24 / 75
24自制
しおりを挟むアルベールは最初、自らの心がどうしてくすぶり続けているのかわからないでいた。
女官の集まりを見ただけで心臓の鼓動が早まっていく。原理は曖昧だ。だがドクンと血の巡りが強くなっていくことがわかる。抑えようのない高ぶりが迫ってくる。
「女官長」
そう周りに呼ばれた彼が姿を現すと、えもいわれぬ安堵感と歓びが頭を巡っていく。まるで緊張の糸が解けるみたいにハヤセと対面すると力が抜けるのだ。いつも通りの綺麗な横顔を見ただけで、ため息が漏れた。
「おはようございます。皇太子殿下」
なによりこのやさしい声に癒される。四六時中、帝国の国事に携わっていると心の余裕が失せていくが、彼と面するわずかな時間だけは違う。
心が満たされていく。
対面する儚げな微笑も、健気に礼する彼の動きさえも愛おしく思えてくる。十分に満足だ。そう意識しているのに、胸の内はなぜか晴れない。ハヤセと会えて良かったと満足する自分と、これは不本意だと訴えてくる自分がいる。
アルベールの悶々とした日々は懸命であった。
帝国のために尽くそうと日夜奮闘してみるが、頭の片隅には絶対にハヤセがいた。それではいけないとさらに仕事に没頭すると、従者や執事の制止が入る。「働きすぎです」というのは、アルベールにとって予想外の警告であったし余計なお世話だった。
ハヤセに会いたい。
油断しているとすぐにこれだ。まるで女を求める男のそれではないか。自制が足りないと己を叱りつけ、また机にしがみつくように書類と対峙する。繰り返し。同じことの繰り返しだった。
「ハヤセ」
唐突にその単語が出てきてしまえばアルベールの熱は留まることがなかった。従者たちの不安をよそに、苛々と、焦燥感が湧き上がってくる。
顔が赤くなっていると執事や宰相から言われても取り合うことはしない。使用人など相手にしていられないから、仕事に関わりそうなことだけ適当に伝え行く。あとは公務だ。
自制、自制である。意識して彼とは距離をおく。
最も大切なのはロイス帝国のこと。その次にロイゼン家。その次に友のこと。
一瞬でも気を抜かせば、あの顔が浮かんでしまい情緒がかき乱されてしまうから。いらない感情は押し殺して書類に埋没していく。
そうして幾月が過ぎた。アルベールは疲労困憊の精神に鞭を打ち続け、隙を作ることはしない。時おりのハヤセとの交流だけが、皇子の癒しとなる。「お疲れ様です」と相手から声がかかると全身の血脈が再生していくよう。その言葉をもらうために頑張ってきたのだと、アルベールはしみじみ思う。
同性の、それも幼馴染に向ける感情ではないのかもしれない。しかしこんな生活も悪くはない。そう思っていた矢先のことであった。ハヤセがいつもの如く畏まった姿勢で、アルベールにこう言葉を紡いできた。
「殿下、私の恋人のふりをしてくださいませんか?」
幼馴染。その囁き声にかつてないほど胸が疼いていく。
自制。自制しなければ。
膨張した熱と刻む鼓動。アルベールの目と耳は予期せぬことに惑わされ、突然の提案を考える暇もなかった。
57
あなたにおすすめの小説
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる