世界で一番ロックな奴ら

あおい

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ドラゴンの季節

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 俺はこの街を出なければならない。
 俺がなりたい自分自身と母の望むそれは大きくかけ離れている。あの訓練が始まって以降、俺の意見は常に弾圧され続けた。元々望むものが多かった方ではない。ただそれでも、やはり母は俺とシルビアが結ばれることを望んでいないらしかったし、他の訓練に関しても今までなかったような強い指示が極端に多くなった。
いつしか俺の思考は止まり果ててしまった。変わってしまった母の指示通りに訓練をこなす日々。十二歳の誕生日から、本なんて一度も読んでもらっていない。もしかすると、母はあのときから予期していたのかもしれない。母自身が変わってしまうことをわかっていたからこそ、きっと俺にこのペンダントをくれたのだ。あのときの瞳の輝きが幻ではなかったと思えるように。
 俺は誰かを傷付けることしかできない。誰も傷付けないためには俺自身が傷付くしかない。でも、俺の小さな心ではそれが耐えられなかった。状況は日に日に悪化していくばかり。母もシルビアも戻ってこないのなら、最早この街にいる意味もない。
 シルビアに別れを告げてからしばらく経った日の早朝、俺は家を出た。いつも彼女に会うために外出していた時間だ。今日の午後を待てばまたあの訓練がやってくる。街を出ればもう母に会えなくなるだとか、そういうことを考えている暇はなかった。ただここからいなくなってしまいたかった。一刻も早く。
 家を出たとき、俺は町と雲の間の水平線上にその色を見た。橙、赤、黄色、水色の混ざり合った神秘的な朝焼け。前のようにシルビアとあの公園にいられたなら、この景色も一緒に拝めたはずだった。きっと仕方のないことだ。全員を救う方法なんてどこにもないのだから。
街の出口は俺たちの通っていた野原の方向にある。空を飛べば野原でラジオを聴くシルビアに見つかってしまうかもしれない。そう思い、俺は出口を目指してしばらく地面を走り続けた。
 その間だけ時間が無くなってしまったかのように、その場所へはあっという間に辿り着く。高くそびえる、外の世界を隔てるその黒い門。当然この時間は閉まっていたが、俺たちドラゴンなら翼で簡単に飛び越せてしまえる。あとはその意志があるかどうかだけだ。すべてを捨てて外の世界へと旅立つ意志が。
「リュウ」
 俺の後ろから柔らかく響いたその声。信じられなかった。家を出るとき、彼女は確かに布団の中にいたはずなのに。
「母さん、なんで……」
 母は俺を追って来ていた。焦った顔で息を切らしながら、彼女はそこに立っている。
「あなたの異変を見誤るわけない」
 その言葉で嬉しくなった自分が嫌になった。だって、そんなのあまりに残酷だ。
「ねえ、それならどうして……」
「街を出るなんて、そんなこと許さない」
「どうしてあの訓練が嫌だって気付いてくれなかったの!?」
 母に叫んだのは初めてのことだった。彼女は面食らったように、しかし未だ断固とした態度で言う。
「大人になるために必要なことなの。みんな通ってきた道なのよ」
「なら俺、大人にならなくていい」
「リュウ。嫌でも、生きていかなくちゃいけないでしょ? ドラゴンとして」
「なら、ドラゴンじゃなくていい!」
 俺の目から涙が零れ落ちる。
「母さん。俺もう、何が正しいのかわかんなくなっちゃったよ。俺のこの気持ちは間違い
なの? どうしてシルビアと一緒にいちゃいけないの? どうして母さんは俺をいじめる
の? 俺はただ、好きな人とつながっていられる人生ならどれだけ幸せだろうって思って
て、それで……」
「それがドラゴンの掟だから。自分を殺してでも、生きてかなくちゃいけないのよ」
「こんなのがドラゴンの幸せなの? 母さんも意地悪で……好きな子も裏切らなきゃいけなくて……それでこの雲の下で一生暮らせだなんて……。そんなの、死んだ方がマシ」
 突如、母は悲しそうな顔になる。その顔をさせたのは紛れもなく俺自身だったが、俺だってこんな結末を望んでいたわけじゃない。ただ幸せになりたかった。自分を無くしたくなかった。そんな当たり前のことを、望んではいけなかったのだろうか。
「あなたに、それだけは言わせたくなかった」
 母は沈んだ声で言う。
「ずっと幸せになってほしいと思ってた。立派に育ってくれるよう、努力したつもりだったけど」
 わかっている。母は確かに俺の幸せを望んでくれていた。ほんの少し形が違っただけだ。母の思っていた形と、俺の中にある本当の形。
 静寂の後、母は何かを決意したような顔になる。
「ここで待ってなさい」
 踵を返し、そのまま空に飛び立つ姿勢を見せる。
「どこ行くの?」
 俺の言葉で彼女は一度立ち止まる。すると俺の傍に寄り、目を瞑って丸い額を俺のそれと突き合わせた。
「ずっと大好きよ」
 その言葉が何を意味するのか。すぐにはわからなかったが、のちに彼女が大人のドラゴンを数人、俺の待つ黒い門まで連れてきた時点で察した。
 俺は、ドラゴンを破門されるのだ。

――親不孝者。大人たちは俺をそういう目で見ていた。しかし、今更見知らぬ大人に何を思われようとどうでもよかった。何も言わずにただ付いてこいと言われて、空の上でしばらく見続けた母の背中。それが今何を思っているのかただ気になった。
 そうして俺たちはその街まで辿り着く。俺はまともな日光を久しぶりに浴びた。この街に住む種族はもう活動を再開している。見える建物はどれもドラゴンが造ったものより壮大だった。遠くの方にはあの箱型ラジオにも似たビル群すら見える。しかし、大人たちはこの未知の世界に長くいることを望んでいないようだった。そわそわしていて、早く俺を追っ払ってしまいたいという雰囲気を醸し出している。
 きっとそういった旨を伝えられたのだろう。母はその大人たちと何やら話した後、神妙な面持ちで俺の傍へと来た。そうして俺の目を見つめながら黙り込む。その呼吸は荒いように感じる。飛行で疲れたからだけではない。母は今でも俺と共にいられることを願っている。何も言わないのは、恐らく俺の言葉を待っているからだ。俺が間違いを認め、何事もなかったかのようにあの日々に戻れるのではないかという希望を抱いている。
 しかし、母自身からそれを口に出すことはない。彼女の中に俺の意志を思いやる最後の優しさが残っているから。それでも俺は決別しなければならない。それ以外に俺が自分自身を保っていられる道はどこにもない。だから俺は何も言わなかった。母の気が満足するまで、その口から別れが告げられるまで。ただその瞬間を待った。

「あなたは、世界で一番尊いのよ」
 母が言うと、途端に名残惜しくなる。数々の希望を与えてくれた、柔らかく響くその声が。

「世界で一番、愛おしい」
 後悔してももう遅い。母は決意した。俺と別れる決意。もう一生俺に会えなくなっても良いという覚悟。最後に額を付き合わせた後、母の背中は大人たちと共に空へと消えていく。
俺はとうとうひとりになった。
 見知らぬ街の中、しばらくその場に立ち尽くす。助けてくれる者は誰もいない。ペンダントをいくら握りしめても、その背中はもう戻ってこない。
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