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第三部
12.裏切り
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空港のロビー、行き交う人混みから少し離れて自分を待つ彼を、コンクリートの柱の陰から見つめる。
すべてを捨ててこの世界から逃げるように遠いところに行こうとしているのに、彼の眼差しは二人で生きる未来だけを見つめて揺るぎない自信が溢れているようで、そんな彼の強い瞳に吸い寄せられそうに一歩を踏み出そうとする気持ちを、聖は必死になって堪えた。
そんなものはありえない。
知らない場所に未来を探すには、自分はもう疲れすぎている。
どちらにしろ先のない自分にはそれでもよかったが、大きな可能性のある大切な人を、巻き込んではいけなかった。
いつからか聖は、司に自分の夢を投影してそれを支えに生きてきた。
だから、このまま終わらせるわけにはいかない。
続いていくのだ、自分と司の夢はこの先もずっと、永遠に。
離れても、会えなくても、想いは変わらないと誓えるから。
だから、司、オレを許して。
差し伸べてくれたおまえの手をとる勇気のないオレを許して。
彼を見つめる視界が急にぼやけて、自分が泣いていることを知った。
涙を拭うかわりに聖はその場所からそっと離れた。
◇◇◇
空港のロビーに、その日の予定フライトが終了したことを告げるアナウンスが流れる。
聖と一緒に乗るはずだった飛行機をコンコースから呆然と見送った後、少なくなった通行人の中でそれでもまだ司は諦めきれずに祈るような気持ちで聖の姿を探していた。
待ち合わせの時間から4時間以上過ぎている。
最後に一緒に過ごした聖の表情がフラッシュバックするように司の頭に浮かぶ。
一緒に行こうと聖は言った。
二人ならいいと、何度も。
愛情を交わしながら約束した。
けれどあの透明な瞳は、すべてを諦めて司を信じていない瞳だったのだろうか。
なぜ、と心の中に描く聖の寂しそうな瞳に問いかける。
なんでオレを信じてくれない。
「……達也」
自分に向かって歩いてくる達也が視界に入ったとき、やっと司は聖が来ないという事実を受け入れた。
「これ、事務所から預かってきた」
悲しいような、苦しいような表情で達也は司に白い封筒を差し出した。
受け取って乱暴に破り、中から白い紙を出す。
それは、解雇通達だった。
「…いったい、どういうことなんだよ?!」
司は達也に詰め寄った。
「クビってことじゃないの。高野君が辞めたら、MUSEも事実上解散だね」
「聖は!聖はどうしたんだよっ!」
「美神君は事務所に残るって。これからは社長の補佐として働くらしいよ。次期、社長候補だって、すごいよね。ただし条件があって、高野君がおとなしくこの通達通りの条件を聞いてくれたら」
達也の襟元をつかんだ司の手がガクガクと震えた。
「何言ってんだよっ、全然わかんねーよ、達也!」
達也は俯いて、司の直向きな視線から逃げようとする。
そういえば聖に契約書を渡した。
聖はあれをどうしたんだろう。
解雇というのはどういうことなのか。
聖が事務所に残る、そんなはずがない。
頭が混乱して、司は冷静な判断力を失った。
「聖は…聖はオレを、オレを売ったのか?」
考えられるひとつの真実を飲み込んで下すように、絞り出すような声で、司は聞いた。
「美神君から、伝言があるんだ」
達也は目を伏せたまま、言葉を続ける。
「おまえのことを好きだったわけじゃなかった。オレはおまえを利用しただけだ」
司は目を見開いて、達也の唇の動きをじっと見た。
「なに…言ってんだよ」
耳から聞いた言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
何度も何度も頭の中で復唱して、それでも理解することを拒むように聞いたばかりの達也の声が形にならない。
「……嘘だ…そんなことは嘘だ…嘘なんだろ、達也?なあ、嘘だって言えよっ!」
達也にしがみついて、崩れそうな足許を支える。
「嘘だって…言ってくれよ…」
人の少なくなったロビーに、司の絶叫だけが虚しく響いた。
すべてを捨ててこの世界から逃げるように遠いところに行こうとしているのに、彼の眼差しは二人で生きる未来だけを見つめて揺るぎない自信が溢れているようで、そんな彼の強い瞳に吸い寄せられそうに一歩を踏み出そうとする気持ちを、聖は必死になって堪えた。
そんなものはありえない。
知らない場所に未来を探すには、自分はもう疲れすぎている。
どちらにしろ先のない自分にはそれでもよかったが、大きな可能性のある大切な人を、巻き込んではいけなかった。
いつからか聖は、司に自分の夢を投影してそれを支えに生きてきた。
だから、このまま終わらせるわけにはいかない。
続いていくのだ、自分と司の夢はこの先もずっと、永遠に。
離れても、会えなくても、想いは変わらないと誓えるから。
だから、司、オレを許して。
差し伸べてくれたおまえの手をとる勇気のないオレを許して。
彼を見つめる視界が急にぼやけて、自分が泣いていることを知った。
涙を拭うかわりに聖はその場所からそっと離れた。
◇◇◇
空港のロビーに、その日の予定フライトが終了したことを告げるアナウンスが流れる。
聖と一緒に乗るはずだった飛行機をコンコースから呆然と見送った後、少なくなった通行人の中でそれでもまだ司は諦めきれずに祈るような気持ちで聖の姿を探していた。
待ち合わせの時間から4時間以上過ぎている。
最後に一緒に過ごした聖の表情がフラッシュバックするように司の頭に浮かぶ。
一緒に行こうと聖は言った。
二人ならいいと、何度も。
愛情を交わしながら約束した。
けれどあの透明な瞳は、すべてを諦めて司を信じていない瞳だったのだろうか。
なぜ、と心の中に描く聖の寂しそうな瞳に問いかける。
なんでオレを信じてくれない。
「……達也」
自分に向かって歩いてくる達也が視界に入ったとき、やっと司は聖が来ないという事実を受け入れた。
「これ、事務所から預かってきた」
悲しいような、苦しいような表情で達也は司に白い封筒を差し出した。
受け取って乱暴に破り、中から白い紙を出す。
それは、解雇通達だった。
「…いったい、どういうことなんだよ?!」
司は達也に詰め寄った。
「クビってことじゃないの。高野君が辞めたら、MUSEも事実上解散だね」
「聖は!聖はどうしたんだよっ!」
「美神君は事務所に残るって。これからは社長の補佐として働くらしいよ。次期、社長候補だって、すごいよね。ただし条件があって、高野君がおとなしくこの通達通りの条件を聞いてくれたら」
達也の襟元をつかんだ司の手がガクガクと震えた。
「何言ってんだよっ、全然わかんねーよ、達也!」
達也は俯いて、司の直向きな視線から逃げようとする。
そういえば聖に契約書を渡した。
聖はあれをどうしたんだろう。
解雇というのはどういうことなのか。
聖が事務所に残る、そんなはずがない。
頭が混乱して、司は冷静な判断力を失った。
「聖は…聖はオレを、オレを売ったのか?」
考えられるひとつの真実を飲み込んで下すように、絞り出すような声で、司は聞いた。
「美神君から、伝言があるんだ」
達也は目を伏せたまま、言葉を続ける。
「おまえのことを好きだったわけじゃなかった。オレはおまえを利用しただけだ」
司は目を見開いて、達也の唇の動きをじっと見た。
「なに…言ってんだよ」
耳から聞いた言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
何度も何度も頭の中で復唱して、それでも理解することを拒むように聞いたばかりの達也の声が形にならない。
「……嘘だ…そんなことは嘘だ…嘘なんだろ、達也?なあ、嘘だって言えよっ!」
達也にしがみついて、崩れそうな足許を支える。
「嘘だって…言ってくれよ…」
人の少なくなったロビーに、司の絶叫だけが虚しく響いた。
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