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第一部
22.心の痛み
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招かれた藤崎の部屋は明石と同じ階のツインの部屋だった。
「喧嘩の原因はなんだ」
水に濡らしたタオルを赤くなっている聖の左の頬に当てながら、藤崎が聞くが、聖は返事をしない。
「タイミングから言って、オレが電話したせいか。悪かったな」
「社長が、大悟に本気になるなって…」
聞かれたこととはまるで違うことを口にした。
「明石が?」
「大悟には奥さんと子供がいるから」
「余計なこと言いやがって。一緒には暮らしてない。それはわかるよな。つまりその、なんだ、離婚調停中ってやつだ」
「離婚、するの。なんで」
「オレは家庭には向いてないらしい」
「無責任だ。子供のことは、どう思うの」
傷ついた瞳で睨まれて、藤崎はバツが悪そうに口許だけで笑った。
「悪いと思っている。子供に対する責任を放棄するつもりはない。父親として出来るだけのことはしてやりたいと思っている」
「子供は親に愛して欲しいだけだ。側にいて、愛して欲しい。それ以外に望みはないよ、きっと」
「聖…」
藤崎はベッドに腰掛ける聖を緩く抱きしめた。
側にいて愛して欲しかった。
それは聖の、望みだ。
痛々しくて見ていられない。
けれど聖の親代わりに聖を愛することは藤崎にも出来ない。
聖に対する感情は、無償の愛情ではない。
「おまえに話があってここまで来たんだ。だが、ツアーが終わってから話すことにするよ」
聖はなにも言わないで、ただ藤崎の胸に凭れ、目を閉じてその温もりを感じていた。
「聖?眠いのか…」
司に打たれた頬がジンジンと痛む。
けれど司はこれよりもっと痛い思いをしているだろう。
同じホテルの別々の部屋で、同じ痛みを抱えている。
多分、心の痛みも同じ。
そんなことに満足している自分を笑いながら、心地よい眠りに誘われた。
◇◇◇
翌日、司から顛末を聞いた祥也は「聖と、取っ組み合いの喧嘩が出来るのは君くらいだよ」と言って、遠慮なく大笑いした。
「馬鹿言え。あいつは見かけほどヤワじゃねえよ。絶対元ヤンだって。ちきしょう、すげえ、痛ってえ」
「確かに、さっき見たけど聖の顔には傷は見当たらなかったね。もっとも、あんな綺麗な顔、いくら男でも本気で殴れないよね」
「だからあ、手加減したわけじゃないって。そんな余裕なかった」
腹が立った。
聖が、藤崎と関係していることが許せなかった。
聖には魅力も才能もあると、司は思っている。
身体を使って仕事をとる必要なんかない、実力だけで目的を果たせるはずなのに。
それとも、藤崎の言う通り聖が藤崎と寝ていることにそういう理由がないとしたら。
それはそれで我慢出来ない。
その感情が嫉妬なんだと、司も薄々は気がついている。
だからと言って、それを解決する手立てはない。
「とにかく、まだツアー残ってるんだからさ、あんまり心配させないでよ。海斗と達也、脅えちゃってるよ」
「わかってるよ」
祥也の心配をよそに、司も聖も表面上は変わりなく振舞って、その日のステージも無事終えた。
そして―。
全国8ケ所、16公演のMUSEの初コンサートツアーは成功のうちに幕を閉じた。
■第一部完■
「喧嘩の原因はなんだ」
水に濡らしたタオルを赤くなっている聖の左の頬に当てながら、藤崎が聞くが、聖は返事をしない。
「タイミングから言って、オレが電話したせいか。悪かったな」
「社長が、大悟に本気になるなって…」
聞かれたこととはまるで違うことを口にした。
「明石が?」
「大悟には奥さんと子供がいるから」
「余計なこと言いやがって。一緒には暮らしてない。それはわかるよな。つまりその、なんだ、離婚調停中ってやつだ」
「離婚、するの。なんで」
「オレは家庭には向いてないらしい」
「無責任だ。子供のことは、どう思うの」
傷ついた瞳で睨まれて、藤崎はバツが悪そうに口許だけで笑った。
「悪いと思っている。子供に対する責任を放棄するつもりはない。父親として出来るだけのことはしてやりたいと思っている」
「子供は親に愛して欲しいだけだ。側にいて、愛して欲しい。それ以外に望みはないよ、きっと」
「聖…」
藤崎はベッドに腰掛ける聖を緩く抱きしめた。
側にいて愛して欲しかった。
それは聖の、望みだ。
痛々しくて見ていられない。
けれど聖の親代わりに聖を愛することは藤崎にも出来ない。
聖に対する感情は、無償の愛情ではない。
「おまえに話があってここまで来たんだ。だが、ツアーが終わってから話すことにするよ」
聖はなにも言わないで、ただ藤崎の胸に凭れ、目を閉じてその温もりを感じていた。
「聖?眠いのか…」
司に打たれた頬がジンジンと痛む。
けれど司はこれよりもっと痛い思いをしているだろう。
同じホテルの別々の部屋で、同じ痛みを抱えている。
多分、心の痛みも同じ。
そんなことに満足している自分を笑いながら、心地よい眠りに誘われた。
◇◇◇
翌日、司から顛末を聞いた祥也は「聖と、取っ組み合いの喧嘩が出来るのは君くらいだよ」と言って、遠慮なく大笑いした。
「馬鹿言え。あいつは見かけほどヤワじゃねえよ。絶対元ヤンだって。ちきしょう、すげえ、痛ってえ」
「確かに、さっき見たけど聖の顔には傷は見当たらなかったね。もっとも、あんな綺麗な顔、いくら男でも本気で殴れないよね」
「だからあ、手加減したわけじゃないって。そんな余裕なかった」
腹が立った。
聖が、藤崎と関係していることが許せなかった。
聖には魅力も才能もあると、司は思っている。
身体を使って仕事をとる必要なんかない、実力だけで目的を果たせるはずなのに。
それとも、藤崎の言う通り聖が藤崎と寝ていることにそういう理由がないとしたら。
それはそれで我慢出来ない。
その感情が嫉妬なんだと、司も薄々は気がついている。
だからと言って、それを解決する手立てはない。
「とにかく、まだツアー残ってるんだからさ、あんまり心配させないでよ。海斗と達也、脅えちゃってるよ」
「わかってるよ」
祥也の心配をよそに、司も聖も表面上は変わりなく振舞って、その日のステージも無事終えた。
そして―。
全国8ケ所、16公演のMUSEの初コンサートツアーは成功のうちに幕を閉じた。
■第一部完■
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