短編集

ヒトトセ

文字の大きさ
上 下
5 / 6

飛んでみる前の話

しおりを挟む
 「す、好きだ…!」
 玉砕覚悟の告白。一世一代の告白。
 恐る恐る高槻くんの顔を見る。彼は、何故かは分からないけれど何処か寂しげに笑っていた。
 「ありがとう。でもね、僕…そういうのに向かないんだよ。ごめんね」
 分かっていた。分かっていたことなのに……気持ち悪い。ぐるぐると嫌な考えばかりが頭を巡り、吐き気が込み上げる。
 
 「どうしたの、香月かつき

 私を呼ぶ声。聞き慣れた声。とても、安心する。
 「ことば
 縋るようにその人の名を呼ぶが、それは小さな声にしかならなかった。でも、言はいつものように微笑む。その笑みは、何だか私がフラれるのが分かっていたようにも思え、
 「どうしてほしい?香月」
 彼女は囁く。後ろから私に囁くそれは、まさしく悪魔の囁きのようだった。
 私は呟く。後先も考えず、ただ思いのままに。
 「なにもなかったことにしたい」
 分かったわ。彼女はそう告げて、高槻くんの傍に行く。高槻くんの顔は、僅かに赤に染まる。全てを悟ってしまった。彼は、恋愛には向かないと言うけれど、自分は恋をしている。
 すごく、惨めだった。
 言は、不思議な人だが、とても美人だ。綺麗な黒髪に、切れ長な瞳、薄めの唇は何か塗っているわけではないのにいつも綺麗な赤を帯びている。肌は白く、キメ細やかでファンデーションも必要ないほどに綺麗。
 対して私は?手入れを怠っているせいで、汚い上に焼けた肌。唇も僅かに荒れ、元々太めの髪は癖毛に短髪が相まって所々跳ねている。
 改めて、そりゃそうだと自分を納得させようとするけれど、どす黒い何かが腹の中を渦巻いている。私は思わずソレを口に出す。出してはいけない一言だと分かっていたのに、出してしまった。

 「高槻くんなんて、居なければよかったのに」

 二人にも届いてしまったんだろう。高槻くんは目を見開いてるけれど、言は笑った。いつものように。

 「

 悪魔が告げる。言は何でもないように彼を屋上の隅まで誘うと、そのまま彼の体を押した。片手で。
 呆然としていた彼は、素直に重力に従う。何が起こったのか分からぬまま、彼は消えた。何かが潰れる音が聞こえる。
 「え……?」
 何が起こったのか、私にも分からなかった。

 何故か香月は怒ったような顔をしている。何でかしら。
 「こんなこと……望んでたわけじゃないのに…!!」
 「それは嘘よ」
 すぐに否定してしまったのは、仕方のないことね。香月はどこか驚いた顔で私を見る。
 「私はね、香月が望まないことはしないもの」
 良いことでも、悪いことでも。そう告げれば、香月は悲痛に顔を歪める。香月が自ら首を絞めると分かっていても、私は彼女の望まないことはしないわ。本当よ。
 「後は私に任せて、香月。貴方はもう帰りなさい。捕まりたくないでしょう?」
 自分が好きな彼女にそう告げれば、香月は走り去った。世話の焼ける子だわ。
 私は、遺書を屋上に置き、彼女のいた痕跡を消してその場を後にする。
 香月のことはとても好きだけれど、たまに可哀想になるわ。だって、彼女の一挙一動でこうして人が死にかねないもの。彼女が特別とか、そういうのではない。ただの気まぐれ。気まぐれで、私は彼女に負荷をかけている。彼女が選ばれたのだって、ただの偶然。入学して、初めて私に話しかけたから。
 『私は、猿投香月!めちゃくちゃ美人だね。名前、なんて言うの?』
 そう笑顔で私に話しかけた彼女。可哀想にね、話しかけなければこんな苦しめられることもなかったのに。好きな人を、自分の些細な一言で殺すこともなかったのに。
 ふと、彼を突き落とした時に使った右手を見る。押しただけだから、汚れひとつない綺麗な手。彼もついてないわね。私じゃなくて、香月に惚れていれば幸せな結末が待っていたかもしれないのに。…ふふ、それはただの妄言かしらね。
 付き合っていたとしても、高校卒業まではトラブルなく過ごさないと彼女の機嫌ひとつで死んでしまうというリスクはあるもの。結局、変わっていなかったのかもしれないわね、何もかも。同情したとしても何も変わらないのだけれど。
 私が単純に香月に惚れていたりすれば、簡単な話だったのかもしれないわね。私は昔からこうして人の人生の手助けをするのが趣味だった、余計なお世話が大半だったけれど。何でそんなことをするのか、だなんて問われたりもしたけれど理由なんてないの。強いて言うなら、暇つぶし…なのかしら。
 ふと、綺麗な右手で自分の首を掴む。私は彼を殺したように、簡単に、自分を殺すんでしょうね。それこそ、些細な一言で。

 数日後、本当にそうなったとしても、予定の範囲内ね。
しおりを挟む

処理中です...