君は永い夢を見ている

フジキフジコ

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完結編

前編

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【達也】

美神君が僕たちの前からいなくなって、二度目の夏がこようとしていた。

今年の夏は暑くなると、天気予報がそんなことを言っていたような気がする。

あの頃はどんなに忙しくても夏になったら睡眠時間を削ってでも海に行くのは当たり前で、短い夏を惜しむようにクタクタになるまで遊びまわったりしたけど、気がつくと僕にとって夏はただ無邪気に過ごせる季節じゃなくなった。
暑いのは嫌だな、そう思いながらその天気予報を聞いた。
そしてそんなふうに思った自分に軽い失望を感じた。
僕の中で2年前から変わらない美神君の、いつもどこか寂しそうな笑顔が不意に瞼に浮かぶ。

あの日、「達也」と泣きたくなるくらい優しい声で呼びかけて美神君は言った。
『人の気持ちは変わるから。人が変わることを許して、おまえは自分が変わらないことで永遠とか普遍とかを証明するんだよ』

変わらずにいるってことが思っていたよりずっと難しいってことがわかって、最近少しずつ美神君の言ったことの意味がわかってきた。
でも、僕はまだ君の知っている僕のままだと思う。

昨日と同じ、ただ繰り返すだけのような時間の流れに慣らされて変わってしまいそうな僕を、いつも心の中の君が引きとめてくれるから。



◇◇◇



「急に呼び出してごめん。忙しい?」
「いや。そうしょっちゅう忙しいわけじゃないさ」
壁紙や装飾にやたら原色を使った、南国系の明るい店内を見回して司は、驚きを隠さない目で祥也を見る。

「おまえ、最近こんなとこで飲んでんの?」
カウンターの中のレゲエファッションに身を包んだ外人のバーテンダーに聞こえないように声を落として司は言った。

「趣味変わったんだな」
「結構面白いんだよ」
そういえば、祥也とこうして会うのは1年かもっと久しぶりで、遊んでいる店が変わったことを知らなくても無理はない。
「司は最近ちっとも遊んでないでしょう。全然、噂聞かない」
「そんなこと、ねーよ」
ビールの入ったグラスを傾ける司の横顔を、祥也はそっと盗み見る。

変わった、と思う。
整ったシャープな輪郭はまた少し頬が痩せて野性味を増しているが、雰囲気は以前と比べて柔らかくなった。
けれど穏やかな表情の中に、やり切れない情熱を隠し持っているような切なさが少しだけ影を作っている。
そんなところが、未だに人気が衰えない理由なのだろうが、その心にふさぐことの出来ない傷を持っていることを知っている祥也には、司の横顔は辛く感じられた。

「もう、2年だっけ」
不意に祥也が言う。
「聖がいなくなってから、2年立つね」

突然の祥也の言葉にも司は動揺することもなく、ああ、と静かな返事を返す。
「司は、聖のことを探さなかったの」
「探した時期もあったよ」
だけど、と司は言葉を続けた。
「だけど、聖の本心がわからないまま探し出して、それで会えたとしてもどうしたらいいのかわからなくて、やめた」

それを、聖が望んでいるのかどうかも、自信もなかった。
司にわかったのは、聖が望んだのは自分がこの世界に残ること、それだけ。
そのために姿を消した聖の意思を無視出来なくて、司は仕事を続けた。

「聖はオレには何も選ばせてくれなかった」
この世界に残ることと、すべてを捨てて聖と一緒に生きること。
その選択をしたのは2度だった。

二人の関係が事務所に知られて、芸能界に残るか関係をやめるか、どちらかを選べと言われた。
あの時も自分は聖を選び、聖はこの世界を選んだ。
道が別れるとき自分たちは必ず別の道を選んでいる。

「…捨てたってかまわなかったのに」
聖のために捨てられないものなんて何もなかった。
けれど聖はそれを望まず、司には何も捨てることは許さないで一人で姿を消した。

「ねえ、司。聖に、会いたい?」
聞かれて、司はじっと祥也の顔を見る。
祥也の表情から次の言葉を探るように。
「まさか、おまえ……」
「うん。聖の居場所、わかったんだ」



◇◇◇

【達也】

「それでどうしたの?!」

梅雨の合間の見事に晴れ渡った眩しい空の下、待ち合わせに使ったオープンテラスのカフェはいつもより混雑していた。

周りの環境に左右されることなく優雅に紅茶を飲んでいる祥也君は、僕がテーブルから身を乗り出して唾を飛ばしながら聞いても眉ひとつ動かさない。

「どうもしないよ」
「どうもしないってどういうことさ!高野君、美神君に会いに行ったの?」
「さあ」
「さあ、って祥也君……」
なんて役立たずなんだ君は!
とはさすがに後が怖くて言えないけど、それはあんまりだよ、祥也君。
それじゃあ君、なんのためにわざわざ高野君を呼び出したの。

「ところで達也、今日は何時まで大丈夫なの?」
祥也君は頭を抱えて唸っている僕にお構いなしで聞いてくる。
人の話を聞いているのかいないのかというマイペースな祥也君の態度にはもうすっかり慣れているけど、せめて僕が呆れていることくらいには気づいてよね。

「…5時にスタジオ」
「そう。じゃあ、達也がこの前見たいって言ってた映画、これから見に行こうか」
「えっ、マジ?」
つい緩んでしまいそうな口許に力をこめて、僕は疑わしそうに祥也君を見る。
「だってキミ、ホラーなんて見たくないって言ってたじゃない」
「気が変わったの」
僕は立ち上がって祥也君の手をガシッと掴んだ。
いつまた気まぐれな祥也君の気が変わるかわかったもんじゃない。
その前に映画館に直行だ。

「すぐ行こ」
僕を見る祥也君の目はやれやれというような、子供をあやすような目だけど、僕の機嫌が直ったことにほっとしているのがわかる。
どうせ達也は単純だからとか思ってるんだろうけど、それは間違い。
僕はちゃんとわかっていて、祥也君の作戦にひっかかってあげてるんだよ。
だって僕だって、たまの君と過ごせる休日を楽しく過ごしたいし。
僕たち二人は日々お互いの付き合い方を学習している。


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