君は永い夢を見ている

フジキフジコ

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第三部

11.終わりへの予感

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司の立てた逃亡計画は慎重で緻密だった。
信頼できる友人が借りているニューヨークのコテージを仮の滞在先に決めた後、聖とは直接会わないようにして、ビザの用意を待ちながら二人は何事もなかったように仕事に戻った。

といっても聖の方は事務所で後輩の指導やマネージメント的な仕事が主だった。
MUSEを解散したあと聖は芸能界を引退し、事務所で明石の側近として鍛えられるらしい、そんな噂が司の耳に入ったが、もうどうでもいいことだった。

どちらにしろ自分たちはMUSEの解散を待たずに日本を離れるのだから。

他にも解散に関する無責任でいい加減な噂だけが流れたが、そんな話題も大きく扱われることはなかった。
たくさんある星の中のひとつが、もうすぐ、静かに消滅する。
けれど夜空の明るさは変わらない。
芸能界という虚飾の世界にもなにも変化はおこらない。



前日に電話で聖と待ち合わせの時間と場所を確認した。
いよいよ日本を離れるという日に、司は海斗がレギュラーでDJをしているラジオ番組にゲスト出演した。
「海斗、これやるよ」
収録後の控え室で、突然司は海斗に自分のしていた銀のクロスのついたチョーカーを渡した。

「やるって…なに、急に。どうしたの」
「前、欲しいって言ってたろ、おまえ」
それは言ったかもしれないけれど、と驚く海斗の手の中に司はそれを握らせた。

戸惑って受け取りながら顔をあげると、懐かしそうな穏やかな表情で海斗を見ながら笑っている司と目が合う。
司のこんな穏やかな優しい顔を見るのは久しぶりだったが、なんだか漠然とした嫌な予感が海斗の胸に広がった。

「高野君、なんか、なんかあったの?」
心配そうに聞いたせいか、司は微かに瞳を曇らせる。
「なんにも、ねーよ。ばか。そんなにオレが何かやるのが珍しいのかよ」
「そうじゃないけど」
わざと怒った表情を作って海斗の額を指で弾き、司は「じゃあな」と言って海斗に背中を向けた。

「高野君!」
チョーカーを握りながら、司の背中に呼びかけた。
司は振り向かないで、手だけ振る。
「ねえ、高野君!」
どんどん小さくなる後姿に、海斗は身体を折って大声で司を呼んでみたけど、返事は返らず、そのまま司は海斗の視界から消えた。

まだ温もりを残したチョーカーを握りしめて、司の残像を瞼の裏に思い浮かべながら、海斗は、MUSEとして過ごした数年間をぼんやり思い返していた。
それは、終わりへの予感だったかもしれない。



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