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22-2 妃教育の合間に
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今日の授業は、芸術で終わりだ。
芸術の授業の講師はアンリ伯爵夫人が勤めてくれている。夫人は芸術愛好家であり、サロンで勉強会を頻繁に開くだけあって、知識がとても豊富だ。今日は、学園ではほとんど習うことのなかった近年の隣国で流行っているルネサンスについて学んだ。
夫人は熱心に説明をしてくれたけれど、やはり私には裸の男女をありがたがる文化のようにしか思えなかった。
「という事で、今日のルネサンスの講義はここまでとしましょう」
「はい。ご教授いただきありがとうございました」
夫人にお礼を言ってから、これから時間に余裕があるかと尋ねた。夫人とは講義の後にお茶をすることが習慣になっていたからだ。
夫人は今日この後の予定がないと言い、このまま部屋でお茶をする事を受け入れてくれた。
私達は用意されたお茶を飲んでゆっくりと語り合った。
「イザベラ様は正直、ルネサンスが好きではないでしょう?」
「はい。よく分かりましたね」
「イザベラ様はルネサンス画の前で足を止める時間が短いですから」
夫人はにこりと笑って言った。自分では意識をしていなかった分、少し驚いた。
「気をつけます」
「ええ。貴婦人たるもの安易に好悪を示してはなりません。まして、王太子妃となられる方なら・・・・・・。すみません、差し出がましい事を申し上げました」
「いいえ。お気になさらず。これからは気を付けますわ」
夫人の言っていることは正しい。王太子妃になるのなら、簡単に好悪を見抜かれてはいけない。そんなことをしていれば、いずれ国内外でいらぬ問題を起こしてしまうかもしれないから。
「あの子にも、イザベラ様を見習って欲しいものです」
夫人はぽつりと呟いた。
「あの子とは?」
私の問いかけに夫人は言い淀んだ。
「ただの独り言です。気にしないで下さいませ」
「アンリ伯爵夫人、私とあなたの仲ではありませんか」
夫人の夫であるアンリ伯爵はお父様と同じ派閥に属している。それにアンリ伯爵家とは長年、家族ぐるみの交流があった。私にとって夫人は、家族とエドの次に親しい人なのだ。
夫人は口ごもっていたけれど、意を決したのか、教えてくれた。
「エリナのことです」
「エリナ?」
予想外の名前に、私は思わず首を傾げた。
「どうしてあの子が? 私から学ぶ事などないでしょうに」
「そんなことはありません。エリナはイザベラ様のように思慮深く落ち着きのある言動をするべきなのです。あの子は大胆で思いつきで動く癖がありまして。この間だって、うちの侍女を辞めたいと言い出して」
「辞めてどうするんです?」
━━フィリップ様と暮らすためかしら?
マシュー公爵がエリナのことを認めていない上、身分差も大きいから、エリナは公にはフィリップ様の妻として暮らすことはできない。でも、愛人として密かに生きていくなら話は別だ。
エリナはフィリップ様への愛を貫いてその道を選んだのだと思った。でも、夫人の答えは私の想像に反するものだった。
「それが、首都を離れて地方に行くのだと言うんです。そこに行って何をするのか、働き口のツテはあるのかと聞いても答えず、ただ、『王都にはいられない』と言うばかりで」
それはアンリ伯爵夫人が心配するのは当然だ。ツテや推薦状もなしに地方へ行ってしまっては、仕事口を見つけるのも難しいだろう。それに、ランベール子爵家は、裕福とは程遠い家柄だ。地方で住む屋敷を買うのにもそれなりの苦労を要するに違いない。
「どうしてしまったんでしょうね」
エリナは天真爛漫で少しドジな所もあったけれど、ここまで考えなしに行動しようとする子ではなかった。
私の言葉に夫人は心配そうな顔で頷いた。
「どうして地方なんかに行くのかと聞いたら、『罰を受ける』のだと言って聞かないんです。何の罰をと聞いても、答えてくれなくて」
「罰?」
何のことなのかまるで分からない。それは夫人も同じようだった。
「あの子は精神的に参っているのかしら」
「そうかもしれませんね」
もしかしたら、エリナは今更になって、自分のしでかした事を理解したのかもしれない。
フィリップ様は私との婚約を一方的に破棄したことでマシュー公爵を相当怒らせたのだという。
婚約の一方的な破棄は、同じ派閥に属するモラン侯爵を、つまりお父様を蔑ろにする行為だった。この不義理で背信的な行為に、他の貴族達からは批判の声があがっている。いくら、派閥の中心にいて発言力のあるマシュー公爵であっても、このままでは求心力を失いかねない。
だから、公爵は様々な所に挨拶に出向き、本来では使う必要のないお金を使って、何とか事態の沈静化を図っているそうだ。
こうした公爵の努力の甲斐あって、マシュー公爵家は社交界から孤立する事態は何とか避けられたようだけれど。
「エリナはフィリップ様の人生を壊したかねないようなことをしたことに気付いてしまったのかもしれません」
フィリップ様はマシュー公爵家を継ぐ予定だったけれど、その雲行きが怪しくなっている。あくまでも噂だけれど、マシュー公爵はフィリップ様の弟に対して家督を継ぐための教育を始めたのだという。そして、フィリップ様を勘当するための準備をしているのだとも。
芸術の授業の講師はアンリ伯爵夫人が勤めてくれている。夫人は芸術愛好家であり、サロンで勉強会を頻繁に開くだけあって、知識がとても豊富だ。今日は、学園ではほとんど習うことのなかった近年の隣国で流行っているルネサンスについて学んだ。
夫人は熱心に説明をしてくれたけれど、やはり私には裸の男女をありがたがる文化のようにしか思えなかった。
「という事で、今日のルネサンスの講義はここまでとしましょう」
「はい。ご教授いただきありがとうございました」
夫人にお礼を言ってから、これから時間に余裕があるかと尋ねた。夫人とは講義の後にお茶をすることが習慣になっていたからだ。
夫人は今日この後の予定がないと言い、このまま部屋でお茶をする事を受け入れてくれた。
私達は用意されたお茶を飲んでゆっくりと語り合った。
「イザベラ様は正直、ルネサンスが好きではないでしょう?」
「はい。よく分かりましたね」
「イザベラ様はルネサンス画の前で足を止める時間が短いですから」
夫人はにこりと笑って言った。自分では意識をしていなかった分、少し驚いた。
「気をつけます」
「ええ。貴婦人たるもの安易に好悪を示してはなりません。まして、王太子妃となられる方なら・・・・・・。すみません、差し出がましい事を申し上げました」
「いいえ。お気になさらず。これからは気を付けますわ」
夫人の言っていることは正しい。王太子妃になるのなら、簡単に好悪を見抜かれてはいけない。そんなことをしていれば、いずれ国内外でいらぬ問題を起こしてしまうかもしれないから。
「あの子にも、イザベラ様を見習って欲しいものです」
夫人はぽつりと呟いた。
「あの子とは?」
私の問いかけに夫人は言い淀んだ。
「ただの独り言です。気にしないで下さいませ」
「アンリ伯爵夫人、私とあなたの仲ではありませんか」
夫人の夫であるアンリ伯爵はお父様と同じ派閥に属している。それにアンリ伯爵家とは長年、家族ぐるみの交流があった。私にとって夫人は、家族とエドの次に親しい人なのだ。
夫人は口ごもっていたけれど、意を決したのか、教えてくれた。
「エリナのことです」
「エリナ?」
予想外の名前に、私は思わず首を傾げた。
「どうしてあの子が? 私から学ぶ事などないでしょうに」
「そんなことはありません。エリナはイザベラ様のように思慮深く落ち着きのある言動をするべきなのです。あの子は大胆で思いつきで動く癖がありまして。この間だって、うちの侍女を辞めたいと言い出して」
「辞めてどうするんです?」
━━フィリップ様と暮らすためかしら?
マシュー公爵がエリナのことを認めていない上、身分差も大きいから、エリナは公にはフィリップ様の妻として暮らすことはできない。でも、愛人として密かに生きていくなら話は別だ。
エリナはフィリップ様への愛を貫いてその道を選んだのだと思った。でも、夫人の答えは私の想像に反するものだった。
「それが、首都を離れて地方に行くのだと言うんです。そこに行って何をするのか、働き口のツテはあるのかと聞いても答えず、ただ、『王都にはいられない』と言うばかりで」
それはアンリ伯爵夫人が心配するのは当然だ。ツテや推薦状もなしに地方へ行ってしまっては、仕事口を見つけるのも難しいだろう。それに、ランベール子爵家は、裕福とは程遠い家柄だ。地方で住む屋敷を買うのにもそれなりの苦労を要するに違いない。
「どうしてしまったんでしょうね」
エリナは天真爛漫で少しドジな所もあったけれど、ここまで考えなしに行動しようとする子ではなかった。
私の言葉に夫人は心配そうな顔で頷いた。
「どうして地方なんかに行くのかと聞いたら、『罰を受ける』のだと言って聞かないんです。何の罰をと聞いても、答えてくれなくて」
「罰?」
何のことなのかまるで分からない。それは夫人も同じようだった。
「あの子は精神的に参っているのかしら」
「そうかもしれませんね」
もしかしたら、エリナは今更になって、自分のしでかした事を理解したのかもしれない。
フィリップ様は私との婚約を一方的に破棄したことでマシュー公爵を相当怒らせたのだという。
婚約の一方的な破棄は、同じ派閥に属するモラン侯爵を、つまりお父様を蔑ろにする行為だった。この不義理で背信的な行為に、他の貴族達からは批判の声があがっている。いくら、派閥の中心にいて発言力のあるマシュー公爵であっても、このままでは求心力を失いかねない。
だから、公爵は様々な所に挨拶に出向き、本来では使う必要のないお金を使って、何とか事態の沈静化を図っているそうだ。
こうした公爵の努力の甲斐あって、マシュー公爵家は社交界から孤立する事態は何とか避けられたようだけれど。
「エリナはフィリップ様の人生を壊したかねないようなことをしたことに気付いてしまったのかもしれません」
フィリップ様はマシュー公爵家を継ぐ予定だったけれど、その雲行きが怪しくなっている。あくまでも噂だけれど、マシュー公爵はフィリップ様の弟に対して家督を継ぐための教育を始めたのだという。そして、フィリップ様を勘当するための準備をしているのだとも。
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