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七月七日
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定期テストが終わって、六月に入ったばかりで。
過去に花火が打ち上げられていたその日からは、今はまだほど遠い。
私たちは雨が降る中の、夜空の上にいる。ヘリコプターのプロペラ音は、扉を締め切っていてもうるさく聞こえてくる。
窓の外を覗くと、既に私の地元が見えてきている。海と山に囲まれ、そのあいだに点々と灯っている住宅の光。
「良い景色。これが、やまとちゃんとのデートだったらいいのに」
ヘリの中、咲先輩は私の正面に座り、その景色を見つめながら言う。
「すみません」
私は反射的に言う。
「謝んないでよ! 今の、私の方が嫌味っぽかったでしょ?」
「す、すみません」
「もう!」
先輩は、可愛らしく頬を膨らませる。
私はただ、心配だった。
「望、見えるかな」
「この雨だし、帰っちゃってるかもね」
「ですよね。……それでも、私があの場所を見つけなきゃいけない」
「応援してる」
優しく言ってくれる先輩。私のためにここまでしてくれる先輩。
いつか、恩は返さなければいけないと思う。
骨が折れそうだ。私はいつもこのやさしさに甘えてしまうし、私がなにをしても、彼女は遠慮してきそうな気がする。
不思議な魔法を秘めた咲先輩。
「打ち上がるよ。あと十秒」
彼女はスマホの時計を見ながら言う。その魔法を爆発させるかのように。
「三、二、一……」
そのカウントダウンとともに、私は外の景色へと目を凝らす。
ひゅう、という甲高い音が上がって、光が弾けた。心地の良い爆発音が鳴ると、その花火は夜空中に広がって、私の住んできた町を照らし出す。
「すごい……」
思わず言った。そもそも花火を見るのなんていつぶりだろう。私たちの姿までもが、まるで金色に光って見える。雨粒はそれらを反射して、まるで宝石のように空に散らばっている。望にも見ていてほしい。いつかみんなで、ゆっくりと見に行ければいいけれど。
「ほら、見惚れてないで!」
咲先輩の声で、私ははっとする。
「は、はい!」
私は山の上に目を凝らす。しかし花火の光はすぐに消えてしまって、町中はまた暗闇に包まれる。
「もう一発、お願いします!」
「はーい!」
先輩がスマホでなにやらメッセージを送ると、花火はさらに打ちあがる。先ほどとは違う桃色の、やはり美しい花火。
私はもう一度山の全体を見渡す。まだ見つからない。光はまた消えてしまう。
「もう一発!」
私が言うと、間を開けずにまた打ち上がる。
「どんどん行くよ!」
それからは、私がなにかを言わなくとも打ちあがるようになる。そのようすは、もはや花火大会。まるで九年前の七月七日がよみがえったかのような。
そして、ようやく。
「みえた」
遠くに見えるその山の、木々の間からわずかに覗く赤い鳥居。その塗装はところどころ剥がれ落ちているけれど、間違いない。
「あの山の上……!」
記憶によみがえるあの鳥居。それは、花火を打ち上げたことによる特殊な方向からの光でしか視認することができない。九年前、七歳の頃の私たちも、きっと同じ方法であの場所を見つけたのだ。見箱祭が終わってしまって、今やその存在すら誰からも忘れられてしまったのだろう。
「鳥居……? あんなところに、神社なんてあるんだ」
咲先輩は言う。
きっと望も、同じ景色を見ているはず。理屈ではなく、肌身で感じる。
望が、私を待っている。
「先輩、下ろしてください! 今すぐ行かなきゃ!」
「でも、この辺に下ろせるところなんて……」
先輩の言う通りだ。小学校のグラウンドは唯一の候補かもしれない。しかし誰か人が残っていても危ないし、そこからあの山まで歩いていくにしても時間がかかりすぎる。
他に選択肢はないと思った。
「私、飛びます」
私は言って座席のベルトをはずし、ヘリの扉のレバーに手をかける。今、この機体はちょうど海の上にある。落ちたって死にやしない。
「と、飛ぶってここから!? 何メートルあると思ってるの!」
「望が待ってるんです」
前の自分なら無理だったろう。
でも今の私には、先輩たちのくれた勇気がある。
望を救わなければならないという、覚悟がある。
「先輩」
扉を開けると、ヘリの内部に強い風が差し込んでくる。
油断すれば、そのまま吹き飛ばされてしまいそう。今の私にはまだ早い。
その前に、先輩に言わなければいけないことがあるから。
少し前に体重を預ければ海へと落ちてしまう、その開いた扉の前で。
私は、最後に振り返る。
ずっと先輩に言いたかったこと。言えないでいたこと。
「私を好きになってくれてありがとうございました!」
私の長い髪はなびき、少しだけ先輩は見えづらくなって。
それでも、強い風の中に見えた彼女の顔。
私に何度だって優しさをくれた、その顔を見送る。
「いってきます!」
思いきり、前へと飛び上がる。その瞬間、強い浮遊感に包まれる。
「や、やまとちゃん!」
過去に花火が打ち上げられていたその日からは、今はまだほど遠い。
私たちは雨が降る中の、夜空の上にいる。ヘリコプターのプロペラ音は、扉を締め切っていてもうるさく聞こえてくる。
窓の外を覗くと、既に私の地元が見えてきている。海と山に囲まれ、そのあいだに点々と灯っている住宅の光。
「良い景色。これが、やまとちゃんとのデートだったらいいのに」
ヘリの中、咲先輩は私の正面に座り、その景色を見つめながら言う。
「すみません」
私は反射的に言う。
「謝んないでよ! 今の、私の方が嫌味っぽかったでしょ?」
「す、すみません」
「もう!」
先輩は、可愛らしく頬を膨らませる。
私はただ、心配だった。
「望、見えるかな」
「この雨だし、帰っちゃってるかもね」
「ですよね。……それでも、私があの場所を見つけなきゃいけない」
「応援してる」
優しく言ってくれる先輩。私のためにここまでしてくれる先輩。
いつか、恩は返さなければいけないと思う。
骨が折れそうだ。私はいつもこのやさしさに甘えてしまうし、私がなにをしても、彼女は遠慮してきそうな気がする。
不思議な魔法を秘めた咲先輩。
「打ち上がるよ。あと十秒」
彼女はスマホの時計を見ながら言う。その魔法を爆発させるかのように。
「三、二、一……」
そのカウントダウンとともに、私は外の景色へと目を凝らす。
ひゅう、という甲高い音が上がって、光が弾けた。心地の良い爆発音が鳴ると、その花火は夜空中に広がって、私の住んできた町を照らし出す。
「すごい……」
思わず言った。そもそも花火を見るのなんていつぶりだろう。私たちの姿までもが、まるで金色に光って見える。雨粒はそれらを反射して、まるで宝石のように空に散らばっている。望にも見ていてほしい。いつかみんなで、ゆっくりと見に行ければいいけれど。
「ほら、見惚れてないで!」
咲先輩の声で、私ははっとする。
「は、はい!」
私は山の上に目を凝らす。しかし花火の光はすぐに消えてしまって、町中はまた暗闇に包まれる。
「もう一発、お願いします!」
「はーい!」
先輩がスマホでなにやらメッセージを送ると、花火はさらに打ちあがる。先ほどとは違う桃色の、やはり美しい花火。
私はもう一度山の全体を見渡す。まだ見つからない。光はまた消えてしまう。
「もう一発!」
私が言うと、間を開けずにまた打ち上がる。
「どんどん行くよ!」
それからは、私がなにかを言わなくとも打ちあがるようになる。そのようすは、もはや花火大会。まるで九年前の七月七日がよみがえったかのような。
そして、ようやく。
「みえた」
遠くに見えるその山の、木々の間からわずかに覗く赤い鳥居。その塗装はところどころ剥がれ落ちているけれど、間違いない。
「あの山の上……!」
記憶によみがえるあの鳥居。それは、花火を打ち上げたことによる特殊な方向からの光でしか視認することができない。九年前、七歳の頃の私たちも、きっと同じ方法であの場所を見つけたのだ。見箱祭が終わってしまって、今やその存在すら誰からも忘れられてしまったのだろう。
「鳥居……? あんなところに、神社なんてあるんだ」
咲先輩は言う。
きっと望も、同じ景色を見ているはず。理屈ではなく、肌身で感じる。
望が、私を待っている。
「先輩、下ろしてください! 今すぐ行かなきゃ!」
「でも、この辺に下ろせるところなんて……」
先輩の言う通りだ。小学校のグラウンドは唯一の候補かもしれない。しかし誰か人が残っていても危ないし、そこからあの山まで歩いていくにしても時間がかかりすぎる。
他に選択肢はないと思った。
「私、飛びます」
私は言って座席のベルトをはずし、ヘリの扉のレバーに手をかける。今、この機体はちょうど海の上にある。落ちたって死にやしない。
「と、飛ぶってここから!? 何メートルあると思ってるの!」
「望が待ってるんです」
前の自分なら無理だったろう。
でも今の私には、先輩たちのくれた勇気がある。
望を救わなければならないという、覚悟がある。
「先輩」
扉を開けると、ヘリの内部に強い風が差し込んでくる。
油断すれば、そのまま吹き飛ばされてしまいそう。今の私にはまだ早い。
その前に、先輩に言わなければいけないことがあるから。
少し前に体重を預ければ海へと落ちてしまう、その開いた扉の前で。
私は、最後に振り返る。
ずっと先輩に言いたかったこと。言えないでいたこと。
「私を好きになってくれてありがとうございました!」
私の長い髪はなびき、少しだけ先輩は見えづらくなって。
それでも、強い風の中に見えた彼女の顔。
私に何度だって優しさをくれた、その顔を見送る。
「いってきます!」
思いきり、前へと飛び上がる。その瞬間、強い浮遊感に包まれる。
「や、やまとちゃん!」
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