東京シンデレラ

フジキフジコ

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6.夢を追う男と夢を否定する男

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真夜中を過ぎた頃、オレはマンションの前を散歩していた。
別に高杉の帰りを待っているわけじゃない。

この世界のどこにも高杉の帰れる場所なんか、オレの部屋以外にはないってことを知っていても、オレは高杉を待っているわけじゃないし心配だってしていない。
ただ眠れないから散歩してるだけだ。

今夜は満月で…今はちょっと雲に隠れていて見えないが、多分満月のはずだ。
北風もなく、散歩にはうってつけの…。
「ぶっ、はくしょん!」

目の前を風に飛ばされたピンクチラシが派手に舞い上がった瞬間、盛大なクシャミが出て身体がブルッと震えた。

そりゃあ、まあ、たまには北風も吹くだろう。
吹いちゃいけないという道理はない。



そのとき、通りの向こうを二人の男が肩を組んで歩いてくるのが見えた。
酔っているのか、二人とも右にフラフラ、左にフラフラといった調子で、なかなか近付いてこない。
街灯の下にさしかかったとき、それが高杉とナオキだということがわかった。

「なにやってんだよ、おまえら…」
ようやくマンションの下まで辿りついた二人に、冷たい声で言ってやる。
「ああもう、重かった。この人、強くもないくせに大酒飲んで面倒みるの大変だったんだよ」

そう言うナオキも相当酔ってるらしく、真っ赤な顔をしている。
この分じゃ詳しい話は聞けそうにない。

「でさ、2丁目のストリップ行ったわけよ。ショーが終ったあと、この人なにしたと思う?スタンディングオベーションをかましたあげく『ブラボー』って言ったんだよ?『ブラボー』って?!ねえ、ストリップで普通言う?ブロードウェイかよ」
一緒に高杉を担いで部屋に運びながら、ナオキは文句を言った。

「ところでナオキ、なんでおまえ高杉と一緒にいるんだよ」
「会ったんだよ、飲み屋で」
「…おまえら、いつから飲み屋で会ったら一緒にストリップに行く間柄になったんだ?」

以前一度、一緒に飲みに行った帰りに酔ったオレをマンションまで送ってもらったとき、ナオキは高杉と会ってはいる。
でも会ったのはそれ一回だけで、他に面識はないはずだ。

「あっれ、椎名君、知らなかったの?この人、ウチの店の常連じゃん。ま、最近だけど」
なんだとお?
「……そんな話は聞いてない」
「え?…そ、そう?」

オレの声の調子に急に怖気づいたらしいナオキは、玄関に辿りついて、高杉をそこに転がしたあと、回れ右をした。
「さてと、じゃあ僕はこのへんで…」
「待てよ、ナオキ。こいつ、店にきて何してたんだ?っていうか、誰を、指名してた?」

ナオキの背中がギクッ、とした。
振り向かないで後姿のまま「…トオル君」つぶやくようにそう言って、酔いが冷めたようなしっかりとした足取りで逃げるように出ていった。

トオル?
そういやこの前なんか言ってたな。
変人の客がいる、とか。
なるほどこいつのことだったのか。
あれほど店には来るな、と言っておいたのに。

しかしなにより腹が立つのは、オレが稼いだ金を、高杉が、オレの働く店に使いこんでる、ということだ。
こんな矛盾があっていいのか。

しかもオレじゃないオトコを指名してる、だと。
そのときはトオルが「なにもしない」と言ったことなんか忘れていて、オレはカッとなって正体をなくしてる高杉の頬を3発殴った。

「いっ…いってえ」
「てめえ!なんでわざわざオレの店にきて、オレ以外の男を指名すんだ!ボケッ!オレはなあ、あの店のナンバーワンだぞ!そのナンバーワンとただで、しかもナマで出来るのはおまえだけなんだぞ!ちったあ、ありがたがれ!このヤローッ!」
高杉の襟首を掴んで、ガンガン頭を振りながら言ってやった。
ザマーミロだ。
これで明日は二日酔いだぞ、てめえ。

「シイナ…椎名」
高杉はぼんやりと目を開いて、縋るようにオレの首に腕を回してきた。
「な、な、なんだよ」
「ごめんな。本当にごめん。おまえの大事な金、使っちゃって。ナオキに聞いた。おまえが弟の進学資金を貯めてたとこ」

それを知ったあとで飲み屋にストリップか、いい気なもんだ。
高杉はぐいぐいとオレの身体を抱き寄せて、自分の下に敷きこんだ。
「…ご両親、どうして?」
「親父は自殺、おふくろは過労で親父のあとを追うように同じ年に死んだ。オレが高校に入ったばっかの年だったよ」

高杉は、一瞬驚いて、それから今まで見たこともなかったような、悲しい顔をした。
別に昨日今日死んだわけじゃない。
今更おまえにそんな顔されてもしょうがないことだ。

「高校の3年間は弟と一緒に親戚の家に厄介になってた。卒業してオレは弟を親戚の家に預けて東京に出てきたんだ。あいつが肩身の狭い思いをしなくていいように、充分な仕送りをしてやりたかった。だからオレは迷わず風俗の仕事を選んだ。オレは自分が間違ってるとは思ってない」

なんで高杉にこんな弁解みたいなことを言ってるんだろう。
そう、オレの身体はオレのもので、どうやって使おうとオレの自由だ。
誰に対しても後ろめたいことなんか、ない。

けれど高杉と再会してから、その気持ちがときどきぐらつく。
オレはそれが不安になる。

だけど高杉は、一度もオレの仕事のことに意見をしたことはない。
高杉がオレの部屋に転がり込んで来た日、オレは自分の仕事のことを高杉に打ち明けた。
そのときも高杉は意外なほど驚かなかったし、その表情には同情も蔑ずみもなかった。
もちろん、借金取りに追われて帰る部屋もない男に同情される筋合いはない。

「なあ、高杉。オレの親父はロクでもない男だったよ。事業に失敗して借金まみれで、会社を再建する夢ばかり、見てた。だけどなあ、親父が夢を見てる間もオレたちは食っていかなきゃいけない。女は強いよな。それまで家事以外なんにもしたことがなかったおふくろは迷わず夜、仕事に出るようになった。おふくろが水商売で稼いだ金で、オレたち家族は食ったんだ。そんな生活が何年か続いて、親父は夢に疲れて自殺した。あとを追うようにおふくろも死んだ。いい両親じゃなかったけど、オレは、親父よりも、おふくろを尊敬してるよ。水商売だって風俗だって、人間は自律して生活出来ればそれでいいんだ。夢とかなんとか綺麗ごとを言って、他人の犠牲を当たり前だと思ってるやつらは、身体を売ることよりよっぽど汚い!」
高杉は誰のためか、目に涙を浮べた。

「でも、おまえにも夢があるだろ?金を貯めて店をもつって言ってたじゃないか。それはおまえの夢じゃないのか」
「夢なんかじゃない。計画だ。オレは間違いなく自分の店を持つ。実現出来ないことを、夢って言うんだ」
だからおまえのは夢だ。
夢、って言うんだ。

だけど、高杉の面倒を見ると決めたとき(成り行きではあったけど)オレは、高杉の無茶な夢ごと高杉を引き受けてしまったんだと思う。

否定しながら、夢なんて一瞬だって見ることも叶わないオレは、夢を追える人間をどこかで羨ましいと思っている。
その純粋な魂を、羨ましいと思ってる。
矛盾してるけど、オレは高杉が…。
夢を見ている高杉を…。

「ごめん、椎名…ごめん」
オレの身体をきつく抱きしめて、オレの肩を涙で濡らす。
高校時代、オレのスターだったとき、高杉が泣くことがあるなんて想像したこともなかった。

あの頃もオレには将来の希望どころか、今日明日の生活さえ危うくて高校生活を楽しむ余裕なんか微塵もなかったし、回りから浮かないように注意することばかりに気をとられていた。
今時、暮らしの心配なんかしてる高校生は世の中にそれほどありふれてない。

そんな中で高杉の未来はやっぱり輝いているように見えた。
誰からも愛され、愛される価値を備えた高杉を、羨ましいとは思ったかもしれないけど、妬ましいとは思わなかった。

ヘンな話だけど、オレは自分が苦労してる分、高杉にはみんなが期待してるような幸福な将来を心から願っていたんだと思う。
オレは無理だと思うけど、おまえは絶対にシアワセになれよな、そう思って、それを励みにしていた。
そんな昔から、高杉はオレの希望だったんだ。

オレはオレを抱きしめる高杉ごと回転して、高杉を自分の身体の下に敷き込んで馬乗りになった。
「抱けよ、オレを抱け!それがおまえの仕事だろ、このヒモッ!」

おまえがこんなんで、オレたちはどうすりゃあいいんだよ。
おまえは本当なら高い高い空の上で、オレなんかの手の届かないところで、輝いていなきゃいけない人間なんだ。
なんでこんなとこで、ソープで働く男の、男に足を開いてケツの穴見せることで金を稼ぐ男の、ヒモなんかやってんだ。

理不尽に涙が出た。
だけど、オレが泣く必要なんかない。
高杉は自分の意思でこういう生き方を選んでいる。
むしろオレは自分のために泣くべきだ。
こんな男に好き勝手されて。
可哀想な自分のために。

もうなにが悲しいのか悔しいのかワケがわかんなくて、とにかく泣きながら高杉を脱がした。
その熱い胸に顔を押しつけた。
高杉の裸の胸がオレの涙で濡れた。
高杉はオレをかかえるように抱きしめて頭を撫でた。

「上手く、なりたかったんだよ。オレ、下手だろ。おまえを、抱いて、気持ちよくしてやりたかった。だからおまえの店、勝手に行ってごめんな」
そんなことを高杉が自覚してるとは思わなかったからオレは驚いた。

高杉がオレを抱くのは、オレに養ってもらってることの務めとしてで、決して愛情からじゃない。
そんなことはわかっている。
けれどオレをじっと見つめる高杉の瞳には、甘い感情を誤解してしまいそうな、真摯さがあった。
オレにはそれで充分だった。

高杉の顔を真上から見て、厚い唇に指で触る。
「だけど…キスは上手いよ」
キスはおまえとしかしないから、誰とも比べられないけど。

「シイナ…」
柔かくて、そのくせ力強い唇に唇を貪られる。
やっぱり、キス、上手いよ、おまえ。

「高杉」
眩暈がしそうだ。
蕩けるようなキスに、一晩中でも耽ってしまいそうだった。





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