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15.君を連れていく
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懐かしい笑顔だった。
ベッドに横になっている那智が、自分を見て笑顔を見せてくれた。
「圭太、久しぶりだな」
「那智くん、なかなか来られなくてごめんなさい」
「いいんだよ、そんなこと」
「具合、悪いの?」
樫野からは、那智は肉体的にはどこも悪くないと聞いていた。
だから入院していると言っても那智の場合、生活は普通で、病院と言っても食事付きの寮に入っているのと同じだよ、と。
それなのに昼間からベッドに横になっているので驚いた。
「違う、薬に眠剤が入っているらしくて、飲むと眠くなるの。今、飲んだところだから、オレ、すぐ寝ちゃうかもしれない」
那智には病気の進行を遅らせる薬と説明されているそれが、実は不安を和らげるための精神安定剤だということも、樫野から聞いていた。
表情に出さないように気をつけて「那智くんが眠るまで、いてもいい?」と圭太は聞いた。
「ああ」
圭太は、ベッドの脇の椅子に腰掛けて、普通の病院の個室よりも随分広い、優しいブルーの壁紙に囲まれた部屋を見回す。
窓際には、花瓶に生けられた花。
ベッドの横にはテレビやAVデッキ、コンポなどが置かれ、DVDやCDが山積みに積まれていた。
「どうしたの、これ」
「FakeLips」のCDを手にとって、圭太が聞く。
「悠希が持ってきてくれたんだ。曲を、忘れないように、毎日聴けって。ライブのDVDも見てるよ。さっき、ファーストライブのを見たばかりなんだ」
「ファーストライブって、えっ…と、まさか、アレ?!」
「そう、圭太がバク転に失敗して派手に転んだアレ」
「えー、もう言わないでよ、あのことは。恥ずかしいんだから!」
目を細めて、那智が笑う。
「映像って、すごいよな。実感がなくても、目で見ると、確かにあったことなんだってわかるじゃん。すげえ、助かる」
何でもないことのように那智は言うが、つまりそれはもう映像で見るものも、自分の記憶としてはないということなのだろう。
那智が、笑顔でそんな風に言うから、圭太も、笑うしかなかった。
大丈夫、大丈夫、僕は、笑える。
自分にそう、暗示をかける。
「那智くん、僕との約束を果たすまでは、忘れちゃ駄目だよ」
「……そうだな」
「約束、覚えてる?」
「ああ……覚えてるよ。忘れてない」
言ってみて、とは圭太は言わない。ただ、嬉しそうに笑う。
那智の瞼が重そうに、ゆっくりと瞳を隠した。
「眠いの?」
問いかけに、頷いて答える。
「圭太…、FakeLipsの歌、なにか歌ってくれないか。聴きたい、CDじゃなくて、本物の声で」
「うん、いいよ、歌う。樫野くんみたい上手くは歌えないけど、聴いてね」
瞼を閉じた那智の顔を見ながら、圭太は小さな声で歌いはじめた。
那智が好きだった曲。
きみをつれていく
まだ行ったことのない未知の世界に
きみをつれていく
繋いだ手を離さないで 未来は僕たちがつくる
夢に見た名前のない国に きみをつれていく
歌いながら祈る。
どうか、早く眠りに落ちて、と。
歌声で泣いていることがわかってしまう前に、眠って。
圭太の声は途中から涙声に変わって、もうなにを歌っているのか自分でもわからなかった。
穏やかな寝顔。
けれど本当は、薬に頼らなければ不安でいられないほど、辛いのだ、那智は。
どんな夢を見てるの?夢の中は辛くないの?
二十歳になったら、飲みに連れていってくれるって『約束』したよ。
僕が免許を取ったら一緒にドライブする『約束』も、今度の誕生日にご馳走してくれるって『約束』も。
それはきっと、永遠に果たされることのない自分だけの『約束』になる。
止まらない涙を無造作に袖で拭って、圭太は繰り返し歌い続けた。
君と出会ったことを、君に叱られたことを、一緒に抱き合って喜び合った日のことを、僕はずっと忘れない。
君が忘れても、君の分まで、僕が忘れない。
ベッドに横になっている那智が、自分を見て笑顔を見せてくれた。
「圭太、久しぶりだな」
「那智くん、なかなか来られなくてごめんなさい」
「いいんだよ、そんなこと」
「具合、悪いの?」
樫野からは、那智は肉体的にはどこも悪くないと聞いていた。
だから入院していると言っても那智の場合、生活は普通で、病院と言っても食事付きの寮に入っているのと同じだよ、と。
それなのに昼間からベッドに横になっているので驚いた。
「違う、薬に眠剤が入っているらしくて、飲むと眠くなるの。今、飲んだところだから、オレ、すぐ寝ちゃうかもしれない」
那智には病気の進行を遅らせる薬と説明されているそれが、実は不安を和らげるための精神安定剤だということも、樫野から聞いていた。
表情に出さないように気をつけて「那智くんが眠るまで、いてもいい?」と圭太は聞いた。
「ああ」
圭太は、ベッドの脇の椅子に腰掛けて、普通の病院の個室よりも随分広い、優しいブルーの壁紙に囲まれた部屋を見回す。
窓際には、花瓶に生けられた花。
ベッドの横にはテレビやAVデッキ、コンポなどが置かれ、DVDやCDが山積みに積まれていた。
「どうしたの、これ」
「FakeLips」のCDを手にとって、圭太が聞く。
「悠希が持ってきてくれたんだ。曲を、忘れないように、毎日聴けって。ライブのDVDも見てるよ。さっき、ファーストライブのを見たばかりなんだ」
「ファーストライブって、えっ…と、まさか、アレ?!」
「そう、圭太がバク転に失敗して派手に転んだアレ」
「えー、もう言わないでよ、あのことは。恥ずかしいんだから!」
目を細めて、那智が笑う。
「映像って、すごいよな。実感がなくても、目で見ると、確かにあったことなんだってわかるじゃん。すげえ、助かる」
何でもないことのように那智は言うが、つまりそれはもう映像で見るものも、自分の記憶としてはないということなのだろう。
那智が、笑顔でそんな風に言うから、圭太も、笑うしかなかった。
大丈夫、大丈夫、僕は、笑える。
自分にそう、暗示をかける。
「那智くん、僕との約束を果たすまでは、忘れちゃ駄目だよ」
「……そうだな」
「約束、覚えてる?」
「ああ……覚えてるよ。忘れてない」
言ってみて、とは圭太は言わない。ただ、嬉しそうに笑う。
那智の瞼が重そうに、ゆっくりと瞳を隠した。
「眠いの?」
問いかけに、頷いて答える。
「圭太…、FakeLipsの歌、なにか歌ってくれないか。聴きたい、CDじゃなくて、本物の声で」
「うん、いいよ、歌う。樫野くんみたい上手くは歌えないけど、聴いてね」
瞼を閉じた那智の顔を見ながら、圭太は小さな声で歌いはじめた。
那智が好きだった曲。
きみをつれていく
まだ行ったことのない未知の世界に
きみをつれていく
繋いだ手を離さないで 未来は僕たちがつくる
夢に見た名前のない国に きみをつれていく
歌いながら祈る。
どうか、早く眠りに落ちて、と。
歌声で泣いていることがわかってしまう前に、眠って。
圭太の声は途中から涙声に変わって、もうなにを歌っているのか自分でもわからなかった。
穏やかな寝顔。
けれど本当は、薬に頼らなければ不安でいられないほど、辛いのだ、那智は。
どんな夢を見てるの?夢の中は辛くないの?
二十歳になったら、飲みに連れていってくれるって『約束』したよ。
僕が免許を取ったら一緒にドライブする『約束』も、今度の誕生日にご馳走してくれるって『約束』も。
それはきっと、永遠に果たされることのない自分だけの『約束』になる。
止まらない涙を無造作に袖で拭って、圭太は繰り返し歌い続けた。
君と出会ったことを、君に叱られたことを、一緒に抱き合って喜び合った日のことを、僕はずっと忘れない。
君が忘れても、君の分まで、僕が忘れない。
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