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本編3
23-3 昔の私
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「シア、泣かないで」
「泣いて、ないわ……」
「嘘おっしゃい。そんなに声を震わせていたらバレバレよ」
観念して顔を上げると、涙を乱暴に拭った。
「もう……。かわいい顔が台無しよ? こぼれ落ちる水滴は、森の木々の朝露だけで十分なんだから」
よく分からないけれど、それがフェイなりの慰めの言葉なのだと思った。けれど、そう言われたって、涙は止まらない。
「シア、あなたは泣かなくていいし、自分を責めるべきじゃないわ」
「でも……」
「でもじゃないの!」
フェイはピシャリと言った。
「いい? ここであなたが自分を責めて暗く俯いて生きるようなら、シアの母親の努力が水の泡になるのよ!」
「お母様の努力?」
「そう。あなたの母親は、ダメな父親からあなた達姉妹を連れて遠い土地まで逃げてきた。それは、彼女があなた達と幸せに暮らしたいと願ったからよ」
「私達と幸せに……?」
そんな風に考えたことなんてなかった。
視野が広がる感覚に驚きながら、私はフェイの言葉に聞き入る。
「彼女はここまで逃げてくる中で、シアの知らない所でも苦労や辛い思いをしたと思うわ。それは努力と呼ぶに相応しいものじゃないのかしら?」
きっとフェイの言う通りだ。
お母様はお父様に嬲られながらも、貴族として贅沢な生活をしていた。それが、今では平民のふりをして働きながら生きている。
お母様は平気だと言って笑っているけれど、本当は大変なのだろう。
それでも、お母様は私達の前ではいつも明るくて優しかった。弱音なんて、今まで何があっても絶対に言わなかった。
でも、それで本当に良いのだろうか。
辛い気持ちを胸の内に秘めて、しんどい思いを沢山しているのに、それを“不幸”と呼ばなくて、何と言うのだろう。
「私達のせいで辛くて苦しい思いをしているなら、私達がいなくなった方がいいんじゃないの?」
そうであって欲しくはなかったけれど、その方がお母様にとって幸せなんじゃないかと、どうしても思ってしまう。
「シアは何も分かってないわ」
フェイは呆れたと言わんばかりに首を振った。
「あなたの母親は、自分一人が幸せになりたいんじゃないの。たとえ、あなた達が足手まといで厄介なお荷物でも、それでも一緒に幸せになりたいと思っているのよ。そうじゃなきゃ、あなた達姉妹を父親のもとにおいて、とっくに一人で逃げてるわよ。だから、あなた達姉妹は母親のもとから離れてはいけないわ」
フェイの言葉を聞いてまた涙が出てきた。
私がいなくなればお母様は幸せになれるんだと、ずっと思っていた。大好きなお母様を私が苦しめているんだと思うと悲しくて苦しくて、ジョルネスの娘として生まれてきた事を呪った。
でも、その反面、これからもお母様と一緒に暮らしたいとも思っていた。
フェイはそんな私の気持ちを肯定してくれた。私がお母様と一緒にいてもいいと言ってくれた。それが嬉しくて、私の目から涙が止まらなかった。
「フェイ、ありがとう……。あなたは私の一番のお友達よ」
しゃくり上げながらも何とかお礼を言うとフェイは困ったように笑った。
「もう、泣かないで。シアに涙は似合わないわ」
フェイはそう言うと宙に淡い光を放った。それは雪のようでもあり、蛍の光のようでもあった。まるで、夜の森に散らばる星の欠片のように。その光が舞うこの一時だけは、世界から不幸が拭われたように思えた。
「落ち着いたかしら?」
「うん」
頷くとフェイは優しく笑った。
「よかった」
彼女は指で光を掻き乱してからそれを消した。
「シア、あなたは幸せになるのよ」
「うん」
お母様のためにも幸せになろう。そして、私の幸せを少しでもお母様に分けてあげるんだ。……ううん、お母様だけじゃない。かわいい妹のジェシカや大親友のフェイにだって、幸せを分け与えられるようになりたい。
私の決意をフェイに伝えると、彼女は「良い心がけだわ」と言って笑った。
「でも、幸せって何かしら?」
疑問を口にすると、フェイは「そうねえ」と言ってあごに手をついた。
「幸せは色々な形であるものだけれど、例えば、夢を叶えることじゃないかしら?」
「夢?」
「そう。なりたいものになるの」
「なりたいものかあ」
そんなことを言われてもすぐには思いつかなかった。
城にいた頃は、「大人になったら聖女として立派な働きをしなさい」と言われた。それが“ジョルネスの娘”として生まれてきた私にとっての使命なのだと。
私はそれを嫌だと思ったことはなかった。ジョルネス家に伝わる歴代の聖女達の活躍を聞いて、彼女達を尊敬していた。そして、私も彼女達のように困った人々を助けたいと思っていた。
でも、そういう生き方はできない。
私が聖女として活躍をしてしまえば、いずれはお父様の耳に入るだろう。そうなってしまえば、お父様は私達を連れ戻そうとするに違いない。今のようにお母様とジェシカと暮らすのなら、神聖力は、絶対に使ってはいけない。
「聖女になって困っている人の助けをしたかったけれど、それはできないし……。かといって、他には思いつかないわ」
素直に思っていることを言えば、フェイは「羨ましい悩みね」とつぶやいた。
「泣いて、ないわ……」
「嘘おっしゃい。そんなに声を震わせていたらバレバレよ」
観念して顔を上げると、涙を乱暴に拭った。
「もう……。かわいい顔が台無しよ? こぼれ落ちる水滴は、森の木々の朝露だけで十分なんだから」
よく分からないけれど、それがフェイなりの慰めの言葉なのだと思った。けれど、そう言われたって、涙は止まらない。
「シア、あなたは泣かなくていいし、自分を責めるべきじゃないわ」
「でも……」
「でもじゃないの!」
フェイはピシャリと言った。
「いい? ここであなたが自分を責めて暗く俯いて生きるようなら、シアの母親の努力が水の泡になるのよ!」
「お母様の努力?」
「そう。あなたの母親は、ダメな父親からあなた達姉妹を連れて遠い土地まで逃げてきた。それは、彼女があなた達と幸せに暮らしたいと願ったからよ」
「私達と幸せに……?」
そんな風に考えたことなんてなかった。
視野が広がる感覚に驚きながら、私はフェイの言葉に聞き入る。
「彼女はここまで逃げてくる中で、シアの知らない所でも苦労や辛い思いをしたと思うわ。それは努力と呼ぶに相応しいものじゃないのかしら?」
きっとフェイの言う通りだ。
お母様はお父様に嬲られながらも、貴族として贅沢な生活をしていた。それが、今では平民のふりをして働きながら生きている。
お母様は平気だと言って笑っているけれど、本当は大変なのだろう。
それでも、お母様は私達の前ではいつも明るくて優しかった。弱音なんて、今まで何があっても絶対に言わなかった。
でも、それで本当に良いのだろうか。
辛い気持ちを胸の内に秘めて、しんどい思いを沢山しているのに、それを“不幸”と呼ばなくて、何と言うのだろう。
「私達のせいで辛くて苦しい思いをしているなら、私達がいなくなった方がいいんじゃないの?」
そうであって欲しくはなかったけれど、その方がお母様にとって幸せなんじゃないかと、どうしても思ってしまう。
「シアは何も分かってないわ」
フェイは呆れたと言わんばかりに首を振った。
「あなたの母親は、自分一人が幸せになりたいんじゃないの。たとえ、あなた達が足手まといで厄介なお荷物でも、それでも一緒に幸せになりたいと思っているのよ。そうじゃなきゃ、あなた達姉妹を父親のもとにおいて、とっくに一人で逃げてるわよ。だから、あなた達姉妹は母親のもとから離れてはいけないわ」
フェイの言葉を聞いてまた涙が出てきた。
私がいなくなればお母様は幸せになれるんだと、ずっと思っていた。大好きなお母様を私が苦しめているんだと思うと悲しくて苦しくて、ジョルネスの娘として生まれてきた事を呪った。
でも、その反面、これからもお母様と一緒に暮らしたいとも思っていた。
フェイはそんな私の気持ちを肯定してくれた。私がお母様と一緒にいてもいいと言ってくれた。それが嬉しくて、私の目から涙が止まらなかった。
「フェイ、ありがとう……。あなたは私の一番のお友達よ」
しゃくり上げながらも何とかお礼を言うとフェイは困ったように笑った。
「もう、泣かないで。シアに涙は似合わないわ」
フェイはそう言うと宙に淡い光を放った。それは雪のようでもあり、蛍の光のようでもあった。まるで、夜の森に散らばる星の欠片のように。その光が舞うこの一時だけは、世界から不幸が拭われたように思えた。
「落ち着いたかしら?」
「うん」
頷くとフェイは優しく笑った。
「よかった」
彼女は指で光を掻き乱してからそれを消した。
「シア、あなたは幸せになるのよ」
「うん」
お母様のためにも幸せになろう。そして、私の幸せを少しでもお母様に分けてあげるんだ。……ううん、お母様だけじゃない。かわいい妹のジェシカや大親友のフェイにだって、幸せを分け与えられるようになりたい。
私の決意をフェイに伝えると、彼女は「良い心がけだわ」と言って笑った。
「でも、幸せって何かしら?」
疑問を口にすると、フェイは「そうねえ」と言ってあごに手をついた。
「幸せは色々な形であるものだけれど、例えば、夢を叶えることじゃないかしら?」
「夢?」
「そう。なりたいものになるの」
「なりたいものかあ」
そんなことを言われてもすぐには思いつかなかった。
城にいた頃は、「大人になったら聖女として立派な働きをしなさい」と言われた。それが“ジョルネスの娘”として生まれてきた私にとっての使命なのだと。
私はそれを嫌だと思ったことはなかった。ジョルネス家に伝わる歴代の聖女達の活躍を聞いて、彼女達を尊敬していた。そして、私も彼女達のように困った人々を助けたいと思っていた。
でも、そういう生き方はできない。
私が聖女として活躍をしてしまえば、いずれはお父様の耳に入るだろう。そうなってしまえば、お父様は私達を連れ戻そうとするに違いない。今のようにお母様とジェシカと暮らすのなら、神聖力は、絶対に使ってはいけない。
「聖女になって困っている人の助けをしたかったけれど、それはできないし……。かといって、他には思いつかないわ」
素直に思っていることを言えば、フェイは「羨ましい悩みね」とつぶやいた。
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