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番外編2-1 氷の王子と呼ばれたお兄様の静かな恋
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氷の王子が恋をした。
"氷の王子"というのは、私のお兄様、ヘンリー・ガルニエの事だ。
お兄様の恋に気づいている人はいない。みんな「ヘンリー殿下は婚約者に無関心だ」と言う。お母様に似たお兄様は、昔のお母様にそっくりな対応をしているのだと。
でも、私はそうではないと知っている。
お兄様は彼女の事を密かに愛していた。
※
今から約6年前、お兄様は12歳になったのを機に、同い年の令嬢と婚約した。その令嬢の名前はヴァイオレット。お父様のいとこであるローズマリー・アンドレ公爵夫人の娘で、私達のはとこにあたる人だ。
彼女は長ったらしいからという理由でヴァイオレットと呼ばれる事を嫌っている。だから、お兄様は"ヴィオ"と、私は"ヴィオお姉様"と呼ぶことにした。
ヴィオお姉様は、とても病弱な人で長い事屋敷の中で療養生活を送っていた。お姉様いわく11歳までは屋敷の外へ出ることがほとんどなかったそうだ。
だから当然、同年代の貴族の子女との交流もない。私とお兄様もヴィオお姉様の名前を知っていたけれど、婚約が決まるまでは全く面識がなかった。
そんなヴィオお姉様がお兄様の婚約者に選ばれたのは、アンドレ公爵家がお父様を支持しているからだった。そして、将来、お兄様の後ろ盾になってくれる人達でもあるから。
二人の結婚は家同士が決めたいわゆる政略結婚、というものだ。
お母様はお兄様の婚約をひどく心配していた。
「ヘンリーは昔の私によく似ているから不安なの」
「お母様に似ているのなら、お兄様達は絶対に素敵な夫婦になれますよ」
私がそう言うとお母様は困ったように笑った。その笑顔の意味が、その時の私には分からなかった。
でも、私はそれをすぐに知ることになった。私はとある令嬢から昔のお母様の事を教えられたのだ。
令嬢によると、お母様はお父様と結婚する前はとても冷たい人だったそうだ。そして、それが原因で婚約者だった人に捨てられてしまったのだという。
その話を聞かされた私は「そんなことないわ!」と断言した。
お母様は優しくて良く笑う美しい人だった。物静かな人ではあるけれど、それを理由にして"冷たい"と言うだなんておかしいと思った。それに、昔、お母様は私に教えてくれたのだ。お母様はお父様の事が大好きで結婚したのだと。
だから、お母様が"本当は別の男性と結婚するはずだった"なんて事はあり得なかった。そして、お母様程の美しくて優しい賢明な人が、男の人に捨てられるはずがなかった。
私はそう信じて疑わなかったのだけれど・・・・・・。あの令嬢の言っていたことは事実だった。
事の真相を教えてくれたのはお祖母様だった。
あれは、お兄様の婚約が決まってからまだそんなに日が経っていない頃だった。
私はお母様の実家であるモラン侯爵邸に遊びに行っていて、いつものようにお祖母様とお茶をしていた。
「ベラは昔、全然笑わない子だったんですよ」
話の流れでお祖母様はそんな事を言った。
「え? お母様が?」
驚く私を見てお祖母様はコロコロと笑う。
「今のあの子からは想像がつきませんよね」
「ええ・・・・・・」
言葉数の少ない私を見たお祖母様の顔から笑顔が消えた。
「殿下? どうなさいました?」
心配そうにするお祖母様に、私は悩んだ末に尋ねてみる事にした。
「昔、お母様はお父様以外の人と婚約していて捨てられたって聞いたんですけど、本当ですか?」
令嬢から聞いた話を詳細に話せばお祖母様の顔はみるみるうちに険しくなっていった。
その時、私はお母様が「お祖母様はとても素直な人なのよ」と言っていたのを思い出した。そして、怒ると手が付けられないほど暴れるとも。
私は、まずいことをしてしまったと思った。お母様の話が本当なら、お母様はあの令嬢の家に怒鳴り込みに行こうとするはずだ。大事にするつもりは毛頭なかったから、私はお祖母様に謝った。
「お祖母様、ごめんなさい」
「殿下が謝る必要はございません! 何も悪い事をしていませんもの」
そう言いったお祖母様の手は怒りのあまり震えていた。
「私はある事ない事吹聴して回る下品な令嬢に怒っているのです。殿下のご友人となれるお方なら出自の悪い方ではないでしょうに・・・・・・。一体どういう教育を受けているのかしら!」
「お祖母様、彼女も悪気があって言っていたわけではないと思いますの」
お祖母様はため息を吐いて首を振った。
「老婆心で言わせてもらいますが、世の中はそんなに良い人ばかりではございませんのよ。悪意を持って接してくる人はたくさんいるんです」
「悪意、ですか?」
お祖母様は頷いた。
「そうです。悪意を持った人間は、自分の感情や利益を優先します。そして、他人を引きずり下ろし、貶めようとするのですから」
お祖母様に言われて、あの令嬢がお母様の事を話す時、嫌な笑いをしていたのを思い出した。彼女が意地の悪い性格をしているという事に、私はその時になって漸く理解した。
「そういう人に付け入る隙を与えてはなりません。悪意を受け流し、そういう感情を持つ人間は早々に対処しないと、殿下や殿下のお父様とお母様が不利益を被ることになりますわ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
お祖母様は私の返事に満足してくれたようだった。お祖母様は、いつもの愛らしい顔に戻ると私に優しく笑いかけてきた。
「難しい話ばかりしてはいけませんわね。年寄りはどうしても説教臭くなってしまいます」
お祖母様はそう言うとお茶を一口飲んで、お母様の事を話してくれた。
"氷の王子"というのは、私のお兄様、ヘンリー・ガルニエの事だ。
お兄様の恋に気づいている人はいない。みんな「ヘンリー殿下は婚約者に無関心だ」と言う。お母様に似たお兄様は、昔のお母様にそっくりな対応をしているのだと。
でも、私はそうではないと知っている。
お兄様は彼女の事を密かに愛していた。
※
今から約6年前、お兄様は12歳になったのを機に、同い年の令嬢と婚約した。その令嬢の名前はヴァイオレット。お父様のいとこであるローズマリー・アンドレ公爵夫人の娘で、私達のはとこにあたる人だ。
彼女は長ったらしいからという理由でヴァイオレットと呼ばれる事を嫌っている。だから、お兄様は"ヴィオ"と、私は"ヴィオお姉様"と呼ぶことにした。
ヴィオお姉様は、とても病弱な人で長い事屋敷の中で療養生活を送っていた。お姉様いわく11歳までは屋敷の外へ出ることがほとんどなかったそうだ。
だから当然、同年代の貴族の子女との交流もない。私とお兄様もヴィオお姉様の名前を知っていたけれど、婚約が決まるまでは全く面識がなかった。
そんなヴィオお姉様がお兄様の婚約者に選ばれたのは、アンドレ公爵家がお父様を支持しているからだった。そして、将来、お兄様の後ろ盾になってくれる人達でもあるから。
二人の結婚は家同士が決めたいわゆる政略結婚、というものだ。
お母様はお兄様の婚約をひどく心配していた。
「ヘンリーは昔の私によく似ているから不安なの」
「お母様に似ているのなら、お兄様達は絶対に素敵な夫婦になれますよ」
私がそう言うとお母様は困ったように笑った。その笑顔の意味が、その時の私には分からなかった。
でも、私はそれをすぐに知ることになった。私はとある令嬢から昔のお母様の事を教えられたのだ。
令嬢によると、お母様はお父様と結婚する前はとても冷たい人だったそうだ。そして、それが原因で婚約者だった人に捨てられてしまったのだという。
その話を聞かされた私は「そんなことないわ!」と断言した。
お母様は優しくて良く笑う美しい人だった。物静かな人ではあるけれど、それを理由にして"冷たい"と言うだなんておかしいと思った。それに、昔、お母様は私に教えてくれたのだ。お母様はお父様の事が大好きで結婚したのだと。
だから、お母様が"本当は別の男性と結婚するはずだった"なんて事はあり得なかった。そして、お母様程の美しくて優しい賢明な人が、男の人に捨てられるはずがなかった。
私はそう信じて疑わなかったのだけれど・・・・・・。あの令嬢の言っていたことは事実だった。
事の真相を教えてくれたのはお祖母様だった。
あれは、お兄様の婚約が決まってからまだそんなに日が経っていない頃だった。
私はお母様の実家であるモラン侯爵邸に遊びに行っていて、いつものようにお祖母様とお茶をしていた。
「ベラは昔、全然笑わない子だったんですよ」
話の流れでお祖母様はそんな事を言った。
「え? お母様が?」
驚く私を見てお祖母様はコロコロと笑う。
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「ええ・・・・・・」
言葉数の少ない私を見たお祖母様の顔から笑顔が消えた。
「殿下? どうなさいました?」
心配そうにするお祖母様に、私は悩んだ末に尋ねてみる事にした。
「昔、お母様はお父様以外の人と婚約していて捨てられたって聞いたんですけど、本当ですか?」
令嬢から聞いた話を詳細に話せばお祖母様の顔はみるみるうちに険しくなっていった。
その時、私はお母様が「お祖母様はとても素直な人なのよ」と言っていたのを思い出した。そして、怒ると手が付けられないほど暴れるとも。
私は、まずいことをしてしまったと思った。お母様の話が本当なら、お母様はあの令嬢の家に怒鳴り込みに行こうとするはずだ。大事にするつもりは毛頭なかったから、私はお祖母様に謝った。
「お祖母様、ごめんなさい」
「殿下が謝る必要はございません! 何も悪い事をしていませんもの」
そう言いったお祖母様の手は怒りのあまり震えていた。
「私はある事ない事吹聴して回る下品な令嬢に怒っているのです。殿下のご友人となれるお方なら出自の悪い方ではないでしょうに・・・・・・。一体どういう教育を受けているのかしら!」
「お祖母様、彼女も悪気があって言っていたわけではないと思いますの」
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「悪意、ですか?」
お祖母様は頷いた。
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お祖母様に言われて、あの令嬢がお母様の事を話す時、嫌な笑いをしていたのを思い出した。彼女が意地の悪い性格をしているという事に、私はその時になって漸く理解した。
「そういう人に付け入る隙を与えてはなりません。悪意を受け流し、そういう感情を持つ人間は早々に対処しないと、殿下や殿下のお父様とお母様が不利益を被ることになりますわ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
お祖母様は私の返事に満足してくれたようだった。お祖母様は、いつもの愛らしい顔に戻ると私に優しく笑いかけてきた。
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