54 / 64
第三部
5.未来
しおりを挟む
【達也】
「なんかさあ、こんなに暇だとなにしていいか、わかんないよな」
壁に凭れかかって天井を見ながら、海斗が言う。
黙っていたら、なあ、達也、と僕に同意を求めてくる。
「落ちるときは早いっていうけどさ、まさかこんなにあっけないとは思わなかったし」
もうすっかり諦めてやる気を失っている声だけど、それが悲しいとか残念に思うとか、海斗にはそういう感情はなさそうだった。
まるで他人事みたいな言い方で、それが僕にはほんの少し救いになる。
「海斗、どうすんの。芸能人やめたら」
「あー、どうしようか。達也、オレと一緒に雑貨のショップとかやんない?」
「やだよ、僕、海斗と趣味あわないモン」
「ちぇっ、つまんねーの」
海斗はそれからしばらく最近見たビデオの話や新作のゲームの話なんかをまくし立てるように喋って、すっかり話が尽きたところで「美神君がさあ」と言い出した。
「心配だよな。なあ、達也」って。
なんだ結局考えていることはみんな一緒なんだ、そう思って僕は複雑な気持ちになる。
MUSEを解散したあとの美神君、というのをいくら想像してもどうしてもうまくいかない。
例えば高野君なら役者として今と変わらず、いや、きっと今以上に活躍していくと思うし、祥也君は案外裏方に回って、演出とかしそうだとか、海斗は自分でも言ってる通り引退して趣味丸出しの店を持って、第二の人生をちゃっかり楽しむだろうとか。
案外要領のいい僕は、しぶとく芸能界に残ってそれなりにやっていくだろう。
けれどMUSEじゃない美神君が、僕にはまるで想像出来ない。
美神君の未来が見えない。
だからこんなにも不安になるんだろうか。
◇◇◇
司が聖に契約書を渡してから数週間たつ。
幸いといっていいのか、メンバーが全員でやっていた最後の番組が終了していたせいで、司は聖と顔を合わせる機会も必要も失っていた。
もう随分長い間、曲を発表していないMUSEが、次に曲を出すときはラストシングルになるだろうとワイドショーの芸能コーナーでコメンテーターが言っていた。
グループの人気が落ちたといっても、司本人には相変わらずドラマやCMの仕事があり、司の主演するドラマは常にその高い視聴率が話題になる。
自分の意思とは無関係に、この世界も事務所も司を手放す気はないようだった。
それでも個人だけの仕事をしている今は、以前に比べれば時間が余る。
久しぶりに祥也を誘って飲もうと思ったのは、一人で時間を持て余していると聖のことを考えずにいられないからだった。
「どうしてる、最近」
カウンターに並んで座っても、二人の間に弾むような明るい話題はなかった。
「どうって別に。それなりに暮らしているけど…司は?」
「………」
問いかけに、司からは返事が返らない。
横目で伺うと目の前に上げたグラスの中の氷をぼんやりした視線で見るとはなしに眺めている。
こんなことなら自分を誘わないで一人で飲めばいいのに、と祥也が盛大なため息をつくとやっと司は顔を向けた。
「なんだよ」
「司は、契約したの?」
何の前向きもなくそう聞かれて、軽い世間話を期待していた司はアテが外れたことに落胆する。
けれど嘘をつく必要はない。
「…したよ」
司の返事に、祥也は素直に驚いた。
「へえ、本当に?僕は司は契約しないと思っていた」
聖には慰めに司は契約すると思うと言ったが、本当はそうは思っていなかった。
「どうして。これ以上続けても意味がないよ。それとも聖に泣きつかれた?」
「おまえだって契約したんだろ。祥也、オレに聖を押し付けようなんて甘いことを考えるなよ。オレにはもうあいつをどうすることも出来ない。助けたいと思うなら、おまえが自分ですればいい」
「司……」
「だいたいおまえにしろ達也にしろ、どうかしてるんじゃねーの。オレと聖はこの7年、ろくに話もしてないんだぜ?それなのに、オレにどうしろって言うんだよ。なんにも出来ない、出来るわけねーだろ?」
爪を噛みながら、苛立ちを隠そうとしないで司は言った。
けれど苛立つのは諦めていないからだ。
聖を救うことを、決して諦めてないから。
「出来ないわけない。君が助けたいと思うなら、聖を助けるのは簡単なんだ。そうじゃなくて司は怖いんだよ。手を差し伸べて払われるのが怖いんだ」
自分で出来るならとっくにそうしてる、祥也は俯いて寂しそうに笑いながら言った。
「僕も達也もね」
「なんかさあ、こんなに暇だとなにしていいか、わかんないよな」
壁に凭れかかって天井を見ながら、海斗が言う。
黙っていたら、なあ、達也、と僕に同意を求めてくる。
「落ちるときは早いっていうけどさ、まさかこんなにあっけないとは思わなかったし」
もうすっかり諦めてやる気を失っている声だけど、それが悲しいとか残念に思うとか、海斗にはそういう感情はなさそうだった。
まるで他人事みたいな言い方で、それが僕にはほんの少し救いになる。
「海斗、どうすんの。芸能人やめたら」
「あー、どうしようか。達也、オレと一緒に雑貨のショップとかやんない?」
「やだよ、僕、海斗と趣味あわないモン」
「ちぇっ、つまんねーの」
海斗はそれからしばらく最近見たビデオの話や新作のゲームの話なんかをまくし立てるように喋って、すっかり話が尽きたところで「美神君がさあ」と言い出した。
「心配だよな。なあ、達也」って。
なんだ結局考えていることはみんな一緒なんだ、そう思って僕は複雑な気持ちになる。
MUSEを解散したあとの美神君、というのをいくら想像してもどうしてもうまくいかない。
例えば高野君なら役者として今と変わらず、いや、きっと今以上に活躍していくと思うし、祥也君は案外裏方に回って、演出とかしそうだとか、海斗は自分でも言ってる通り引退して趣味丸出しの店を持って、第二の人生をちゃっかり楽しむだろうとか。
案外要領のいい僕は、しぶとく芸能界に残ってそれなりにやっていくだろう。
けれどMUSEじゃない美神君が、僕にはまるで想像出来ない。
美神君の未来が見えない。
だからこんなにも不安になるんだろうか。
◇◇◇
司が聖に契約書を渡してから数週間たつ。
幸いといっていいのか、メンバーが全員でやっていた最後の番組が終了していたせいで、司は聖と顔を合わせる機会も必要も失っていた。
もう随分長い間、曲を発表していないMUSEが、次に曲を出すときはラストシングルになるだろうとワイドショーの芸能コーナーでコメンテーターが言っていた。
グループの人気が落ちたといっても、司本人には相変わらずドラマやCMの仕事があり、司の主演するドラマは常にその高い視聴率が話題になる。
自分の意思とは無関係に、この世界も事務所も司を手放す気はないようだった。
それでも個人だけの仕事をしている今は、以前に比べれば時間が余る。
久しぶりに祥也を誘って飲もうと思ったのは、一人で時間を持て余していると聖のことを考えずにいられないからだった。
「どうしてる、最近」
カウンターに並んで座っても、二人の間に弾むような明るい話題はなかった。
「どうって別に。それなりに暮らしているけど…司は?」
「………」
問いかけに、司からは返事が返らない。
横目で伺うと目の前に上げたグラスの中の氷をぼんやりした視線で見るとはなしに眺めている。
こんなことなら自分を誘わないで一人で飲めばいいのに、と祥也が盛大なため息をつくとやっと司は顔を向けた。
「なんだよ」
「司は、契約したの?」
何の前向きもなくそう聞かれて、軽い世間話を期待していた司はアテが外れたことに落胆する。
けれど嘘をつく必要はない。
「…したよ」
司の返事に、祥也は素直に驚いた。
「へえ、本当に?僕は司は契約しないと思っていた」
聖には慰めに司は契約すると思うと言ったが、本当はそうは思っていなかった。
「どうして。これ以上続けても意味がないよ。それとも聖に泣きつかれた?」
「おまえだって契約したんだろ。祥也、オレに聖を押し付けようなんて甘いことを考えるなよ。オレにはもうあいつをどうすることも出来ない。助けたいと思うなら、おまえが自分ですればいい」
「司……」
「だいたいおまえにしろ達也にしろ、どうかしてるんじゃねーの。オレと聖はこの7年、ろくに話もしてないんだぜ?それなのに、オレにどうしろって言うんだよ。なんにも出来ない、出来るわけねーだろ?」
爪を噛みながら、苛立ちを隠そうとしないで司は言った。
けれど苛立つのは諦めていないからだ。
聖を救うことを、決して諦めてないから。
「出来ないわけない。君が助けたいと思うなら、聖を助けるのは簡単なんだ。そうじゃなくて司は怖いんだよ。手を差し伸べて払われるのが怖いんだ」
自分で出来るならとっくにそうしてる、祥也は俯いて寂しそうに笑いながら言った。
「僕も達也もね」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる