世界で一番ロックな奴ら

あおい

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ドラゴンの季節

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「…………」
「嬉しかったよ。そんなこと言ってくれたの、家族以外で初めてだった」
 そこまで聞いて、俺は彼女が添えてくれた手を振り払う。これ以上彼女の言葉を聞くのが怖くなってしまった。
「もう止めにしよう。君はこれからクラウドバレーに帰るんだ。俺はこのまま一人で暮らしていく。本当、感謝してるから」
俺は立ち上がり、彼女の翼を咥えて乱暴に引っ張る。
「ちょ……やめてよ! あなたが勝手に決めないで!」
 彼女は俺の頭を振り払う。俺は必死の思いで言う。
「頼むよ。これ以上思い出を塗り替えたくない」
「今更嫌いになるとでも思ってるの? 馬鹿にしないで! 男なら話してみなさいよ! 私のこと愛してるなら、そのくらい信用してくれたっていいじゃない!」
「俺たちは結ばれちゃいけないんだよ!!」
 つい大声で叫んだ。言葉を出すのがつらい。彼女と目を合わせていられなかった。俺は顔を伏せ、何とか言葉を選びながら言う。
「俺なんかといたら、いつか絶対後悔することになる。……ずっと一緒にいてほしいって、俺だって言いたいよ。でも……君のつながりを断ちたくない。君にこんな思いさせるなんて……」
 俺と一緒にいることを選ぶなら、彼女は家族とも別れなければならない。そんなこと、俺の本意であるはずがない。
 俺が彼女を拒絶する度に、彼女はつらそうに息を吐く。だからといって他に解決策は思い当たらない。街を出る前からわかっていたことだ。俺と彼女、どちらも救う方法なんてどこにもない。
「本当に、もう戻れないの?」
 彼女の目からまた一つ、涙は流れ出る。俺はその涙を拭いてあげられない。
「俺はもうドラゴンじゃない。母さんの言った通りにさえできないんだから。俺といて良いことなんて、一つもないだろ」
「違うよ」
 彼女はその涙を自分で拭いた。それだけではない。弱気な俺とは違い、何か決意したような瞳すら俺に見せてくる。
「そんなに自分を責めないで。私を救ってくれたのは、紛れもない事実でしょ?」
 ベッドの前、俺たち二人で。そこに広げられた食べ物にも手を付けないで。
彼女はカーペットから前脚を離し、ゆっくりと俺を抱きしめる。
「あなたが好き」

――その言葉は優しく響く。彼女の震えた声に、俺は胸を締め付けられる。彼女に最も言ってほしくて、そうでなかった言葉。俺は彼女の体を抱き返せない。それでも彼女は言葉を続ける。
「つらいとき一緒にいてくれた。今だってそう。私を想ってるから、そんなに私を遠ざけるんでしょ? ……嬉しいよ。すごく嬉しい。でもね、そうやって自分ばかりを犠牲にしないで」
 彼女は抱擁をやめ、今度は目を見つめてくる。俺を想い、赤く腫れてしまった彼女の目。
このとき、ほんの一瞬、俺の中に熱が生まれた。俺がどれだけ否定しても、彼女は俺といられることを願っている。それなら、俺だって彼女を求めても許されるのではないだろうか。そういう開き直りにも近いその熱は、俺の言葉を支配する。
「なら、ずっと一緒にいよう」
 彼女の手を両手でしっかりと握りしめ、俺は言う。
「俺が絶対、命を懸けて幸せにするって誓うから、だから……っ!」
 その後にはっきりと見つめ返した彼女の顔。――顔の造形なんて全然違うのに。俺はその顔に母の幻影を見た。俺の身勝手で別れてしまった母が最後、俺の傍で見せてくれたその内側。悲しそうで、心から俺を愛おしく思ってくれているような。あのとき抱いた俺の悲しみを、彼女にも味わわせるのか?
 そんなこと、していいはずがない。
「いや……ごめん。君には君の人生があるよね」
 俺は言った。彼女は迷った顔で何かを言いかける。
「私は……」
 俺はその体を抱きしめ返す。これ以上俺が彼女を引き止めることはない。もう交わることのない、最後の別れの挨拶。
彼女はそれを理解しているようだった。
「もう、会えないの?」
 彼女の声はぼろぼろだった。芯を失い震えていて、俺との別れを惜しんでいる。
「ずっと、忘れないから」
 俺ははっきりと言う。彼女の揺らいだ心を少しでも励ましてあげられるように。
 彼女は何度か息を吐く。そうして心のつらさを共に吐き出している。そして俺と同じように、今度は芯のある声で言う。
「私も。忘れない」
 俺たちは、その後もしばらく抱き合い続けた。これはきっと人生最後の尊い時間なんかじゃない。彼女がそう教えてくれた。俺はこの先も新たな生き方を歩んでいけると。


 次の日の早朝、俺たちはモーテルを出た。この街の朝焼けは故郷ほど感動的ではないけれど、この美しい空をようやく彼女と共に見られたことで俺の後悔は一つ消えた。大市街の中、まだ他の種族は誰も見えない道の上で、彼女は持ってきた巾着バッグを俺に渡してくれる。
「はい。多分、一週間くらいは持つと思う」
必要な分の食料だけを入れて扱いやすくなったそれ。ゴミを漁るしかなかった俺にとっては感謝してもし切れない。「それと、これも」
 更に彼女は、どこからともなく取り出したあのラジオを俺に渡してくる。銀色の箱型の、俺たちの思い出の始まりとなったそれ。彼女の顔にはまるで旅立ちのような清々しさがあった。
「私は、これからCD買って聴こうと思う。それと学校から楽器も借りて、色々始めてみる。言葉だけで革新とか語ってちゃ駄目だなって。だから、これはリュウが使って」
 俺はその言葉を理解して、快くラジオを受け取った。彼女は強くなることを選んだ。その姿勢は俺も見習わなければならない。
「大切する。何から何まで、本当ありがとう」
「お礼ならお母さんに。私をここまで導いてくれた」
「母さんが?」
 意外だった。確かに今思えば、だからこそシルビアはこんな危険を冒せたのかもしれない。母はきっとクラウドバレーで彼女の外出を漏らさないよう手助けをしてくれているのだろう。やはり母には適わない。何度だってそう思わされる。
 最後に彼女は、ペンダントのある俺の胸に額を当ててきた。彼女の可愛らしい、薄黄色の鱗の小さな頭が見える。
「あなたの言ったこと、全部私の中に入ってるよ。あなたにたくさん助けられてきた」
「君といたいから、一緒にいただけだよ」
「ずっと、そのままのリュウでいてほしい」
「約束する」
 少しの間そのままでいた後、彼女は俺から離れて前を向く。クラウドバレーのある空の向こうを見上げ、最後に振り返る。
「じゃあ、またね」
「うん。また」
つながり。彼女の言葉の中に、俺はそれを確かに感じた。
飛んで行く彼女の背中を、俺はただ見守る。少し寂しくなった。しかし、今の俺には彼女の言葉と、この胸のペンダントがある。彼女のくれた約束を全うして、また新たなつながりを求めていく。それがきっと、これからの俺がしなければならないこと。
 彼女のいなくなった朝はまた新しい景色に見えた。夏の終わりの、静けさを増した一人の涼しい朝。とはいえ、この世界は当然俺一人でできているわけではない。ふと、視界の端に羊の獣人種の女性が映る。背中を曲げながら両手に持っているそのバッグはいかにも重そうだ。俺は彼女のいる歩行者道まで駆けていき、迷わず言う。
「おばあさん、持ちますよ!」
「あら。どうもありがとう」
 彼女は俺を快く受け入れてくれる。俺が世にも珍しいドラゴンだということに触れもしない。きっとこの街は俺が思っている以上に優しい。シルビアにそう教えられた気がする。直接そう言われたわけではないけれど、何故だかそう思った。


 季節は変わる。約八年間、俺は社会の中で他のドラゴンに会うことはまったくなかった。行く先々で何度も珍しがられたけれど、この街にはクラウドバレーと違って本当に様々な種族が混在している。大抵の人たちは簡単に慣れてくれた。心無い言葉を吐かれることもあるけれど、気にしない。俺のつながりは確かにこの胸で生きているから。
そういう星の下に生まれたのだと思いながら、その八年を生き。
彼女の教えてくれたエレキギターを背負って。
 俺は、とうとう大学生になった。
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