君は永い夢を見ている

フジキフジコ

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第三部

5.未来

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【達也】

「なんかさあ、こんなに暇だとなにしていいか、わかんないよな」
壁に凭れかかって天井を見ながら、海斗が言う。
黙っていたら、なあ、達也、と僕に同意を求めてくる。

「落ちるときは早いっていうけどさ、まさかこんなにあっけないとは思わなかったし」
もうすっかり諦めてやる気を失っている声だけど、それが悲しいとか残念に思うとか、海斗にはそういう感情はなさそうだった。
まるで他人事みたいな言い方で、それが僕にはほんの少し救いになる。

「海斗、どうすんの。芸能人やめたら」
「あー、どうしようか。達也、オレと一緒に雑貨のショップとかやんない?」
「やだよ、僕、海斗と趣味あわないモン」
「ちぇっ、つまんねーの」

海斗はそれからしばらく最近見たビデオの話や新作のゲームの話なんかをまくし立てるように喋って、すっかり話が尽きたところで「美神君がさあ」と言い出した。
「心配だよな。なあ、達也」って。

なんだ結局考えていることはみんな一緒なんだ、そう思って僕は複雑な気持ちになる。

MUSEを解散したあとの美神君、というのをいくら想像してもどうしてもうまくいかない。
例えば高野君なら役者として今と変わらず、いや、きっと今以上に活躍していくと思うし、祥也君は案外裏方に回って、演出とかしそうだとか、海斗は自分でも言ってる通り引退して趣味丸出しの店を持って、第二の人生をちゃっかり楽しむだろうとか。
案外要領のいい僕は、しぶとく芸能界に残ってそれなりにやっていくだろう。

けれどMUSEじゃない美神君が、僕にはまるで想像出来ない。
美神君の未来が見えない。
だからこんなにも不安になるんだろうか。



◇◇◇



司が聖に契約書を渡してから数週間たつ。
幸いといっていいのか、メンバーが全員でやっていた最後の番組が終了していたせいで、司は聖と顔を合わせる機会も必要も失っていた。

もう随分長い間、曲を発表していないMUSEが、次に曲を出すときはラストシングルになるだろうとワイドショーの芸能コーナーでコメンテーターが言っていた。

グループの人気が落ちたといっても、司本人には相変わらずドラマやCMの仕事があり、司の主演するドラマは常にその高い視聴率が話題になる。
自分の意思とは無関係に、この世界も事務所も司を手放す気はないようだった。
それでも個人だけの仕事をしている今は、以前に比べれば時間が余る。
久しぶりに祥也を誘って飲もうと思ったのは、一人で時間を持て余していると聖のことを考えずにいられないからだった。

「どうしてる、最近」
カウンターに並んで座っても、二人の間に弾むような明るい話題はなかった。
「どうって別に。それなりに暮らしているけど…司は?」
「………」
問いかけに、司からは返事が返らない。
横目で伺うと目の前に上げたグラスの中の氷をぼんやりした視線で見るとはなしに眺めている。

こんなことなら自分を誘わないで一人で飲めばいいのに、と祥也が盛大なため息をつくとやっと司は顔を向けた。
「なんだよ」
「司は、契約したの?」
何の前向きもなくそう聞かれて、軽い世間話を期待していた司はアテが外れたことに落胆する。
けれど嘘をつく必要はない。
「…したよ」
司の返事に、祥也は素直に驚いた。

「へえ、本当に?僕は司は契約しないと思っていた」
聖には慰めに司は契約すると思うと言ったが、本当はそうは思っていなかった。
「どうして。これ以上続けても意味がないよ。それとも聖に泣きつかれた?」
「おまえだって契約したんだろ。祥也、オレに聖を押し付けようなんて甘いことを考えるなよ。オレにはもうあいつをどうすることも出来ない。助けたいと思うなら、おまえが自分ですればいい」
「司……」
「だいたいおまえにしろ達也にしろ、どうかしてるんじゃねーの。オレと聖はこの7年、ろくに話もしてないんだぜ?それなのに、オレにどうしろって言うんだよ。なんにも出来ない、出来るわけねーだろ?」

爪を噛みながら、苛立ちを隠そうとしないで司は言った。
けれど苛立つのは諦めていないからだ。
聖を救うことを、決して諦めてないから。
「出来ないわけない。君が助けたいと思うなら、聖を助けるのは簡単なんだ。そうじゃなくて司は怖いんだよ。手を差し伸べて払われるのが怖いんだ」

自分で出来るならとっくにそうしてる、祥也は俯いて寂しそうに笑いながら言った。
「僕も達也もね」





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