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【第三章】HEAVEN'S DOOR
9.失業
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不破の失業生活には終わりが見えなかった。
先の見えない不安な生活の中、それでも真理は少しずつ記憶を取り戻した。
不破と愛し合い将来の約束を交わしたこと、誤解から自殺未遂を図ったこと、馨に命を救われ、もう一度生きる決意をしたこと。
そして、帰国した不破と再会し、馨を裏切りながら、また愛し合うようになったことも。
過去のひとつひとつが蘇ってくるたびに、真理は自分の弱さや罪深さを感じずにはいられなかった。
けれど苦しい生活が真理を過去の中に立ち止まらせてはくれなかった。
二人で住むために不破が購入したマンションは抵当に入れられて、二人は下町の小さなアパートに引っ越さなければならなかった。
借金はマンションを売却した資金で目途がついたが、日々を生きていくための収入が必要で、真理は働きに出ることを決意した。
もちろん不破は反対したが、綺麗ごとを言っていられる余裕はない。
どんなことをしても、多くの犠牲を払って手にした不破との生活を守ろうと真理は思う。
それが、それだけが償いになると思った。
自分が傷つけた人たち、馨や杏理や大輔、そして自分を得るためにすべてを失った不破への償いになると。
しかし、どこに行っても有名人の真理はとても気質の仕事につける状態ではなく、結局実入りのいい水商売を選ばざるを得なかった。
古い友人に紹介してもらったその店は、会員制の高級ホストクラブだった。
客のために酒を作り、望まれればお喋りをする。
たまに身体に触ってくる客もいるが、他の店に比べればはるかに客の質は良いという話だ。
店で働きはじめてひと月が過ぎた頃、予期せぬ客に真理は驚かされた。
指名を受けて、個室のVIPルームに向かうと、そこにいたのは馨だった。
「真理」
低い穏やかな声、懐かしい笑顔。
「馨……」
真理はかつての恋人を前に、どう振舞っていいかわからない。
とりあえず、いつもしているように馨の横に座って、水割りを作る。
グラスを手渡すと、馨はその真理の手を握った。
「馨、どうして、ここに?」
「ごめん。君がここで働いてるって教えてくれる人がいてね、本当は会うつもりはなかったんだけど…やっぱり心配で」
馨は握っていた手を離してグラスを受け取り、テーブルの上に置いた。
「記憶、戻ったの?」
真理は頷いて答えた。
「そう、よかったね」
そう言いながら、本当にそれがよかったことなのかどうか、馨にはわからない。
辛い記憶もたくさんあっただろうと、労わるように真理を見た。
「馨、オレのこと探したのか」
それだけが気になったというように、真理は聞く。
「不破の代わりに君が働いてるって、聞いたから」
つくづく世の中は隠し事が出来ないように出来ている。
真理は力なく、口許だけで笑った。
「少し、痩せたね…ちゃんと食べてる?」
真理の頬に触れながら、苦い表情で馨は言う。
「オレは、大丈夫」
馨を安心させるために、真理は無理に笑顔を作った。
「君に、こんなことをさせるために別れたんじゃないよ」
馨は、吐き捨てるようにそう言うと、荒れてしまった真理の指先を労わるように握りしめる。
二人で暮らしていた頃、包丁を持つと怪我をすると言って、馨は真理が料理をすることさえ許さなかった。
ただ懐かしいという感情だけでそんなことを思い出し、真理は笑った。
「不破に仕事がないんだから仕方ない」
「芸能界で仕事が出来なければ不破が皿洗いでもなんでもして働けばいい」
「馬鹿なこと言うなよ。そんなことしたら不破の価値が下がる。そんなことさせない。きっと、そのうち仕事、来るって。だって、不破ほど才能のある男を、ほっとくわけないだろ?大丈夫…」
自分に言い聞かせるようにむきになってそう言う真理に、馨は寂しそうな声で言う。
「愛してるんだね」
「……愛?」
愛か、と考えて真理は自嘲するように口許を歪ませる。
確かに、ただ守られていた無力な頃よりも、不破を愛してると感じている。
けれど生活の前では愛なんて、なんの力にもならない。
「また、来てもいいかな」
帰り際、そう聞かれて真理は曖昧に頷いた。
本当はこんな姿を馨に見られるのは辛い。
けれど、断る理由がなかった。
「洋服でも買って」
腰を上げながら馨は言って、真理の手の中に紙幣を握らせる。
「馨!」
つき返そうとした手を逆に引かれて、馨の胸に倒れ込んだ。
「本当に困ったときはいつでも言って。いいね」
耳元に口早に囁いて立ち去った。
真理の手の中には馨の施しが残った。
先の見えない不安な生活の中、それでも真理は少しずつ記憶を取り戻した。
不破と愛し合い将来の約束を交わしたこと、誤解から自殺未遂を図ったこと、馨に命を救われ、もう一度生きる決意をしたこと。
そして、帰国した不破と再会し、馨を裏切りながら、また愛し合うようになったことも。
過去のひとつひとつが蘇ってくるたびに、真理は自分の弱さや罪深さを感じずにはいられなかった。
けれど苦しい生活が真理を過去の中に立ち止まらせてはくれなかった。
二人で住むために不破が購入したマンションは抵当に入れられて、二人は下町の小さなアパートに引っ越さなければならなかった。
借金はマンションを売却した資金で目途がついたが、日々を生きていくための収入が必要で、真理は働きに出ることを決意した。
もちろん不破は反対したが、綺麗ごとを言っていられる余裕はない。
どんなことをしても、多くの犠牲を払って手にした不破との生活を守ろうと真理は思う。
それが、それだけが償いになると思った。
自分が傷つけた人たち、馨や杏理や大輔、そして自分を得るためにすべてを失った不破への償いになると。
しかし、どこに行っても有名人の真理はとても気質の仕事につける状態ではなく、結局実入りのいい水商売を選ばざるを得なかった。
古い友人に紹介してもらったその店は、会員制の高級ホストクラブだった。
客のために酒を作り、望まれればお喋りをする。
たまに身体に触ってくる客もいるが、他の店に比べればはるかに客の質は良いという話だ。
店で働きはじめてひと月が過ぎた頃、予期せぬ客に真理は驚かされた。
指名を受けて、個室のVIPルームに向かうと、そこにいたのは馨だった。
「真理」
低い穏やかな声、懐かしい笑顔。
「馨……」
真理はかつての恋人を前に、どう振舞っていいかわからない。
とりあえず、いつもしているように馨の横に座って、水割りを作る。
グラスを手渡すと、馨はその真理の手を握った。
「馨、どうして、ここに?」
「ごめん。君がここで働いてるって教えてくれる人がいてね、本当は会うつもりはなかったんだけど…やっぱり心配で」
馨は握っていた手を離してグラスを受け取り、テーブルの上に置いた。
「記憶、戻ったの?」
真理は頷いて答えた。
「そう、よかったね」
そう言いながら、本当にそれがよかったことなのかどうか、馨にはわからない。
辛い記憶もたくさんあっただろうと、労わるように真理を見た。
「馨、オレのこと探したのか」
それだけが気になったというように、真理は聞く。
「不破の代わりに君が働いてるって、聞いたから」
つくづく世の中は隠し事が出来ないように出来ている。
真理は力なく、口許だけで笑った。
「少し、痩せたね…ちゃんと食べてる?」
真理の頬に触れながら、苦い表情で馨は言う。
「オレは、大丈夫」
馨を安心させるために、真理は無理に笑顔を作った。
「君に、こんなことをさせるために別れたんじゃないよ」
馨は、吐き捨てるようにそう言うと、荒れてしまった真理の指先を労わるように握りしめる。
二人で暮らしていた頃、包丁を持つと怪我をすると言って、馨は真理が料理をすることさえ許さなかった。
ただ懐かしいという感情だけでそんなことを思い出し、真理は笑った。
「不破に仕事がないんだから仕方ない」
「芸能界で仕事が出来なければ不破が皿洗いでもなんでもして働けばいい」
「馬鹿なこと言うなよ。そんなことしたら不破の価値が下がる。そんなことさせない。きっと、そのうち仕事、来るって。だって、不破ほど才能のある男を、ほっとくわけないだろ?大丈夫…」
自分に言い聞かせるようにむきになってそう言う真理に、馨は寂しそうな声で言う。
「愛してるんだね」
「……愛?」
愛か、と考えて真理は自嘲するように口許を歪ませる。
確かに、ただ守られていた無力な頃よりも、不破を愛してると感じている。
けれど生活の前では愛なんて、なんの力にもならない。
「また、来てもいいかな」
帰り際、そう聞かれて真理は曖昧に頷いた。
本当はこんな姿を馨に見られるのは辛い。
けれど、断る理由がなかった。
「洋服でも買って」
腰を上げながら馨は言って、真理の手の中に紙幣を握らせる。
「馨!」
つき返そうとした手を逆に引かれて、馨の胸に倒れ込んだ。
「本当に困ったときはいつでも言って。いいね」
耳元に口早に囁いて立ち去った。
真理の手の中には馨の施しが残った。
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