日月物語~亡国公妃の美しき末路について~

芽吹鹿

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07戦利品

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 目を覚ますと朝だった。馬車は森を駆け抜けており、すごい速度で道を抜けていく。私は泥のように眠っていたことを感じ、隣の女性に尋ねた。すると相手は「2日ぶりですね」と明るく笑いかけてくる。どうやら連日続けて眠りこけていたようだった。

「もうじきジークラントの所領です。ご飯、食べておいてくださいね」

 女性に従って、私は食膳を持った。おかずが数えきれないほど詰まっていて、その多さに驚かされる。どれもこれもハインツでは味わったことのない味付けがなされている。食べられないことはないが、ちょっと塩気が強くて不味かった。

 私は夢中になって食べた、文句を浮かべつつも。生きるための栄養を身に沁み込ませるために必死だった。器を傾けて、やや汚い食べ方もする。死にたいとあれほど頭のなかで叫んでいたのに、いざ食べ物を見るとほっとしたのだ。死の淵からなんとか抜け出せたような気分がしたから。

「ジークラント……」

「そうです。我が主のルキウス殿下は、ジークラント公爵家の当主。大陸の北に大きな領土を有しているんです」

 私のつぶやきに応じるようにエヴァが話し始めた。ジークラントという名前は聞き覚えがある。戦争中は特に、私たちを苦しめた精強な軍がその名を冠していたからだ。白兵戦があまりにも強すぎて、こちらが直接対決を避けていた相手である。

「私はこれから、どうなるのですか?」

「領内に移ってもらったあとは残念ながらわたくしも存じ上げません」

 隣で悩ましい顔をしている女性。事情を隠している素振りはないので、私もこれ以上の追及はしなかった。
 前の夜の大男、ルキウスはどこだろう。馬車と並走していると思っていたので、私は首を振って外を探した。だが、私たちの後ろを追ってくる護衛兵が見えただけだった。

「やはりお美しいですね。ラルカ様」

「は?」

「噂どおり!!想像以上です、こんな玲瓏な顔立ちだとは予想していませんでしたもの」

 突拍子もない話題に私はぽかんとした。こちらを和ませようとしているのか女性は目を大きく瞬かせている。いや単に興奮しているだけか。
 誰の髪よりも濃い黄金色。絹の糸に喩えられる私の髪は、夫マルスも絶賛していた。ハインツで一番の美貌と持てはやされた母の血を受け継いで、同性からはよく侮られた。『まざりもの』の体質からか、男らしい肉体を得ることもできない。容姿よりも男らしさを褒められることのほうが嬉しかったのに。父の強い気概だけを授かって私は虚弱なままだった。

 大海のような蒼い瞳の色。私が「ハインツの女神」と呼ばれていた一因はこの目の色合いも関係している。嘘か真か、どうやら伝わっている女神像も藍玉の瞳を宿していたとされている。何はともあれ外見が女と重ねて見られるのは、男として心外なことである。

「エヴァ……さんは私の世話を続けられるのですか?」

「差し支えなければ、このまま従者として務めを果たしていきたいと思います」

 ぱっと日差しのような明るい笑顔を向けられ、私は眩しさに目を覆った。活力に満ちている。エヴァはきっと柔和な気持ちであふれているのだ。

「ラルカ様お願いがあります。わたくしに敬いの言葉などいりません、ぜひ名前もエヴァと呼び捨てください」

 たぶん私と同じくらいの年齢だろうに、隣の彼女からはとても落ち着きが感じられた。
 微笑む相手を尻目に私は複雑な気分だった。彼女が帝国出身の官人でなければこの頼みも素直に受け入れていただろう。でも相手は油断ならない私の敵と同族である。

「えっと今じゃなくても大丈夫ですからね。この地に慣れて、気持ちを少しずつご快癒されてからでよいのです」

 この場ではすごい気遣いを彼女から受けている。私を裸にして、人の尻の穴にまで手を突っ込んできた女性とは思えない。先日の仕事している姿とはまるで別人みたいだった。

「私たちはなぜ。あの時、あの部屋で生き恥をさらす羽目になったのですか?」

 それは禁忌に触れる想いだった。でも侍女には気になることを遠慮せず尋ねてみることにした。帝都において起こった惨劇のこと。私と仲間をぐちゃぐちゃに引き裂いた銃殺の現場についてだ。

「ガルア帝国では皇帝から下賜されたものを見せ合う文化があります。それに則って、我々も貴族たちに示す必要があったのです」

「下賜?」

「はい。ラルカ様はジークラントが手に入れたかけがえのない宝。それを周りに知らせるため、あのように服を脱いでもらう必要があったのです」

 やはり戦利品という表現がふさわしかったのか。私はあの場でも完全に見世物だったわけだ。手足を縛られながら男たちに運ばれたのは傷物にならないようにするため。貴族が私にまったく手をつけず、気持ち悪い視線だけを向けていたことも合点がいく。エヴァが話すには、裸にされた理由は、すでに別の人間が唾をつけていると対外に示すためであったという。

 愕然とした。色々なことが腑に落ちて、肩の力が抜けていく。

「申し訳ありません。あの場の行為は、到底許されることではないと思います。言葉もありません。ですがれっきとした慣習であり貴族たちの嗜みです。戦勝を誇るための権威付けもあって致し方なかったのです」

「囚われた弱者を撃ち殺すことも?」

「そうです。帝国の流儀だと言って、おかしいと思いますが200年はあの方法を続けています」

 だから止められなかったと、信じたくないが野蛮な帝国ならやりかねない。人道に反しているという私の抗議もたぶん受け付けていないのだろう。エヴァの方も若干苦しそうに頭を抱えていた。帝国貴族の腐った一面に、彼女も歯噛みしているようである。

 ジークラントも大貴族だろというツッコミは、ここでは気まずくて言わないことにした。結局のところ私もルキウス・ジークラントとかいう男に全面的に守られていたのだ。その権威によって生かされていただけだ。

 室内が居たたまれない空気のなか、森の景色とはお別れした。車窓からはとても綺麗な街並みが見えるようになってくる。扇状に広がっていく都市の景観は、朝焼けのせいで光り輝いている。遠方から眺めても、それとわかりやすいレンガ造りの家。てっぺんから煙がもうもうと立ちのぼっていた。

 私は景色に見惚れて、ついため息を漏らしてしまう。

「我が公国の首都、ネーベルです。出歩く準備を始めましょうか」

 隣にそう言われて私の心がざわめいた。広がっていたのはハインツではない世界。まったく未知の、新しい文化の地へとこれから踏み入れていくのだ。
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