跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

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53潜める心

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 廊下にむき出しとなった左殿の一室を、めまぐるしく人が行き来していく。入念に磨かれた床は雑多な人の靴跡を刻む。四脚が折れて傾いた卓の上、血をまぶした手形がいくつも張り巡らされていった。


 先まで倒れていた男の骸は迅速に処理された。人目につくよりも前、皇后の目につくよりも早く、大宮殿の客人に漏れることもなく。余念のない皇太子の従者が外に持ち出していった。


 白亜が敷き詰められたような積雪にポツポツと赤の点が目立つ。灰色にくすんだ空の下、包み隠されたクリス・レイフィールドの肉体が土に埋められていく。


 ハヤセはそんな一部始終を、ずっと傍らに添って見届けていた。
 黒髪には赤黒い血が塗りこまれたままでいる。真珠のように透明で優美な横顔がまるで妖しい邪気をまとうようだ。冷ややかで無遠慮そうな表情が不気味さをさらに引き立たせている。


 もちろん、処理に追われる人々が気まずかったことは言うまでもない。どんな心境で弟の死体を眺めているのだろうと、土を掘り起こす誰もがハヤセを思うのだった。


「ありがとう」


 空を見上げながら麗しい人はぼそりと呟く。これはいけないと、作業する者たちは声を聞きつけ敏速に礼する。
 誰にむけてか知らないが、とにかく目の前に立つ次期皇太子妃の顔色が重要であるから。人々は無駄に畏まって、次の相手の反応をじっと窺うことである。


 だがハヤセ・レイフィールドはこれといって動くことはない。包帯が巻かれた右手を庇いながら、ふらふらと辺りを漂っている。
 ぼんやりと、焦点のまとまってなさそうな視線を空と土の両方に預けている。たまに横合いに咲く花を見たり、エイナ宮の方を気にしたりしているがそれだけだ。


「雪がすべて覆い隠してくれたらいいのに」


 ぱっと開かれた小さな口からは意味深な呟きがなされる。何の気概も感じないのに、しかし妙な艶めかしさで人々は簡単に心を惹きつけられてしまう。
 蠱惑を振りまくくせに、言い終えた当人だけは満足そうに顔を緩めていた。


「は……ハヤセ様」


 下人の声は届かない。気ままなことに、嫋やかな顔は弟の死体から目を背けていた。


 身を翻し、従者の肩を借りながら、身を引きずるように群衆から遠のいていく。ザラザラと雪路に尾が引かれていくように、衣の裾の擦れ音が宮殿まで延々と続くのだった。


~~~~~


 夜。日中とは打って変わり、故人を偲ぶかのような厳粛な雰囲気がある。廷臣にとって左殿は常ならない空気で我慢ならなかった。


 廊下にわざわざ集まる宮廷の幹部たち。廷臣のなかでも最高の職位を持った彼らは、今しがた耳にした事件の追及に手いっぱいであった。
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