ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

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65あるべきところ

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 中庭での一件から、レオポルドは王宮での謹慎を命じられた。仕事を止め、宮にて我が身を悔い改めよという強引な沙汰である。ただし期間にして半月ちょっと程度だから、ほとんど形だけの罰ともいえた。

 レオポルドの仕事はその期間は休止となり、職務は代わりの人間が務めることとなる。忙しい身の上なだけあって、王子の代役は何人も立てる必要があったという。何の予告もなく膨大な仕事量を押し付けられて、役人はいささか不快な日々を過ごしたことだろう。

 一方で、ルイとレオポルドはかつてないほど互いを知り合う時期となった。心身を近づけて、何もかもを洗いざらいに共有する。今までの生活では見られないほどの距離の縮め方に、従者も目を離さずにいられなかった。

 別々だった寝室は一緒になり、日常使いする部屋もルイの室にまとまっていた。
 レオポルドは「静かな離宮に引っ越そう」とルイに強く迫ったが、二人で合意するまでには至らなかった。仕事のこと、王族や貴族とのやり取りもそうだし、手続きだってある。長い目で見れば、ルイも離宮を訪れることも悪くないなと思っていた。だがしかし、急いで住処を変えるとなると話は別である。

(今はレオ様との時間が惜しい)

 ルイは、時間が許すだけレオポルドのそばにいたかった。いつ彼との別れがやって来るかわからない、突然に悲しい結果が訪れるかもしれない。それは明日かもしれないし、今日かもしれない。1年後でも、5年後でも十分にあり得ることだ。ルイは愛しい人といられる時間ができるだけ長く続くよう祈り、喜びを噛みしめる様にしていた。

 朝は少しだけ早く起きて、レオポルドの寝起きまで待っている。彼の髪先から手足まで、かじりつくように見送っては、「自分は孤独ではない」と自信をみなぎらせていく。
 卓を囲み、ご飯を食べる時も、読書をする時も、帳簿に印をつける時も、レオポルドが隣にいないと落ち着かない。いつも一人で行動していたはず。以前なら望みのまま、淡々と、静かな宮を楽しむように暮らしていただろうに。

 ルイは、自分が相手に頼りすぎなところがあることに気づいていた。人の存在、それもレオポルドであれば依存してしまうのは避けられない。我慢しようと思っても、無意識のうちに彼の顔を見てしまうのだった。

「俺の顔になにかついてる?」

「え。い……いえ、なにも」

 ほとんど昼夜問わず、レオポルドの顔に穴が空いてしまうほど見続けている。口にしている食べ物の名前も、読んでいる本の内容だってわからない。自分の出した簿記も、支出の管理すらまともにできやしない。彼のことしか頭にない、こんな現象、初めてでどうしようもなかった。

「ルイといっしょにいられて、俺は嬉しいよ」

「なんですか、急に」

「言っておかないと。ルイに届かないと思ってさ」

 いつも届いている。彼が思って、慮っていることなんて手に取るようにわかる。多くの感情をぶつけてきてくれて、こちらが我慢していることをすべて吐露してくれる。
 ありがたかった。どこにいても、彼の言葉に救われた。「ルイ」と初めて言われた時のことをいまだに思い出して、ルイ自身は生きる希望を余さず受け取っていた。

「私は報われていますよ、もう持ちきれないくらいに」

「そうか。それはよかった」

 そう言うと、レオポルドは頬を緩ませたきり言葉を返さなかった。すごく誠実で、単純な性格をしていると、ルイは思い至ることだった。こういうところが抜けきれていない、純朴な彼の姿には魅了されてばかりいる。

 夜は月に一度、彼と交わる。どちらかが誘いをかけるわけでもなく、言葉を重ねることがあるわけではない。ほぼ自然に床が整っている。なにも細工がなされていないのに寝室が、ひどく淫らな空間に様変わりするのである。

~~~~~

「レオ様、起きてますよね……」

 吐息が肌につく。寝る時にも意識することがあるとすれば、レオポルドとの距離についてである。彼の態度はわかりやすくこちらの目に映る。
 構ってほしいからと、枕を寄せるレオポルドの接触は、もはや言うまでもない。近い時は、口があたるほどに顔を近づけてくる。何か彼は言いたげな表情をしきりに見せるので、こちらは尋ねずにもいられないのである。

「どうしたのですか」

「ルイ、気づいちゃったよ」

「え……?」

「兄上を出し抜く方法、見つけてしまった」

 性欲がはけてすっきりしたのか。レオポルドの浮かべた笑みは、ひらめきを覚えた人間のそれである。小賢しい子どものようでもあり、大人らしい顔つきが幼さを増幅させていく。
 性交を終えて、これから眠りにつこうという直前であった。情けない声をルイは発して戸惑っていた。

「えっと、どんなことですか」

「決闘大会だよ」

 単語をずばり頭に浮かぶが、ルイは首を傾げてしまった。なにが。どういうことをすれば、マルクス王子を出し抜けるのであろうか。

「ん……ん?」

「決闘大会で兄上に勝つ!!多くの民衆が見にくる大会で圧倒的な実力を見せつけてやるんだ」

 シオン王国の誉れ高い伝統と、全騎士の殿堂。決闘大会がどれほどの影響力を持っているのか、ルイは宮廷生活でとくと味わっている。
 武名を世界中に轟かせ、華の道を突き進むには決闘大会が手っ取り早い。現役で活躍している貴族や軍人には、やはり素晴らしい結果を残している者がほとんどだ。

「マルクス殿下は、決闘の勝敗次第で私たちを認めてくださると?」

 レオポルドはそれをあえて肯定することはしなかった。手を重ねて、ルイの大きな目にじっと寄る。高ぶる調子を落ち着かせようと、深めの呼吸を一回した。

「俺と兄上、どちらの望んでいることがふさわしいか。戦いの神に運命を委ねてみようと思うんだ」

「神……祖先神ですか」

「ああ。これは本当の意味での決闘だからな」

 ルイは、相手の覚悟をうかがい知った。
 どれほどの実現性があるのか、合理的な方法かを問いただすことは野暮だと感じられた。一族まで引き合いに出して、レオポルドの熱量は相当なものだった。

 シオン王国は大きな国家でありながら、旧時代の伝統をずっと受け継いでいる。一族の祖先を神と崇めて、重大な決断には「神の託宣」と称して運命を委ねることもある。かつては決闘で勝ち残った者を国家元首とする例もあったというから、王族は形式にこだわる気風があるのだろう。

「その日ですべてを決める。兄上にとっても願ってもないことだろう」

「言おうとしていることはわかります。でももし、レオ様が負けたら」

 ルイは最悪の結末を想起し、握る手に力を込めた。

「勝てばいい」

「それにそんな挑戦状、マルクス殿下が受けてくれるか疑わしいですよね」

「男なら、決闘での申し出はすべて受けるのが礼儀なんだぞ」

 決闘大会では己の人生の半分を懸ける、なんてことを聞くこともある。騎士にとって、自分たちの名誉と威信がかかっているのだから当たり前といえばその通りだろう。

「生真面目な兄上は受けてくる」

「負けるかもしれない」

「ルイ、大丈夫。俺は負けないよ」

 一家の恥と醜聞をよしとしない長男ならば、十中八九、レオポルドの挑戦を受けそうな気もする。初めはめちゃくちゃなアイデアだと思っていたが、レオポルドの言葉が響くたび、それっぽく聞こえてきた。

「俺は最強なんだぜ?」

「ふふっ、まだこれからでしょう……」

 寝所での戯れだと考えれば、この空気感も愛おしくなる。婚約を認められて、レオポルドが最強になる。そのどちらも叶う未来なんて、願っても実現しないものと思われていた。

「待ってろよ。必ず、大会までには話をつけてくるから」

 冗談か本気で言っているのかわからない。ルイは、不穏を胸に鎮めながら、自信ありげなレオポルドを見て笑った。「兄上を超えるんだ」と、ある意味、年相応の顔つきをしている相手だから、ダメ出しをする気にはなれなかった。
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