HEAVENーヘヴンー

フジキフジコ

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【第二章】エデンの果実

9.甘い鎖

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「いたずら電話がかかってくるんだ」
馨の綺麗な眉がピクッと動いたが、真理は気がつかなかった。
「馨、疲れてるのに。いきなりこんな話でごめん…でも…」
夜遅く帰ってきた馨のジャケットを脱がしながら、真理はためらいながら言った。

最近、昼夜を問わず頻繁に電話が鳴る。
しかしそれは受話器を取って「もしもし」と言った瞬間に切れる。
それが何回も続いて、やっと真理はそれがいたずらだと気がついた。

「留守電にしてないの」
極めて単純で当たり前のことを馨は聞いた。
「してるよ」
「じゃあ、なに?」
こんなときでもマイペースな馨の態度が真理の過敏になっている神経に障る。
心情を察してくれない馨に真理はイライラとやつ当たりをした。

「音がするだろう?電話は鳴るんだよっ!」
それが、後ろめたい自分のせいだということはわかっている。
不意に鳴り出す電話はまるで自分の罪を糾弾してるように真理には聞える。
おまえの秘密を知っているんだと、そう言ってるように。
いつ鳴り出すかわからない電話の音を一日中気にして、頭がおかしくなりそうだった。

「リンリンリンリン、暇さえありゃ鳴ってる!」
自分の怒りに乗せられて、真理の感情はどんどん昂ぶる。
「携帯にだって、わけなかんないくらい留守電が入って…」
見えない誰かに脅迫されているようだ。
これくらいのことでどうしてそう思うのかは真理にもわからない。
それが罪悪感のせいなら、自業自得だ。
「…この前は白紙のファックスがダラダラダラダラ!…なんで、こんな目に合わなきゃならないんだよ」

吐き捨てるように言うと、とうとう真理は泣き出した。
「真理…大丈夫だよ。落ちついて」
馨の腕が伸びて、そっと抱き締められる。
柔かい匂いに包まれて、真理はその胸に顔を埋め、上品なシャツを握りしめて深呼吸を繰り返した。

「いたずら電話はいつから?」
「…先週、くらい」
「なんでもっと早く言わなかったの」
「馨に…余計な心配させたくなかったから…」

不破には言えても馨には言えないことが真理には多すぎる。
例えば、馨と杏理の目を盗んで不破と愛し合ってること、不破がそのために部屋まで借りていること。
もしかして馨がなにかを察していても、真理の口からは言えないし、真実を言う勇気もない。
馨との生活を壊して不破とやり直すには遅過ぎる。
二人で見る夢は、東京湾の見えるあの小さな部屋にしかないのだ。
堂々と愛し合ってると言えない自分たちは日陰にしか咲かない花のようだ。
それでも、ひっそりと誰にも知られずにいられるならいい。
二人の男に挟まれて身動きの取れない自分に酔っているだけなのかと思いながら、かなわぬ夢に思いを寄せると、新しい涙が真理の頬を濡らした。

馨の手は真理のさらさらした髪を撫で、そのまま華奢な肩に滑っていく。
「落ちついた?」
温かい腕のなかで守られているような安堵を覚えるのに、心のなかの寂寥感は癒されない。
満たされなくても縋らずにはいられない自分の弱さを真理は恥じる。

「…ごめん」
恥ずかしそうに顔を伏せた真理の額にそっとキスをすると、馨はどういたしましてと耳元で囁いた。
「ちょっとナーバスになってるだけだよ」
そう言って笑う馨の唇が降りてきて真理のそれと重なる。
けれど馨の優しさは甘い鎖のように真理を縛りつける。

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