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6 デート当日
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※
デートの事は、当日の馬車になっても使用人には伝えずに徹底的に隠した。
厚手の服を着ながらもおしゃれをしているのは、サロンで親しくなった貴婦人と外出するからだとメイド達には伝えた。
馬車は自然公園まで行かず、途中で乗り換えだから、御者も本当の行き先を知らないはずだ。
ここまですれば、誰にも今日のデートの事を悟られないだろう。
うちの馬車が去るのを見送ってからしばらくすると、エドの乗った馬車がやって来た。
「今日はデートを楽しもうね?」
私が馬車に乗り込むなり、エドは言った。
「はい」
私は恋人として当然のように彼の隣に座った。すると、エドは当たり前のように私の手を握ってきた。
「手、冷たいね」
「外が寒かったので。エドの手はあったかいです」
彼の手から伝わる温もりを感じると、ゴシップ紙のことが自然と頭の隅に追いやられていった。
━━今はデートを楽しもう。
私は彼の手を握り返した。
※
山の麓にある自然公園は、草木が雪で覆われていて、辺りは銀世界だった。
「すごい」
馬車から降りてその景色を目の当たりにした時、その美しさのあまり、私は感嘆の声を漏らした。
「綺麗だね」
エドの言葉に私は同意した。
「本当にそうですね。まるで、イアン・ホワンソンの絵みたいです」
「誰、それ?」
「隣国の画家ですよ」
そう言って、彼の代表的な作品をいくつか話したら、エドは「ああ、それなら見たことがある」と呟いた。
「アンリ伯爵夫人のサロンで彼が書いた冬景色の絵画を見せてもらったんです。その絵とこの風景がそっくりで」
「へえ。見てみたいな。彼の絵は裸の男女のものしか見たことがないから」
隣国では、裸の男女の絵を描くことがブームになっていた。人間のありのままを描いているのだそうだけれど、破廉恥だからこの国では流行らないで欲しい。
「画材を持ってくればよかった」
私はついそんな独り言を言ってしまった。折角の綺麗な景色だ。これを描かないなんて勿体ない。
「ベラは絵が好きなの?」
「はい。たまに自分でも描くくらいには」
「見てみたいな」
「今度家に遊びに来る機会があったら見せますね」
「やった。楽しみだな」
「あまり期待しないでくださいよ? 下手の横好きですから」
「うん」
エドはそう言うと、鞄から何かを取り出した。少し大きな箱状のものを彼は大事そうに抱えた。
「それは何ですか?」
「"写真機"というものだよ」
聞いたことのない単語に私は首を傾げた。
「目の前にある景色を記録する機械なんだ」
「すごいですね。ありのままを記録できるんですか?」
「いや。色がつかなくて白黒の絵みたいな形になるね」
彼はそう言って写真機を構えた。
「折角だから撮っておこう。家で写真を見ながら景色を描くといい」
彼が写真機のボタンを押すとガシャンという音とともに一瞬、光った。
「撮れたよ」
「もう、ですか?」
「うん」
こんな速さで記録できているなんて信じられない。
「どんな風に写ってるか見てもいいですか?」
「それは一度帰ってから現像しないと見れないな」
そう言いながら彼は私に向かって写真機を構えた。そしてすぐにガシャンという音が鳴り光が灯った。
「撮るなら一言言ってくれません?」
「ごめん。ベラがかわいくてつい」
エドは苦笑しながら謝った。
彼が写真機を鞄にしまうと私達は手を繋いで歩き始めた。比較的整備のされていて、雪の積りが浅いところを歩く。
「写真機っていう便利な物があるなんて、初めて知りました」
「まだ作られたばかりだからね」
「そうなんですか」
エドは「うん」と言って頷いた。
「ある発明家が俺の知り合いの商人にこれを持ってきてね。『画期的な物を発明したから』と投資話を持ちかけたんだ。その話が俺のところまで来たわけ」
「出資したんですか」
「うん。だから、プロト版を俺が持っているんだ」
そんな話をしていると、遠くに狐がいたのを見つけた。
「あ」
二人して狐を指差したものだから、おかしくて、私達は笑いあった。
デートの事は、当日の馬車になっても使用人には伝えずに徹底的に隠した。
厚手の服を着ながらもおしゃれをしているのは、サロンで親しくなった貴婦人と外出するからだとメイド達には伝えた。
馬車は自然公園まで行かず、途中で乗り換えだから、御者も本当の行き先を知らないはずだ。
ここまですれば、誰にも今日のデートの事を悟られないだろう。
うちの馬車が去るのを見送ってからしばらくすると、エドの乗った馬車がやって来た。
「今日はデートを楽しもうね?」
私が馬車に乗り込むなり、エドは言った。
「はい」
私は恋人として当然のように彼の隣に座った。すると、エドは当たり前のように私の手を握ってきた。
「手、冷たいね」
「外が寒かったので。エドの手はあったかいです」
彼の手から伝わる温もりを感じると、ゴシップ紙のことが自然と頭の隅に追いやられていった。
━━今はデートを楽しもう。
私は彼の手を握り返した。
※
山の麓にある自然公園は、草木が雪で覆われていて、辺りは銀世界だった。
「すごい」
馬車から降りてその景色を目の当たりにした時、その美しさのあまり、私は感嘆の声を漏らした。
「綺麗だね」
エドの言葉に私は同意した。
「本当にそうですね。まるで、イアン・ホワンソンの絵みたいです」
「誰、それ?」
「隣国の画家ですよ」
そう言って、彼の代表的な作品をいくつか話したら、エドは「ああ、それなら見たことがある」と呟いた。
「アンリ伯爵夫人のサロンで彼が書いた冬景色の絵画を見せてもらったんです。その絵とこの風景がそっくりで」
「へえ。見てみたいな。彼の絵は裸の男女のものしか見たことがないから」
隣国では、裸の男女の絵を描くことがブームになっていた。人間のありのままを描いているのだそうだけれど、破廉恥だからこの国では流行らないで欲しい。
「画材を持ってくればよかった」
私はついそんな独り言を言ってしまった。折角の綺麗な景色だ。これを描かないなんて勿体ない。
「ベラは絵が好きなの?」
「はい。たまに自分でも描くくらいには」
「見てみたいな」
「今度家に遊びに来る機会があったら見せますね」
「やった。楽しみだな」
「あまり期待しないでくださいよ? 下手の横好きですから」
「うん」
エドはそう言うと、鞄から何かを取り出した。少し大きな箱状のものを彼は大事そうに抱えた。
「それは何ですか?」
「"写真機"というものだよ」
聞いたことのない単語に私は首を傾げた。
「目の前にある景色を記録する機械なんだ」
「すごいですね。ありのままを記録できるんですか?」
「いや。色がつかなくて白黒の絵みたいな形になるね」
彼はそう言って写真機を構えた。
「折角だから撮っておこう。家で写真を見ながら景色を描くといい」
彼が写真機のボタンを押すとガシャンという音とともに一瞬、光った。
「撮れたよ」
「もう、ですか?」
「うん」
こんな速さで記録できているなんて信じられない。
「どんな風に写ってるか見てもいいですか?」
「それは一度帰ってから現像しないと見れないな」
そう言いながら彼は私に向かって写真機を構えた。そしてすぐにガシャンという音が鳴り光が灯った。
「撮るなら一言言ってくれません?」
「ごめん。ベラがかわいくてつい」
エドは苦笑しながら謝った。
彼が写真機を鞄にしまうと私達は手を繋いで歩き始めた。比較的整備のされていて、雪の積りが浅いところを歩く。
「写真機っていう便利な物があるなんて、初めて知りました」
「まだ作られたばかりだからね」
「そうなんですか」
エドは「うん」と言って頷いた。
「ある発明家が俺の知り合いの商人にこれを持ってきてね。『画期的な物を発明したから』と投資話を持ちかけたんだ。その話が俺のところまで来たわけ」
「出資したんですか」
「うん。だから、プロト版を俺が持っているんだ」
そんな話をしていると、遠くに狐がいたのを見つけた。
「あ」
二人して狐を指差したものだから、おかしくて、私達は笑いあった。
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