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ロックと四匹、そして一人
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しおりを挟む――大学に昼飯。俺たちが出会うのにそれ以上はいらなかった。
「つまり俺らは、この大学で一番にならなきゃいけないってこと!」
他の学生は俺の話なんかには目もくれない。野菜だけのサンドイッチをむさぼるドラゴンとカラスの二人組なんか一切気にしないみたいに、昼飯を求めて俺たちの座る階段の先にある学食へと向かっていく。大抵の場合俺の話相手は、こういった状況になるより先に呆れてどこかへ消えてしまうのだが、目の前の彼はそうではなかった。
「何のために? 卒業さえできりゃ将来安泰だろ?」
カラスである彼の分のサンドイッチは、硬い紺色の鱗に包まれた俺の右手の中にある。つまり俺は左手に自分のそれを持ちながら、右手のパンと野菜のコンビを召使いみたいにしてその真っ黒なくちばしへと運んでやっている。しかしそれだけ尽くしても、彼の表情は依然ぱっとしないままだった。
俺はめげずに説得を続ける。
「そんなすげえ歌声持ってんのに、このままじゃずっと埋もれたままだぞ?」
「おかしな挑戦して、あぶれものになる意味なんかないだろ」
「意味なんて考えなくていい。とにかくすっげー楽しいんだって! わかるだろ?」
俺が全身全霊で言葉を伝えても、やはり彼はため息をつく。
「あちこちで噂になってるぞ。不良ドラゴンがヤバい集団引き連れて、学校中で怪しい勧誘しまくってるって」
「不良だなんてそんな。まあ、確かに四人でいるときはちょっとヤバいこともしちゃってるかもだけど。でも、無闇やたらに勧誘してるわけじゃない。お前の力が必要なんだよ、ケグ」
「誘いには乗れない。成績が下がったらまた親父にくちばしでつつかれる」
彼は俺の手の中にあるほとんど手つかずのサンドイッチを無視し、立ち上がって俺から離れ始めた。
「せっかく奢ってやったのに!」
「別に頼んでない。俺、本当は野菜嫌いだし」
文句を言う俺を尻目に、彼は今にも飛んでいってしまいそうな勢いで階段を降り始める。三本指の両足でその段差の一つ一つを不器用に跳んでいるのを見ると、彼の中にもまだ優しさが残っているのかもしれないとも思った。両手をサンドイッチで塞がれている俺は太長い尻尾で体のバランスを取りながら二足歩行で階段を降り、諦めずに彼の後ろへとつける。
「わかったよ、じゃあコーヒーも奢る! これから三日間ずっと! ……い、一週間は奢ってやる。……わかったよ、じゃあ朝飯も! 百円のコーラだったら毎日だって買ってやれるからさぁ」
彼は頑として振り向かないまま、呆れたように言う。
「どれだけ楽しくったって、社会に出たら生きていけないんだ。もう諦めろ」
「わかってないなあ、そんなこと考えられなくなるくらいヤバい瞬間があるんだよ! けどまだそれも完璧じゃない。俺らにはお前の声が必要なんだって」
「俺なんて努力してようやく中間くらいの成績だぞ。もっと上手いボーカリストなんて他にいくらでもいるだろ。どうしてそこまで俺にこだわる?」
「何ていうのかなあ、俺はこの大学を尊敬してて世界一だって思ってるけど、だからって絶対に誰かを感動させられるとは限らない。飯だってレストランで食うより母ちゃんに作ってもらったのがいっちゃん美味いだろ? つまりはそういうこと」
「まったくわからないな」
「頼むよ。ちょっとは真剣に考えてくれない? 絶対後悔はさせないから!」
「なら証明してみろ。お前らがどれだけ凄いのか」
彼は階段を最後まで降り切ったところで突如立ち止まった。それがあまりに急でブレーキが利かず、俺がようやく保っていた体のバランスは崩れ、その小さな体に向かって倒れ込みそうになる。
しかし、俺はドラゴンだ。生まれたときから身体能力だけは他種族よりも優れている自信がある。俺は体を反転させて彼を避け、背中に生えた両翼で地面を押し返す。想像では完璧に重力を支配していたつもりだったけれど、現実はそう上手くいかない。翼だけでは全体重を支え切れず、俺はそのまま情けなく尻餅をつく。周りにいた学生が数人、そのようすを見てクスクスと笑っている。恥ずかしい。
「しょ、証明って?」
照れ隠しを交えながらケグに言う。彼は俺が倒れたことによって付いた砂埃を、翼の先の羽根を一本一本指のように動かし丁寧に掃う。
「方法は何だっていい。お前らの音楽が安泰な人生より魅力的だって思えるなら、少しは考えてやる」
「マジで!?」
諦めかけていた俺の胸に希望が宿る。彼は空へ飛び立つ姿勢を見せながら言う。
「期待しないで待っててやるよ。俺は講義の準備があるから戻る」
「俺たち、もう友だちだよな?」
「多分な」
彼はそう言うとその真っ黒な両翼を羽ばたかせ、大学本棟の方の空へと飛び立っていた。彼の羽根が何枚か辺りに飛び散る。俺はその彼の背中を眺めながら、仲間たちの顔を思い浮かべた。世界で一番ロックな、愛すべき彼らの顔を。
「方法は何だっていいんだよな?」
俺は手の中に残った二つのサンドイッチをまとめて口の中に押し込み、胸の古びたペンダントを握りしめた。こうするといつだって勇気が湧いてくる。仲間と音楽、そしてこのペンダントさえ揃えば何だってできるような気がしてくる。何だか駆け出したい気分になって、俺は前脚を地面につき、いつもの場所を全力で目指した。
瞬間、口の中がむず痒くなる。いつの間にやらケグの羽根がサンドイッチの間に挟まっていたらしい。俺はそれを口から取り出し道の横の適当な茂みに投げ捨て、再度走り出す。
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