HEAVENーヘヴンー

フジキフジコ

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【第三章】HEAVEN'S DOOR

10.落とし穴

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仕事から帰ると不破はベッドで背中を向けて眠っている。
はじめの頃はどんなに遅くなっても起きて真理の帰りを待っていたが、最近は真理がそうして欲しいと頼んだこともあって先に寝ているようになった。

不破の横にそっと体を滑り込ませて、温もりを確かめるように背中に寄りそう。
不破が、本当はまだ起きているということはわかっていたけれど、真理は言葉をかけることが出来なかった。
不破を元気づけることすら出来ない自分に、落胆した。

不破もまた、背中に縋ってくるような真理の不安な気持ちを感じて愛しさがこみ上げているのに、振り向いて抱きしめることが出来ない自分に苛立った。
抱きしめてキスをして「おかえり」と言ってやりたいのに、真理を幸せにしてるとは言えない現状が不破の自信を喪失させる。
そんな権利は自分にはないのだと思う。

二人の間に溝が出来始めている。
それがわかっていても、くいとめる手段が見つからなかった。



***



馨は度々店に顔を出すようになったが、いつも仕事関係の付き合いのある人と一緒で、ゆっくり真理と話すことはあまりなかった。
久しぶりに馨のテーブルにつくと、
「真理、オレね、事務所を辞めることにしたよ」
突然そう言った。
真理がその言葉に驚いているとさらに信じがたいことを言う。
「独立しようかと思うんだ。オレについて来てくれる子もいるから、これからは裏方としてやっていく」

馨からそれを聞いた翌週、馨の独立は芸能界の話題の中心になっていた。
馨と一緒に事務所を辞めた中にはかなり人気のある子もいて、事務所にとっては相当痛手になるはずだ。
今までならこんな裏切り行為は許されなかったが、これまでの事務所のやり方に不満をもっていたTV局やレコード会社を一斉に見方につけた馨のプロダクション社長としての第一歩は、古巣の事務所に対する圧倒的な勝利だった。
馨にこんな才能があったことを真理は驚く。

「君を失ったから、オレには打ちこめるものが仕事しかなくなったんだ。いつまでも俳優なんてやれる仕事じゃないし、人に使われてるのもつまらないと思ってね。どうせなら、芸能界を仕切れるくらいになりたい」
笑いながら冗談交じりに言った馨のその言葉はたった数年後には実現することになる。



***



不破の強引さに引きずられたようにはじまった二人の生活だったが、不破が仕事を失い窮地に陥ったことで、真理は不破への気持ちを確信することになった。
不破と馨の間を揺れ動いていた曖昧な自分は過去の中に置いて、今は不破だけを愛してると自分自身に言えた。
愛してる男と一緒にいる、それだけが辛い生活の中で真理の支えになった。

そして自分のせいで仕事を失った不破を芸能界に復帰させるという目的意識も、真理にとっては生きていく上でひとつの希望といえた。

けれども不破の方は滅入っていく一方だった。
仕事が入るのをただあてもなく待つだけで他には何もすることのない毎日を腐るなというほうが難しい。

こんなはずではなかったという思いばかりが積もって、ちょっとでも帰りが遅くなると真理に当たってしまう。
そしてまた自己嫌悪に陥る。
そうかと思えば真理がこんな生活に嫌気をさして出ていってしまうのではないかということに脅え、朝まで真理の身体を離さないこともある。

「真理…オレを捨てないで」
まるで縋りつくように抱く不破の背中を抱きしめかえして、真理は繰り返し同じことを言った。
「オレにだって、尊しかいないんだよ」
不破が弱くなるだけ、真理は強くなっていく自分を感じていた。
けれどそれは二人にとっては危険な落とし穴だった。



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