世界で一番ロックな奴ら

あおい

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ドラゴンの季節

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――俺が望んだ自分自身は、母を捨てるに足り得るものだったのか。そんなのはきっと死ぬまで答えは出ない。
 俺の生活はまさにゴミ溜めだった。お金の稼ぎ方なんてわからない。俺が今まで教わってきた知識はドラゴンの世界でドラゴンとして生きるためのものに過ぎない。多種族が混在するこの社会でそんなものが通用するはずもなかった。
数日間何も食べない日が続いた後、俺はゴミ捨て場で他種族の食べ残しを漁るようになった。当然腐っていて臭うものばかりで美味しいと感じるものはない。しかしごくたまに、お店で売られているような食べ物がほぼそのままの状態で捨てられていることがある。その味を感じるとドラゴンの世界の狭さを思い知らされた。腐りかけのそれですらあの街で売っていたドラゴン好みの食べ物よりクオリティが高い。ある意味退屈のしない生活が続いた。ただ日に日に感じるのは、俺の中で生きる意味が失われていっている事実。いつまでも一人でしかいられないのなら、こうしてわざわざ生き長らえる理由もない。ただ時が過ぎるのを待つべきなのかもしれない。俺が自然にいなくなってしまうそのときまで。
 あれからもう何日経ったかわからない日の真夜中。路地裏の柔らかいゴミ袋の上で、俺の意識は消えかけていた。もう腹が減ったという感覚もなくなってしまった。もしかすると今日で最後かもしれない。それでも構わないと思えるのは、きっと俺自身が選んだ道だからだ。あのままクラウドバレーに残る方がよっぽど後悔は大きかったと思う。そうに違いないと自分に言い聞かせる。だから決して不幸なんかじゃない。俺自身がこの終わり方に納得できているのだから、それ以上を望むなんてとんだ贅沢だ。
……しかし、そうだとわかっていても。
 最後にもう一度だけ、シルビアに会いたかった。この暗闇の中から彼女が現れてくれたらどれほど幸せだろう。叶うはずはないけれど、やはり願ってしまう。遠のく意識の中で見えた彼女の幻は、その香りと共に何倍も深く感じられて……。
「リュウ? リュウだよね?」
 現実に聞こえたその声。空耳と思ったが、妙にはっきりとしている。それが本当に幻でないと理解するには時間がかかった。だって、誰が思うだろう。彼女がドラゴンを破門されるリスクを背負ってまで、わざわざ俺に会いにくるなんて。
「シルビア……?」
 彼女はぱんぱんの巾着バッグを背負おい、確かに俺の目の前に立っている。
「シルビア、どうして……」
その顔が怒ったようなものに移り変わると、彼女は俺の脇の下に頭を入れ、俺をどこかへ運び始めた。
「ほら、立ちなさい。さっさと行くよ」
俺は慌てて自分自身の力で地面に立とうとしたが、脚も尻尾も空腹で上手く扱えなくなっている。頭には疑問が浮かぶばかりだ。
「行くってどこに?」
「こんな体じゃ、人前歩けないでしょ!」
 俺は彼女の支えを頼りに、促されるまま彼女の向かう先に歩みを進めた。
 連れて来られたのは大きなモーテルだった。こういう施設に来るのも初めてだったけれど、何てことはない。驚くことといえば家具のどれもがしっかりと造られていることと、電気がずっと使い放題なことぐらいだ。
 受付を済ませて所定の部屋の扉を開ける。中に入ってそれを閉じ切ると、彼女は俺を支えるのをやめてそそくさと部屋の奥へ入っていってしまう。支えを失った俺はふらつきながらも何とか床に立ち、すぐに彼女に訊いた。
「シルビア、どうして外の世界なんかに……」
「いいから、先シャワー浴びてきて。結構臭ってるから」
 そう言われ、ぎくりとする。当たり前だ。一人になってからほとんどゴミ捨て場で暮らしてきた。鼻の感覚なんてとうに失ってしまっている。
 彼女に促され玄関のすぐ横の扉を開いてシャワールームに入ったとき、俺はまた文明の違いに気付かされた。ドラゴンのシャワールームといえば集会所にある共用のそれしかなかったけれど、この白くて清潔な部屋はそもそも個人用に造られている。そして俺たちが何の疑問も思わず使っていた溜め水もこの部屋には見当たらない。
「ちょっと」
 俺は扉から顔を出してシルビアを呼んだ。彼女はメインの部屋であるベッドルームで持ってきた荷物を広げているようだった。見えるものはどれも食べ物ばかりだ。恐らく俺のために持ってきてくれたのだろう。
振り返った彼女の顔は、少し不機嫌そうに見える。
「何?」
「使い方、わかんないかも」
「あんた、本の知識はある癖に、こういうところは無知なのね」
「だって、知る機会なんてなかったし……」
 言い訳じみたことしか出てこない俺を突っぱねたりせに、彼女はすぐに傍まで駆け寄ってくれる。
「貸して」
 彼女がシャワールームに入り俺のすぐ横にあった取っ手を手前に捻ると、その先に繋がっているシャワーの口から水が出た。そのまま取っ手の隣のメモリを回し、彼女はその水の温度を調節してくれる。
「はい。終わったら逆向きに捻ればいいから」
「うん。ありがとう」
 彼女はシャワールームから出ていった。時折ふらつきながらお湯を浴びている間も、俺の思考は中々回らなかった。どうして彼女は外の世界に来たのか。俺に会うためだとしても、どうしてそんなリスクを冒してまで。彼女がわからない。答えは出ないまま俺の体はほとんど綺麗になって、彼女に言われた通りに取っ手を捻ってお湯を止めた後、用意してあったタオルで体を拭き俺はそこを出た。
――彼女は泣いていた。広いベッドに食べ物を並べながら、時折つらそうに薄黄色の鱗の指で涙を拭っている。
「シルビア?」
 彼女は俺に気付くと、慌てて反対の方向に顔を背ける。俺はその傍まで寄り、彼女と同じように床のカーペットに座り込む。
「ごめん」
「え?」
「多分、俺のせいだよね」
 俺がクラウドバレーを出ていかなければ彼女が泣くことはなかった。少なくともそれだけはわかる。
振り返った彼女の目にもう涙はなかったが、その全体はわかりやすく赤みを帯びている。
「もう、会えないと思ってた」
 その力無い声に、俺の胸は痛くなる。「どうして出て行っちゃったの?」
 彼女は続けて言う。その言葉で、あの日の暗い部屋の景色が頭を過る。その直後に訪れた厄災。それさえなければ、俺は今頃母と暖かい布団の中で眠っているはずだった、シルビアとも、もっとたくさんの時間を過ごせたはずなのに。
「言いたくないよ」
「私にも言えないこと?」
「君だから言いたくない。嫌われたくないから」
 今度は俺の方が目を逸らした。彼女はそんな俺の肩に手を添え、語り掛けるように言う。
「愛してるって、言ってくれたよね」
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