【2章完結/R-18/IF】神様が間違えたから。

花草青依

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1章 神様が間違えたから

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 情事の後、私達は裸のまま抱き合った。・・・・・・というより、私がニコラス殿下を抱きしめている。
 今日の彼は酷く甘えん坊だった。私の胸元に顔を埋めて引っ付いてくる。
 胸に執着するだなんて、まるで小さな子供のようだ。私は母親が子供にするように、彼の頭を撫でてあげる。

「レイチェル」
「はい」
「最近はどう?」
「まあまあです」
「文化祭の歌の演目、アイズ家の令嬢も出るんだってね?」
「そうらしいですね」
「今日、練習していたあの曲を歌うのかな?」
「さあ?」
 歌の曲名までは、噂で聞けなかった。

「・・・・・・俺、今年は歌と美術の審査員をするんだ」
 文化祭の各演目の審査には、毎年理事の一人が参加している。今年は彼がそれに選ばれたのだろう。
「アイズ家の令嬢達のペアに満点を付けるよ」
「どうしてです?」
「彼女、君のお気に入りだろ?」
 私は笑った。
「私の機嫌を取ろうとしなくたって、百点を付けることになりますから」
 フローラに並ぶ実力者はこの学園にはいない。彼女は少し聴かない間に、プロオペラ歌手と言っても遜色ない程にまで成長していたのだから。

 ニコラス殿下はふっと顔をあげて私を見て、また胸に顔を埋めた。
「またそうやって嫉妬させる」
「え? フローラ嬢相手にも嫉妬するのですか」
 彼は黙って頷いた。
 本当に困った人だ。女の子相手に嫉妬心を抱くなんて。

「これでは、私は誰とも仲良くできませんわ」
「・・・・・・分かってないな。君の心を掴んで離さないから憎いんだ」
 私は苦笑した。
「私の最も近くにいることができて、私を好きに扱う事ができるのはニコラス殿下だけなのですよ? 満足できませんか」
 問いかけに彼は答えない。身体をほんの少し動かして彼を窺い見れば、狸寝入りを決め込んでいる。

 私は笑った。今日の彼は、やっぱり子供っぽい。
 私は目を瞑り、彼の頭を撫でた。
 先程までの行為が、激しかったせいか、眠くなってきたのだ。
 裸のままで眠るだなんて、はしたない行為だと分かっている。けれど、それを見られるのはニコラス殿下だけ。そして、彼はそれを誰にも喋ることはない。
 だから、私は、安心して眠りに落ちた。
 彼は意外にも体温が高く、抱き枕にすると、よく眠れるのだ。







 文化祭の歌の演目は、残念な結果に終わった。
 フローラと侯爵令嬢のペアは準優勝。優勝したミランダと伯爵令嬢のペアが嬉しそうに笑っているのが妙に腹が立った。

 ━━何で、フローラを主役にしないのかしら。

 あの聖歌は、サビの高音パートがとても難しい事で有名な曲だった。そこを音程を外さずに歌い切れたなら、華々しくも神聖な雰囲気を醸し出せるのだけれど。侯爵令嬢には、荷が重かったようだ。彼女はサビの部分で声が掠れていたし、音をいくつも外していた。あれでは大減点を避ける事はできないだろう。
 高音を得意とするフローラがあのパートを歌っていれば、こんな結果にはならなかったはずだ。

 侯爵令嬢は、きっと、自分の方がフローラよりも年上で身分が高いからという理由で、主役の座を譲らなかったのだろう。彼女のつまらないプライドで優勝を逃し、彼女自身も恥を搔いた。
 でも、彼女はそれに気づいていない。ヘラヘラとした笑みを浮かべて準優勝という結果を喜んでいる。

 審査員として、コメントを求められたニコラス殿下はマイクを持って言った。
「参加者全員、とても歌が上手かった。中には、今すぐにでもプロ入りできる人もいたぐらいだよ。これからの活躍に期待している」
 彼はフローラに向けて言っていたのだけれど。当のフローラは俯いていて、その真意に気付いていなさそうだった。

 ━━ああ。もどかしい。

 こんな事なら歌の演目に参加していれば良かった。私なら何の躊躇いもなく、フローラに主役の座を譲ったのに。でしゃばりな令嬢のせいで、フローラが世間から注目されずに終わったじゃない。

 私は憤りを感じながら、席を立った。
 学園生活最後の文化祭は、こんなつまらない形で幕を下ろしたのだ。







 レイチェルはアイズ家の令嬢が優勝できなかった事に酷く落胆していた。どうやら彼女は、アイズ家の令嬢が世間から評価されるチャンスを逃した事を許せないでいるようだった。

「フローラ嬢の実家に、モニャーク公爵令嬢名義でお金を出資して欲しいんです。勿論、お金は私が払いますから」
 それはレイチェルの、初めてのおねだりだった。ベッドの中で、俺に抱かれ、上目遣いでお願いしてきた彼女に、俺は「いいよ」と答えた。

「でも、いいの? アイズ家はケインを支持する家門だ」
「問題ないですわ。彼女の所属する芸術関係のコミュニティは、中立派が多いですから」
「なるほど」
 に評価されれば、多額の金額を惜しみなく出資してもらえると認識させるのか。それで、彼らをこちら側に引き寄せると。

「それにしても、王太子妃ともなると、芸術にも造詣が深くならないといけないから大変だね」
「そうでしょうか。そんな風に思った事はないのですが」
「今日見た裸の男女の絵。あれは何がいいのかさっぱり分からない」
 そう言うとレイチェルはくすくすと笑った。

「あれは生まれた時の・・・・・・、ありのままの姿を描こうという意思の表れなんです」
「ふぅん? でも、何でそんな事を?」
「ちゃんと美術の先生の話を聞いていませんね」
「うん。あまり役に立ちそうにもないから、聞く気にもならなかった。他に覚えないといけない事が山程あったし」
「ふふっ。まあ、殿下は帝王教育で忙しかったのでしょうし。仕方がないですね」
「うん。・・・・・・それで、何で、今、ありのままを描く事が流行っているんだい?」
「肉体美を通して、ありのままの人間の美しさを表現しているのです」
「へえ・・・・・・。でも、それは間違ってるな」
 レイチェルは起き上がって俺を見た。
「どうして?」
「だって、そうだろう? ありのままの人間なんて、とても見れた様なものじゃないからさ」
 特に俺達のように、取り繕って生きる人間は・・・・・・。
 レイチェルはふっと笑い、また俺の腕に戻って来た。
「そうですね」
 彼女はそう言って、珍しく甘える様に擦り寄ってきた。
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