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Another story2 黒井小夜 編

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 十月二十一日。
 私たちにとっての、運命の日。
「三ツ葉高等学校吹奏楽部、銀賞」
 そう聞いて、壇上で表彰状を受け取る直前。頭が真っ白になった。今まで私たちのやってきたことがすべて無駄だったのではないかという感覚。焦燥。後悔。
 表彰式を終え、私たち三ツ葉高等学校吹奏楽部は、最後のミーティングをする。名古屋市内に立つ大きなホール内のロビー。その隅っこの方で、部員たち全員を集めて。
 周りでは、色々な高校の学生たちが泣いている。それは私たちの同級生や後輩も同様だ。他の誰でもない、私自身がこの光景を生み出してしまった。
 円状に並んだみんなに、私は部長として、最後の言葉をかける。
「すまなかった」
 部員全員に深々とお辞儀をしながら、言い訳にもならない謝辞をつらつらと述べる。
「みんな、本当によく頑張ってくれたと思う。寂しいが、私たち三年生はこれでお別れだ。このチームでやれたことを、生涯の誇りとして生きていく。こんな私についてきてくれてありがとう。ただ、できるなら、みんなにあの景色を見せてやりたかった」
 それは、頂点を取ることでしか見えない景色。ほんの一年前、私が先輩たちに見せてもらった絶景。うちは他の吹奏楽部と比べて部員も少ない中、春から初めて楽器に触れたという一年生もいる。このチームで活動した約一年間、辛いこともあったけれど、思い出すのは楽しい思い出ばかりだ。
「謝らないでください」
 そのとき、後輩の一人がふと言った。二年生の中でもリーダー的な立ち位置を占め、次期部長の就任も決まっている彼女。
 目と鼻を赤くしながら、彼女は一枚の色紙を私に差し出す。
「私たち、小夜先輩が部長で、本当によかったです。これ、みんなで作りました」
 それは、部長である私にだけ送られる、慰労の色紙。そこには現三年生を含めた全部員からのメッセージが、私宛てに綴られている。よく頑張った、あなたが部長でよかった、いなくなって寂しい、不安、もっと一緒に音楽をやりたかった。
 何があっても泣かないと決めていた。ここまでこの大きな部活を率いてきた者として、最後に情けない姿を見せてはいけないと。
 しかし、鼻の奥は自然と痛くなる。そのメッセージのひとつひとつを読む度に、私の視線は沈んで喋れなくなる。
 それでも私の誇るべき仲間たちは、私の気が治まるまで、いつまでも待ち続けてくれていた。




 家で一人、ベッドに寝転んで考え込む。
 コンクールの打ち上げを終えてから数日が経つ。今日は日曜日だけれど、なにもやることがない。既に音楽大学の推薦を受けることが決定しているおかげで、受験に悩まされる必要もない。学校の授業や部活もない、特に勉強する必要もないとなると、とたんに暇になる。今まで部活に相当なエネルギーが割かれていたのだろうと思う。部長としてすべての仕事を終えた私はいま、なんとも言えない虚無感に包まれている。
 この一年間やってきた練習に関して。私たちが怠慢していたわけではないと思う。ただ、ほかのチームの躍進が素晴らしかった。言い訳はしたくないけれど、演奏順が一番目だったことも関係していたのかもしれない。演奏自体は自信を持って素晴らしいと言えるレベルに仕上がっていたけれど、すべてのチームが頂点を取れるわけではない。たった一つ上の賞が取れなかっただけでこんな気分になるなんて、自分でも驚く。私は結局この程度の奴だったのかと思い知る。
 そうしてしばらくなにもできないでいると、枕元にあるスマホからメッセージ通知が鳴った。開いてみて、驚く。
 湯桃咲。私のソウルメイトの一人からの、何ヶ月ぶりかの連絡。
「久しぶりに、デートしない?」
 デート、という言葉遣いは気になったけれど。
 私はいま、誰かと話していないとおかしくなってしまいそうな孤独感の中にいるわけで。
 肯定の意味を示すスタンプを返すのに、そう時間はかからなかった。
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