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1章 神様が間違えたから
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純白のドレス、白いヴェール。華やかなブーケ。
それは、二人の婚姻を神に誓い、その幸せを人々に知らしめるためにする花嫁の特別な姿。
でも、私の場合、そうじゃなかった。
私は神に彼との愛を誓えない。
鏡に映る私は少しも幸せそうに見えない。
神様のせいだ。
こうなったのは、全部、神様のせいなんだ━━━━
※
7歳の秋、私は同い年のケイン・ルトワール殿下と顔合わせをした。王宮の庭園で私とケイン殿下の二人でお茶をさせられたのだ。
銀の髪に青い目をした麗しい少年。彼を目の前にして、前世の記憶が蘇った。そして、自分がゲームの世界に転生して、悪役令嬢になっていた事も。その時になって、ようやく理解したのだ。
目の前にいるケイン・ルトワールは、『夢見る乙女のメモリアル』のメインヒーロー。対する私は、ヒロインの恋路を邪魔する彼の婚約者、レイチェル・ドルウェルク。
ヒロインであるミランダが彼を選べば、私は「嫉妬に狂った悪女」として断罪されて処刑される。かといって、ミランダが彼を選ばなければ、それはそれで私は不幸な末路を送る事となる。ケインの異母兄であるニコラス・ルトワールに、私は厄介な政敵と見なされて、暗殺されてしまうのだ。
━━これ、関わり合っちゃダメなやつだ。
そう思ったから、私は衝動的にお茶をぶちまけた。
私の失態にケイン殿下は驚いていた。そして、傍に控えていた侍女達は、私の思わぬ行動に慌てていた。
「濡れてしまったから、着替えてくるよ」
ケイン殿下は怒るでもなく、慌てるでもなく、静かな口調で言うとその場を後にした。残された私は両親のもとに帰されて、二人から酷く怒られた事を今でも覚えている。
結論から言うと、あの日の行動はただの徒労に終わった。
ケインとの相性が悪い事を伝え、「悪い予感がする」と言ったけれど、お父様は私の話をまともに聞いてくれなかった。それどころか、私とケイン殿下の結婚が、この国にどのような利益をもたらすのかを説明し始めたのだ。
お父様は、第二王妃様を酷く嫌っている事を私に伝えた。
ニコラス殿下の産みの親である彼女は、とても欲深い人なのだそうだ。彼女はニコラス殿下を利用して自らの権威を高めようとしている。そして、いずれはその権力をも手に入れようと画策しているらしい。
お父様はそんな彼女と接する機会があったそうだ。お父様は彼女の本質を一目で見抜いてしまった。彼女の野望を放っておいては、この国に多大なる厄災が起こりそうだと感じたそうだ。
だから、お父様は、自身が嫌っているはずの中央政権の貴族達と手を組み、第二王妃様の野望を阻止する事を決めたのだ。
その手段の一つとして、ケイン殿下と私の結婚が必要なのだと教えてくれた。
本来であれば、それは7歳の娘にする話ではないのだろう。
しかし、お父様は、その分別がつかなくなるくらいに、私達の結婚をどうしても成立させたかったらしい。
7歳の私には、その意思を跳ね除けるだけの力はなかった。私とケイン殿下との婚約が、ドルウェルク家の破滅への道なのだと証明する術などあるはずがなく・・・・・・。私はケイン殿下との婚約を受け入れるしかなった。
しかし、私は、諦めたわけではなかった。
ゲームの舞台である学園への入学前に、婚約の破棄のチャンスがやって来るかもしれない。
あるいは、私の行い次第で、ゲームのシナリオ通りに事が進まずに済むかもという期待もあった。
つまり、私は、何らかの形でバッドエンドを回避するつもり、満々だったのだ。
でも、現実はそう上手くいかないのだと、思い知らされる事となった。
※
15歳の春、私とケイン殿下は学園に入学した。血の滲む様な努力をしたケイン殿下は、晴れて首席で入学し、全校生徒の前で式辞を読んだ。つかえる事もなく式辞を読み終えた彼を、内心で讃えていたのだけれど。彼が舞台から降りる時に、一点を見つめていた事を私は見逃さなかった。
━━彼はミランダを見つめている。
それに気づいたのは、当の本人であるミランダと私だけだろう。
ゲームのシナリオはあっさりと始まってしまった。これまでの私の8年間の努力が無駄だったのかもしれないと思うと、やるせない気持ちにさせられた。
━━大丈夫。まだそうと決まったわけじゃないから。
私は自分にそう言い聞かして、奮い立たせた。
それは、二人の婚姻を神に誓い、その幸せを人々に知らしめるためにする花嫁の特別な姿。
でも、私の場合、そうじゃなかった。
私は神に彼との愛を誓えない。
鏡に映る私は少しも幸せそうに見えない。
神様のせいだ。
こうなったのは、全部、神様のせいなんだ━━━━
※
7歳の秋、私は同い年のケイン・ルトワール殿下と顔合わせをした。王宮の庭園で私とケイン殿下の二人でお茶をさせられたのだ。
銀の髪に青い目をした麗しい少年。彼を目の前にして、前世の記憶が蘇った。そして、自分がゲームの世界に転生して、悪役令嬢になっていた事も。その時になって、ようやく理解したのだ。
目の前にいるケイン・ルトワールは、『夢見る乙女のメモリアル』のメインヒーロー。対する私は、ヒロインの恋路を邪魔する彼の婚約者、レイチェル・ドルウェルク。
ヒロインであるミランダが彼を選べば、私は「嫉妬に狂った悪女」として断罪されて処刑される。かといって、ミランダが彼を選ばなければ、それはそれで私は不幸な末路を送る事となる。ケインの異母兄であるニコラス・ルトワールに、私は厄介な政敵と見なされて、暗殺されてしまうのだ。
━━これ、関わり合っちゃダメなやつだ。
そう思ったから、私は衝動的にお茶をぶちまけた。
私の失態にケイン殿下は驚いていた。そして、傍に控えていた侍女達は、私の思わぬ行動に慌てていた。
「濡れてしまったから、着替えてくるよ」
ケイン殿下は怒るでもなく、慌てるでもなく、静かな口調で言うとその場を後にした。残された私は両親のもとに帰されて、二人から酷く怒られた事を今でも覚えている。
結論から言うと、あの日の行動はただの徒労に終わった。
ケインとの相性が悪い事を伝え、「悪い予感がする」と言ったけれど、お父様は私の話をまともに聞いてくれなかった。それどころか、私とケイン殿下の結婚が、この国にどのような利益をもたらすのかを説明し始めたのだ。
お父様は、第二王妃様を酷く嫌っている事を私に伝えた。
ニコラス殿下の産みの親である彼女は、とても欲深い人なのだそうだ。彼女はニコラス殿下を利用して自らの権威を高めようとしている。そして、いずれはその権力をも手に入れようと画策しているらしい。
お父様はそんな彼女と接する機会があったそうだ。お父様は彼女の本質を一目で見抜いてしまった。彼女の野望を放っておいては、この国に多大なる厄災が起こりそうだと感じたそうだ。
だから、お父様は、自身が嫌っているはずの中央政権の貴族達と手を組み、第二王妃様の野望を阻止する事を決めたのだ。
その手段の一つとして、ケイン殿下と私の結婚が必要なのだと教えてくれた。
本来であれば、それは7歳の娘にする話ではないのだろう。
しかし、お父様は、その分別がつかなくなるくらいに、私達の結婚をどうしても成立させたかったらしい。
7歳の私には、その意思を跳ね除けるだけの力はなかった。私とケイン殿下との婚約が、ドルウェルク家の破滅への道なのだと証明する術などあるはずがなく・・・・・・。私はケイン殿下との婚約を受け入れるしかなった。
しかし、私は、諦めたわけではなかった。
ゲームの舞台である学園への入学前に、婚約の破棄のチャンスがやって来るかもしれない。
あるいは、私の行い次第で、ゲームのシナリオ通りに事が進まずに済むかもという期待もあった。
つまり、私は、何らかの形でバッドエンドを回避するつもり、満々だったのだ。
でも、現実はそう上手くいかないのだと、思い知らされる事となった。
※
15歳の春、私とケイン殿下は学園に入学した。血の滲む様な努力をしたケイン殿下は、晴れて首席で入学し、全校生徒の前で式辞を読んだ。つかえる事もなく式辞を読み終えた彼を、内心で讃えていたのだけれど。彼が舞台から降りる時に、一点を見つめていた事を私は見逃さなかった。
━━彼はミランダを見つめている。
それに気づいたのは、当の本人であるミランダと私だけだろう。
ゲームのシナリオはあっさりと始まってしまった。これまでの私の8年間の努力が無駄だったのかもしれないと思うと、やるせない気持ちにさせられた。
━━大丈夫。まだそうと決まったわけじゃないから。
私は自分にそう言い聞かして、奮い立たせた。
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