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3.ロングインタビュー
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「Fake Lips」は、千原那智、樫野拓人、花沢芳彦、森尾圭太、大沢悠希の5人組のストリート系のボーカル&ダンスグループだ。
もともとは5人で公園や路上で踊っていたところを、現在の所属事務所のマネージャーである、宮崎里美の目に止まり、5年前にメジャーデビューした。
デビューしてから2年ほどはCDをリリースしてもトップ10に入るのがやっとだったが、6曲目に出した「Wicked Beat」がヒットし、その後は順調にヒット曲を連発している。
年に一度の全国ツアーの規模も、去年からアリーナクラスで出来るようになり、今年はとうとうデビュー以来の目標だったドームでの公演を実現させた。
けれどまだ若い彼らは現状に満足していない。
常に上を目指して、新しいことに挑戦する気構えがある。
最近では音楽活動以外にもラジオ番組のレギュラーと、テレビの音楽情報番組のパーソナリティなどもこなしている。
また若さとルックスの良さを買われて、メンバーそれぞれにドラマ出演へのオファーも多い。
今のところはまだ「前向きに検討中」というのが事務所の回答だった。
◆◆◆
ホテルの一室を借り切った音楽雑誌のインタビュー。
ツアーの全公演を取材していた女性記者とは、すっかり顔馴染みになっていたせいで、はじまる前から和やかな雰囲気が出来ていた。
インタビューが掲載される号ではFake Lipsのデビューからの軌跡と今回のツアーのレポの特集が組まれることになっている。
「長いインタビューになると思うから覚悟してね」
三十代前半の、ショートカットで化粧気のない記者、上山由美がそう言って録音機のスイッチを押し、ロングインタビューがはじまった。
「Fake Lipsの結成の話から聞きたいんだけど、はじめは千原君と花沢君の二人で路上で踊っていたのよね?」
芳彦が、頷いて答えた。
「その頃の話は事務所的にNGになるかもしれないけど」
部屋の脇で見守っているマネージャーの里美の顔を見ながら、由美を笑わせて芳彦が答えた。
「僕と那智は、学年は違うんですけど中学が同じで、家が近所だったんで小さい頃から顔見知りだったんです。はじめは那智が一人で踊っているのを見て、すごいなあって思って。なんとなく、一緒に踊るようになって。僕は子供の頃にクラシックバレエを習っていたんですけど、ストリートダンスははじめてで、二人とも、どんどんダンスにのめり込んじゃったんです。それからはよく学校をサボって、練習してました。練習の成果を日曜日に公園で踊って試して、立ち止まって見てくれる人がいるのが嬉しかった。報酬って言ったら、それだけなんですけど」
芳彦の言葉に、悠希が頷きながら「二人はすごい人気者だったんです。あの頃、代々木公園には日曜日に踊ってるダンスグループはたくさんあったけど、二人はとくに有名でした」と当時を思い出したように、興奮気味に口を挟んだ。
「それで、森尾君と大沢君は、二人に憧れてメンバーに入ったのね?」
その質問には、圭太が答える。
「僕と悠希は同じ学校で、体操部だったんです。偶然、那智くんたちが踊っているのを見て、すっげえカッコよくて、ショーゲキ的でした」
那智と芳彦が高校生だったとき、圭太と悠希はまだ中学生だった。
「二人で一生懸命練習して、それである日、那智くんに言ったんです。一緒に踊りたいって」
そう言いながら圭太は悠希を見て、そのあと那智を見た。
「那智くんが、いいよって言ってくれて、すげえ、嬉しかった」
「うん、オレたち、中学生なんかと一緒に踊れないって言われて断られると思ってたから」
悠希が言う。
「そして最後に樫野君が加わったのね。樫野君は帰国子女だって聞いたけど、日本に来る前はどこにいたの?」
「NYです」
樫野が答える。
「ダンスや音楽の基礎は向こうで勉強したの?」
「勉強とは思ってなかったし、スクールに通ったわけじゃないけど、仲間と踊ってました」
「樫野君から見て、4人のダンスはどうだった?」
樫野は笑いながら「正直に言っちゃっていい?」と里美に確認する。
「那智以外は、全然基礎が出来てなかった。ステップもフォーメーションもデタらめで。ヒップホップなのに、変なとこで悠希がアクロバテックにバク転かましたり、クラシックの癖が抜けない芳彦は指先とか妙に品があったり」
そこでみんな、笑った。
「だけど、なにかすごくひっかかるものがあったんです。上手くいえないけど、4人のダンスには目を惹かれる魅力があった」
「マジで?!樫野くんにはじめて褒められた!それさあ、もっと早く言ってよ~」
圭太の茶々に、またみんな笑う。
「樫野君はFakeLipsでもメインボーカルだけど、本当はバンドで活動する予定だったって本当?」
「はい。オレは日本に帰国したら、バンドをやろうって決めていたんです。実はメンバーもほぼ決まっていたんですけど、那智たちのダンスを見て、どうしても一緒にやりたいって思って、オレも、自分からメンバーに加えて欲しいって言ったんです」
「樫野くんは那智くんに一目惚れしたんだよね」
悠希に言われて「わ、ばかっ、おまえなんてこと言うんだよ!」と樫野が焦る。
由美は笑いながら「その話は結構有名だけど」と言った。
「由美さんまでなに言ってるんですか!違うんですよ、オレが仲間に入れてくれって頼んだとき、最初、那智に断られたんです。そんで頭に来て、オレもムキになって、多少しつこくしてたから、回りからそう見られちゃっただけで…」
「あのとき、樫野くん、すげービックリした顔してたよね。まさか断られるとは思ってなかった、みたいな」
思い出して悠希と圭太が一緒に笑った。
「だって、そうだろ?オレ、一応本場の経験あるし、それなりに自信あったワケじゃん。まさか公園で踊ってるチームに、断られるとは思ってなかったからさ」
「拓人はダンスチームの間でも有名だったし、ライブハウスで歌ったりもしていて、実力は充分知ってたんですけど、その頃は僕たち、プロ志向もなくて、楽しく踊れればいいってカンジだったから」
苦笑しながら芳彦が言った。
メンバーの中で芳彦だけが樫野を名前の方で呼ぶ。
「千原君はどうして断ったの?」
由美がそう那智に話を向け、皆が、那智の方を見た。
一瞬で様子がおかしいことがわかった。
「那智?」
隣に座っていた芳彦が顔を覗く。
那智は、真っ青な顔で上体を折り、自分の腕で自分の身体を抱くようにしてガタガタ震えていた。
「大丈夫?!」
芳彦が問いかけても、返事も出来ない。
マネージャーの里美が慌てたように側に来て、肩を抱えた。
「出ましょう、那智。立てる?」
無言で頷いて、里美に支えられて立ち上がる。
一緒に立ち上がった樫野が力を貸すために手を出したが、里美が首を振って断り、そのまま那智を連れて部屋の外に出ていった。
もともとは5人で公園や路上で踊っていたところを、現在の所属事務所のマネージャーである、宮崎里美の目に止まり、5年前にメジャーデビューした。
デビューしてから2年ほどはCDをリリースしてもトップ10に入るのがやっとだったが、6曲目に出した「Wicked Beat」がヒットし、その後は順調にヒット曲を連発している。
年に一度の全国ツアーの規模も、去年からアリーナクラスで出来るようになり、今年はとうとうデビュー以来の目標だったドームでの公演を実現させた。
けれどまだ若い彼らは現状に満足していない。
常に上を目指して、新しいことに挑戦する気構えがある。
最近では音楽活動以外にもラジオ番組のレギュラーと、テレビの音楽情報番組のパーソナリティなどもこなしている。
また若さとルックスの良さを買われて、メンバーそれぞれにドラマ出演へのオファーも多い。
今のところはまだ「前向きに検討中」というのが事務所の回答だった。
◆◆◆
ホテルの一室を借り切った音楽雑誌のインタビュー。
ツアーの全公演を取材していた女性記者とは、すっかり顔馴染みになっていたせいで、はじまる前から和やかな雰囲気が出来ていた。
インタビューが掲載される号ではFake Lipsのデビューからの軌跡と今回のツアーのレポの特集が組まれることになっている。
「長いインタビューになると思うから覚悟してね」
三十代前半の、ショートカットで化粧気のない記者、上山由美がそう言って録音機のスイッチを押し、ロングインタビューがはじまった。
「Fake Lipsの結成の話から聞きたいんだけど、はじめは千原君と花沢君の二人で路上で踊っていたのよね?」
芳彦が、頷いて答えた。
「その頃の話は事務所的にNGになるかもしれないけど」
部屋の脇で見守っているマネージャーの里美の顔を見ながら、由美を笑わせて芳彦が答えた。
「僕と那智は、学年は違うんですけど中学が同じで、家が近所だったんで小さい頃から顔見知りだったんです。はじめは那智が一人で踊っているのを見て、すごいなあって思って。なんとなく、一緒に踊るようになって。僕は子供の頃にクラシックバレエを習っていたんですけど、ストリートダンスははじめてで、二人とも、どんどんダンスにのめり込んじゃったんです。それからはよく学校をサボって、練習してました。練習の成果を日曜日に公園で踊って試して、立ち止まって見てくれる人がいるのが嬉しかった。報酬って言ったら、それだけなんですけど」
芳彦の言葉に、悠希が頷きながら「二人はすごい人気者だったんです。あの頃、代々木公園には日曜日に踊ってるダンスグループはたくさんあったけど、二人はとくに有名でした」と当時を思い出したように、興奮気味に口を挟んだ。
「それで、森尾君と大沢君は、二人に憧れてメンバーに入ったのね?」
その質問には、圭太が答える。
「僕と悠希は同じ学校で、体操部だったんです。偶然、那智くんたちが踊っているのを見て、すっげえカッコよくて、ショーゲキ的でした」
那智と芳彦が高校生だったとき、圭太と悠希はまだ中学生だった。
「二人で一生懸命練習して、それである日、那智くんに言ったんです。一緒に踊りたいって」
そう言いながら圭太は悠希を見て、そのあと那智を見た。
「那智くんが、いいよって言ってくれて、すげえ、嬉しかった」
「うん、オレたち、中学生なんかと一緒に踊れないって言われて断られると思ってたから」
悠希が言う。
「そして最後に樫野君が加わったのね。樫野君は帰国子女だって聞いたけど、日本に来る前はどこにいたの?」
「NYです」
樫野が答える。
「ダンスや音楽の基礎は向こうで勉強したの?」
「勉強とは思ってなかったし、スクールに通ったわけじゃないけど、仲間と踊ってました」
「樫野君から見て、4人のダンスはどうだった?」
樫野は笑いながら「正直に言っちゃっていい?」と里美に確認する。
「那智以外は、全然基礎が出来てなかった。ステップもフォーメーションもデタらめで。ヒップホップなのに、変なとこで悠希がアクロバテックにバク転かましたり、クラシックの癖が抜けない芳彦は指先とか妙に品があったり」
そこでみんな、笑った。
「だけど、なにかすごくひっかかるものがあったんです。上手くいえないけど、4人のダンスには目を惹かれる魅力があった」
「マジで?!樫野くんにはじめて褒められた!それさあ、もっと早く言ってよ~」
圭太の茶々に、またみんな笑う。
「樫野君はFakeLipsでもメインボーカルだけど、本当はバンドで活動する予定だったって本当?」
「はい。オレは日本に帰国したら、バンドをやろうって決めていたんです。実はメンバーもほぼ決まっていたんですけど、那智たちのダンスを見て、どうしても一緒にやりたいって思って、オレも、自分からメンバーに加えて欲しいって言ったんです」
「樫野くんは那智くんに一目惚れしたんだよね」
悠希に言われて「わ、ばかっ、おまえなんてこと言うんだよ!」と樫野が焦る。
由美は笑いながら「その話は結構有名だけど」と言った。
「由美さんまでなに言ってるんですか!違うんですよ、オレが仲間に入れてくれって頼んだとき、最初、那智に断られたんです。そんで頭に来て、オレもムキになって、多少しつこくしてたから、回りからそう見られちゃっただけで…」
「あのとき、樫野くん、すげービックリした顔してたよね。まさか断られるとは思ってなかった、みたいな」
思い出して悠希と圭太が一緒に笑った。
「だって、そうだろ?オレ、一応本場の経験あるし、それなりに自信あったワケじゃん。まさか公園で踊ってるチームに、断られるとは思ってなかったからさ」
「拓人はダンスチームの間でも有名だったし、ライブハウスで歌ったりもしていて、実力は充分知ってたんですけど、その頃は僕たち、プロ志向もなくて、楽しく踊れればいいってカンジだったから」
苦笑しながら芳彦が言った。
メンバーの中で芳彦だけが樫野を名前の方で呼ぶ。
「千原君はどうして断ったの?」
由美がそう那智に話を向け、皆が、那智の方を見た。
一瞬で様子がおかしいことがわかった。
「那智?」
隣に座っていた芳彦が顔を覗く。
那智は、真っ青な顔で上体を折り、自分の腕で自分の身体を抱くようにしてガタガタ震えていた。
「大丈夫?!」
芳彦が問いかけても、返事も出来ない。
マネージャーの里美が慌てたように側に来て、肩を抱えた。
「出ましょう、那智。立てる?」
無言で頷いて、里美に支えられて立ち上がる。
一緒に立ち上がった樫野が力を貸すために手を出したが、里美が首を振って断り、そのまま那智を連れて部屋の外に出ていった。
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