世界で一番ロックな奴ら

あおい

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 翌日、俺は朝一番にみんなをダイニングに集めた。
「ひどい態度取ってごめん」
 四人を前にし、四つ足を地に着けて深々と頭を下げる。
 しばらく気まずい沈黙が流れた後、スチューは言った。
「もうやめろ。俺たちも悪かったんだから」
 彼はヒレで俺の頭を優しく叩き、俺のその姿勢をやめさせた。
 次に俺の傍へと寄ったのはピンクだった。彼女はもじもじとしながら言う。
「ペンダントのこと……悪く言ってごめん」
「いいんだ」
 俺は首を横に振る。
「俺もいつかは自立しなきゃいけないってわかってる。だから、もうなるべく触らない。これからはみんなの顔を見て勇気を出すことにする」
 俺の言葉を茶化すように、スチューは言う。
「俺たち頼りってのは変わらないんだな」
「それは許してよ」
 俺は笑いながら言い、今度は無表情でいるフリックの、その甲羅に隠れた肩の辺りを撫でる。
「ごめんね、フリック。君のドラム、信用してるから」
 彼は一瞬俺の目を見たが、すぐにまた前を向いてそれ以上の反応はなかった。しかしそれでいい。それでこそ彼らしい。
 そうして俺はケグの前に立つ。
「俺たちには君が必要だ、ケグ」
 彼は決意めいた表情で、俺を見上げながら言う。
「正直、バロック祭で歌うのはまだ怖い。……でも、助けてもらった恩はちゃんと返すぜ」
 思わず口の端が上がった。このライブはきっとやり遂げられる。彼の目を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
「まさか下らん謝罪のためだけに、俺たちを呼んだんじゃないよな?」
 ケグが言うと、ニーナは不敵に笑った。

 そうして案内された地下の防音室は、俺たちの基地の何倍も広かった。ニーナが普段練習しているであろうグランドピアノに留まらず、バンドに必要な楽器はすべて揃っている。壁に掛けられた何本ものギター、数台のドラムセットに高級キーボード。恐らくコレクションとして集められているそれらの中から、ニーナは俺たちに好きなものを選ばせてくれた。
 スチューは喜びを隠さず、真っ先にキーボードへと向かう。それとは対照的に、ピンク恐る恐る壁にかかったベースギターの列を観察する。フリックは一直線に一番大きなサイズのドラムセットへと向かった。前に使っていたものとは一回り小さいけれど、彼ならきっとどんな楽器でもベストなパフォーマンスを出せるはずだ。
 ニーナが用意してくれたものはそれだけではなかった。キートンがエレベーターを使って運んできたワゴンには、俺たち全員分の朝食が乗せられていた。ブルーベリーや苺、更には山盛りのクリームまで上に乗った高そうなパンケーキだ。ここまで尽くしてくれることに感謝しかない。
学長が神隠しや推薦書の件の犯人だと伝えたとき、彼女は驚いていたが、その雰囲気はまたすぐに気丈で自信に満ちたものへと戻った。思えば俺たちはお互いにインサイドに嵌められた者同士だ。彼女も学長にはやり返さなければ気が済まないのだろう。
 俺たちは地べたに座りながら皿のパンケーキを頬張る。その間、ニーナはホワイトボードを前にして演説のように言った。
「作戦はこう。学長ほどの大きな力に打ち勝つには、大きな流れを作らなきゃならない。一回きりのバロック祭でのステージ、私たちだけでそれを作り出すのはほぼ不可能。だから、世間の力を借りる。あなたたちのライブはすべて私のピューチューブアカウント、ピアニーナチャンネルで配信される。世間があなたたちを最高のバンドだと認めれば、学長もそう認めざるをえない。ブライダーにさえなってしまえば、成績下位者を貶めようとする彼の思索にも嵌らなくなる」
「でも、この前のあんたみたいに潰されちまうんじゃねぇのか?」
 スチューはノートパソコンを操作しながら、ニーナへ一番に疑問を呈す。彼女は手に持っているキャップ付きの水性マーカーでビシッと俺たちを指した。
「私も二度目は黙っちゃいない。そのときはブライダーになったあなたたちと、学長の悪事をすべて暴露する。バロック祭でみんなの知名度を上げられれば、その説得力は今の比じゃない。現状、これが彼を打ち倒せる唯一の手段だと私は思ってる」
「なるほどな。このチャンネルの規模なら、確かに不可能じゃない」
 スチューが調べてくれたニーナのアカウントは、現時点で百万人以上の登録者数を誇っている。外部でも既にここまでの活動を行っていたとは恐れ入る。
 俺は彼女に言う。
「アーサーはどうする? 動画を提供してくれるんだろ?」
 俺たちがニーナに初めて会ったとき、その場にいたアーサーは確かにそういった旨の提案をしてくれていた。彼女は今度キャップの先を顎に当て、考えながら言う。
「頼まれて新しい連絡先に変えて以降、彼とは連絡が取れてない。でも、今回の作戦と配信のアカウントは共有させるつもり。彼なら大丈夫よ。私のコーチなんだし、何とかやってくれるはず」
 彼女がそう言うのならきっと大丈夫なのだろう。俺はそれ以上彼については言及しなかった。
 全員でパンケーキを食べ終わった後、俺たちは楽器を持って配置についた。基地で普段やっていたように円になり、各自楽器のチューニングを行う。ニーナは円の中心に立ち、俺たちを見回しながら言う。
「練習は常にフリック君中心で行う。彼、普段はぼーっとしてるくせに、リズムキープだけは完璧なのよね。まずはインストでのサウンドを早急に完成させる。ケグ君、あなたはしばらく歌わずに彼らを見てて」
 マイクを自身の高さに調節して歌う気満々だったケグは、面喰らったように言う。
「ただでさえ時間がないのに、そんなんで大丈夫かよ?」
「このバンドはただでさえ違い過ぎるのよ。種族も、出身ジャンルも、音楽性も。元々不安定な中でどうにか合わせてたところに強烈な個性が加わろうとしてるんだから、演奏が崩れて当然。だから、あなたはとにかく観察して。彼らの形が見えるまで絶対に歌わないで」
 ケグは眉をひそめ、まだ何か言いたげだ。彼の不安は理解できる。焦る気持ちはみんな同じだし、ただでさえ彼は俺たちと歌い出してから日が浅いのだから。
 俺は彼を見据えてはっきりと言う。
「ニーナを信じよう。何が何でも俺たちで、お前の歌いやすい音を作ってやるから」
 しばらく難しい顔をした後、ケグは小さく頷いた。「わかった」
ニーナは最後、ピンクを見つめて言う。
「ピンク」
 ピンクは彼女と目を合わせない。後ろで腕を組み、自身に向かう視線を煙たそうに振る舞っている。ニーナはそんなことお構いなしだ。彼女はより強い目でピンクを見ながら言う。
「あなたは遠慮しなくて良い。昔は私で、今はリュウ君。たまには主人公になりたいって、ベースのあなたが思うのも悪くないんじゃない?」
「……ムカつく」
 ピンクはやり切れない態度でぼそりと言う。背中側で組んだ拳には僅かに力が入っている。気を損ねてしまったようにも見えるが、彼女ならきっと大丈夫だ。むしろその闘志に火が付いたようにすら見えた。
 ピンクから放たれる鋭い視線を華麗に躱しながら、ニーナは俺たちに向かって仁王立ちをし、高らかに言う
「世界一の指導に感謝しなさい。ビシバシいくからね。それじゃあ、始めるよ!」
 
 
――それから約一週間、ケグは俺たちの前でまったく歌わなかった。ニーナは起きている間、俺たちとずっと一緒にいてくれた。その指導は常に的確だった。彼女のピアノに対する情熱がすべて俺たちに向いたようで、俺たちは毎日汗を掻かされた。
楽しかった。こんなことを思うのは楽観的過ぎるかもしれないけれど、ケグとニーナ、いきなり仲間が二人も増えたような感覚がして高揚した。俺たち六人にキートンの生活サポートも加わった新たなチームが一つの目標へ向かっていく。そんな毎日が終わってほしくないとすら思う。やはり俺は一人では生きていけない。日を追うごとに何度でもそれを思い知らされる。
 やがてある日、俺たちの演奏を見ていたケグは言った。
「何となく、わかった気がする」
 おもむろに立ち上がった彼の黒い瞳は、これまでにないほど澄んでいた。まるで別世界へと行ってしまったかのような彼は、その背に合わせられたマイクスタンドの前に立つ。
それからの二週間、バロック祭までの時間はあっという間に過ぎていった。
 そうしてニーナは、笑顔で言う。
「うん。合格!」
 彼女を含め、全員の顔から汗が滴っていた。この家を出て行くのは名残惜しいけれど、目的は果たさなければならない。俺たちなら必ずやり遂げられる。
 みんなの決意は、既に心の不安を掻き消していた。
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