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大切と大嫌い
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「花火?」
「かなり近かったような気がする。花火が光ったとき、望の顔が見えた。それだけじゃない。周りの景色が、ぜんぶ光って見えたんです」
いつの間にか、涙は流れなくなっている。
目の前にいる咲先輩の服を、私は強く握りしめる。
「先輩、パソコン貸してください!」
「え? ど、どうしたの、急に」
急に変わった私の態度に、先輩は焦っている。
私は部屋にあるピンクと白の入り混じったフレームのモニターの前までやってくる。彼女は電子機器回りまでおしゃれに整えているようだ。そのパソコンを勝手に点け、ウサギのデザインがほどこされたマウスを操作する。
ワードを打ち込むと、見たかった画像はすぐモニターに表示された。
「どこ? ここ」
ふかふかのゲーミングチェアに座っている私の横から、先輩は画面をのぞき込む。
「私の地元です」
表示されている画像の風景は、どれも田舎と容易に感じ取れるもの。古家から新築が不規則に立ち並ぶ住宅地、そのすぐそばにある海水浴場。山に囲まれ、駅は閑散としていて住宅地から少し遠いところにある。私の育った場所。望と出会い、友情を育んだ場所。
「へえ、こういうところから来てるんだ。いつか行ってみたいなあ」
先輩は優しく言う。私は目的の情報をネットの海から探し出すことに夢中だった。地元の名前と違うワードを何度も組み合わせ、検索をかける。そうして、九年前の西暦である二千十四年、祭というワードを加え、さらにサイトを二つ経由する。
「あった」
ようやく見つけた。
見箱祭り。むかし私の地元で行われていた、町の人たちの無病息災を願う祭。記憶にないのも当然だ。九年前の七月七日を最後に、この祭は終わっている。それ以降私の地元付近でこのような祭ごとはまったく催されていない。
夜には花火も打ち上げられていたらしいけれど、どうやらそれもその年のみ。まさに祭との別れの意味で、いくつもの花火が打ち上げられたようだ。
「花火か。今年の夏は、みんなで行けたらいいね」
先輩が言う隣で、私はマウスを強く握りしめる。
前に進むのは、怖いこと。
それでもあのとき、小夜先輩が教えてくれた。
『どれだけ迷惑をかけても、その数百倍の幸せを他人に返せ!』
私はその言葉を頭の中で反芻し、深呼吸をする。
「今から行きましょう」
「いま?」
咲先輩はきょとんとする。
「先輩。花火、打ち上げてくれませんか? 私の地元で、今すぐ」
少し間があったのち。
彼女は、驚きを示す。
「ええっ!? そんな、急に言われても……外、どしゃ降りだよ?」
「お願いします。望が待ってるんです」
自分勝手な愛情だ。
自分の足であそこから去ってきたのに、また戻ろうとするなんて。
それでも、私の言葉は止まらない。
「ようやくわかる気がするんです。わたしたちがあの日、なにをしたのか。もう後悔したくないんです。望を傷付けたくないんです!!!」
語尾は無意識に強くなる。涙はまた自然と出てきてしまう。
「一生のお願いです。私をいくら嫌いになったっていい。だから……」
本当はこんなこと言いたくない。咲先輩との別れのつもりでもあった。無理なお願いをすれば、嫌われることはわかっているから。
それでも先輩は、嫌味な感情をいっさい見せずに。
「望ちゃんは、幸せものだね」
その表情はむしろ、よりいっそう穏やかだった。
「いいよ。今すぐパパに頼んでみる」
「……! ありがとうございます!」
「その代わり、覚悟して。最高のを打ち上げるから!!」
先輩は私を指さし、目をまっすぐと見つめてくる。
望はまだ、あの場所にいてくれているだろうか。土砂降りの中にいれば、いくら夏の初めといえどもかなり寒い。むしろ、私のことなんか気にせず帰ってくれている方がいいのかもしれない。
それでも私は行かなければならない。
私たちの初デートは、まだ終わっていない。
きっとあの日から、ずっと続いている。
望と学校を抜け出したそのときからずっと。
「かなり近かったような気がする。花火が光ったとき、望の顔が見えた。それだけじゃない。周りの景色が、ぜんぶ光って見えたんです」
いつの間にか、涙は流れなくなっている。
目の前にいる咲先輩の服を、私は強く握りしめる。
「先輩、パソコン貸してください!」
「え? ど、どうしたの、急に」
急に変わった私の態度に、先輩は焦っている。
私は部屋にあるピンクと白の入り混じったフレームのモニターの前までやってくる。彼女は電子機器回りまでおしゃれに整えているようだ。そのパソコンを勝手に点け、ウサギのデザインがほどこされたマウスを操作する。
ワードを打ち込むと、見たかった画像はすぐモニターに表示された。
「どこ? ここ」
ふかふかのゲーミングチェアに座っている私の横から、先輩は画面をのぞき込む。
「私の地元です」
表示されている画像の風景は、どれも田舎と容易に感じ取れるもの。古家から新築が不規則に立ち並ぶ住宅地、そのすぐそばにある海水浴場。山に囲まれ、駅は閑散としていて住宅地から少し遠いところにある。私の育った場所。望と出会い、友情を育んだ場所。
「へえ、こういうところから来てるんだ。いつか行ってみたいなあ」
先輩は優しく言う。私は目的の情報をネットの海から探し出すことに夢中だった。地元の名前と違うワードを何度も組み合わせ、検索をかける。そうして、九年前の西暦である二千十四年、祭というワードを加え、さらにサイトを二つ経由する。
「あった」
ようやく見つけた。
見箱祭り。むかし私の地元で行われていた、町の人たちの無病息災を願う祭。記憶にないのも当然だ。九年前の七月七日を最後に、この祭は終わっている。それ以降私の地元付近でこのような祭ごとはまったく催されていない。
夜には花火も打ち上げられていたらしいけれど、どうやらそれもその年のみ。まさに祭との別れの意味で、いくつもの花火が打ち上げられたようだ。
「花火か。今年の夏は、みんなで行けたらいいね」
先輩が言う隣で、私はマウスを強く握りしめる。
前に進むのは、怖いこと。
それでもあのとき、小夜先輩が教えてくれた。
『どれだけ迷惑をかけても、その数百倍の幸せを他人に返せ!』
私はその言葉を頭の中で反芻し、深呼吸をする。
「今から行きましょう」
「いま?」
咲先輩はきょとんとする。
「先輩。花火、打ち上げてくれませんか? 私の地元で、今すぐ」
少し間があったのち。
彼女は、驚きを示す。
「ええっ!? そんな、急に言われても……外、どしゃ降りだよ?」
「お願いします。望が待ってるんです」
自分勝手な愛情だ。
自分の足であそこから去ってきたのに、また戻ろうとするなんて。
それでも、私の言葉は止まらない。
「ようやくわかる気がするんです。わたしたちがあの日、なにをしたのか。もう後悔したくないんです。望を傷付けたくないんです!!!」
語尾は無意識に強くなる。涙はまた自然と出てきてしまう。
「一生のお願いです。私をいくら嫌いになったっていい。だから……」
本当はこんなこと言いたくない。咲先輩との別れのつもりでもあった。無理なお願いをすれば、嫌われることはわかっているから。
それでも先輩は、嫌味な感情をいっさい見せずに。
「望ちゃんは、幸せものだね」
その表情はむしろ、よりいっそう穏やかだった。
「いいよ。今すぐパパに頼んでみる」
「……! ありがとうございます!」
「その代わり、覚悟して。最高のを打ち上げるから!!」
先輩は私を指さし、目をまっすぐと見つめてくる。
望はまだ、あの場所にいてくれているだろうか。土砂降りの中にいれば、いくら夏の初めといえどもかなり寒い。むしろ、私のことなんか気にせず帰ってくれている方がいいのかもしれない。
それでも私は行かなければならない。
私たちの初デートは、まだ終わっていない。
きっとあの日から、ずっと続いている。
望と学校を抜け出したそのときからずっと。
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