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本編3
24-2 私の大切な人
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吹き飛ばされた熊は、数メートル先の大きな岩に身体を強く打ち付けた。そのまま気絶してくれれば良かったのだけれど、そんなに都合よくはいかなかった。
熊は思ったよりも丈夫で知性があった。私に襲われたことを理解して、怒声を発したのだ。
━━今度こそ殺される。
私は意を決して熊に立ち向かった。頭の中に浮かんだフェイの動きを真似て、熊に向かって指を振った。そして、妖精語でこう言ったのだ。
“大きなもみの木になぁれ”
フェイが教えてくれたその呪文は、妖精達の使うとても残酷な魔法の一つだった。生き物をもみの木に変えてしまい、二度と元の姿に戻せなくする。
それは妖精にとっては、些細ないたずらに過ぎず、取るに足らない魔法。けれど、人間の私にとっては恐ろしく、とても使う気にはなれなかった。
だから、その魔法を教えられた時、私には使う機会は訪れないだろうと思っていた。
でも、私はその魔法を迷うことなく使った。熊に対して惨い仕打ちをすることになるけれど、大切な人を失うわけにはいかなかったから。
そして、道の真ん中に一本の大きなもみの木が生えたのだ━━
考える間もなく使った妖精の魔法。
この地で生まれ育ったアンディは、妖精のことに明るかった。
「あれは妖精の魔法だろう?」
確信に満ちた目で、彼は問いかけてくる。
私の唱えた呪文が妖精語であることも、おそらく彼は気づいている。
「どうしてシアが妖精の魔法を使えるんだ? ……まさか妖精と契約を結んだんじゃないよな?」
妖精との契約についても知っているだなんて、思ってもみなかった。私が驚きを隠せないでいると、アンディは顔を顰めた。
「嘘だろう……」
「ごめん」
私は何に対してなのか、自分でも分からないけれど謝っていた。
「契約の相手は、やっぱりフェイなのか?」
「うん」
「……」
アンディは難しい顔をしたまま押し黙った。
フェイと契約を結んだことが気に入らなかったのだろうか。
「フェイは、悪い子じゃないから」
だから大丈夫なんだと伝えたかった。
「それは分かってる! あいつは好奇心が強過ぎるだけで、お前に危害を加えないから」
アンディはそう言ったものの、相変わらず不機嫌な様子だった。
フェイが私を陥れるような悪い妖精じゃないのをアンディは知ってくれている。それなのに、どうして彼はこんなにも怒ったような顔をするのだろう。
「何が気に入らないの?」
「危険だから」
「何が? フェイは━━」
「フェイがじゃない!」
アンディは声を荒げた。急に大きな声を出されて、身が強張った。
それを見たアンディは「ごめん、大声を出して」と直ぐに謝罪した。
「俺は心配なんだ。怖がらせるつもりはなくて……」
焦った様子で言葉を捲し立てるアンディの手を取った。
「うん。分かってるよ。アンディは私を心配してくれたんだよね」
微笑みかけるとアンディの表情が少しだけ柔らかくなった。
「うん。でも、やっぱりごめん」
「うん」
彼が落ち着きを取り戻したと思ったから、私はその手を離した。
「お願い、教えて。何が危険なの?」
真剣に問えば、アンディもまた、真剣な顔になった。
「あのな、シア」
「うん」
「妖精と契約した人間の多くは、不幸な人生を送ることになるんだ」
「不幸に? どうして?」
アンディはとても悲しそうな目を私に向けてきた。
「悪い人間が世の中には多くいるから。そういう人間は、妖精と契約を結んだ者を利用して悪事を働くんだよ」
アンディの言いたいことが何となく分かった。きっと、お父様のような人間が私を狙いにくるのだろう。
「だから、もう二度と妖精の力を使ってはいけない。これからは何があっても使わないと約束してくれ」
彼はそう言って小指を立てて来た。いつものように指切りの約束を促してきたのだ。
でも、私は彼の指に小指を絡めることをしなかった。
「ごめん、アンディ。その約束はできないわ」
アンディは私が断ると思っていなかったのだろう。彼は顔を歪ませて、手を下ろした。
「……どうしてだ?」
「また、さっきみたいなことがあったら私はきっと力を使ってしまうから」
自分の人生の安寧のためにアンディを見殺しにするなんて絶対にできない。
例え、ここが街中で、大多数の目があったとしても、私は彼のために力を使ったと思う。
「獣に襲われて怪我をしているあなたを、黙って見ているだけなんて嫌だもの」
言っている途中でまた涙が溢れてきた。さっきの血塗れのアンディが頭に浮かんできたからだ。もう彼が大怪我を負った姿なんて見たくなかった。
「シア……」
アンディは困り顔になって私を抱きしめた。
「俺、強くなる」
彼はぽつりとつぶやいた。
「今でも十分、強いよ」
私が言うと、彼は抱きしめるのをやめて私と向き合った。
「いいや。どんな獣やモンスターにも負けない、伝説の英雄のような男になるんだ」
彼にしては珍しく年相応の子どもじみた発言だった。
「物語の勇者みたいに?」
私が言うと、アンディは頷いた。いつもなら、「馬鹿馬鹿しい。夢の見過ぎだ」とでもいう態度をとるのに。
「そうだな。だから、物語のお姫様のようにシアを守らせてくれ」
「アンディ……」
「例えどんなものであっても、俺が守ってやるから。だから、その力は使うな」
アンディの目はいつにも増して真剣だった。私が彼のことを大切に思っているように、彼もまた、私の幸せを願ってくれているんだ。
そう思うと、胸の奥が締め付けられるくらい、嬉しかった。
「絶対、……絶対に無理しないでね」
「うん」
「私、ハッピーエンドしか認めないから。どんなに強くて悪い者と戦っても、負けないって約束して? そうしてくれるなら、私はお姫様としてあなたに守られるわ」
「分かった。俺は何にも負けない。シアを心配させるような怪我もしない」
そう言うとアンディはまた小指を差し出した。そして、「絶対だからね」と念を押して、指切りをしたのだ。
熊は思ったよりも丈夫で知性があった。私に襲われたことを理解して、怒声を発したのだ。
━━今度こそ殺される。
私は意を決して熊に立ち向かった。頭の中に浮かんだフェイの動きを真似て、熊に向かって指を振った。そして、妖精語でこう言ったのだ。
“大きなもみの木になぁれ”
フェイが教えてくれたその呪文は、妖精達の使うとても残酷な魔法の一つだった。生き物をもみの木に変えてしまい、二度と元の姿に戻せなくする。
それは妖精にとっては、些細ないたずらに過ぎず、取るに足らない魔法。けれど、人間の私にとっては恐ろしく、とても使う気にはなれなかった。
だから、その魔法を教えられた時、私には使う機会は訪れないだろうと思っていた。
でも、私はその魔法を迷うことなく使った。熊に対して惨い仕打ちをすることになるけれど、大切な人を失うわけにはいかなかったから。
そして、道の真ん中に一本の大きなもみの木が生えたのだ━━
考える間もなく使った妖精の魔法。
この地で生まれ育ったアンディは、妖精のことに明るかった。
「あれは妖精の魔法だろう?」
確信に満ちた目で、彼は問いかけてくる。
私の唱えた呪文が妖精語であることも、おそらく彼は気づいている。
「どうしてシアが妖精の魔法を使えるんだ? ……まさか妖精と契約を結んだんじゃないよな?」
妖精との契約についても知っているだなんて、思ってもみなかった。私が驚きを隠せないでいると、アンディは顔を顰めた。
「嘘だろう……」
「ごめん」
私は何に対してなのか、自分でも分からないけれど謝っていた。
「契約の相手は、やっぱりフェイなのか?」
「うん」
「……」
アンディは難しい顔をしたまま押し黙った。
フェイと契約を結んだことが気に入らなかったのだろうか。
「フェイは、悪い子じゃないから」
だから大丈夫なんだと伝えたかった。
「それは分かってる! あいつは好奇心が強過ぎるだけで、お前に危害を加えないから」
アンディはそう言ったものの、相変わらず不機嫌な様子だった。
フェイが私を陥れるような悪い妖精じゃないのをアンディは知ってくれている。それなのに、どうして彼はこんなにも怒ったような顔をするのだろう。
「何が気に入らないの?」
「危険だから」
「何が? フェイは━━」
「フェイがじゃない!」
アンディは声を荒げた。急に大きな声を出されて、身が強張った。
それを見たアンディは「ごめん、大声を出して」と直ぐに謝罪した。
「俺は心配なんだ。怖がらせるつもりはなくて……」
焦った様子で言葉を捲し立てるアンディの手を取った。
「うん。分かってるよ。アンディは私を心配してくれたんだよね」
微笑みかけるとアンディの表情が少しだけ柔らかくなった。
「うん。でも、やっぱりごめん」
「うん」
彼が落ち着きを取り戻したと思ったから、私はその手を離した。
「お願い、教えて。何が危険なの?」
真剣に問えば、アンディもまた、真剣な顔になった。
「あのな、シア」
「うん」
「妖精と契約した人間の多くは、不幸な人生を送ることになるんだ」
「不幸に? どうして?」
アンディはとても悲しそうな目を私に向けてきた。
「悪い人間が世の中には多くいるから。そういう人間は、妖精と契約を結んだ者を利用して悪事を働くんだよ」
アンディの言いたいことが何となく分かった。きっと、お父様のような人間が私を狙いにくるのだろう。
「だから、もう二度と妖精の力を使ってはいけない。これからは何があっても使わないと約束してくれ」
彼はそう言って小指を立てて来た。いつものように指切りの約束を促してきたのだ。
でも、私は彼の指に小指を絡めることをしなかった。
「ごめん、アンディ。その約束はできないわ」
アンディは私が断ると思っていなかったのだろう。彼は顔を歪ませて、手を下ろした。
「……どうしてだ?」
「また、さっきみたいなことがあったら私はきっと力を使ってしまうから」
自分の人生の安寧のためにアンディを見殺しにするなんて絶対にできない。
例え、ここが街中で、大多数の目があったとしても、私は彼のために力を使ったと思う。
「獣に襲われて怪我をしているあなたを、黙って見ているだけなんて嫌だもの」
言っている途中でまた涙が溢れてきた。さっきの血塗れのアンディが頭に浮かんできたからだ。もう彼が大怪我を負った姿なんて見たくなかった。
「シア……」
アンディは困り顔になって私を抱きしめた。
「俺、強くなる」
彼はぽつりとつぶやいた。
「今でも十分、強いよ」
私が言うと、彼は抱きしめるのをやめて私と向き合った。
「いいや。どんな獣やモンスターにも負けない、伝説の英雄のような男になるんだ」
彼にしては珍しく年相応の子どもじみた発言だった。
「物語の勇者みたいに?」
私が言うと、アンディは頷いた。いつもなら、「馬鹿馬鹿しい。夢の見過ぎだ」とでもいう態度をとるのに。
「そうだな。だから、物語のお姫様のようにシアを守らせてくれ」
「アンディ……」
「例えどんなものであっても、俺が守ってやるから。だから、その力は使うな」
アンディの目はいつにも増して真剣だった。私が彼のことを大切に思っているように、彼もまた、私の幸せを願ってくれているんだ。
そう思うと、胸の奥が締め付けられるくらい、嬉しかった。
「絶対、……絶対に無理しないでね」
「うん」
「私、ハッピーエンドしか認めないから。どんなに強くて悪い者と戦っても、負けないって約束して? そうしてくれるなら、私はお姫様としてあなたに守られるわ」
「分かった。俺は何にも負けない。シアを心配させるような怪我もしない」
そう言うとアンディはまた小指を差し出した。そして、「絶対だからね」と念を押して、指切りをしたのだ。
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