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【番外編】結婚しようよ(独身編)
1.うわさ
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「実はオレ、結婚することにした」
同じ法律事務所の同僚で同期の林田から、「話がある」と飲みに誘われたときから、そういう類の話だろうと予想はしていた。
「そうか、おめでとう」
雅治は、笑顔で同僚の結婚を祝福した。
「確か、高校のときから付き合ってたんだっけ」
雅治が聞くと、林田は「いや、彼女とは、半年前に別れたんだ」
と答えた。
「じゃあ、誰と?」
「相手の女性も、弁護士だ。司法修習生時代の同期で、別のファームで働いている」
「その人と、半年付き合って結婚を決めたってことか」
林田は苦笑した。
「付き合いはじめたのは、一年くらい前かな」
つまり、二股交際のあげく、長く付き合った恋人とは別れて、新しい恋人との結婚を決めたということらしい。
雅治は、他人の恋愛に口を出さない主義だ。
数年間、一緒に仕事をして、林田が悪い人間ではないことも知っている。
男と女の間には、どんなこともおこりうる。
雅治は「それは、大変だったな」と、まるで労うような言葉をかけた。
「なんとなく、おまえだけは、そんなふうに言ってくれるような気がしてた」
林田は笑ってそう言ったが、どこか疲れているように見えて、その結論に辿り着くまでには相応の修羅場があったのだろうと察せられた。
「三十歳間近の女と別れるってことは鬼畜の所業だそうだ。彼女の母親に、そう言われた」
「鬼畜の所業か、すごいボギャブラリーだな」
「彼女、弁護士の妻になる気で、大学を卒業したあと就職しないで、花嫁修業のつもりか料理教室とかに通っててさ。だから、オレも悪いとは思ってるよ。だけど、付き合ってるときに結婚を匂わせるようなことは言ったことないし、就職だってした方がいいって勧めたんだ。オレには、人生をまるごと預けてくるような女は重荷だった」
「単純に、気持ちが別の人に変わったってことじゃないんだな」
林田は、頷いた。
「正直言って、結婚する相手のことを彼女より愛してるのかって考えたら、よくわからない。ただ、オレは仕事に集中したいんだ。そういう環境が欲しい。独身でいると、どうしたってプライベートに時間をとられるだろ。はっきり言って、セックスの相手を探すのも面倒くさい」
あけすけに本音を語るのは、酔っているからだけではなく、心に積もった澱を、誰かに吐き出したかったのだろうと雅治には感じた。
「オレは男だから、その気持ちもわかるけど、結婚する人には、どう説明したんだ?」
「いま、おまえに言ったことをそっくりそのまま、伝えたよ。彼女は、共感してくれた。オレと同じで、仕事が好きなんだ。女性の方が独身でいるとなにかと面倒が多いらしい。セクハラにあったり、いちいち言い寄られたり大変なんだろうな」
「つまり、結婚に対する利害が一致したってことか」
「そういうことだな。それも、運命なんだと思う。セックスしたいと思うくらいには、性的魅力もある」
「そういう結婚も、あるんだな」
雅治はシンプルに、そう思った。
人が、誰かと結婚しようと決める理由はいろいろで、すべての結婚が恋愛の辿る先ではないはずだ。
「ところでおまえはどうなんだ、小田切。結婚は考えてないのか」
林田に聞かれて、雅治はとくに返事をせず、ただ苦笑しながら手にしていたビールを飲んだ。
「おまえはずっとファームで雇われてるつもりはないんだろ?将来、自分のファームを持つにしろ、政治家に転身するにしろ、早めに身を固めた方がいい。弁護士なんて仕事は社会的信用がなにより大事だ。独り身は軽く見られる」
「誰が政治家に転身するって?バカなこと言うなよ」
雅治は、笑った。
「笑いごとじゃない。おまえと、パラリーガルの斉藤有紗、噂になってるぞ」
「斉藤さんと?まあ、一緒に食事くらいはしたけど」
「噂の出所は、本人だ。他の女を牽制してるんだよ。おまえがいつまでも独身だと、ファームの女たちが落ち着かない」
「それをオレに言われてもね」
「それと、おまえに関しては良くない噂がもうひとつ、ある」
林田は言って、グラスに残っていたビールを飲み干した。
「おまえが二丁目で、男と歩いていたって噂だ」
「へえ」
雅治が、まったく驚かないことに、林田の方が驚いた。
「もちろん、オレはおまえがゲイじゃないことは知ってるけど、そんな不名誉な噂は捨て置けないだろ」
「オレも自分のセクシャリティがゲイだと思ったことはないよ」
「当然だ」
「だけど、その噂はデマじゃない」
雅治は、林田の顔をまっすぐ見ながら言った。
「付き合ってから、もうすぐ9年になる。オレの恋人は、男なんだ」
雅治の表情はとてもナチュラルで、秘密をカミングアウトしてるようではなかった。
同じ法律事務所の同僚で同期の林田から、「話がある」と飲みに誘われたときから、そういう類の話だろうと予想はしていた。
「そうか、おめでとう」
雅治は、笑顔で同僚の結婚を祝福した。
「確か、高校のときから付き合ってたんだっけ」
雅治が聞くと、林田は「いや、彼女とは、半年前に別れたんだ」
と答えた。
「じゃあ、誰と?」
「相手の女性も、弁護士だ。司法修習生時代の同期で、別のファームで働いている」
「その人と、半年付き合って結婚を決めたってことか」
林田は苦笑した。
「付き合いはじめたのは、一年くらい前かな」
つまり、二股交際のあげく、長く付き合った恋人とは別れて、新しい恋人との結婚を決めたということらしい。
雅治は、他人の恋愛に口を出さない主義だ。
数年間、一緒に仕事をして、林田が悪い人間ではないことも知っている。
男と女の間には、どんなこともおこりうる。
雅治は「それは、大変だったな」と、まるで労うような言葉をかけた。
「なんとなく、おまえだけは、そんなふうに言ってくれるような気がしてた」
林田は笑ってそう言ったが、どこか疲れているように見えて、その結論に辿り着くまでには相応の修羅場があったのだろうと察せられた。
「三十歳間近の女と別れるってことは鬼畜の所業だそうだ。彼女の母親に、そう言われた」
「鬼畜の所業か、すごいボギャブラリーだな」
「彼女、弁護士の妻になる気で、大学を卒業したあと就職しないで、花嫁修業のつもりか料理教室とかに通っててさ。だから、オレも悪いとは思ってるよ。だけど、付き合ってるときに結婚を匂わせるようなことは言ったことないし、就職だってした方がいいって勧めたんだ。オレには、人生をまるごと預けてくるような女は重荷だった」
「単純に、気持ちが別の人に変わったってことじゃないんだな」
林田は、頷いた。
「正直言って、結婚する相手のことを彼女より愛してるのかって考えたら、よくわからない。ただ、オレは仕事に集中したいんだ。そういう環境が欲しい。独身でいると、どうしたってプライベートに時間をとられるだろ。はっきり言って、セックスの相手を探すのも面倒くさい」
あけすけに本音を語るのは、酔っているからだけではなく、心に積もった澱を、誰かに吐き出したかったのだろうと雅治には感じた。
「オレは男だから、その気持ちもわかるけど、結婚する人には、どう説明したんだ?」
「いま、おまえに言ったことをそっくりそのまま、伝えたよ。彼女は、共感してくれた。オレと同じで、仕事が好きなんだ。女性の方が独身でいるとなにかと面倒が多いらしい。セクハラにあったり、いちいち言い寄られたり大変なんだろうな」
「つまり、結婚に対する利害が一致したってことか」
「そういうことだな。それも、運命なんだと思う。セックスしたいと思うくらいには、性的魅力もある」
「そういう結婚も、あるんだな」
雅治はシンプルに、そう思った。
人が、誰かと結婚しようと決める理由はいろいろで、すべての結婚が恋愛の辿る先ではないはずだ。
「ところでおまえはどうなんだ、小田切。結婚は考えてないのか」
林田に聞かれて、雅治はとくに返事をせず、ただ苦笑しながら手にしていたビールを飲んだ。
「おまえはずっとファームで雇われてるつもりはないんだろ?将来、自分のファームを持つにしろ、政治家に転身するにしろ、早めに身を固めた方がいい。弁護士なんて仕事は社会的信用がなにより大事だ。独り身は軽く見られる」
「誰が政治家に転身するって?バカなこと言うなよ」
雅治は、笑った。
「笑いごとじゃない。おまえと、パラリーガルの斉藤有紗、噂になってるぞ」
「斉藤さんと?まあ、一緒に食事くらいはしたけど」
「噂の出所は、本人だ。他の女を牽制してるんだよ。おまえがいつまでも独身だと、ファームの女たちが落ち着かない」
「それをオレに言われてもね」
「それと、おまえに関しては良くない噂がもうひとつ、ある」
林田は言って、グラスに残っていたビールを飲み干した。
「おまえが二丁目で、男と歩いていたって噂だ」
「へえ」
雅治が、まったく驚かないことに、林田の方が驚いた。
「もちろん、オレはおまえがゲイじゃないことは知ってるけど、そんな不名誉な噂は捨て置けないだろ」
「オレも自分のセクシャリティがゲイだと思ったことはないよ」
「当然だ」
「だけど、その噂はデマじゃない」
雅治は、林田の顔をまっすぐ見ながら言った。
「付き合ってから、もうすぐ9年になる。オレの恋人は、男なんだ」
雅治の表情はとてもナチュラルで、秘密をカミングアウトしてるようではなかった。
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