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14.思い出
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圭太は、那智が休養を発表してから、休学していた大学に復学した。
芸能活動をすることに反対していた父親から、いくつか出された交換条件の一つが大学への進学だった。
志望の大学に合格して入学はしたものの、去年から活動が忙しくなって休学していたのだ。
復学したのは自分の意志で、父親はこの件について何も言わなかった。
キャンパスに悠希が訪ねて来て、二人は広い芝生が見渡せるベンチに並んで腰かけた。
調度ランチタイムで、芝生の上には複数の学生のグループが、輪になって大声で話しをしたり、のんびり秋の空気を楽しんでいた。
悠希が何を言いに来たか、圭太にはわかっていた。
わかっていて、聞いた。
「ねえ、悠希は忘れたいくらい嫌な経験って、したことある?」
飲んだコーラの缶を右手で潰しながら、圭太が言った。
「そりゃあ、あるよ。普通、誰にでもあるんじゃない」
「じゃあさ、もし、神様がそれを忘れさせてあげるって言ったら、どうする?」
圭太の縋るような視線を真っ直ぐに受け止めて、悠希は「うーん」と考えた。
「…やめとく。そりゃあさ、なんか失敗したり、好きな人にフラれたり、人に傷つけられたり、人を傷つけたりしたことなんて、綺麗さっぱり忘れてしまいたいけど、忘れちゃったら、その経験って無駄になるだろ?でも、覚えていれば少なくとも、同じ失敗はしなくてすむじゃん」
「そうかな」
「それに、どんな嫌な思い出だって、時間がたてばいつか自然に笑って思い出すようになることもある。人は、だから、生きていけるんだと思う」
「圭太…」と、悠希は優しい声で名前を呼んだ。
「思い出って大切だけど、人は毎日毎日過去を振り返って生きてるわけじゃないだろ?だけど、自分の立っている場所がわからなくなったり、前に進むことが怖くなったときに、支えになるのは経験だったり思い出だったりするんじゃないかな。圭太は、今も、これからもそれを持っていられる。これから先、進む道に迷ったときに、那智くんとの思い出が、圭太を助けることはあると思う。だけど…那智くんには、もうすぐなくなるんだよ。思い出をなくした那智くんを、思い出にかわって支えてあげるのは、僕たちの役目なんじゃないかな。那智くんに、会いにいかなきゃダメだよ。このままだと後悔するのはおまえだよ」
圭太は、わかっているという表情を見せて、頷いた。
「悠希はあの日のことを、覚えてる?」
「あの日って?」
「僕たちがはじめて、チャートの1位を取った日」
「もちろん、覚えてるよ。忘れるはずがない」
二人は顔を見合わせて、久しぶりに笑顔を見せあった。
「那智くんも、あの日のこと、まだ覚えているかな」
それはわからなかった。
「覚えてくれてると、いいな」
小さな望みを、悠希はそう言葉にした。
◆◆◆
「ちょっと芳彦くん、これ見てよ」
レッスン場の隅に作られた休憩場で、長机の上に広げた雑誌を、悠希が芳彦に見せた。
「ああ、この前受けたインタビューが載ってるやつ?」
「そう。樫野くんのコレ、すごいから」
「拓人の、好きな女の子のタイプ?まさか」
「その、まさかだよ。『顔が小さくて目が大きくてどっちかと言うと童顔で、性格は気が強くて、でも時々甘えてくれる子猫みたいな子』だって。いいの、これ。まんま那智くんのことじゃん」
悠希の言葉に机の向かい側に座っていた那智が怒る。
「誰が子猫だ」
「うわ、那智くん聞こえた?ごめんごめん。ところで樫野くんはどうしたの」
「決まってる、遅刻だろ」
憮然として那智が言うのに、芳彦が「本番でも遅れてくるんだから、練習に時間通りに来るわけないよね」と、フォローになっていないフォローを入れた。
「ところで、そこの人、超暗いんですけど」
悠希の言葉に、那智と芳彦が、長机に顔を突っ伏している圭太を見た。
「圭太…」
那智が、呼びかけると、くぐもった声で「はい」と返事をした。
「まだ結果が出たわけじゃないんだから、落ち込むなよ。それにもしダメでも、オレがもう一度、ご両親に頼んでみるから」
那智にそう言われて、圭太は顔を上げた。
泣きそうな顔で那智を見たあと、首を振る。
「ありがとう、那智くん。でも、もういいんだ。約束は約束だから、今度の曲が1位をとれなかったら、オレはFakeLipsをやめるよ」
圭太の両親は、圭太がそれなりの大学に進学して、やがて官僚になることを望んでいる。
芸能界でデビューしたのは、期限を切って、それまでにトップに立てたら、という約束の上だった。
その結果が、一週間前に出したシングルで決まる。
昨日のデイリーチャートでは、FaleLipsの新曲は2位だった。
そしてウィークリーチャートの発表が、今日、ある。
圭太の言葉に、悠希と芳彦の二人の表情も曇った。
圭太がFakeLipsを抜けるということは、単にメンバーが一人減るという問題ではない。
デビュー前からずっと5人でやってきた。
4人で踊るのも、他にメンバーを補充することも、考えられない。
誰の気持ちの中にも、圭太の脱退は、FakeLipsの解散と同じことだった。
「考えていたって、しょうがないよ。ねえ、練習しよう。踊っていれば、気が紛れるんじゃない」
重い空気を払うように悠希が言った。
「そうだな。圭太、練習しよう。どんな結果が出ても、それがオレたちの力なんだ。おまえは今まで頑張った。胸を張れよ」
「那智くん…」
泣きそうな顔で笑って、圭太も席を立った。
4人が席を離れ、フォーメーションを確認してそれぞれの立ち位置に立ったとき、レッスン場のドアが開いた。
振り返ると、樫野が立っていた。
「樫野、遅いぞ」
樫野の遅刻は珍しくないが、息を乱しているのは珍しい。
4人はいつもと違う様子の樫野に、顔を見合って、駆け寄った。
樫野も、持ってきたニュースを1分でも早く伝えたいと思い、仲間たちの元に駆け寄った。
「とった!とったぜ、1位!オレたちの曲が、トップだ」
「本当?!樫野くん」
「ああ、これ、最新のオリコンチャートだ。間違いない。これで、圭太、FakeLipsを続けられるな」
「あ、ありがとう!樫野くん、ありがとう」
「バカ、オレに礼言ってどうすんだよ。オレたちがみんなでとったんだ」
圭太が泣き出して、芳彦も目を真っ赤にした。
悠希が「泣くなよ、圭太」と言いながら圭太の肩を抱くと、圭太は「芳彦くんだって」と言って芳彦の肩を抱いた。
芳彦は樫野を、樫野は那智を。
5人で輪になって、抱きあった。
芸能活動をすることに反対していた父親から、いくつか出された交換条件の一つが大学への進学だった。
志望の大学に合格して入学はしたものの、去年から活動が忙しくなって休学していたのだ。
復学したのは自分の意志で、父親はこの件について何も言わなかった。
キャンパスに悠希が訪ねて来て、二人は広い芝生が見渡せるベンチに並んで腰かけた。
調度ランチタイムで、芝生の上には複数の学生のグループが、輪になって大声で話しをしたり、のんびり秋の空気を楽しんでいた。
悠希が何を言いに来たか、圭太にはわかっていた。
わかっていて、聞いた。
「ねえ、悠希は忘れたいくらい嫌な経験って、したことある?」
飲んだコーラの缶を右手で潰しながら、圭太が言った。
「そりゃあ、あるよ。普通、誰にでもあるんじゃない」
「じゃあさ、もし、神様がそれを忘れさせてあげるって言ったら、どうする?」
圭太の縋るような視線を真っ直ぐに受け止めて、悠希は「うーん」と考えた。
「…やめとく。そりゃあさ、なんか失敗したり、好きな人にフラれたり、人に傷つけられたり、人を傷つけたりしたことなんて、綺麗さっぱり忘れてしまいたいけど、忘れちゃったら、その経験って無駄になるだろ?でも、覚えていれば少なくとも、同じ失敗はしなくてすむじゃん」
「そうかな」
「それに、どんな嫌な思い出だって、時間がたてばいつか自然に笑って思い出すようになることもある。人は、だから、生きていけるんだと思う」
「圭太…」と、悠希は優しい声で名前を呼んだ。
「思い出って大切だけど、人は毎日毎日過去を振り返って生きてるわけじゃないだろ?だけど、自分の立っている場所がわからなくなったり、前に進むことが怖くなったときに、支えになるのは経験だったり思い出だったりするんじゃないかな。圭太は、今も、これからもそれを持っていられる。これから先、進む道に迷ったときに、那智くんとの思い出が、圭太を助けることはあると思う。だけど…那智くんには、もうすぐなくなるんだよ。思い出をなくした那智くんを、思い出にかわって支えてあげるのは、僕たちの役目なんじゃないかな。那智くんに、会いにいかなきゃダメだよ。このままだと後悔するのはおまえだよ」
圭太は、わかっているという表情を見せて、頷いた。
「悠希はあの日のことを、覚えてる?」
「あの日って?」
「僕たちがはじめて、チャートの1位を取った日」
「もちろん、覚えてるよ。忘れるはずがない」
二人は顔を見合わせて、久しぶりに笑顔を見せあった。
「那智くんも、あの日のこと、まだ覚えているかな」
それはわからなかった。
「覚えてくれてると、いいな」
小さな望みを、悠希はそう言葉にした。
◆◆◆
「ちょっと芳彦くん、これ見てよ」
レッスン場の隅に作られた休憩場で、長机の上に広げた雑誌を、悠希が芳彦に見せた。
「ああ、この前受けたインタビューが載ってるやつ?」
「そう。樫野くんのコレ、すごいから」
「拓人の、好きな女の子のタイプ?まさか」
「その、まさかだよ。『顔が小さくて目が大きくてどっちかと言うと童顔で、性格は気が強くて、でも時々甘えてくれる子猫みたいな子』だって。いいの、これ。まんま那智くんのことじゃん」
悠希の言葉に机の向かい側に座っていた那智が怒る。
「誰が子猫だ」
「うわ、那智くん聞こえた?ごめんごめん。ところで樫野くんはどうしたの」
「決まってる、遅刻だろ」
憮然として那智が言うのに、芳彦が「本番でも遅れてくるんだから、練習に時間通りに来るわけないよね」と、フォローになっていないフォローを入れた。
「ところで、そこの人、超暗いんですけど」
悠希の言葉に、那智と芳彦が、長机に顔を突っ伏している圭太を見た。
「圭太…」
那智が、呼びかけると、くぐもった声で「はい」と返事をした。
「まだ結果が出たわけじゃないんだから、落ち込むなよ。それにもしダメでも、オレがもう一度、ご両親に頼んでみるから」
那智にそう言われて、圭太は顔を上げた。
泣きそうな顔で那智を見たあと、首を振る。
「ありがとう、那智くん。でも、もういいんだ。約束は約束だから、今度の曲が1位をとれなかったら、オレはFakeLipsをやめるよ」
圭太の両親は、圭太がそれなりの大学に進学して、やがて官僚になることを望んでいる。
芸能界でデビューしたのは、期限を切って、それまでにトップに立てたら、という約束の上だった。
その結果が、一週間前に出したシングルで決まる。
昨日のデイリーチャートでは、FaleLipsの新曲は2位だった。
そしてウィークリーチャートの発表が、今日、ある。
圭太の言葉に、悠希と芳彦の二人の表情も曇った。
圭太がFakeLipsを抜けるということは、単にメンバーが一人減るという問題ではない。
デビュー前からずっと5人でやってきた。
4人で踊るのも、他にメンバーを補充することも、考えられない。
誰の気持ちの中にも、圭太の脱退は、FakeLipsの解散と同じことだった。
「考えていたって、しょうがないよ。ねえ、練習しよう。踊っていれば、気が紛れるんじゃない」
重い空気を払うように悠希が言った。
「そうだな。圭太、練習しよう。どんな結果が出ても、それがオレたちの力なんだ。おまえは今まで頑張った。胸を張れよ」
「那智くん…」
泣きそうな顔で笑って、圭太も席を立った。
4人が席を離れ、フォーメーションを確認してそれぞれの立ち位置に立ったとき、レッスン場のドアが開いた。
振り返ると、樫野が立っていた。
「樫野、遅いぞ」
樫野の遅刻は珍しくないが、息を乱しているのは珍しい。
4人はいつもと違う様子の樫野に、顔を見合って、駆け寄った。
樫野も、持ってきたニュースを1分でも早く伝えたいと思い、仲間たちの元に駆け寄った。
「とった!とったぜ、1位!オレたちの曲が、トップだ」
「本当?!樫野くん」
「ああ、これ、最新のオリコンチャートだ。間違いない。これで、圭太、FakeLipsを続けられるな」
「あ、ありがとう!樫野くん、ありがとう」
「バカ、オレに礼言ってどうすんだよ。オレたちがみんなでとったんだ」
圭太が泣き出して、芳彦も目を真っ赤にした。
悠希が「泣くなよ、圭太」と言いながら圭太の肩を抱くと、圭太は「芳彦くんだって」と言って芳彦の肩を抱いた。
芳彦は樫野を、樫野は那智を。
5人で輪になって、抱きあった。
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