世界で一番ロックな奴ら

あおい

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ドラゴンの季節

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 俺が外の世界とつながりを持った第二の手段。それはラジオから流れてくる音楽だった。
 十二歳を迎えたドラゴンは時期を問わず、その時点で学校を卒業となる。それからそのドラゴンがどんな大人になっていくかは親の教育次第……といっても、ドラゴンには昔から変わらない伝統的な教育ルートがあるらしい。雄と雌でそれぞれ内容は違うけれど、父も母も全員がこの道を通ってきた。二年を掛けて決められた訓練をこなせば晴れて俺も大人の仕事に就ける。
空が厚い雲に覆われているせいで、この街は昼でも薄暗い。そんな中、俺は今日も母と二人、集会所近くの加工肉の店に訪れていた。その店を含め、町で見掛ける建物の外装はどれも大差ない。くねくね曲がったオレンジ屋根と、それを支える白い壁。その店で料理訓練用の肉を貰った後、俺たち訓練生は集会所の広いキッチンでホームレス用の料理を作る。
毎晩母の料理する手付きをぼうっと眺めていた俺は、初めて教わったナイフの使い方に関しても理解が早かった。爪で捌くのは衛生上良くないという理由で普及したナイフ。ドラゴンの大きな手にフィットするそれは未だ開発されておらず普通に扱うには難しいけれど、母のように口や尻尾を上手く使えば苦ではない。彼女のお手本を一度見た後、俺は危なげなく見本通りの動作をやってみせる。肉の切り口にまだ荒さは残るものの、母は概ね俺を褒めてくれた。
「この調子ならすぐに大人になれそうね。リュウは物分かりが良いものね」
 俺は嬉しくなった。彼女に言われたことならどんなことだってこなしてみせる。そういう気概で、その後に続いた火起こしや味付けの動作も俺は難なくこなした。
 そうして俺の料理は他の訓練生のそれと共に、家の無いドラゴンへと振る舞われる。集会所の一番広いスペース、周りに爪とぎや体の無料清掃を受け付けているカウンターが見えるその広場で、俺は料理の乗った皿が母を含んだ大人たちの手によってホームレスへと渡っていくのを見守った。
 この広場の天井は吹き抜けになっている。上を見上げると屋根に開いた穴の中にあの雲が見える。いつか俺もこの穴から狩りに出掛けることになる。そうすれば合法的に外の世界と触れ合えるのだ。そこで仕事をして、家に帰ると母がいて、そんな生活を想像すると胸に希望が湧いた。
 俺のように暇を持て余している訓練生は他にもいた。石の床の間から生えた雑草をいじっていたり、爪とぎの店の主人とただ雑談していたり、過ごし方は様々だ。俺は広場を歩き、何となく彼らのようすを見て回る。誰か一人でも友だちができれば俺の訓練はもっと楽しくなる。そういう考えから起こした行動だった。
 そして俺が開いたままの集会所正面口の傍まで来たとき、妙な音が聞こえた。それはまさしくその正面口の向こうから聞こえてくる。俺は耳を澄ましながら音の方へと近付く。色んな音を混ぜ合わせて無茶苦茶に味付けした、ドラゴンの伝統料理ような音。それでいて何故か心地良く、歪んだ音が俺の心に語りかけてくるような。何かしらの音楽が流れているらしいというのはわかった。しかし、俺は十二年生きてきて音楽の類いとはまったく縁がない。そもそもドラゴンにとってそれに触れられる機会自体、学校の簡単な授業を除いてどこにもないのだ。
俺は正面口を潜り、導かれるようにして音の元へと辿り着く。――その雌竜の手元から流れていた音楽。銀色の箱型ラジオが放っていた電子音。俺はその音に釘付けになった。
『さあ、お送りしましたのは……ブラックミールスのニューシングル、エブリデイ・トゥ・シング! いやあ、このバンドは常に新しい風を吹かせてくれますね。まさに音楽界の黒い彗星! 私もメジャーデビュー当初からこのバンドのファンでして、息子に聴かせたら将来の夢は黒いライオンだ、なんて言う始末で――』
 ラジオでは男性の声が先ほどまで流れていた音楽について語っている。しかしそれよりも、俺は彼女のことが気になった。そのラジオを静かに聴く黄味がかった後ろ姿。彼女は正面口に続く石階段の横の、垣根が茂っている坂のところに一人で座っている。俺は階段の降り際にさりげなくその近くを歩き、すれ違いざまにその顔を見てみる。翼と尻尾を丸め手の中のラジオに集中しているその姿は、何故か彼女が一人でいるという印象を与えない。声を掛けようか迷ったが、その真剣なしかめっ面を見ると少々渋った。
 しかし俺が何かするより先に、彼女の方が俺の存在に気付く。
「何?」
 俺はその威圧感に戸惑う。もしかするとあまり会話を好まないタイプかもしれない。しかしこのときの俺には、何故かどうしても彼女と関わってみたいという欲求が生まれていた。その不思議な音楽と、それを聴く不思議な彼女。そういう言いようのない魅力に惹かれたのかもしれない。
「あー……ごめん。ちょっと気になっちゃって」
 彼女も存外、歯切れ悪く言う俺を不思議そうに見つめている。その鋭い目つきで睨み付けてくるわけでもないのを見ると、そこまで俺を拒絶しているわけでもないのだろう。彼女はまたラジオの鳴っている方に視線を落とす。その視線を取り戻したいがために俺は言う。
「それ、何?」
「ラジオ」
 当たり前の事実を述べるだけの淡白な答え。俺に興味を持ってくれているとは到底思えない。
「そうなんだ。俺は持ったことないから、全然知らなかった。……何、聴いてたの?」
 俺がただちょっかいを掛けにきただけ輩ではないと、ようやく彼女もわかってくれたらしい。彼女は時折俺へと視線を配りながら、しかしラジオへの意識は途切れさせないままに言う。
「ブラックミールス。今、世界で最も注目されてるロックバンド」
「ロック? 石と音楽が関係あるの?」
「そういうジャンルよ」
「ジャンル?」
「肉料理とか魚料理とか、そういう違いを表す名称」
 彼女の呆れるような声。心が折れかけたが、それでも俺はめげなかった。
「よかったら、もう一回聴きたいな。今の曲」
「無理よ。新曲は一日二回、早朝と夕方にしか流れない」
「じゃあ、それ貸してくれない?」
 咄嗟に出てしまった言葉に、彼女は目を見張る。俺は慌てて取り繕う。
「ごめん、無理に決まってるよね。さっきの曲、どうしても気になっちゃってさ。そういう類いの音楽聴いたのも初めてだったし」
「いいよ、一日くらい」
 耳を疑った。ラジオの声が次の曲を宣言し始めたタイミングで彼女はその電源を切り、俺にその四角い箱を投げ渡してくる。俺は空中のそれをどうにかキャッチする。
「私もね、話のわかる奴が一人くらい欲しいと思ってたんだ。あなた訓練生でしょ? なら明日返しに来て。感想待ってるから。じゃあ、またね」
 彼女は急に親近感を込めて話し出したかと思うと、言うだけ言って集会所の中へと戻ってしまった。その嵐のような様に呆然としていると、そういえば名前すら訊けなかったことを思い出して自己嫌悪に陥った。渡された銀色の箱は俺の手の中で静かに眠っている。彼女は一体どういうつもりなのだろう。
 これほど高価なものを借りたとなると、いくら優しい母といえどもさすがに許してはくれない。しかし、母に見つからぬようラジオを家に持ち込むのは無理がある。俺は早朝、寝ている父と母を尻目に寝室から抜け出した。家を出て集会所まで走り、彼女がいたその茂みに隠してあったラジオの電源を付ける。
 白みかけた空の下、肌寒い静かな世界にその声は響く。昨日聞いた男性とは違う、落ち着いた女性の声。
『さあ、本日もお送りいたしましょう。リリースから八週連続でチャート一位を記録し続けている、ブラックミールスのエブリデイ・トゥ・シング。その勢いは衰えるどころかなお増しているように感じます。この記録は一体どこまで伸び続けるのでしょうかね?』
 弾くような音と共に、その曲は始まった。
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