47 / 63
本編3
24-3 私の大切な人
しおりを挟む
※
お母様が死んだ。
野盗が家の中を荒らした末にお母様を殺して去っていった。そして、それをお父様の使いの者達が偶然にも発見したのだと。
彼らはそう言っていたけれど、絶対、嘘に決まっている。
こんな人里離れた山の寂れた小屋を襲う野盗なんて、いやしない。価値のある物がないのは外観を見れば明白で、山を下ればもっと裕福な家は沢山あるのだ。それなのに、わざわざ山小屋に盗みに入るだなんて、非効率にも程があるだろう。
それに、お母様が死の間際に現れるお父様の使者なんて、タイミングがおかしすぎる。
私とジェシカを手に入れるため、お父様はお母様を殺した。そうとしか考えられない。
私はその事実に耐えられなくなって、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「シア……!」
心配したフェイが私の肩を撫でた。「心配かけてごめんね」と言いたかったけれど、周りの目がある。彼女は魔法で姿を消しているのに、私が話しかけたら台無しだ。
「シアリーズ様、お可哀想に」
そう言ったお父様の使いの男は、ちっとも私を哀れんでいなかった。それどころか、薄ら笑いを浮かべている。
「まだ小さいお嬢様方は、このままここで暮らしていくわけにもいかないでしょう?」
「……」
「さあ、ジョルネス公爵様の元に戻りましょう。そもそも、お二人にとって、そこが“いるべき場所”なのですから」
「……」
「さあ、シアリーズ様?」
使いの男は私を連れて行こうと手を伸ばした。
「少しだけ、時間をちょうだい」
私は泣きたい気持ちを抑えて言った。それを聞いた男は面倒くさいとでも言いたげに顔を歪めた。
「心の整理をしたいの。お母様が死んで、私も悲しいのよ。分かってもらえないかしら?」
「しかし、公爵様もお二人との再会を待ち望んでおりますので……。奥様が亡くなられたと知られれば、心配でたまらないでしょうから」
いかにもそれらしいことを言ってはいるけれど、あのお父様が娘の心配をするはずなんてない。聖女を一刻も早く自分の手元に置きたいだけだ。
冷えていく心のおかげか、ほんの少しだけ冷静になれた。私は立ち上がり、目の前の男と向き合う。
「そんなに時間を取らせないから。ジェシカにここでの暮らしを終えることを説明して、お母様に黙祷する時間さえもらえればいいわ」
━━そうじゃなければ私はあなた達についていかない。
そういう気持ちを込めて男を見据えれば、彼は溜め息を吐いた。
「いいでしょう。では、日が落ちる前までには終わらせて下さい」
「ええ。それと、ジェシカにこれ以上不安な思いをさせたくないの。だから、あなた達は小屋から離れた場所にいて」
男は難しい顔をした。
「大丈夫よ。逃げたりしないわ。子ども二人が大人の手も借りずにこれから生きていけるはずないもの」
苦笑して言えば、使用人の男は小屋から出て行った。
窓辺からこっそり彼らの様子を伺うと、彼は小屋から少し離れた所に立つのが見えた。これなら、フェイと話をしていても聞かれることはないだろう。
「フェイ、大丈夫よ」
囁くと、フェイは警戒をしながらも姿を現した。
「シア、意地悪な父親の所に行くなんてだめよ!」
「そうね。私も行きたくないわ。……でも、私は行かなきゃいけない」
お父様に見つかってしまったのだからここでは暮らせない。彼は何が何でも私とジェシカを取り戻そうとするだろう。
「ねえ、シア。あいつら全員黙らせましょう」
「それってまさか……」
フェイは頷いた。
彼女の言う“黙らせる”とは、邪魔な人間の形を変えさせることだ。以前、熊に襲われた時に、私が使ったあの魔法のように。
「ダメよ。そんなことをしても、お父様は別の人間を寄越すだけで解決しないわ」
「それならまた黙らせればいいの! 私の力の心配をしてるの? それなら無用だわ。私は妖精の女王なんですもの。シアも私の力を知っているでしょう?」
「勿論よ」
フェイはここ最近、ようやく夢を叶えて妖精の女王になれた。
そうなって以来、彼女の力が増大したことを、契約者である私は、身をもって理解していた。
「でも、お父様はいくらでも人を寄越すわ。フェイがどれだけの人間を人間でなくしても、お父様にとっては痛くも痒くもないでしょうから」
お父様は人の心がないから。誰が死のうとどんなに辛い思いをしようと、自分の欲望を優先させる。城にいた頃の私は、今よりももっと幼かったけれど、それでも、そんなお父様の行動が脳裏に焼き付いて忘れられなかった。
「それに、お父様は嘘を吐いて周りを味方につけようとするはず」
賢いフェイは私の言いたいことをすぐに理解してくれた。
「まさか、“人間対妖精”という構図を作って、戦争をするとでもいうの?」
「私はそう思ってる。モンスター討滅部隊がやってきてこの山々を荒らすに違いないって」
そう言うと、フェイは難しい顔で俯いた。
きっと彼女は、自分の行動一つで仲間の平穏な日々が崩れることを恐れているのだ。
「私はそんな事はあって欲しくないの」
「でも……」
「私のせいでこの地域に住むフェイや他の妖精達、それにアンディにも危険が降り掛かって欲しくない!」
━━だから、危険の目は全て摘んでおこう。
私が神聖力を既に発現させていて、その上、妖精の力まで持っているとお父様に知られたら、何をさせられるか分かったものじゃない。
そして、フェイやアンディの存在を知られれば、彼らを人質に取るような真似をしてくるに決まっている。
━━そうならないように、私は全てを忘れよう。
ここでの暮らしの全てを。神聖力も、妖精の力も、全部なかったことにするんだ。そうすれば、フェイやアンディを危険に晒さないで済む。
だから、私は言った。
「フェイ、私に忘却の魔法を掛けて」
私がそう言うと、フェイは目を丸くした。
お母様が死んだ。
野盗が家の中を荒らした末にお母様を殺して去っていった。そして、それをお父様の使いの者達が偶然にも発見したのだと。
彼らはそう言っていたけれど、絶対、嘘に決まっている。
こんな人里離れた山の寂れた小屋を襲う野盗なんて、いやしない。価値のある物がないのは外観を見れば明白で、山を下ればもっと裕福な家は沢山あるのだ。それなのに、わざわざ山小屋に盗みに入るだなんて、非効率にも程があるだろう。
それに、お母様が死の間際に現れるお父様の使者なんて、タイミングがおかしすぎる。
私とジェシカを手に入れるため、お父様はお母様を殺した。そうとしか考えられない。
私はその事実に耐えられなくなって、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「シア……!」
心配したフェイが私の肩を撫でた。「心配かけてごめんね」と言いたかったけれど、周りの目がある。彼女は魔法で姿を消しているのに、私が話しかけたら台無しだ。
「シアリーズ様、お可哀想に」
そう言ったお父様の使いの男は、ちっとも私を哀れんでいなかった。それどころか、薄ら笑いを浮かべている。
「まだ小さいお嬢様方は、このままここで暮らしていくわけにもいかないでしょう?」
「……」
「さあ、ジョルネス公爵様の元に戻りましょう。そもそも、お二人にとって、そこが“いるべき場所”なのですから」
「……」
「さあ、シアリーズ様?」
使いの男は私を連れて行こうと手を伸ばした。
「少しだけ、時間をちょうだい」
私は泣きたい気持ちを抑えて言った。それを聞いた男は面倒くさいとでも言いたげに顔を歪めた。
「心の整理をしたいの。お母様が死んで、私も悲しいのよ。分かってもらえないかしら?」
「しかし、公爵様もお二人との再会を待ち望んでおりますので……。奥様が亡くなられたと知られれば、心配でたまらないでしょうから」
いかにもそれらしいことを言ってはいるけれど、あのお父様が娘の心配をするはずなんてない。聖女を一刻も早く自分の手元に置きたいだけだ。
冷えていく心のおかげか、ほんの少しだけ冷静になれた。私は立ち上がり、目の前の男と向き合う。
「そんなに時間を取らせないから。ジェシカにここでの暮らしを終えることを説明して、お母様に黙祷する時間さえもらえればいいわ」
━━そうじゃなければ私はあなた達についていかない。
そういう気持ちを込めて男を見据えれば、彼は溜め息を吐いた。
「いいでしょう。では、日が落ちる前までには終わらせて下さい」
「ええ。それと、ジェシカにこれ以上不安な思いをさせたくないの。だから、あなた達は小屋から離れた場所にいて」
男は難しい顔をした。
「大丈夫よ。逃げたりしないわ。子ども二人が大人の手も借りずにこれから生きていけるはずないもの」
苦笑して言えば、使用人の男は小屋から出て行った。
窓辺からこっそり彼らの様子を伺うと、彼は小屋から少し離れた所に立つのが見えた。これなら、フェイと話をしていても聞かれることはないだろう。
「フェイ、大丈夫よ」
囁くと、フェイは警戒をしながらも姿を現した。
「シア、意地悪な父親の所に行くなんてだめよ!」
「そうね。私も行きたくないわ。……でも、私は行かなきゃいけない」
お父様に見つかってしまったのだからここでは暮らせない。彼は何が何でも私とジェシカを取り戻そうとするだろう。
「ねえ、シア。あいつら全員黙らせましょう」
「それってまさか……」
フェイは頷いた。
彼女の言う“黙らせる”とは、邪魔な人間の形を変えさせることだ。以前、熊に襲われた時に、私が使ったあの魔法のように。
「ダメよ。そんなことをしても、お父様は別の人間を寄越すだけで解決しないわ」
「それならまた黙らせればいいの! 私の力の心配をしてるの? それなら無用だわ。私は妖精の女王なんですもの。シアも私の力を知っているでしょう?」
「勿論よ」
フェイはここ最近、ようやく夢を叶えて妖精の女王になれた。
そうなって以来、彼女の力が増大したことを、契約者である私は、身をもって理解していた。
「でも、お父様はいくらでも人を寄越すわ。フェイがどれだけの人間を人間でなくしても、お父様にとっては痛くも痒くもないでしょうから」
お父様は人の心がないから。誰が死のうとどんなに辛い思いをしようと、自分の欲望を優先させる。城にいた頃の私は、今よりももっと幼かったけれど、それでも、そんなお父様の行動が脳裏に焼き付いて忘れられなかった。
「それに、お父様は嘘を吐いて周りを味方につけようとするはず」
賢いフェイは私の言いたいことをすぐに理解してくれた。
「まさか、“人間対妖精”という構図を作って、戦争をするとでもいうの?」
「私はそう思ってる。モンスター討滅部隊がやってきてこの山々を荒らすに違いないって」
そう言うと、フェイは難しい顔で俯いた。
きっと彼女は、自分の行動一つで仲間の平穏な日々が崩れることを恐れているのだ。
「私はそんな事はあって欲しくないの」
「でも……」
「私のせいでこの地域に住むフェイや他の妖精達、それにアンディにも危険が降り掛かって欲しくない!」
━━だから、危険の目は全て摘んでおこう。
私が神聖力を既に発現させていて、その上、妖精の力まで持っているとお父様に知られたら、何をさせられるか分かったものじゃない。
そして、フェイやアンディの存在を知られれば、彼らを人質に取るような真似をしてくるに決まっている。
━━そうならないように、私は全てを忘れよう。
ここでの暮らしの全てを。神聖力も、妖精の力も、全部なかったことにするんだ。そうすれば、フェイやアンディを危険に晒さないで済む。
だから、私は言った。
「フェイ、私に忘却の魔法を掛けて」
私がそう言うと、フェイは目を丸くした。
3
あなたにおすすめの小説
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
眠れる森の美女になりかけた王女は、辺境でスローライフを始めます。すでに結婚していますので、今さら王子さまからプロポーズされても困るのですが。
石河 翠
恋愛
義妹の代わりに呪いを受けた王女。ようやく目覚めたと思ったら、目の前にいたのは魔法使い。なんとここに来るはずの幼なじみの婚約者は義妹が横取りしてしまい、自分との婚約はすでに破棄されてしまったのだという。
しかも王女がいたのは辺境の小さな村。義妹が泣き叫んで手がつけられないからという理由で王城から追い出されたらしい。それならばこの土地でスローライフを始めると開き直る王女。
アフターフォローを申し出た魔法使いと一緒に田舎暮らしを始めることに。そこへ辺境の地の噂を聞きつけた王子さまがやってきて……。
仕事から離れて憧れの田舎暮らしを楽しむ図太いヒロインと、ヒロインをずっと追いかけてきたヒーロー、それを見守る義妹の恋物語。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:5047928)をお借りしています。
【完結】 大切な人と愛する人 〜結婚十年にして初めての恋を知る〜
紬あおい
恋愛
結婚十年、子どもも授かり、日々執務と子育ての毎日。
穏やかで平凡な日々を過ごしていたある日、夫が大切な人を離れに住まわせると言った。
偶然助けた私に一目惚れしたと言い、結婚し、可愛い子ども達まで授けてくれた夫を恨むことも憎むこともしなかった私。
初恋すら知らず、家族愛を与えてくれた夫だから。
でも、夫の大切な人が離れに移り住んで、私の生き方に変化が生まれた。
2025.11.30 完結しました。
スピンオフ『嫌われ悪女は俺の最愛〜グレイシアとサイファの恋物語〜』は不定期更新中です。
【2025.12.27追記】
エミリオンと先に出逢っていたら
もしもの世界編は、諸事情により以下に移動しました
『今度は初恋から始めよう〜エミリオンとヴェリティのもう一つの恋物語〜』
よろしければ、ご訪問くださいませ
いつもありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡
引きこもり聖女は祈らない
鷹 綾
恋愛
内容紹介
聖女ポーラ・スターは、引きこもっていた。
人と話すことができず、部屋から出ることもできず、
彼女の意思表示は、扉に貼られる小さなメモだけだった。
「西の街道でがけ崩れが起きます」
「今日は、クラムチャウダーが食べたいです」
祈らず、姿も見せず、奇跡を誇示することもない聖女。
その存在は次第に「役立たず」と見なされ、
王太子リチャードから一方的に婚約を破棄され、聖女の地位も解かれる。
──だが、その日を境に、王国は壊れ始めた。
天候不順、嵐、洪水、冷害。
新たに任命された聖女は奇跡を演じるが、世界は救われない。
誰もが気づかぬまま、
「何もしない聖女」が、実はすべてを支えていた事実だけが残されていた。
扉の向こうで静かに生きる少女と、
毎日声をかけ続ける精神科医フォージャー。
失われていく王国と、取り戻されていく一人の人生。
これは、
祈らない聖女が選んだ、
誰にも支配されない静かな結末の物語。
『引きこもり聖女は祈らない』
ざまぁは声高でなく、
救いは奇跡ではなく、
その扉の向こうに、確かにあった。
ここに聖女はいない
こもろう
恋愛
数百年ぶりに復活した魔王を討伐するために、少数精鋭のパーティーが魔王のいる《冬夜の大陸》へと向かう。
勇者をはじめとするメンバーは皆優秀だが、聖女だけが問題児。
どうしてこんな奴がここにいる?
かなり王道ど真ん中かつ、ゆるゆるファンタジー。
私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど
紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。
慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。
なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。
氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。
そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。
「……俺にかけた魅了魔法を解け」
私、そんな魔法かけてないんですけど!?
穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。
まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。
人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い”
異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。
※タイトルのシーンは7話辺りからになります。
ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。
※カクヨム様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる