カラダの恋人

フジキフジコ

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ヒミツの恋人【第一部】

7.恋のメカニズム

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人が恋をするメカニズムを科学で証明する研究がある。
恋は神秘的でも運命的でもなく、脳、あるいはDNAに操られているのだという内容で、聞けば「なるほど」と妙に納得させられる。

しかし、男が男を好きになる、繁殖出来ない同性相手に欲情するそのメカニズムを研究している機関は多分ない。
あるならぜひ教えて欲しい。
人間はなぜ、遺伝子の命令に背いてまで、時として同性と恋に落ちるのか。
精神の病ではないとしても、どこかに「異常」があるのかもしれない。
遺伝子の、DNAの中に。
松浦のお母さんと面談して以来、オレは暇さえあればそんなつまらないことばかり考えていた。



「なあ、紺野、おまえってさあ、初体験っていつ?」
風呂から上がったあと、二人でつまらないバラエティ番組を見ていて、なんとなく、聞いてみた。
紺野は唐突なオレの質問に驚くでもなく、「初体験?あー、オレは中1のとき、隣に住んでた女子大生に奪われた」と答えた。
もちろん、オレだって紺野に女性経験がないなんて考えていたわけじゃない。
それにしても、そんなあっさり言うことはないじゃないか。
しかも中1で童貞喪失って早すぎるだろ、バカッ。

「へえ…」
とオレは内心の不満を隠してなんでもないふうに相槌を打った。
「中2のときは街でOLにナンパされてホテルに連れ込まれたし、近所の未亡人に家に引きずりこまれたこともあった。女ってさあ、怖いよな。本能の赴くままに生きてるってカンジ。ある意味、羨ましい」

いい気になって散々自分の女性経験を語ったあとで紺野は思い出したように、言った。
「でも、トモはオレがはじめて、なんだよなあ。童貞のまま、清らかな身体をオレに捧げてくれたんだっけ。オレってなんて運がいいんだろう、神様ありがとう」
なんか、ムカつく。正直言ってムカつく。
だいたいオレはおまえに「捧げた」覚えなんかねえ。
「騙されて奪われた」の間違いだ、タコ!

そんなことを口にも出したくなかったので、オレは無言で席を立って、自分の部屋に行きピシャと襖を閉めた。
襖なので鍵はかからないが、こんなときのために用意してあったつっかえ棒で外から空かないようにした。
襖の閉め方でオレの怒りを察した紺野が、襖を叩きながら「トモ、トモ、なんで怒ってるんだよー。開けてー!」と叫んでいる。
「うるせえ、バカっ!てめえなんか梅毒で死ね!」

理不尽な怒りだってわかっている。
このモヤモヤした感情は別に、紺野のせいじゃない。
たまたま側にいる紺野に八つ当たりしているだけだって知っている。
わかっていながら、その夜は結局紺野を部屋に入れなかった。



松浦の退学手続きの前に、どうしても気になって、猪木先生に頼んで最後の家庭訪問をさせてもらうことにした。
松浦の部屋に通され、本人を目の前にして、なにをどう言えばいいのかわからなくなる。
松浦はいつもと同じように、無表情で、オレのことを見ようともしない。

「松浦、本当に退学でいいのか?」
問いに、松浦はかすかに頷いて答えた。
「そうか、別に高校に通うことがどうしても必要ってこともないし、おまえなら大検も合格出来るだろうし、大丈夫だと思う。けど、ちょっと残念だな。せっかく、副担任になったのに、一度も教室で会えなくて」
こんなことが言いたいわけじゃなかった。
でも大事なことはなかなか言えない。
結局、随分余計なことを一人で喋って、最後に部屋を出て行きながらやっとオレは言えた。
「おまえ、精神科になんか通う必要ないぞ。おまえは、病気なんかじゃないんだから」
そう言ったときだけ、松浦はオレのことを見た。
驚いた顔をしていたけど、別に嬉しそうでもなかった。
「…じゃあ、な」
4ケ月間だけオレの生徒だった松浦春樹に短い別れを告げて、オレはもう通うことのない家を後にした。


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