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Another story1 湯桃咲 編
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しばらく、なにも喋れない時間が続く。かなりの速度で落下し続ける中では、まともに息を吸うのも難しい。それでも、彼女がこの景色とスリルを楽しんでくれていることを信じる。
そうして、数十秒経つ。私はハンドルを力強く引っ張り、パラシュートを開く。
瞬間、空気が私たちを押し戻す。まるで上向きに飛翔するかのように、私たちはふわりと舞い上がる。
それからだ。心弾むようなこの景色が、ゆっくりと拝めるようになったのは。
一面に広がる、私たちの街。遠くの方に海があって、私たちの高校らしき建物も豆粒のように見える。ライセンスを取る過程で、私はこの景色を何度も見た。けれどその印象は、今まで経験したどれよりも違う。
彼女がいるから。実際、こうやって友だちと一緒に飛ぶことなんて初めてだ。小夜ちゃんがいるといないとで、どうしてこうも胸の高鳴りは違うのだろう。
私は、幸せだったけれど。小夜ちゃんはしばらく無言でいる。
そのクールな顔がいったいなにを考えているのか、知りたくなる。そんなこと、恋愛経験の薄い私じゃどうやっても知りえなくて、不安になってくる。
「この街は、こんなに綺麗だったか」
彼女はふと言う。強く吹いている風の中で、耳を済ませなければ聞こえない声量。
私は嬉しくなる。
「本当、良い景色」
少しでも彼女が幸せを感じてくれているのなら、私はそれで良かった。それ以上を望むなんて、きっと失礼。ただの練習相手だもんね。大切な友だちではあるけれど。
「もし振り回したりしてたら、ごめんね」
それでも、どうしてか。私はそんな弱音を口に出してしまう。
「なんの話だ?」
「私、良い彼女になれてたかな」
なにせ、こんなにちゃんとプランを組んでデートしたのなんて初めてだったから。言い訳するつもりもない。彼女が今日を気に食わなかったというのなら、それはそれで受け入れなければならない。
私の目の前で、私に抱かれながら。
小夜ちゃんは言う。まるで私をとりこにするみたいに。
「私は、ドキドキしたぞ」
「どきどき?」
「ああ。今もずっとドキドキしてる」
私も、ずっとしてるよ。
それは口に出せない。だって、友だち同士だから。
小夜ちゃんは両腕を広げ、風を一身に受ける。その白いTシャツと、長く美しい黒髪がなびく。彼女の姿はありのまま、こうでなくてはならない。そう言われているかのような。
「すごく気持ちいい」
その綺麗な様に、つい見入ってしまう。パラシュートのコントロールを忘れ、いつのまにかどこかへ飛んでいきそうになる。私は慌ててハンドルを引き戻し、もう一度風をつかんで着地地点を目指す。
「多分、湯桃とだから感じられたんだろうな」
——彼女は、私のコントロールを失わせたいのだろうか。
疑わざるをえない。実際、私はまたぼーっとしそうになった。
「……もっと、ドキドキしたいって思わない?」
「ん?」
その声は、あまりにぼそぼそし過ぎていたと思う。この風の音の中じゃ、彼女に伝わるはずもない。
小夜ちゃんは私の方に振りむきながら首をかしげている。
「すまん、もう一度言ってくれるか?」
「……なんでもない」
私の言葉は、景色の中へと消えていく。
きっと、これでよかったんだよね。あんまり簡単に結ばれすぎてもつまらないし。しばらくは大切な友だち同士でいる方が、私たちにとっても自然な形だったと思うから。
……。
「ってな感じで。恋人の練習作戦は失敗でした~」
私は、やまとちゃんと望ちゃんに言う。小夜ちゃんとデートをした休日から一週間くらい経ったその日の放課後、私は事前にアポを取った上で教室の二人に会いに行った。
夏休みはすぐそばまで近づいている。その前に、彼女たちにも共有しておきたかった。私がいったいどういう意図で小夜ちゃんに迫ったのか。小夜ちゃんのコンクールが終われば、彼女の進学先次第ではあるけれど、また四人であそぶ機会も何日か訪れるだろうから。
やまとちゃんは言う。
「つまり、練習っていうていで近づいて、あわよくば付き合っちゃおう! っていう作戦だったってことですか?」
「そのとおり! でも小夜ちゃん、結構鈍感っぽくてさー。ちゃんと惚れさせるには骨が折れそう」
それを聞いて次に、早速やまとちゃんの腕を抱いている望ちゃんが言う。
「あの人になら、もっとめちゃくちゃな作戦仕掛けていいと思うけどね。むしろ最初から好きエネルギー全開で、超ビッグな告白作戦企てるとか」
ある意味適当な彼女の言葉。でも、ちょっと芯を食っている。
やまとちゃんは、私のようすが心配になったのかもしれない。
「咲先輩は、小夜先輩のことが好きで、ここまでアプローチしてるんですか?」
納得の疑問。なにせ、彼女たちにはなにも伝えずにあのデートプランに乗り出した。私と小夜ちゃんは友だちといえど付き合いは短いわけで、しかも女の子同士。彼女がどんなにクールでも、恋する方が難しい。
「んー。……正直、血迷ってる部分はあるかも」
「あ、好きじゃないんだ」
望ちゃんは、ちょいちょい口を挟んでくる。
やまとちゃんは、不安そうに続ける。
「それは、ちょっと危険な考えかもしれないです」
「そう?」
「だって、もしそれで小夜先輩が咲先輩を好きになっちゃったら……」
「そのときは、ちゃんと付き合うよ。責任持って」
私は言う。
「私は、過去からの親友ってのはいないから。二人みたいなロマンスを送ろうとすると、結構リスクもあって大変だと思う。でも、小夜ちゃんは既に信用できる相手だし。もしここから本当にお互いを好きになって、恋人にでもなったら……それって創作の物語みたいで、すごくロマンチックじゃない?」
「確かに。納得」
そう言ってくれた望ちゃんに、私は笑顔を返す。
やまとちゃんと不安げな顔は、少しだけ解消されたように思える。
「先輩が幸せになるなら、私は応援します。でも、無理はしないでくださいね?」
「やまとちゃんは優しいね」
「先輩ほどじゃないです」
私たちは笑い合った。やまとちゃん、なんだか望ちゃんと紆余曲折あってから、さらに頼もしくなったような気がする。
「おお、二人もいたのか」
そこに、小夜ちゃんがやってくる。私が事前に呼んでおいた彼女。予想していたタイミングとほぼぴったりだ。
やまとちゃんは驚く。
「小夜先輩!部活はどうしたんですか?」
「合宿前、最後の休みなのでな。これから湯桃と物資を調達することになっている」
その通り。今日を逃せば、私たちはしばらく遊べなくなってしまうから。夏休み前の、最後の一日。
「それじゃあ、」
私は元気よく切り出す。
「行こっか。ダブルデート! ——」
そうして、数十秒経つ。私はハンドルを力強く引っ張り、パラシュートを開く。
瞬間、空気が私たちを押し戻す。まるで上向きに飛翔するかのように、私たちはふわりと舞い上がる。
それからだ。心弾むようなこの景色が、ゆっくりと拝めるようになったのは。
一面に広がる、私たちの街。遠くの方に海があって、私たちの高校らしき建物も豆粒のように見える。ライセンスを取る過程で、私はこの景色を何度も見た。けれどその印象は、今まで経験したどれよりも違う。
彼女がいるから。実際、こうやって友だちと一緒に飛ぶことなんて初めてだ。小夜ちゃんがいるといないとで、どうしてこうも胸の高鳴りは違うのだろう。
私は、幸せだったけれど。小夜ちゃんはしばらく無言でいる。
そのクールな顔がいったいなにを考えているのか、知りたくなる。そんなこと、恋愛経験の薄い私じゃどうやっても知りえなくて、不安になってくる。
「この街は、こんなに綺麗だったか」
彼女はふと言う。強く吹いている風の中で、耳を済ませなければ聞こえない声量。
私は嬉しくなる。
「本当、良い景色」
少しでも彼女が幸せを感じてくれているのなら、私はそれで良かった。それ以上を望むなんて、きっと失礼。ただの練習相手だもんね。大切な友だちではあるけれど。
「もし振り回したりしてたら、ごめんね」
それでも、どうしてか。私はそんな弱音を口に出してしまう。
「なんの話だ?」
「私、良い彼女になれてたかな」
なにせ、こんなにちゃんとプランを組んでデートしたのなんて初めてだったから。言い訳するつもりもない。彼女が今日を気に食わなかったというのなら、それはそれで受け入れなければならない。
私の目の前で、私に抱かれながら。
小夜ちゃんは言う。まるで私をとりこにするみたいに。
「私は、ドキドキしたぞ」
「どきどき?」
「ああ。今もずっとドキドキしてる」
私も、ずっとしてるよ。
それは口に出せない。だって、友だち同士だから。
小夜ちゃんは両腕を広げ、風を一身に受ける。その白いTシャツと、長く美しい黒髪がなびく。彼女の姿はありのまま、こうでなくてはならない。そう言われているかのような。
「すごく気持ちいい」
その綺麗な様に、つい見入ってしまう。パラシュートのコントロールを忘れ、いつのまにかどこかへ飛んでいきそうになる。私は慌ててハンドルを引き戻し、もう一度風をつかんで着地地点を目指す。
「多分、湯桃とだから感じられたんだろうな」
——彼女は、私のコントロールを失わせたいのだろうか。
疑わざるをえない。実際、私はまたぼーっとしそうになった。
「……もっと、ドキドキしたいって思わない?」
「ん?」
その声は、あまりにぼそぼそし過ぎていたと思う。この風の音の中じゃ、彼女に伝わるはずもない。
小夜ちゃんは私の方に振りむきながら首をかしげている。
「すまん、もう一度言ってくれるか?」
「……なんでもない」
私の言葉は、景色の中へと消えていく。
きっと、これでよかったんだよね。あんまり簡単に結ばれすぎてもつまらないし。しばらくは大切な友だち同士でいる方が、私たちにとっても自然な形だったと思うから。
……。
「ってな感じで。恋人の練習作戦は失敗でした~」
私は、やまとちゃんと望ちゃんに言う。小夜ちゃんとデートをした休日から一週間くらい経ったその日の放課後、私は事前にアポを取った上で教室の二人に会いに行った。
夏休みはすぐそばまで近づいている。その前に、彼女たちにも共有しておきたかった。私がいったいどういう意図で小夜ちゃんに迫ったのか。小夜ちゃんのコンクールが終われば、彼女の進学先次第ではあるけれど、また四人であそぶ機会も何日か訪れるだろうから。
やまとちゃんは言う。
「つまり、練習っていうていで近づいて、あわよくば付き合っちゃおう! っていう作戦だったってことですか?」
「そのとおり! でも小夜ちゃん、結構鈍感っぽくてさー。ちゃんと惚れさせるには骨が折れそう」
それを聞いて次に、早速やまとちゃんの腕を抱いている望ちゃんが言う。
「あの人になら、もっとめちゃくちゃな作戦仕掛けていいと思うけどね。むしろ最初から好きエネルギー全開で、超ビッグな告白作戦企てるとか」
ある意味適当な彼女の言葉。でも、ちょっと芯を食っている。
やまとちゃんは、私のようすが心配になったのかもしれない。
「咲先輩は、小夜先輩のことが好きで、ここまでアプローチしてるんですか?」
納得の疑問。なにせ、彼女たちにはなにも伝えずにあのデートプランに乗り出した。私と小夜ちゃんは友だちといえど付き合いは短いわけで、しかも女の子同士。彼女がどんなにクールでも、恋する方が難しい。
「んー。……正直、血迷ってる部分はあるかも」
「あ、好きじゃないんだ」
望ちゃんは、ちょいちょい口を挟んでくる。
やまとちゃんは、不安そうに続ける。
「それは、ちょっと危険な考えかもしれないです」
「そう?」
「だって、もしそれで小夜先輩が咲先輩を好きになっちゃったら……」
「そのときは、ちゃんと付き合うよ。責任持って」
私は言う。
「私は、過去からの親友ってのはいないから。二人みたいなロマンスを送ろうとすると、結構リスクもあって大変だと思う。でも、小夜ちゃんは既に信用できる相手だし。もしここから本当にお互いを好きになって、恋人にでもなったら……それって創作の物語みたいで、すごくロマンチックじゃない?」
「確かに。納得」
そう言ってくれた望ちゃんに、私は笑顔を返す。
やまとちゃんと不安げな顔は、少しだけ解消されたように思える。
「先輩が幸せになるなら、私は応援します。でも、無理はしないでくださいね?」
「やまとちゃんは優しいね」
「先輩ほどじゃないです」
私たちは笑い合った。やまとちゃん、なんだか望ちゃんと紆余曲折あってから、さらに頼もしくなったような気がする。
「おお、二人もいたのか」
そこに、小夜ちゃんがやってくる。私が事前に呼んでおいた彼女。予想していたタイミングとほぼぴったりだ。
やまとちゃんは驚く。
「小夜先輩!部活はどうしたんですか?」
「合宿前、最後の休みなのでな。これから湯桃と物資を調達することになっている」
その通り。今日を逃せば、私たちはしばらく遊べなくなってしまうから。夏休み前の、最後の一日。
「それじゃあ、」
私は元気よく切り出す。
「行こっか。ダブルデート! ——」
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