ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

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75再びの場

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 夫妻は同席し、騒がしい中でも冷静に会場にいた。らせん状に設けられた席には貴族や来賓の客が占めている。一般民衆は会場の奥へと押しやられて、場外に目を向けると、出遅れた人々が暑苦しそうに中央を眺めていた。

 開会式では王妃が言葉を発していく。「至上最強の人こそがシオンを導く者なり、剣のもとではただ一つの覚悟をもって勝ち誇るべし」。立后から約30年あまり、かねてより沈黙を続けていた彼女の言葉に、聴衆はすっかり酔いしれていた。

「あれも、ルイの仕業なのか?」

「いいえ?王妃殿下が自ら壇上に上がったのでしょう」

 まさかという顔つきで、レオポルドは遠く母の姿を眺めていた。すでに大会の火ぶたは切られていて、勇ましい出場者が続々と備えを始めている。

「母上は誰にも興味を示さなかった、息子の俺たちにさえ」

「……」

「それが最近になって、変わってきたんだ。ちょうどお前と母上が話し合ったあたりからだよ」

 王妃の内面には心がない。大金を積んでも、貧者を見せても感情を開かず、我が子にさえ同じような冷たい反応をする。そして最後には無遠慮に突き放してくるのだから、重症としか思えない。
 唯一、長男のマルクスを気に掛ける素振りはあったが、これも演技に過ぎなかったのだろう。ずっとレオポルドは、母のこうした冷徹な性格を恐ろしく思っていた。

「あれは、あのように生きるしか選択肢がなかったんだろうな……」

「ええ。私もそうお見受けしました」

 ルイが設けてくれた話し合いの場で、母の本性を知った。
 あの女性には、ただそれしか生き残る術がなかったのだ。権謀術数が渦巻く宮で、陰謀に呑み込まれないように自己を守る。そのためにも感情を押し殺し、身内さえも信じることはしない。

「正直、哀れだと思った。あのような生き方で何を生きがいとしているのか」

「生きがい……たしかに」

 試合の激しい声援の中でも、二人は互いに言葉を伝えていった。夢の障害、ルイとレオポルドにとっては敵ともいえる王妃の存在が、ここでは大きく揺らいでいた。

「王妃殿下は、私に言っておられました。夢がどれほど尊いものかと」

「母上が?」

「ええ。私たちのような生き方もあったのかと、同時に驚きもされていました」

 レオポルドは大きくため息をついて、込めていた手の力を緩めていった。

「寂しいお方だったのかな」

「わかりません。そんなこと、本人がどのように考えているかなんて」

 実の母のことなのに、何も知らなかった。レオポルドは悔しみを混ぜっ返したような気分に襲われた。もっと早くに本音で話ができていたら、この決闘の意味も、少しは違っていたかもしれないのに。

「でも一つだけ言えることがあります」

「ん?」

「私はこれを聞いて、やはりあなたに出会えてよかったと実感しています」

 ルイはにこやかに微笑みながら、レオポルドに顔を見せた。
 この合間にも後ろでは、剣と装飾の手入れが進んでいく。従者が最後に、胸飾りの作業を済ませたことで、レオポルドはいつでも闘いに出向くことができるようなった。

「だから負けないで、王妃殿下にも示してきてください」

「ああ……それがいいな」

 小さく頷き合ってから、会場の真ん中を目指してレオポルドは立ち上がった。囚われた慣習も、兄たちの陰謀も、凍てついた母の心さえ変えてみせよう。来たるべき場所にいるんだ。あとは足を踏み出すだけなのに、感覚が鋭くなっていつもより緊張が走っていった。

 自分はずっとここに戻って来たかった。もう一度、あの日の続きがしたかったんだ。ルイに力を見せるために、熱と歓声で、腰まですくみそうになる舞台で。王国最強の称号がほしくて、誰よりも強くなりたくてここまで来た。

「応援していますからね」

 ルイの何気ない掛け声が、頭の中で何度も反響していった。彼の顔を見れば落ち着きがよみがえり、これから何をするべきかがより鮮明になってくる。

「ああ、見ててくれ」

 レオポルドはそう言ったきり、強い足取りで、あるべきところへと突き進んでいった。

 闘技場は靄がかかるほどに熱気を孕んでいた。そのすぐ真上では、雲一つない蒼天が際限なく広がっている。実に見事な空の色だと、人々が感心する頃には、レオポルドの試合もすでに終わっていた。

 秒殺でなぎ倒されていく相手側に、レオポルドもルイもいっさい同情しなかった。ここまで当たり前のことで、負ける可能性は万に一つも考えない。いや、考える前に試合が済んでしまう。

 1回戦、2回戦と勝ち上がっていく猛者に続いて、王子たちもそれぞれ勝ち上がっていく。その顔ぶれには、王国でも名だたる人間が残りつつあった。どこそこの貴族であろうと、騎士として名実ともに強い者、明らかな精兵ばかりだった。

 少しだけ中心から目をそらすと、会場の端で、楽器を手に持った楽団がたまり場を作っていた。熾烈な闘いを煽るかのように、要所ごとにそれなりの音楽を届けてくれている。まさに祭典にふさわしい場が整いつつあった。

「あとわずか……ですね。ルイ様」

 ルイは祈るような気持ちで席に座っていた。侍女の言葉には軽く頷いても、まだ2戦、そんなに残っているのかと不安が先に出てしまう。

「息が苦しくなる……」

 剣のさばき方を見ているだけで、呼吸が止まりそうになる。レオポルド本人よりも緊張し、心の芯がもだえるように震えている。ルイは、自分の弱いところが露出しないように平素のようにふるまっている。もちろん、やせ我慢に過ぎなかった。

「大丈夫。レオポルド殿下は天下無双です」

「うん……そうだと信じるよ」

 あれだけ近くで見ていたのに、剣も交えたのに、信頼しないでどうするのか。ルイはレオポルドの武威を確かめる暇もないくらい、心は乱されっぱなしだった。
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