は、たしか五六番地の三。

ここだ。

お嬢と俺の屋敷に比べても遜色ないでかさだ。

ジャンの部屋を探そう。

使用人たちが俺を見ている。

堂々と中に入れば怪しまれないのだ。

「おい! 犬が入るぞ!」
「とめろ!」

……作戦ミス!

ええい!

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男二人が庭で大の字になる。

くくくく……

玄関から中に入ると、奥からイケメンが廊下に現れる。

俺と目があった。

「お! ビーグルじゃないか……どこから来たんだ? おいで」

お前はいいヤツだなぁ。

ニコニコ顔で俺を見て、犬好きの匂いもするぞ? 

テクテクと近づき、男を見上げる。

彼はしゃがみ、俺の耳の付け根を撫でる。

ああ……それそれ。それ最高……ああ……首もマッサージしてくれるのか? いいぞ。よしよし……お腹もみせてやろう。そこも撫でてくれたら嬉しいんだぞ? お? わかってるな。

「可愛いな。男の子か? どこから来たんだ? ご主人とはぐれたのか?」

ジャンは俺の首輪を見た。

そこには、ローター侯爵家の住所とお嬢の名前が縫い付けられている。

「レイチェの……」

知り合い?

お前、ジャンを知ってるか? そいつに用があるんだ、俺は。

「俺、彼女にひどいことしたな……まさか喜んでくれるなんて思わなかったから……照れくさくて言わなくていいことまで……」

ジャンてやつを知らないか?

この家にいるはずなんだよ。

「お前、ロイて名前なんだな? ふふふ……よし、連れていってやろう」

お?

抱っこか?

連れていってくれるのか?

よしよし、ジャンのところについたら起こしてくれ。お前のマッサージ気持ちいいから、少し寝させてもらうわ。

……。

……。

……。

ん?

「――でさ、この前のこと謝ろうと思って……まさかあんなに喜んでくれるなんて思ってなくて、本当は罰ゲームで君を誘うことになったの嬉しかったんだ」
「ジャン……」

お嬢?

あら?

俺ん家じゃないか、ここ。

「でも、それを友達に知られるの恥ずかしくてさ……君にも……その気持ちを知られるのが恥ずかしくて、恐くて、その本気になって断られることが」
「ううん……ジャン、ありがとう。私こそ逃げ出すように帰ってごめんなさい」
「いや! そんな! こちらこそ……」

俺はもがいてイケメンから逃れると、屋敷の中に入る。

お嬢……なんかよくわからんが嬉しそうな顔だった。

しかし、あいつがジャンだったのか……。

今度からちゃんと顔を確かめておかねばなるまい。

俺もまだまだだな。

お、クレア! 飯にしてくれ。

「あら? どこにいたの?」

ジャンとお嬢を仲直りさせてやったんだよ。偉いだろ?

「仕事の邪魔しないでね」

クレアは荷物を抱えて爺の書斎へと入っていった……。

そうか。

旅の支度か……

お嬢の許可は出たかな?
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