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彼女に案内されたのは、王宮の一室だった。彼女は椅子に座るなり、使用人達を追い払った。
わざわざ二人きりの状況を作ったのだから、これまでの報復として、どんな酷い仕打ちをされるのだろう。酷い罵声を浴びせられる程度では済まないのかもしれない。
そう思っていたけれど、彼女は冷静かつ品行方正なニナのままで、いつもの品位を崩すことはなかった。
その代わり、ニナは私の心を抉りにきた。
彼女は静かな眼差しを私に向けて、こう言ったのだ。
「復讐に、満足されましたか」
その問いに、私は驚きはしたけれど、軽く肩をすくめてとぼけてみせる。そうして白を切り続けても、彼女の追及は止まらなかった。
「ビーチェさん、私はあなたのことを調べさせてもらいました」
「……」
「ジャンナさんとお呼びした方がよろしいですか」
私は微笑むだけで何も答えなかった。
私が口を割らないと判断したニナは、今度は、私を調べるまでの経緯を話し始めた。
彼女達の婚約が破棄された後も、私が執拗な嫌がらせを行っていたことを、聡明なニナは、不審に思ったらしい。
ランベルトの婚約者だった時の嫌がらせは、「王太子妃の座を狙う卑しい女」として説明がつく。けれど、婚約が解消された後も、それを続けるのは、合理的でなく、おかしいと思ったそうだ。
だから、彼女は、私に「人には言えないような企みがあるのではないか」と察したのだ。
「ニナ様、私、頭が良くないんです。そんなに難しいことは考えてません。私はあなたにムカついていたから嫌がらせをした。ただそれだけのことですよ?」
そう言って嘲り笑ってみれば、彼女は静かに腕を組んだ。
「言い訳をするのは結構ですが、あなたのことは全て調べているのですよ。それでも、馬鹿なふりを続けますか」
私は胸に手を当てて、にこにこと笑って見せた。
「私、陰ではずっと、みんなから『馬鹿』だと揶揄されていたんです。それなのに、ニナ様はそう思っていないだなんて……。優しいんですね」
私の答えに、ニナは溜め息を吐くと、静かに私の過去の話した。その内容の大筋は合っていたから、私は背筋に寒気を感じた。
ふと見ると、彼女の眼差しがいつもと違っているように思えた。それはきっと、私の勘違いではなかったのだろう。
「あなたの生い立ちには同情します。もし、私があなたの立場なら、きっと私も復讐心を抱かずにはいられませんでしたから」
そんな風に憐れまれて、私は危うく怒りを顕にする所だった。けれど、胸に広がる鈍い痛みを押し殺し、何とか笑顔で彼女に向き合った。
「でも、どうしても納得できないことがあるのです。あなたは男爵夫妻のお世話になったのでしょう? それなのに、どうして彼らに迷惑をかけるようなことを?」
この復讐劇の間に、それを考えないこともなかったけれど……。
━━多少の恥は掻かせてしまうかもしれないけれど、彼らに危害が及ばないように、細心の注意は払ってきたつもりよ。
私のやった悪事は、法では裁けないことだった。
婚約解消はランベルトが言い出したことに過ぎない。私は「婚約を破棄して」とも「私を王太子妃にして」とも言っていないのだから。
あえていうのなら、ニナに対する嫌がらせが罪になるのかもしれない。けれど、子供じみた嫌がらせを、彼女がわざわざ告発するとは到底思えなかった。
仮にそうされた所で、あの程度の罪では裁かれるのは私だけ。男爵夫妻は罰を与えらないだろう。
━━でも、このまま親子関係を続けたら迷惑をかけるから。これから絶縁宣言をして二度と会わないつもりだったわ。
私は本音を隠したまま、ニナの質問には答えずに、ただただ笑っていた。
※
それから私は、男爵家には戻らず、縁もゆかりもない地方貴族の屋敷で、下級メイドとして働き始めた。
それは、ニナが与えた「罰」なのだけれど、あくまで、名目上のものに過ぎないと私は理解している。
彼女がくれた推薦状がなければ、私はもっと過酷な労働環境で働かざるを得なかっただろうから。彼女は本当に、私に同情していたのだろう。
それにしても、こんな田舎でメイドとして日々を送っていても、王都や王族に纏わる話は耳に入ってくるものだ。
おしゃべりな仕事仲間は、今日も噂話をしながら、仕事に取り組んでいる。
話によると、ランベルトはすっかり落ちぶれてしまい、王族とは思えないような惨めな暮らしを強いられているらしい。
それに、エドアルド殿下達の追及によって、彼の母方の家門の不正まで暴かれたそうだ。大規模な粛正が行われ、彼らの家門は再起不能な状態にまで落ちぶれたという。
だから、ランベルトは、もう二度と王都には帰れない。命があるだけでありがたい状態なのだと、仕事仲間は語っていた。
━━復讐は、見事に達成されたのね。
胸に広がる喜びは、確かに甘く、痛快でさえあった。
けれど、同時に、思い出されるのはランベルトと過ごしたあの日々。
柔らかな笑顔、優しい言葉。ふとした時に見せる些細な仕草。
次々と頭に浮かんでは消えていく。
私はそのしこりに気づかぬふりをして、目の前の仕事に手を付けた。
誰かが付けた床の染みはブラシで磨いてもなかなか落ちない。私は一心不乱に力を込めて染みを取ろうと躍起になった。
まるで、私の心に染み渡った感傷を削るかのように━━
復讐の果てに残ったのは、静かで、確かな幸福。そして、微かに胸を締め付ける記憶だけだった。
『さよなら、馬鹿な王太子殿下』了
わざわざ二人きりの状況を作ったのだから、これまでの報復として、どんな酷い仕打ちをされるのだろう。酷い罵声を浴びせられる程度では済まないのかもしれない。
そう思っていたけれど、彼女は冷静かつ品行方正なニナのままで、いつもの品位を崩すことはなかった。
その代わり、ニナは私の心を抉りにきた。
彼女は静かな眼差しを私に向けて、こう言ったのだ。
「復讐に、満足されましたか」
その問いに、私は驚きはしたけれど、軽く肩をすくめてとぼけてみせる。そうして白を切り続けても、彼女の追及は止まらなかった。
「ビーチェさん、私はあなたのことを調べさせてもらいました」
「……」
「ジャンナさんとお呼びした方がよろしいですか」
私は微笑むだけで何も答えなかった。
私が口を割らないと判断したニナは、今度は、私を調べるまでの経緯を話し始めた。
彼女達の婚約が破棄された後も、私が執拗な嫌がらせを行っていたことを、聡明なニナは、不審に思ったらしい。
ランベルトの婚約者だった時の嫌がらせは、「王太子妃の座を狙う卑しい女」として説明がつく。けれど、婚約が解消された後も、それを続けるのは、合理的でなく、おかしいと思ったそうだ。
だから、彼女は、私に「人には言えないような企みがあるのではないか」と察したのだ。
「ニナ様、私、頭が良くないんです。そんなに難しいことは考えてません。私はあなたにムカついていたから嫌がらせをした。ただそれだけのことですよ?」
そう言って嘲り笑ってみれば、彼女は静かに腕を組んだ。
「言い訳をするのは結構ですが、あなたのことは全て調べているのですよ。それでも、馬鹿なふりを続けますか」
私は胸に手を当てて、にこにこと笑って見せた。
「私、陰ではずっと、みんなから『馬鹿』だと揶揄されていたんです。それなのに、ニナ様はそう思っていないだなんて……。優しいんですね」
私の答えに、ニナは溜め息を吐くと、静かに私の過去の話した。その内容の大筋は合っていたから、私は背筋に寒気を感じた。
ふと見ると、彼女の眼差しがいつもと違っているように思えた。それはきっと、私の勘違いではなかったのだろう。
「あなたの生い立ちには同情します。もし、私があなたの立場なら、きっと私も復讐心を抱かずにはいられませんでしたから」
そんな風に憐れまれて、私は危うく怒りを顕にする所だった。けれど、胸に広がる鈍い痛みを押し殺し、何とか笑顔で彼女に向き合った。
「でも、どうしても納得できないことがあるのです。あなたは男爵夫妻のお世話になったのでしょう? それなのに、どうして彼らに迷惑をかけるようなことを?」
この復讐劇の間に、それを考えないこともなかったけれど……。
━━多少の恥は掻かせてしまうかもしれないけれど、彼らに危害が及ばないように、細心の注意は払ってきたつもりよ。
私のやった悪事は、法では裁けないことだった。
婚約解消はランベルトが言い出したことに過ぎない。私は「婚約を破棄して」とも「私を王太子妃にして」とも言っていないのだから。
あえていうのなら、ニナに対する嫌がらせが罪になるのかもしれない。けれど、子供じみた嫌がらせを、彼女がわざわざ告発するとは到底思えなかった。
仮にそうされた所で、あの程度の罪では裁かれるのは私だけ。男爵夫妻は罰を与えらないだろう。
━━でも、このまま親子関係を続けたら迷惑をかけるから。これから絶縁宣言をして二度と会わないつもりだったわ。
私は本音を隠したまま、ニナの質問には答えずに、ただただ笑っていた。
※
それから私は、男爵家には戻らず、縁もゆかりもない地方貴族の屋敷で、下級メイドとして働き始めた。
それは、ニナが与えた「罰」なのだけれど、あくまで、名目上のものに過ぎないと私は理解している。
彼女がくれた推薦状がなければ、私はもっと過酷な労働環境で働かざるを得なかっただろうから。彼女は本当に、私に同情していたのだろう。
それにしても、こんな田舎でメイドとして日々を送っていても、王都や王族に纏わる話は耳に入ってくるものだ。
おしゃべりな仕事仲間は、今日も噂話をしながら、仕事に取り組んでいる。
話によると、ランベルトはすっかり落ちぶれてしまい、王族とは思えないような惨めな暮らしを強いられているらしい。
それに、エドアルド殿下達の追及によって、彼の母方の家門の不正まで暴かれたそうだ。大規模な粛正が行われ、彼らの家門は再起不能な状態にまで落ちぶれたという。
だから、ランベルトは、もう二度と王都には帰れない。命があるだけでありがたい状態なのだと、仕事仲間は語っていた。
━━復讐は、見事に達成されたのね。
胸に広がる喜びは、確かに甘く、痛快でさえあった。
けれど、同時に、思い出されるのはランベルトと過ごしたあの日々。
柔らかな笑顔、優しい言葉。ふとした時に見せる些細な仕草。
次々と頭に浮かんでは消えていく。
私はそのしこりに気づかぬふりをして、目の前の仕事に手を付けた。
誰かが付けた床の染みはブラシで磨いてもなかなか落ちない。私は一心不乱に力を込めて染みを取ろうと躍起になった。
まるで、私の心に染み渡った感傷を削るかのように━━
復讐の果てに残ったのは、静かで、確かな幸福。そして、微かに胸を締め付ける記憶だけだった。
『さよなら、馬鹿な王太子殿下』了
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